第十二話「今回も生き延びました」
「うおおっ!」
俺達の前に飛び出して来たインベーダーを木刀でぶん殴る。健吾の横に並びながらとにかくひたすら正面から迫ってくる敵を殴りまくった。
「お?伊織、なかなかやるじゃないか」
「へへっ、まぁな」
健吾に褒められてちょっと胸を張る。健吾は前衛として十分強い。その健吾にそう言われるということは前回よりも役に立っているということだろう。
前回は散々だった……。わけもわからず急にこんな所に放り込まれたせいだと言うのは簡単だ。だけど俺は戦いでは大して役に立たずただただ喚いて健吾に負担をかけるばっかりだった。それに比べれば今回は体も軽い。
ここ最近の特訓は無駄じゃなかった。それが実感出来る。俺は確実にあの時より強くなっている。これなら敵を倒して経験値を稼げるはずだ。
「おらぁっ!」
ボゴンッ!という変な音と手応えを残してインベーダーの頭がひしゃげる。さすがに木刀一発で倒せないけど確実にダメージを与えている。何発か殴っているうちに完全に動かなくなったインベーダーを残して次のターゲットに移って行く。
いける……。いけるぞ……。まだ全然疲れてないし腕だって振れる。体力も腕力も前よりも格段についている。これなら……。
「がっ!……げほっ!うっ……、なっ、何だ……?」
健吾の左に立って戦っていた俺は自分の左側からいきなり衝撃を受けて吹っ飛ばされていた。
「おい!伊織!大丈夫か?」
「あっ、あぁ……」
何があったのかわからないながらも倒れていたらまずいと思って慌てて起き上がる。そして左を見てみれば……。
「おい……、マジかよ……」
「もう……、俺達だけなのか?」
俺の左側に三人、そしてその三人よりやや後ろにもう一人、四人の人間が倒れている。生きているか死んでいるかは一目ではわからない。ただ一つわかることはこの倒れている四人は俺達の今回のパーティーメンバーですでに戦闘不能以上になっているということだ。
俺を左から襲ったのは四人を倒したインベーダー達だった。俺と健吾が正面を相手にしている間に左から襲ってきたインベーダーに残りの四人はやられたようだ。
まずい……。何がって全てがまずい……。まず残りの時間を俺と健吾の二人だけで生き残れというのが無理な話だ。いくら何でもたった二人でずっと戦い続けるなんて出来ない。いつまで続くかもわからない戦いを二人だけで潜り抜けるのは至難の業だ。
それに二人しかいなければお互いのフォローもきつくなる。前衛三人、後衛三人で周囲に気をつけながらお互いフォローしあって戦えばまだしも戦える。それは前回のことで証明されている。それを俺と健吾がお互いに二人だけで三百六十度警戒するのは無理な話だ。
ちょっとした交代や休憩も出来ず、これから何時間続くかもわからない戦闘をたった二人で戦い切る。それがどれほど難しいことかは考えるまでもないだろう。
くそっ!失敗した!今回のパーティーはハズレだ。
でもだからってどうすればよかったってんだ?俺がこいつらに命令したからって言う事を聞いてくれたのか?
ゲームでなら俺の操作に完全に従ってくれる。パーティー分けも役割分担もターンの行動も全て俺が決めて指示出来るならこんなことにはならない。だけど現実となっているこの世界で俺が人に指示したからって誰が聞いてくれる?
王子達みたいな立場ならまだしも人に命令も出来るだろう。言われた方も渋々にしろある程度は言うことも聞いてくれるはずだ。だけどこんな状況でわけのわからない同級生に命令されたからって命を預けて命令に従うか?従うわけがない。
このパーティーはハズレだった。もちろん後衛として強くなるメンバーもいたかもしれない。でも現時点で役に立たないのに勝手に動いて勝手に負けたんじゃ話にならない。もっと……、せめて連携しながら戦わなければならなかったんだ……。
もちろん俺の責任もある。反発されてでももっとコミュニケーションを取って連携するべきだと言っておけばよかった。だけど前衛に立てないのなら他のメンバーもそれなりに立ち回ればよかったんだ。それもせずただ闇雲に前に立ってやられましたというのは本人達が馬鹿だったと言うしかない。
いや……、今はそんなことをグダグダ考えてる場合じゃないだろう。しっかりしろ。絶対にこんな所で死んでたまるか!
