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第百十話「絶望しました」


 ゴロツキ達の後始末が終わって俺達はウィックドール家の屋敷で休んでいた。こんな世界だからか、原因不明の謎の死体や行方不明者はそう珍しいことではないらしい。そもそもあのゴロツキ達は貴族に手を出そうとしたんだから、どんな最後になろうともアンジー側が罪に問われることもないそうだ。


 アンジーが一言あいつらに襲われたと言えばそれだけでアンジー側は不問となり、あいつらがどんな最後を迎えても誰も何も言わない。現代地球では考えられないけどこの世界の貴族は、地球で言えば相当昔の貴族並の権限を有しているということだろう。


 町はまだ警報が発令されていて一部の市民達は避難しているようだけど、あんなことがあったために舞もアンジーもウィックドール家の屋敷で大人しくしている。


「これからどうする?」


「斎ちゃん!口調!」


「あっ、はい……」


 また舞に怒られた。さっきまでインベーダーと戦ったり、ゴロツキ達とあんなことがあってちょっと気が立っているというか、あまりそういう気分ではなくなっていたけど……。


 もしかしたら舞はそれがわかっていてあえてこういう風にしてくれているのかもしれない。ささくれ立った気持ちが少し柔らかくなった気がする。


「少し屋敷で待機していましょう」


「うん。それがいいと思う」


「わかった……、よ……」


 ジロリと舞に睨まれたので語尾を付け足しておく。それだけでも大分印象が違うだろう。


 もう町に出て避難誘導をするとかそんな状況じゃない。大人しくウィックドール家の屋敷で休んでいると、大して時間も経たずにやがて警報は鳴り止んだ。


 どういうことだ?もう王都のバリアが復活したということか?


 まだ警報が鳴り始めてから数時間しか経っていない。俺がまだイケ学で戦っていた頃はこんな短時間じゃ済まなかったはずだ。それこそ下手すれば翌朝くらいまで戦っていた時だってあったのに……、こんな短い時間で戦闘を打ち切ったのか?何かあった?


「アンジェリーヌ……、無事か?」


「お父様」


 俺がたったこれだけの時間で戦闘が終わったことを不思議に思っていると、三十分ほどしてからアンジーの父親が屋敷に戻ってきていた。いくら貴族が大して働かないとしても、地球で言えばまだ勤務時間中のはずだろう。それなのに何故家に戻ってきたのか。


 まぁ娘がゴロツキに襲われて殺されそうになったと聞けば、誰でも仕事を打ち切って戻ってくるかもしれないけど……。それにしても何だか妙な感じだ。


「君達も済まなかったね……。娘と少し大切な話がある。君達はここで待っていてくれ」


 そう言うとウィリアムはアンジーを連れて部屋から出て行った。アンジーの部屋に残された俺と舞はポツンと待機していることしか出来ない。ようやく王都に戻ってこれたというのに何だか滅茶苦茶だ。本当にもうこの国は終わりなんだということが実感出来る。


 外の様子やイケ学のことを知らない市民達はまだこの危機がわかっていない。だからのうのうと商売をしたり、警報が鳴っているのにのんびり構えていられるんだろう。でも俺は知っている。イケ学はもういつ崩壊してもおかしくない状況だった。そして外にはインベーダー達が溢れている。


 この国は今急速に滅びに向かっているはずだ。それなのに市民達は何も知らない。そして知ろうともしない。


 たぶんウィリアムはもうわかっているんだろう。この国がそう長くないことを……。アンジーの好きにさせているのも、今深刻そうな顔で連れて行ったのも、全ては現状を理解しているから……。


 でも俺に何が出来る?俺一人が頑張って戦ってもインベーダー達を倒しきることは出来ない。それに黒インベーダー達を倒したから良いという話でもない。


 もし仮に黒インベーダー達がいなくなったら、人はまた安全になった森で魔力結晶を枯れるまで採取するだろう。そうなればますます星の滅びが近づく。まだ辛うじてこの星が滅んでいないのは、黒インベーダー達が人間を都市に閉じ込めて、魔力結晶をあまり採取させていないからだ。もしかして本当にそういう役目を持って配置されているのかとすら思ってしまう。


