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第百十六話「始まりました」


 夕食が終わってから……、俺達は爛れた生活、いや、性活を送った。部屋に帰り、貪るようにお互いを求め合う。舞もアンジーもこれが最後だと思っている。だからウィリアムの言葉通り、本当に悔いがないようにしようとしているんだろう。


 夜も遅くまで行為に耽り、朝起きたらまた始める。男のような弾数制限がないから終わりがない。多少の休憩は挟むけど終わりなくやってくる快感に翻弄される。


 二人とも未来(さき)のことについては何も語らない。まるで今だけを必死に生きようとしているかのようだった。二人にとっては今日で最後だと思っているんだろう。だけど……、俺が終わらせはしない。俺はこれからも二人と生きていきたい。だから……、明日は何としても作戦を成功させる。


 そんな爛れた生活を一日送り、やがて日が明けて最後の大攻勢に打って出る日の朝……、食堂は静かだった。ウィリアムとビクトリアはまるで覚悟を決めているかのような顔をしている。


 確かに今日が運命の一戦かもしれない。失敗した時の覚悟も必要だろう。最後の最後で泣き喚いて醜態を晒すくらいなら、覚悟を決めて受け入れるつもりなのかもしれない。


 でも……、俺はそんなものを素晴らしいとは思わない。例え無様でも、醜態でも、生き足掻くことが悪いこととは思わない。何もしないのに泣き叫び死にたくないというのは愚かだろう。だけど、例え這いずろうとも、泥水を啜ろうとも、生きるためにあらゆる努力を惜しまないことは何も情けないことじゃない。


「ウィリアムさん、朝食の後、食休みしたら王城にあるウィリアムさんの執務室へ皆で行きましょう。俺も念のために直接場所を確認しておきたい」


「ああ……。そうだな……」


 俺の提案にも反応は鈍い。どうやらイケ学の戦力は相当厳しいようだ。いつもと違ってイケ学だけで戦うわけじゃなく、兵士達も協力して戦うことになるけど、それでも兵士達はほとんど城壁の守りに駆り出されるだろう。結局打って出る戦力はほとんどイケ学戦力のみということは想像に難くない。


「ウィリアム・ウィックドール!」


「――っ!?」


 急に俺が大きな声を出したらビクンと驚いて顔を上げていた。他の女性達も驚いた顔でこちらを見ているけど気にしている暇はない。


「何もする前から諦めるのか!?それが貴族として正しい姿か?聞き分けよく諦めて滅べば格好良いとでも思っているのか?違うだろう!大切なものがあるのなら!どんなことをしても、石にかじりついてでも守ろうと最後まで足掻くべきだろう!例えどれほど低い確率であろうとも、可能性があるのなら全力でそれに賭けるべきだろう!違うか!?」


「…………ああ、そうだな。君の言う通りだ。まだ可能性があるのなら……、聞き分け良く大人しく死んでなどやるものか!そうだな!」


「ええ、あなた……」


 ビクトリアもフワリと柔らかい笑顔でウィリアムを見ていた。諦めるのも死ぬのも簡単だ。でも生きることは難しい。難しいからと諦めて何もせず無抵抗に死ぬ。そんなものは格好良くも何ともない。本当に大切なものがあるのならば……、俺はどれほど無様と言われようとも生き足掻く。