「おい健吾!背中合わせでお互いの背中を守ろう!もうそれで凌ぐしかない!」
「あぁ、そうだな。じゃあ俺の背中、お前に預けるぜ!」
「俺の背中も健吾に任せるぜ!」
はぁ……。ここで『任せろ!』なんて偉そうなことを言えない自分が情けない。健吾だってわかってるだろう。実質的にこれはほとんど健吾任せだ。俺はあくまで健吾の背中だけを守るオプションのようなものにすぎない。
いくら健吾でも真後ろからの敵には対処出来ない。だから俺が健吾の背中だけは守る。その間に正面の健吾にその他多数の敵を相手にしてもらう。そんな作戦とも呼べない作戦で辛うじて成り立っている状況だ。
「――ッ!健吾!右頼む!」
「おし!」
背中合わせの俺達は自分から見ての逆が相手側になる。俺はさっきの攻撃で左腕を痛めている。本来なら俺がフォローすべきだった敵だろうけど左への対処が弱くなっている俺は次々俺から見て左、健吾から見て右側の敵を健吾に任せてしまう。
その結果俺達は右へ右へとグルグル回りながらお互いの立ち位置を変えつつ戦い続けていた。
一体どれほど時間が経過しただろうか。まだそんなに経ってないような気もするしすごい時間が経過したような気もする。いつまで戦えば良いかもわからない中で体力を温存しつつ凌ぐというのは思った以上に精神的に削られる。
例えばあと何匹、あと何分、どれだけ戦えば良いかわかっていればまだしも気も楽だろう。そこに向けて全力で頑張れば良い。だけど終わりもわからずただひたすらずっと戦い続けるというのは精神的にとても負担になる。
今暴れすぎて疲れたら後で体力が足りなくなるかもしれない。動きが鈍ればそこを突いてインベーダーが襲ってくる。だけどとにかく動いて敵を倒さないと今この瞬間にでもやられてしまうかもしれない。先のことを気にしなければならないのにその余裕もない。終わりも見えない。
「ハァ……、ハァ……、おい伊織……、まだやれるか?」
「あっ、あぁ……、まだ大丈夫だ」
やばい……。健吾の息が少し上がってきている。俺は健吾がフォローしてくれているからまだしも体力に余裕がある。だけどそれだっていつまでももつものじゃない。俺のフォローまでしている健吾はもうかなり一杯一杯だ。このままじゃまずい……。
「このままじゃ健吾の体力が尽きて二人ともやられる。ちょっとの間俺が敵を追い払うからその間に健吾は少しでも休憩して体力を温存してくれ。ただし俺は左腕が上がらないから俺の左、健吾の右のフォローだけは頼む」
「おいおい……、大丈夫なのかぁ?」
肩で息をしながらも健吾は俺を気遣って軽口を叩いて返してきた。普段は下ネタ大魔神のエロおやじみたいになってるけどこういう時は頼りになる。だからこそ健吾にばっかり頼ってちゃ駄目だ。
「へっ!余裕だっつーの。これまで健吾が頑張ってくれてたからな。こっからは俺が頑張るぜ」
「そっか……。じゃあ任せたぜ」
「ああっ!」
健吾の声のトーンが少し下がった。本当に一杯一杯だったんだろう。
「うおおおっ!」
正面のタコかクラゲの出来損ないみたいなグロテスクな野郎に大上段から木刀を思いっきり振り下ろす。ベグンッ!とタコ野郎の頭が凹んで何か中身がジュルッと出たけど気にしている暇はない。叩かれて動きが止まってる隙に連続で殴りまくって止めを刺す。
ずっと止まってるわけにはいかない。右へ右へ回りながらターゲットを変えつつ次々に倒していく。止めまで刺せていなくても関係ない。とにかく隙が出来ないように、それから健吾の相手が少なくなるように出来るだけ敵を減らしたり弱らせたりしつつ回り続けた。
「ハァ……、ハァ……、どうだ?」
どれくらいそうやって戦ってたのか。俺もそこそこ息が上がってきた。でもまだまだだ。ニコライの特訓はこんなものじゃなかった。この感じならあと一時間くらいは戦える。
「伊織……、お前いつの間にこんな……」
「え?」
健吾が何か言ったような気がして少しだけ振り返る。だけど健吾は険しい表情をしているだけで特に何も言わない。俺の聞き間違いか?
