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第百十二話「明かしました」


 俺の名前を聞いた時のウィリアムの反応は凄かった。もしかして俺のことを知っているのか?イケ学のモブの一人でしかなかった俺のことを?


 それはおかしい。俺が攻略対象達のような地位や身分を持っているとか、一組にスカウトされるような優秀な生徒だったというのならたまたま覚えられている可能性はあるだろう。でも俺のように三組のモブでしかなかった者を、ウィリアム・ウィックドール公爵ほどの者が知っているはずがない。もし知っているとすれば……。


 まさか俺は早まったか?俺のようなただのモブのことを知っているとすれば誰かに聞いたから、ということくらいだろう。そしてわざわざ俺のことを周囲に言うとしたら誰だ?それは……、俺の命を狙っていたアイリスじゃないのか?もしかしてだけど……、ウィリアムはアイリスに操られて?


「そうか……。君が八坂伊織か……。イケシェリア学園は男子生徒しか入学出来ないはずだが?いや、そもそも入学や編入の時点で女子生徒が基準を満たすはずが……、――っ!?まさか!?」


 ウィリアムが驚いた顔でまた俺の方をマジマジと見ていた。アイリスに操られている人特有の虚ろな表情になっていない。それにもし本当にアイリスに言われて知っていたのなら、今更俺が女であることに驚いたりはしないだろう。


 健吾やマックスや……、ディエゴやロビンの件があるから絶対とは言えない。皆だって普通のような顔をして、まるで普通のように生活して接してくれていた。でも突然あの虚ろな顔になって正体を現した。ウィリアムだって驚いたフリをしていても、実は全て知っていて操られている可能性もある。


「俺がどうしてイケシェリア学園に入れたのかはわかりません。それよりも続きをお話しても?」


 実際俺だって何故女の体であるこっちの世界の八坂伊織がイケ学に入学出来ていたのかわからない。深く追及されたら俺の方も困る。もうウィリアムにここまで話してしまった以上は今更なかったことには出来ない。それなら信じて話そう。


「あっ、ああ。すまない。続けてくれ」


 この本当に困惑していそうな態度まで操られていて嘘である可能性があるんだから、アイリスのあの能力は恐ろしいものだ。仲間だと思って信じていた者達が、突然豹変して敵になるのはとても悲しくて恐ろしい。出来ればもう二度とあんな思いはしたくない。


「このままではあと数日でウィックドール公爵様が言われた通り、王都を守る結界は切れ、王都は滅びるでしょう」


「ウィリアムで構わないよ」


 俺があえて堅苦しく呼んで距離を置いているのにそんなことを言ってくる。まぁどうでもいいか。どうせ失敗したら全員死ぬことになる。今更不敬もクソもないだろうし、適当に相手に合わせておくか。


「それでは……、ウィリアム公爵様が言われる通り王都は……」


「公爵もいらないよ」


 いや、もうそんなことどうでもいいんじゃないのか?何でいきなりそんなところに拘るんだよ。まぁいいけど……。本人がそう呼ばれたいのならそう呼んでやる。


「ウィリアム様が言われる通りこのままでは滅びます。ですが……、一つだけ……、もしかしたら……、天文学的確率ではあるかもしれませんが、この滅びを回避出来る可能性があるかもしれません」


「――ッ!?それは?」


 俺の言葉にウィリアムが表情を変える。完全に俺の話に食いついているということだ。


「それは……、聖女候補であるアイリス・ロットフィールドが聖女の力に目覚めること……」


「…………」


 盛大に食いついてきていたはずのウィリアムは急に表情をなくしてストンとソファに腰を下ろした。完全に冷めているという感じだ。


「確かにアイリス・ロットフィールドは聖女候補だ。しかし、仮に彼女が本当に本物の聖女だったとして、聖女一人でこの状況をどうにか出来るというのかね?」


 お疑いなのはご尤も。俺だって未だに信じているわけじゃない。ゲームでは大団円のグッドエンディングがなければならない。どれほど頑張ってゲームをクリアしてもバッドエンドにしかならないのなら、ユーザーから物凄い批判を浴びることだろう。だからゲームには必ずクリア出来る方法と、クリアしたならばハッピーエンドやグッドエンドが訪れることが約束されている。


 でも現実世界においては必ずしもそうとは限らない。


 どれほど頑張っても報われないかもしれない。凄い成果を挙げたのに結局無駄になるかもしれない。どれほど頑張っても、何をしても、絶対にバッドエンドになるかもしれない。頑張ったら報われるなんて架空の世界の中だけの御伽噺だ。


 それでも……、もしこの状況をどうにか出来る可能性があるとすれば……、ゲームで世界が救われるのと同じように、こちらでも聖女の祈りで世界が救われるかもしれない。


 もちろん前提は色々と足りない。この世界に本当に聖女の祈りがあるのか。仮にあったとしてアイリスがそれを使えるのか。さらに使えたとしてもアイリスが自らの命を懸けてまで聖女の祈りを使うのか。そして使ったからといってどれほどの効果があるのか。