 今更人間に魔力結晶を使うなと言っても無理だ。黒インベーダーがいなくなったら人間はやがて星ごと滅ぶとわかっていても魔力結晶を湯水の如く使うだろう。


 このまま放っていたら黒インベーダーに滅ぼされ、黒インベーダーの脅威を取り除けば魔力結晶の使いすぎで星ごと滅ぶ。どちらにしろ人間にはもう未来がないように思う。この世界は詰んでしまっている。そしてこの状況をどうにかする方法はない。


「舞、斎、少し良いかしら?」


「アンジー?」


「どうしたの?」


 少し待っているとアンジーが部屋に戻ってきた。そして俺達を呼んでいる。アンジーは随分深刻そうな顔をしていた。もしかしたら父親から現状について何か聞かされたのかもしれない。となれば本当にこの国の終わりがもう近づいているのかもな。




  ~~~~~~~




 ウィリアム・ウィックドール公爵が待つ部屋へとやってきた。ウィリアムも何だか深刻そうな顔をしている。最初はアンジーがゴロツキに襲われて殺されかけたと聞いたからかと思ったけど、どうやらそれだけではないらしい。


「アンジェリーヌ……、本当にこの子達にも話すつもりか?」


「お父様、それはもう先ほど話し合ったではありませんか。そしてお父様も納得されたはずです。今更隠しても意味はないと……」


 何か二人の様子が相当深刻そうだ。やっぱりさっきの戦闘が短時間で終わったことも関係あるんだろうか。まさかイケ学の生徒達が敗北したとか?


 ゲームの時なら負けてもデスペナルティを食らったり、復活するのに課金アイテムが必要なだけだったけど、現実の世界で負けたとなったら一体どうなるんだろうか?いきなりゲームオーバーで世界が滅ぶのか?まぁそれこそゲームじゃあるまいしいきなり世界が滅んで終わりなんてことはないだろうけど……。


「二人とも……、慌てず、冷静に聞いて頂戴。実は……、王都にはインベーダー達を退ける結界が張られているのですわ。そしてその結界を維持するために必要なのがこの石なのです」


 アンジーは今更な説明をし始めた。アンジーが話したのは全て俺の知っている、あるいは予想通りのことばかりだった。でも例え今更な話でもこうしてその情報を知っていて管理している貴族から聞けるというのは、とても大きな意味がある。


 俺の勝手な予想ではなく、それに関わる仕事をしている貴族がそれを認めて話すということの意味は大きい。


 アンジーの説明によると、やっぱり王都には古代魔法科学文明の遺産というか、遺物というか、で、インベーダー達を退ける結界が張られている、ということになっている。俺が実験した限りではただインベーダーが嫌がって近づかないだけで、インベーダーに何かダメージを与えたりする類のものではなかったけど……。


 ともかく王都はその結界に守られていて、その結界を維持するために必要なのが魔力結晶だと説明してくれた。


 さらに王族や貴族達はそういった古代魔法科学文明の技術者達の子孫だという。そういった遺物のメンテナンスや修理、あるいは新しく作ったりする技術を独占し、この国を支配してきたらしい。


 どれも俺が知っている、予想していた、そういった程度の情報でしかない。でも俺がそう予想した、というだけなのと、本人達が認めた、というのでは意味が違う。ウィリアムも認めているんだからそれは本当のことなんだろう。


「そしてイケシェリア学園の生徒達はこの魔力結晶を採ってくる間、インベーダー達を食い止めるために戦ってきたのですわ」


 やっぱりか……。それも予想通りだから驚きはない。問題は何故今更そんなことを俺達に話し始めたのかということだ。


「先ほどの警報は結界の魔力結晶が切れ、イケシェリア学園が出撃して、採取班が魔力結晶を手に入れてくる間無防備になるために鳴っていた警報なのです」


「じゃあ警報が終わったってことはもう採取し終わったってことなんだね」


 舞の言葉に、しかしアンジーは暗い顔をして俯いた。何度か口を開こうとして言葉が出ず、また俯く。言おうとして言えない。そんな感じだ。


「ここからは私が話そう……。先ほどの戦闘で……、確かに最低限の魔力結晶は確保してきた。今は王都の結界が働いている」


「じゃあ……」


 舞が声を上げるが、ウィリアムは首を振った。


「しかしそれは十分な量ではない。本来ならばもっと多く確保しなければならない魔力結晶だが、イケシェリア学園は戦線を維持出来ず、採取班も大きな損害を受けて採取は打ち切らざるを得なかった。今回採取してきた魔力結晶ではまた近いうちに結界が切れるだろう。そしてその時にはもう魔力結晶を採取に行けるだけの戦力は残っていない」