「それでは後で執務室へ行こう」


 俺の言葉にその場にいた皆は力強く頷いてくれたのだった。




  ~~~~~~~




 今日の正午から作戦が開始される。俺達はその前に王城に入り、ウィリアムの執務室へとやってきた。本来は王城への立ち入りも厳しい制限があるのかもしれない。でも今日は他の貴族達もたくさんの人を連れてきていた。


 やっぱり貴族連中は王城が一番安全だから、せめて家族くらいは王城に匿おうと考えていたんだろう。あるいは王が許可しているのかもしれない。どうせ王城に篭った所で城門で死ぬのと大して違いはないと思ってるだろうけど、それでも人の心としてはやっぱり少しでも安全な所に家族を置きたいものだろう。


「ここが私の執務室だ」


「なるほど……」


 事前に聞いていた場所と座標は合っている。机に積まれている書類や本がどのようなものかはわからないけど、ウィックドール公爵の執務室というのは確かに何となく仕事が出来そうな者の部屋という雰囲気がある。


「始まるまでまだ少し時間がある。ちょっとゆっくりしましょうか」


 俺は結構大荷物を持ってきている。他の皆は軽装だけど俺にはしなければならないことがあるからな。まぁ入り口で見た他の貴族達は家財道具や金銀財宝を持ってきている奴もいた。そんな奴と比べたら俺なんてまだ手荷物レベルで可愛いものだ。


「随分落ち着いているな……。これではどちらが貴族かわからん……」


 確かにウィリアムは朝の俺の一喝の後でもまだ若干ソワソワしている。でもそれは止むを得ないだろう。人間誰だって自分がもうすぐ死ぬとわかったら色々おかしくなるものだ。完全に諦めるとか、自暴自棄になって暴れるとか、それならまだわかりやすい。


 むしろ俺が中途半端に焚き付けて生き残ろうとしているからこんなに落ち着かないんだろう。さっきまでのように諦めていたらこんなにソワソワもしないんだろうけど、勝算はほとんどないのに生き残ろうと考えているから余計に落ち着かない。


「経験や場数の問題ですよ。俺はイケシェリア学園で何度も死線を潜り抜け、外に放り出されても生き延びた。それから考えれば最悪王都が落ちたって脱出して生き延びる自信はありますからね」


「えっ!?伊織ちゃん!?」


「伊織様、それは……」


 俺の言葉に舞とアンジーが驚いていた。でもウィリアムにはもう言ってあるし、どうせ作戦が失敗したら秘密もクソもない。


「そうだな……。その時は……、娘を連れて逃げてくれ」


「もちろん最悪の事態は想定しています。他の誰を見捨てても俺は舞とアンジーは最後まで見捨てない。でも……、失敗した時の心配よりも、まずは成功するように全力を尽くしましょう」


 人に偉そうに言っておきながら、俺はもし作戦が失敗したら最悪の場合は舞とアンジーだけでも連れて転移で逃げようと思っている。だけどそれを吹聴してまわる必要はない。まずは作戦が成功するように精一杯やるだけだ。


「ああ」


「伊織ちゃん……」


「伊織様」


 皆が頷いてくれる。その後少しリラックスした空気の中で皆で話してその時を待つ。時間が近づいてきた頃、俺は荷物を捌き準備を進める。ボディスーツの上からある程度全身を隠せる衣服を身に纏い、腕には個人携帯用転移装置を装着。腰には反逆の杖を差し、魔剣・終末を招くモノを担ぐ。


 今までの頭陀袋で作ったヨレヨレのマントじゃなくて、ちゃんと王都の店で買ったしっかりしたマントを羽織る。フードもついているけどさらに顔にはマスクをして顔を隠す。これならフードの隙間からとか、フードが脱げても俺が誰だかわからないだろう。


 研究所の皮製のポーチには予備の転移装置とか俺が集めていた魔力結晶が入っている。舞とアンジーに先に転移装置を渡しておこうかとも思ったけど、説明している時間もないし、先に渡して別の目的に使われても困る。これはあくまで最終手段であの研究所まで逃げるためのものだ。使わないに越したことはない……。


「それじゃ行ってくる」


「伊織ちゃん、気をつけて」


「伊織様ご無事で……」


 二人に見送られて、最後に口付けを交わしてからハイドをかけて窓から飛び出す。流石に混乱中とはいえ、ウィックドール公爵の執務室からこんな怪しい奴が飛び出してきたなんてことになったら、色々と問題になる可能性もある。


 ハイドで隠れている俺は屋根を伝って、イケ学の生徒が打って出る予定だという正門に向かって駆けていったのだった。




  ~~~~~~~




 正門の前にはズラリとイケ学の生徒達が並んでいた。城壁の上にもびっちりと兵士達が待機している。住民への避難勧告は何もされていないが、その様子を見た外周部に近い場所に住む者達は自主的に避難を始めていた。


 中央部に近い場所に住む者達はまだ暢気に過ごしているが、こんな物々しい様子を見て何も感じない者はいない。何かあればすぐに自分達に降りかかってくる外周部付近の者達は、この後に何かがあることを察して早めに行動していた。


「いいか!お前達は駒だ!俺達が進む道を切り開くための駒にすぎない!各々自らの役割を全うしろ!」


 イケ学生徒達の前でパトリック王子が檄を飛ばす。作戦は単純だ。二組が右翼、三組が左翼、一組が中央となって正門から打って出る。ただそれだけ。


 しかも一組が最初に打って出るのではなく、まず三組を突撃させ正門前を確保させる。その後に二組が続き左右に分かれて確保範囲を広げる。最後に一組が真ん中に出てくるわけだが、前まで突出せず、ただ中央後方で待機するだけだ。