 何もかも未知数。全ては地球でのゲームの設定が生きていればそれでエンディングにいけるかもしれない、というだけの希望的観測……。


 でも今はもうそれに賭けるしかない。他にこの状況を打開して人類が生き延びる術はない。もしあるのなら俺だって聞きたいくらいだ。


「ウィリアム様ほどのお立場なら御存知なのでは?この世界を救う『聖女の祈り』を……」


「それはっ!?何故それを!?君は本当に何者だ?」


 それは俺が知りたい。何故この世界には俺と同姓同名で性別だけ違う八坂伊織という人物がいたのか。どうやって男子校であるイケシェリア学園に入学したのか。色々と知っているらしいこちらの八坂伊織は何を知っていて、俺に何をさせようとしているのか。知りたいことも疑問もたくさんある。でももうそれを知る方法はない。


「自分が何者であるのか……。それを答えられる者がどれほどいるでしょうか。それよりも今は……、この事態をどうにかすることが重要です」


「うっ、むっ……」


 腰を浮かせていたウィリアムが視線を逸らしながら再び腰を下ろす。適当にそれっぽく言っただけで、俺だって何か知ったかぶりしながら滅茶苦茶なことを言っている気がする。だけどこの世界で生き残るには……、もうウィリアムと協力してアイリスに聖女の祈りを使ってもらうしかない。


「先ほども申し上げた通りこれが成功する可能性は天文学的数字になるほど低いでしょう。普通に考えれば失敗すると思うはずです。ですが我々にはもう他に選択肢はありません。アイリスが本当に聖女なのか、仮に聖女だったとして『聖女の祈り』が使えるのか、使えたとしても使ってくれるのか、全て賭けです」


「…………」


 ウィリアムが考えたであろうリスクを俺も説明していく。そうすることで俺もそれをわかった上で言ってるのだとウィリアムに伝える。子供の夢物語ではなく、それを知った上で俺もそれを語っているのだと。


 王族や貴族の間でこちらの世界では聖女というものがどういう風に伝わっているのかはわからない。ゲームでは聖女は世界を救うという伝承が伝わっているという説明があるだけだ。そしてだからこそ聖女候補として見出されたアイリスは、平民でありながらイケ学に編入され、王子達攻略対象と交流出来るようになる。


「少なくともアイリスが聖女と呼ばれる者の資格を有するのは間違いないでしょう。そして恐らくアイリスも『聖女の祈り』を行なうために備えています。自らの命を失わないように保険をかけるために……」


「――っ!?何故それを!?君はどこかの貴族の出身なのかね?」


 どうやら……、貴族の間では聖女の祈りが命懸けということは伝わっているようだ。つまり聖女アイリスは最初から犠牲になることが決まっていた。だからこそパトリック達とあんな風にしていても誰も止めなかったんだろう。どうせ祈りを使わせたら死ぬのだから……。


 どうにもおかしいと思ったが何てことはない。つまりはそういうことだ。


 普通貴族というのは血筋を気にする。それに結婚とは政略結婚でありその結婚によって何を得るか、どう得をするかしか考えない。ウィックドール公爵家との婚約が決まっているパトリックに、平民の女が近づいても王族や貴族が止めなかったのは、アイリスが聖女に目覚めて祈りを使えば死ぬと思っていたからだったんだ。


 どうせ死ぬのならそれまでの間だけパトリック達を使って自陣営に繋ぎとめておけば良い。祈りを使って死ねばパトリックには予定通り政略結婚をさせ、祈りが使えなければ聖女ではないとして王子に見合う相手ではないと突き放せばいい。万が一祈りを使って世界を救った上で生き残れば聖女としてパトリックと結婚させても良い。救世の聖女様を嫁に迎えれば民衆ウケも良いだろう。


 結局どちらにしろ王族、貴族に損はない。ゲームではパトリック達はアイリスにメロメロになって言う事を聞かなくなっていたけど、当初王族、貴族があんなアイリスを野放しにしていたのはそういう打算があってのことだったんだ。


 そう考えたら……、少しだけアイリスが哀れな気がしないでもない。ただこの世界のアイリスはそれをよしとせず、どうやってか知らないけど人を操り、王族、貴族達の思惑通りに動いているフリをしながら自分の思い通りになるように着々と準備を進めていた。どちらも強かで化かし合いだ。


「アイリスがこの世界の破滅を望んでいない限りは……、最終的には『聖女の祈り』を使おうとするはずです。ただしそれは王都に大きな被害が出てからでしょう。今いきなり世界を救ったとしても誰も事情を理解していませんからね」


「…………それが聖女アイリスの復讐か」


「王都に損害を与えることで復讐をする、ということではないでしょうけど……。命を懸けて世界を救うのならば、せめて自分の功績は大きく見せる必要があります。人知れず今世界を救うより、王都陥落寸前で、世界を救う救世主となれば、それはさぞ民衆は救世主様を崇めてくれることでしょう」


「なるほど…………」


 俺の考えが正しいとは限らない。でもウィリアムも一応納得するくらいには説得力はあったらしい。


「アイリスが救世主として崇められるには、王都が陥落寸前になり、それを人々の目の前で救う必要があります。そしてアイリスはその時が来るように今まで事態を誘導してきたはずです」