「そんな……」


 舞が口を覆って悲愴な表情を浮かべる。つまり……、実際何日もつのかは知らないけどまた近いうちに結界が切れて、しかも次はもう魔力結晶を採りに行く余裕もない、ということだ。完全に詰んでいる。


「実際あと何日くらいもつんでしょうか?」


「早ければ三日……、長くもっても五日というところだ……」


 なるほど……。三日じゃイケ学側の態勢が整わず、次の戦闘には到底耐えられないというわけだ。取れる手段としては精々今ある魔力結晶をかき集めて時間を稼ぐことくらいか。


「湯沸かし器についている魔石。あれで結界はどれくらい維持出来るんですか?」


 まぁ湯沸かし器の魔石は小さなものだ。数分ももてば良い方なのかもしれない。


「…………あれだけの石ならば一日というところか」


 ウィリアムは一瞬俺のことを訝しむような表情を浮かべてからそう答えた。ただのプリンシェア女学園の生徒が何故そんなことを知っているのかという顔だろうか。


「……って、えぇっ!?あんな小さな石で一日もつ!?じゃあ貴族連中の家中から集めたらまだ相当もつでしょう!?」


 あの結界ってそんなに効率がよかったのか?王都全体を覆うようなものなのに、あんな小さな石で一日もつとかどれだけだよ。しかもそれなのにあと三日から五日しかもたないって、あんな小さな石を三つから五つくらいしか採ってこれなかったってことか?採取班どれだけ無能なんだよ。


 俺ですら研究所のあった森でも、この近くの小さな森でも、もっと大きな石をいくらでも見つけられるぞ?あんな無駄に土嚢袋で一杯土を持ち帰る前に、もっとよく石を探せよ。どんだけ無能なんだよ。


「確かに王都中の魔力結晶を集めればまだ暫くはもつだろう。しかしそれに何の意味がある?数日?あるいは数週間?数ヶ月?滅びを先延ばしにしたからといってどうなる。その先がないのであれば今ここで滅ぼうとも一ヶ月先延ばしにしようとも何も変わらない」


「それは……」


 まぁそうかもしれない。確かに王都中の機能を全て停止させてでも結界に魔力結晶を全てつぎ込めばまだ暫くはもつとしよう。でもそうして滅びを何日か先延ばしにして何の意味がある?篭城するのは味方の援軍が見込めるか、敵が撤退せざるを得ない状況にあてがある場合だけだ。何の作戦もないのに篭城しても何の意味もない。


「ほとんどの貴族達は不便に暮らしたくなどない。貴族の生活に魔力結晶は欠かせない。その魔力結晶を提供して何日か死ぬのを先延ばしにしても、その間自分が大変な生活を送って、しかも結局死ぬのならば誰も提供したがらない。どうせ死ぬのなら最後まで不自由ない生活を送ったまま死にたいそうだ」


「「「…………」」」


 何て救いようのない連中だ……。馬鹿なのか?自分は最後まで快適に暮らしたいから、その動力源は渡したくありませんって……、どこまで腐った連中なんだろうか。


 ただ……、さっきも言った通り、ここで死ぬのを少しばかり先延ばしにしてもその先がない。どうせ死ぬのなら……、という考えになるのはわからなくはない話だ。俺だって逆の立場だったら同じように言うかもしれない。


 今必要なのはただ魔力結晶があれば良いというものじゃない。この先、この状況がどうにかなって、自分達の生活が脅かされず、これからも生きていけるという未来が必要だ。ほとんどの貴族はもうこの国が滅びることに気付いている。だから最後まで好き勝手に生きたいと自分勝手なことをしているんだ。


 実は……、俺もそれなりに魔力結晶は持っている。それを提供することは簡単だ。でも……、それこそ俺の魔力結晶を提供して、何日か結界をもたせて……、それに何の意味がある?その先はどうする?


 俺達は……、俺は……、一体どうすればいいんだ?



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] 言っちゃえよ。 アイリスの命で一時しのぎ出来るって、言っちゃえよ(小声) まあ現実的な話。 魔力をパトラッシュみたいに注げるよう改造して、みんなで頑張って学園の魔力鍛える魔法陣で鍛えて、少…
[一言] 難しい問題だけどどんな決着が付くんだろう
[一言] 難しい問題だ 伊織ちゃんの魔力でどうにかできないものか
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