第百十八話「現れました」
やばい……。勢い良くウィリアムの執務室から飛び出したのはいいけどすぐに戦闘が始まってしまった。しかも全然守れてない。城壁のあちこちは一瞬で突破されてインベーダー達がすぐに王都内へと雪崩れ込んでいた。
「きゃーっ!」
「ちっ!」
ハイドで隠れて屋根の上を走っていた俺は、下で今にも襲われそうになっていた人の前に降り立ちインベーダーをぶった切った。魔剣・終末を招くモノは研究所の時からかなり成長している。見た目は滅茶苦茶大きくて体を隠したら盾の代わりに出来そうなくらいだ。それなのに俺はこれを片手で振り回せる。
俺の腕力が強いからなのか、この剣が見た目に反して軽いからなのか、俺だけが何らかの理由で軽々振り回せるのか、詳しいことはわからない。
まぁ……、バフ効果のあるこのボディスーツに、魔法でバフもかけながら戦ってるんだから戦闘時の俺の腕力は普段に比べて相当高いだろう。今なら大岩でも片手で持ち上げて放り投げられる……、かもしれない。実験でインベーダーを放り投げてかなり飛ばせたんだから、相当な腕力や体力があるのは間違いないだろう。
「あっ、ありがとうございます!」
う~ん……。どうやらハイドは攻撃すると効果が切れるらしい。何もしなければ目の前を歩いていても気付かれないのに、まだ効果時間中のはずなのに助けた女性には俺が見えていた。見えなくなるわけじゃなくて存在感が薄くなるだけとか?あるいは攻撃してしまったら消えていたのが出てきてしまうのだろうか?
詳しいことはわからないけどここからはハイドは意味がないということはわかった。何しろもう王都のあちこちにインベーダーが入り込んでいる。消えながらコソコソ移動してる場合じゃない。
「ピギーッ!」
「シッ!」
襲い掛かってきた黒インベーダーを両断する。走り回りながら近くにいるインベーダーを片っ端から片付けていくけどキリがない。
俺が一人で王都内で敵を倒して回っても侵入してくる敵が多く範囲が広すぎる。とにかく近い敵から倒しているけど、一方を倒している間に他の所が襲われて被害だらけだ。
外周部に近い場所の人はもう避難しているらしい。中央に近い人ほどようやく避難を始めているという感じだ。本来ならやるべきことは侵入してきた敵を倒すことじゃないだろう。本元を叩かないことにはいくらでも入ってくる。戦局を変えるつもりなら正門の外に打って出るべきだ。
でも……、今俺がここを離れたら逃げ惑っている人々が大勢犠牲になる。俺の知ったことじゃない。多少の犠牲は止むを得ない。今まで俺達に戦わせておいてのうのうと暮らしていただけの者がどうなろうが関係ない。そう思うのは簡単だ。だけど……。
「うわぁ~ん!おかあさぁ~ん!どこ~!」
「ピギーッ!」
「――ッ!」
泣いている子供を叩き潰そうとしていたインベーダーを真っ二つに叩き斬る。このまま俺が去ったらここは本当に地獄絵図になる。せめてある程度は人が避難し終わるまでは……。
「早く行け」
「ひぐっ!」
俺が低い声でそう言うと子供は顔を引き攣らせて走り出した。親とはぐれていたとしても、今まで何度も避難していれば避難場所やどうすればいいかくらいはわかるだろう。それがわからなかったり、途中でまた襲われたらそれはその子の運命だと思うしかない。
俺だって出来るだけ助けたいとは思う。でもいちいち一人一人に付き添って避難所まで連れて行く余裕なんてあるはずがない。とにかく今は近場のインベーダーだけでも倒して、一人でも多く避難所に逃げる時間を稼ぐしかない。
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どれくらい時間が経ったのか。まだ少ししか経っていないはずだけど王都は完全に地獄になっていた。あちこちで泣き叫ぶ声が聞こえる。建物は破壊され、場合によっては避難所すら今まさに襲われそうになっている。
もちろん避難所は頑丈な作りになっていてすぐにどうにかなるということはないだろう。それでもただ避難所に篭って粘っているだけだったらやがて突破される。そうなれば中にいる人が何十人、何百人、もしかしたら何千人と犠牲になるかもしれない。
「――ッ!…………いつまでもこうしているわけにもいかない」
この辺りの人はかなり逃げ出せたようだ。ほとんど周囲に人の気配を感じない。もうこれ以上王都内で侵入してきたインベーダーを追い払うよりも、とにかく侵入してこないように外の敵に対処しなければ……、城壁を守る兵士やイケ学の生徒達も限界がくるだろう。
「ラピッドっ!」
とにかく限界まで加速して正門へと向かう。まだ王都内でも悲鳴は響き渡っている。それは聞こえている。でも……、全てを救うことは出来ない。今は……、やるべきことをするんだ!