「――!?まさか……、こうなるように……?人を操って?」


「――っ!?」


 今何と言った?『人を操って』?どうしてウィリアムがそんなことを知っている?まさか……。


「……君には、話しておこうか。私は急激に減少したイケシェリア学園の戦果の理由を調べる役目を買って出たことがある。そこで君、八坂伊織という生徒を知ったのだが……、その調べものをしている最中に宰相の息子、ギルバートがやってきたことがある。その時の様子はあまりにおかしかった」


 なるほど……。一応筋は通っているな。それなら何故俺のことを知っていたのか。アイリスが人を操っているのではないかと考えた理由も……。


「最初は普通な様子だったギルバートだったが、最後にふと見せたのだ。虚ろな表情で、まるで感情も思考力も失われて操られているかのようなその姿を……。あの時私が迂闊な答えを返していれば……、私は今ここにはいなかったかもしれない」


「そう……、でしょうね……」


 そうだろう。恐らくウィリアムがイケ学のことを調べているとアイリスの耳に入り、余計なことを知られては困ると王城に出入り出来る者を送ったに違いない。余計な波風を立てないために、もし何も把握していない間抜けな貴族だったら殺す必要はない。でも何かを知られていたら……、あのアイリスなら迷わず殺すように命令していたはずだ。


「アイリスは……、自分が状況をコントロールし、最高のタイミングで事態に介入して、自分が聖女として崇められるように進めてきたはずです」


「話の筋は通っているな……」


 俺とウィリアムはお互いの認識をすり合わせながらお互いに納得し合う。ウィリアムの言っていることも筋が通っている。俺の言葉もウィリアムに納得されている。だったら……。


「だからこそ……、この状況はアイリスが導いたものでしょう。王都の結界は失われ、インベーダーが侵入し、王都は大混乱に陥る。そこで聖女アイリスが祈りを使い世界を救う」


「うむ……」


 ウィリアムも頷く。二人の考えは一致している。


「だから……、ウィリアム様は結界が切れる日に、奥様とアンジーと、それから舞を連れて安全な、王城に避難してください」


「王城が安全だと言い切れるのかね?」


 その不安はわからなくはない。パトリック王子やギルバートなど王城に出入り出来る者が多数アイリスの手に落ちている。その伝手で王族や貴族まで操られている可能性は捨て切れない。いや、むしろアイリスなら有力貴族を操っていてもおかしくはない。


「もちろん絶対安全とは言い切れません。ですがアイリスが戦後に地位や名声を手に入れるためには、それを認める権威ある人物がいなければなりません。それなのに王族や貴族が全滅するようなことをするでしょうか?多少の危険は迫るかもしれません。ですが街中の避難所よりは安全である可能性は高いです」


「それは……、確かに……」


「そして何よりも……、ウィリアム様には王城にいていただかなければならない……。もし……、聖女アイリスが失敗した時は……、この魔力結晶を使って結界を再起動していただきたい。そのためにはどうしても王城の奥まで入れる人物が必要なんです。そしてその協力者がアンジーや舞を匿ってくれるのなら俺も後顧の憂いなく戦える」


 じっと、ウィリアムを見詰める。ウィリアムも俺を見詰め返してきていた。その目は俺の心の中を探っているかのようだった。俺を信じて良いのかどうか。でも結界が切れた時に王城に避難するのはベストなはずだ。そしていざとなればこの石を使って結界を再起動出来る。これを断る理由はウィリアムにはない。


「それはわかったが……、どうやって聖女が失敗したと判断すれば良いのだね?私にはそれが失敗したかどうか王城にいながら知る術はない」


 ……うん。ウィリアムはアイリスに操られていない。そのはずだ。もし操られていたら二つ返事で引き受けると言ったはずだろう。こんな受け答えが出来るということは操られていないと信じるしかない。どちらにしろ城内に入って結界の装置を操作出来る協力者がいなければうまくいかないんだ。


「それは俺が連絡しましょう。もし聖女アイリスが失敗すれば俺は一度王城に連絡しに戻ります。ですからどこか……、王城内で他の者に見つからない、落ち合える場所を決めておきましょう。アンジーと舞もそこに避難させておいてください」


「ふむ……。ならば私の執務室がある。そこなら私の家族を避難させるくらいは出来るだろう。他に用がない者も来ることはない」


 話は決まった。ウィリアムに部屋の場所を聞いて座標を確認しておく。王都近辺から王城の中までなら俺の魔力での転移も余裕で可能だ。アイリスが失敗したら即転移でウィリアムに知らせに王城へ飛ぶ。ウィリアムが結界の再起動をするまで俺は再び外に出て敵を足止めすればいい。


 俺とウィリアムはもう協力するしかない。この後もお互いの腹を割って、これからの対応について考え得る限りの対策を話し合ったのだった。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] いよいよクライマックスに近づいて来た
[一言] いつぞやの慌てようだと、アイリスのシナリオ通りか疑わしいね
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