「あっ!健吾!」
「うおっ!」
健吾の右側、俺の左側からインベーダーが飛び出してきていた。スローモーションのように世界の流れがゆっくりに見える。このままじゃまずい。健吾がやられたら俺達が生き残るのは絶望的になる。
「がああぁっ!」
「ピギィィーーーッ!」
咄嗟に飛び掛ってきていたインベーダーに突進して木刀を突き刺していた。まさか木刀が突き刺さるとは思っていなかったけど、俺の突きは確実にインベーダーの頭なのか何なのかわからないけど笠の部分に突き刺さりドロドロと濃い緑のような黒っぽい液体が溢れていた。
「伊織!」
「がっ!」
だけどそこまでだ。俺の木刀はインベーダーに突き刺さったまま、その隙を見逃すまいと殺到してくる周囲のインベーダーたちに俺は再び吹き飛ばされた。もう一度左側に攻撃を受けた俺は吹っ飛ばされて地面を転がる。
転がってる場合じゃない。立たなければ……。武器……。武器がない……。
「木刀は……」
何とか顔を上げた俺は周囲を探したけど武器はどこにもない。俺の木刀が突き刺さったままのインベーダーは向こうの方に倒れている。木刀を抜きに行こうにもその前には何体ものインベーダーが立ち塞がっていた。こいつらの攻撃を掻い潜って木刀を拾うのは無理だ。
それに……、左腕が上がらない。さっきまではまだ辛うじて動かせていたけど今はピクリとも腕が動かなかった。痛みはないけど腕はまったく動かない。あまり見ないように気をつけていたけどチラリと見えた左腕はプロテクターがひしゃげていた。プロテクターの下の腕がどうなってるか想像したくない。
「くそっ!くそっ!どうすれば……」
「伊織!お前は俺の後ろに回れ!」
「健吾……」
腕が上がらず武器もない俺の前に健吾が立っていた。その大きな背中は何て男らしいんだろうか……。俺もこんな男になりたかった……。
俺は地球に居た時から情けない男だったと思う。何にも本気で取り組んだことなんてなかった。スポーツをやっても習い事をやっても全て中途半端。自分の限界が見えてくると言い訳して途中で手を抜いて辞めてばかりだった。
社交的なわけでもなく友達も大していない。その友達だって俺が適当に合わせていただけで本当はオタク系の友達を見下していたのかもしれない。話を合わせるために適当にオタク趣味に合わせていただけで俺はオタクにだってなりきれていなかった。ただオタク友達に混ざるのに軽く嗜む程度で、しかもそのオタク友達を内心軽く見ていたんだろう……。
そんな俺でも理想というか……、なりたい自分はあった。誰にでも分け隔てなく接してクラスの人気者で、スポーツも勉強も出来て女の子にもモテモテ。そんな理想とも呼べないような願望の塊のような存在。
健吾はまさにそれじゃないか?確かに健吾はモテない役ということになっている。だけどスポーツもインベーダーとの戦いも出来て頼りになる。そしてクラスの誰にでも気さくに話しかけてムードメーカーだ。健吾は俺の憧れそのものみたいな奴じゃないか。
それを……、それをこんな所で死なせてたまるか!
「来い!このタコ野郎ども!俺が相手だ!」
言うが早いか俺は健吾が庇ってくれた方とは逆の方に向かって突進していった。こっちには敵は今の所二匹しかいない。これを掻い潜れば……。
「ピギー!」
「ピギィィーーッ!」
「くぅっ!」
ブオンッ!と俺の頭の上を不気味な風切り音が通りぬける。姿勢を低くして前にヘッドスライディングで滑り込むように二匹のインベーダーの間をすり抜けた俺は倒れていたパーティーメンバーの手元から木刀を拾い上げた。
「うわああぁぁっ!」
まだ後ろにすり抜けた俺に反応出来ていない二匹を後ろから滅多打ちにする。左腕は動かない。右腕だけで振り回すだけの攻撃でフォームも何もあったもんじゃない。だけどとにかく殴りつける。
「あああぁぁぁっ!!!」
「もういい伊織!そいつらはもう死んでる!」
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
健吾の声で我に返った俺はインベーダーを叩くのをやめた。だけど……、俺達の周りは完全に無数のインベーダーに囲まれていた。近くには他のパーティーすらいない。俺達の周りのパーティーは全てやられたのか?
「くそっ……、ここまで……か……?」
「俺が時間を稼ぐ!伊織は……」
キュピピーーンッ!
その時不快な音が鳴り響いた。するとインベーダーはピタリと動きを止めてズルズルと来た方角へと戻り始める。
「たっ、助かった……」
「はぁ~~~~……」
俺と健吾はお互いに顔を見合わせてからその場にへたり込んだのだった。