 左右の二組、三組が打ち漏らして突破してくる敵を受け持つだけで一組は前には出ない。いつも通りの役にも立たない所に無駄に兵力を配置しているだけになるが誰も文句は言わなかった。いや、言えなかった。


 並んでいるイケ学の生徒達の大半は虚ろな表情で生気がまるで感じられない。声一つ上げず虚ろな表情で立っているその集団は見ている者の恐怖を煽る。


 作戦に不満も言わない。死ぬことも恐れない。ただ言われた通りに死ぬまで戦う操り人形。まるでそんな言葉が当てはまりそうな雰囲気だった。


「隊長……、本当にあいつらが頼りになるんですか?」


「どちらにしろ我々は決められた場所を守ることしか出来ない……」


 防衛のために配置されている兵士達はイケ学生徒達が恐ろしかった。死も恐れず戦う兵士というのは勇敢だろう。しかしそこに感情の欠片もなく、ただ淡々と死ぬまで戦うのは勇敢な兵士でも、優れた兵士でもない。まるで感情の通わない昆虫のような恐ろしさがある。


「これじゃどっちが化物かわからないな……」


 隊長の言葉に……、近くにいた兵士達はゴクリと唾を飲みこんだ。そしていよいよその時が訪れる。


「もうすぐ時間だ!全員備えろ!」


「準備は良いか!」


「くるぞ!」


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 いつも正午に鳴る鐘の音と同時に……、王都の周囲を囲んでいた輝きが消える。城壁の上に居た兵士達は一斉に武器を構えた。


「開門!開けろ!開けろ!」


「行け!行け!行け!」


 正門が開けられると同時に、死をも恐れぬイケ学生徒達が外へと躍り出る。目の前で学友がミンチにされても一切怯むこともない。腕をもがれようが、足が砕けようが、命尽きる最後の瞬間までインベーダーに襲い掛かる。


「おお……、これなら……」


「なんて戦い方だ……。これがイケシェリア学園の戦い方なのか……」


 飛び出した瞬間の攻勢により一気に正門前を確保していく。確かに勢いは凄い。だが犠牲を厭わないその戦いぶりに城壁上の兵士達は戦慄を覚えた。


「いかんな……」


「え?何かまずいんですか?」


 隊長の言葉に兵士が疑問の声を上げる。予定通りにあっという間に門の外に飛び出し、正門前を確保していく。後続が出て確保した範囲がどんどん拡がっていた。全て予定通りのはずで順調に見える。


「確かに今は勢いがある。しかしあんな消耗の仕方ではすぐに戦力が切れるぞ……」


 確かに勢いはあるが……、犠牲が多すぎる。犠牲覚悟で無理やり特攻しているだけで、こんな攻勢が長続きするとは思えなかった。


「隊長!インベーダーが城壁に取り付いてきました!」


「我々も仕事をするか……。弓隊と槍隊は交互に並べ!矢の雨を切らすことなく、城壁を登ってくる敵は槍で突き落とせ!構え!突け!」


「うおおっ!」


 城壁の各所でも一斉に取り付いて来たインベーダーを追い落とす。いつまでもイケ学の生徒達を見ているばかりではいられない。


 城壁各所でインベーダーと兵士達の争いが起こる。いくら兵士達が頑張っても、長い城壁全てを完全に防衛し切ることは不可能だ。あちこちが突破されて王都内へとインベーダーが雪崩れ込む。


 何とか食い止めるが全てを止めることは出来ない。また王都内に配置されている兵力は本職の兵士ではなく自警団や腕に覚えのある者による防衛隊だ。そんなもので大量のインベーダーを抑え切れるはずがない。


 最初は静かだった王都が、次第にあちこちから悲鳴と怒号が聞こえてきていた。入り込んだインベーダーがあちこちで暴れ、王都の各所から破壊音が聞こえてくる。


「第二防衛ラインも突破されました!」


「入り込んだ敵に構っている暇はない!中の誰かが倒してくれることを期待するしかない状況だ!今はとにかくこれ以上敵の侵入を許さないように戦え!」


 そう言うことは容易い。しかしそれを実行することは難しい。どれほど気をつけようとも、全力を尽くそうとも、次々に入り込むインベーダーを止める戦力は最早王都にはなかった。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[気になる点] 盛りのついた伊お……パトラッシュ。 盛りまくったその翌日に、よくも足腰が立ったな? どれだけ元気なんでしょうかね? まさか3日3晩は続けられる体力が? [一言] おーおー、イケ学生徒が…
[一言] 中のお掃除は伊織ちゃんかな~
[一言] 思った以上にイケ学ひどいことになってる
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