正門の上に到着した俺は城壁上に降り立った。周囲の兵士達が驚いている。
「なっ!」
「何だ貴様は!?」
「どこから現れた!」
正門の上から外を見てみれば……、イケ学の生徒達が正門前を確保しようと戦っている最中だった。他の城壁上は城壁に取り付いたインベーダーと小競り合いをしているけど、この正門の上はイケ学が外で戦っているからインベーダーが来ていない。どうやらこの周りにいるのは上官とか指揮官のような者達が中心らしい。
「おい!貴様!無視するな!」
一人が剣を抜いて俺に向けてくる。突きつけられているだけで斬られてはいないから放ってるけど、もし俺を斬ろうとしたら相応に対応せざるを得ない。でもそれどころじゃなかった。外の状況がやばい。
「死人が多すぎる……。それにインスペクター程度にあれだけ苦戦してるようじゃ……」
正門前を確保しようとしている生徒達だけどあちこちに死体が転がっている。もう二割か三割は死んでるんじゃないだろうか。実質全滅直前くらいのものだ。そして先頭に立って戦ってる健吾とマックスだけど……、このままだと直に殺されるだろうな。
「はぁ……。見てられないな……。ファイヤーストーム」
広範囲魔法で健吾の前に迫っていたインスペクターを纏めて灰にする。これ以上イケ学の戦力が消耗したらもう立ち直れない。こいつらを救ってやる謂れはないけど、このまま見殺しにしても俺にメリットはない。多少なりとも戦力になるのならまだ使えるうちに助けておく方が良いだろう。
城壁から飛び出した俺は健吾とマックスの前に降り立った。懐かしいとか感慨は湧かなかった。何しろ俺をボコボコにしてインベーダー達の前に捨てていってくれた奴らだ。いくらアイリスに操られていたとしても許せるものじゃない。
適当に二、三言交わして飛び出す。こいつらに任せていたら倒せる敵も倒せない。アイリスがいつ『聖女の祈り』を使うつもりか知らないけど、状況が動けばアイリスも動かざるを得ないだろう。今も恐らく王都に被害が出ているのを承知で放置しているに違いない。
でも絶対に全滅する前に行動するはずだ。でなければ王都が滅んでしまったら自分が世界を救ってやっても意味がない。世界の破滅を望んでいるのならともかく、世界を救って救世主になるつもりなら滅ぶ前に動かなければ意味がない。
俺がすべきことはアイリスが『聖女の祈り』を使わざるを得ない状況にすることだ。アイリスがいくらまだ温存しようと思っていたとしても、もう使わなければどうしようもない、という状況になれば使うしかない。
それなのに俺が前に出て戦ったら王都陥落まで間が持ってしまうじゃないかと思うだろうか?答えは違う。例え俺がこのまま正門の敵を抑えたとしても、今この瞬間にも王都はここ以外のどこかの城壁が突破され被害を受けている。このまま放っておけばそう遠くないうちに完全に王都は死んでしまうだろう。
だからアイリスはもう『聖女の祈り』を使うしかない。もしかしたらすでに使う準備に入っているかもしれない。俺がすべきことはアイリスが『聖女の祈り』を使うまで、これ以上出来るだけ被害を出さないように敵を抑えておくことだ。
「それにしても敵の攻勢がヌルイな……。俺が外で戦ってた時はもっと凄かったけど……」
何かおかしい。敵の攻勢があまりにヌルイ。これじゃまるで小手調べのような感じだ。インベーダー達が本気で襲ってきていたらもっと物凄いことになるはずだけど……。
「それにアレが来てない……。今回は手抜きか?」
見える範囲で確認出来るのはインベーダーとインスペクターしかいない。あいつらが来てないということは敵もまだ本気じゃないということだろう。これはあまり派手に暴れるよりも適当に流しておいた方が良いかもしれない。下手に頑張って敵を倒すと逆にアレらをおびき寄せることになるかもしれないからな。
「使うのはストームレベルまででいいか」
体中に装着している魔法陣……。その中でも使うのはボールの上位版、ストーム系だけでいい。ストーム系は範囲攻撃の中でも全体攻撃だ。まぁ全体といってもゲーム時は敵も味方も上限が六体なんだから六体までしか当てられなかったけど……。
現実となったこの世界では六体が相手とは限らない。だからボール系よりも広い範囲に効果を及ぼせるストーム系は多数を相手にするにはかなり都合が良い。もっと派手でもいいなら他にも便利な魔法はあるけど、魔力消費も多いし、効果が派手で目立つから今は多用しない方がいいだろう。
「ふっ!」
「「「「「ピギーッ!」」」」」
終末を招くモノを一振りするとインベーダー達がバラバラになりながら吹っ飛んでいく。さらに剣を振り終わって隙が出来ている所で魔法陣に魔力を流しファイヤーストームを発動させる。これなら剣を振り抜いて硬直している時も隙が出来ない。
手っ取り早く雑魚を一掃するなら範囲魔法連発の方が早いだろう。俺が一人で荒野をさまよっているのならそうする。こいつらは時間をかけるほどにワラワラと寄ってくるから、なるべく目立たないように急いで全滅させるのが吉だ。
でも今は状況が違う。荒野で俺一人なら最悪途中で逃げるなり、別の場所に敵を引っ張っていくなり、取れる手段はいくつかある。だけど今は逃げることは出来ない。敵もどれくらいいていつまで戦わなければならないかわからない状況だ。だから魔力はある程度温存しておかなければならない。
いくらか減ってる状況を維持しつつ、回復してきたら回復した分だけ使う。満タンになっているのに使わないのはもったいないから適度にバランスを保ちつつ、魔力切れで肝心な時に困ることがないようにコントロールするのが大切だ。
「ピギッ!」
「ピギーッ!」
「ピギギーッ!」
「ふんっ!」
縦に、横に、斜めに、とにかく纏めて斬れるだけ纏めて倒す。範囲魔法で巻き込まないように正門から少し離れつつ、だけど完全に離れてしまわないように、正門に殺到する敵をこちらでコントロールする。
側面から迫ってくる奴までは知らない。ただ俺が前で戦うことで後ろに流れる敵はある程度絞れる。全て倒すわけじゃなく、適度に後ろに流してイケ学の奴らにも戦わせつつ、でも出来るだけ無理のない範囲で……。
「ぁ……」
今回はコレがいないから楽な戦いだと思ってたのに……、ソレはのっそりとやってきた。まだ向こうの方だというのにソレだけはやたらはっきりと見える。
「きやがったか……」
大きさは十メートルくらいか?実際にきちんと計ったわけじゃないからただの感覚だけど、それくらいはあるんじゃないかと思える。そんなデカブツがのっしのっしと歩いてくる様は軽く恐怖だ。
今でこそ俺も慣れたけど最初に見た時は割と本気でビビッた。それくらいの威圧感や圧迫感がある。もう強さはわかってるとはいえ、それでも油断して良い相手じゃない。でかさは強さであり、十メートルの人間がいたら二メートルの人間では勝てないだろう。
大きいのは愚鈍で脆いなんて思うのは愚かなことだ。何かを振り回して一発当たっただけでもこちらは致命傷になる。それに比べてあんなデカブツにはこちらが多少ダメージを与えても効果が薄い。
ドシンッ!ドシンッ!ドシンッ!
と地響きがしてどんどん近づいて来る。しかも一匹だけじゃない。見える範囲でもそれなりの数がいる。ゲーム時は一匹でもボスとして出て来たはずなのに、こちらの世界では何匹も当たり前のように出てくる。俺が見た中で最大の大きさを誇る敵……。
「ルーラー……」
侵略者、監視者と来て……、最後にお出ましなのが支配者、あるいは統治者か?どういう由来かは知らないけど、とにかく面倒な奴が出て来てしまったものだ。