第百九話「口を割らせました」
舞達が避難誘導をしていた場所に戻ってみれば二人の姿はなかった。妙な不安を覚えた俺が辺りを探していると見つけたのは、縛られ転がされている二人の姿だった。そして男達の会話を聞いた瞬間、俺の頭は真っ白になっていた。
次に気がついた時、俺は呻きながら転がっている男達を見下ろしていた。間違いなく俺が斬った。人間を……。まだ殺していないとはいえ、相手が逃げられず無抵抗になるようにとはいえ、間違いなく俺がこの手で人間を斬った。それも甚振るかのようにこんな姿にして……。
でも俺は後悔したり、気に病んだりすることはなかった。今さっき人をこんなに斬った直後だとは思えないほどに冷静に冴え渡っている。舞とアンジーを助け、この男達から裏の事情を聞くことにしてウィックドール家の屋敷へと運んだ。
ハイドで消えていればほとんど人に気付かれない。ハイドが万能すぎる。まぁ声をかければ聞こえるし、触れることも出来る。あくまで見た目上で見えなくなっているだけのことだ。
そんなこんなで戻ってきたウィックドール家の屋敷だけど……、家人達も近寄らない離れがあるらしい。アンジーに案内されてそこへ男達を降ろす。あちこちに血の跡のような黒いシミがあり、壁際には拷問器具らしきものが置かれている。貴族の家の離れで、家人達も勝手に立ち入らない。それがどういうことかよくわかるというものだ。
「おっ、おま……、お前達は何なんだよ!何で……、何で斬られた手がくっついてるんだよおぉっ!」
猿轡を外した男の第一声がこれだった。俺は無言のまま男を殴る。
「うげっ!なにを……、ぐぇっ!ぎゃっ!がっ!」
男が黙るまで何度も何度も、ひたすら殴り続けた。歯が抜け、顎が折れ、鼻がつぶれる。殴っている俺の手に嫌な感触が伝わってくる。それでも殴るのをやめない。
「黙れ。勝手にしゃべるな。こちらが聞いたことだけに馬鹿みたいに答えてろ」
顎がだらんと垂れている男は泡を吹いていた。適当に放り投げて他の男達にそう告げる。舞やアンジーにあんなことをしようとした奴らだ。俺はこいつらに何をしても何も感じない。案外……、俺は最初からそういう人間だったのかもしれない。人のようなフリをしていたけど、本当は人らしい感情なんて持っていなかったのかもな……。
「――ッ!――ッ!」
他の男達は呻き声も出さずに首がもげそうなほどに強く縦に振っていた。騒がないようなので他の男達の猿轡を外していく。
こいつらは俺が手や足を切り落とした。間違いなく……。だけど今こいつらの手足は元通りだ。これは実験もかねて俺がこいつらに回復魔法をかけてやったからに他ならない。
俺はあの谷底に落とされてから『キュア』を使った。でもそれ以来ほとんど怪我らしい怪我もしていないし、仮に怪我をしても普通に回復させるだけだった。ちょっと指を切ったから回復魔法で……、という程度なら回復出来ることは確認していたけど、じゃあどの程度までの怪我ならどうやって治るのか、ということはわからなかった。
だからこいつらの体で実験したというわけだ。
四肢欠損レベルの怪我を回復させるのに『キュア』では回復量がまったく足りなかった。かけた瞬間は傷口が塞がりそうになるけど、一瞬でまた血が噴き出してほとんど効果がなかった。このことから一定以上の傷だった場合キュアはほとんど効果がないということになる。
単純に切り傷だったら傷口が塞がるかと思って切断せずにただ斬った傷にキュアをかけたら、傷がくっついて塞がりかけていたから効果はありと言える。それらから考えて広い切断面を一瞬で治すほどの効果はない。だから止血も出来ないということだろう。一瞬表面が治りかけても効果以上のダメージですぐに傷口が開いてしまうような感じだ。
ではどうやってこいつらの手足をくっつけたのか。それはもっと上位の回復魔法『リジェネレーション』を使ったからだ。名前が再生だからって手足が生えてきて治ったわけじゃない。そのままリジェネレーションをかけても傷口が塞がってしまうだけで手足は再生されない。
まだ新鮮だった切断面で斬った手足をくっつけながらリジェネレーションを使ったら、たまたまうまくいったのかくっついた。四肢欠損を再生出来るわけではなく、切られた手足がある場合はくっつけられる程度の回復というわけだ。
それを見てから同じように切断された手足をくっつけてキュアを使ってみたけど、やっぱりキュアではくっつかなかった。
ゲームなら回復は一定値のHPが回復するという表現になる。でも現実世界では回復でカバーしきれないほどの怪我に、効果の弱い回復をかけてもほとんど効果がないようだ。
顎を壊した男にも放り投げる前に回復をかけておいたから、あの時に見えたようなダメージは残っていない。まだこいつらを殺すつもりはないからな。
「誰に頼まれてアンジー達を襲った?」
「達じゃねぇ!そっちの女だけだ!もう一人の方は俺達の邪魔をしようとしたからついでにさらっただけなんだよ!」
その言葉にイラッとしたけど素直にしゃべったからまだ殴らないでおいておく。素直にしゃべっても殴られるのならしゃべらなくなったり、適当に嘘をつく可能性もある。まだ情報を聞いていないんだから、今はまだ俺の質問に素直に答えたら許されると思わせておく方が良い。
チラリと舞の方を見てみれば頷いてくれた。どうやら嘘は言っていないらしい。
「誰に頼まれてアンジーを襲った?」
「そっ、それは……」
言い淀んで視線を彷徨わせる。言えないような相手なのか?あれだけ俺を恐れていてもまだ口を割らないのか……。脅しにまた殴るというのは簡単だけど、まずは別の切り口から攻めてみるか。
「じゃあ何故アンジーを襲った?」
「しっ、知らねぇよ!ただその女を殺せって頼まれただけだ!」
まぁゴロツキを雇って襲わせるくらいだったらいちいち目的や理由まで話さないか。目的も理由も知らないんじゃこれ以上こいつらに聞いても無駄か?
「誰に頼まれた?」
「「……」」
だんまりか……。もうこいつらから聞くような話は誰に頼まれたかくらいしかない。なら……。
「舞、アンジー、少し表に出ていてくれ。ここから先は見ない方がいい」
「斎ちゃん……」
「舞、いきましょう……」
俺がこれから何をするつもりか察したのか、二人は心配そうにこちらを見ていた。でも俺の言うことに従って小屋から出てくれた。これで何も遠慮することはない。
「しゃべりたくなったらいつでもしゃべれ」
「ひっ!ぎゃああぁぁぁ~~!」
小屋に悲鳴が響き渡った。でもきっとこの建物は防音もある程度出来ているんだろう。誰も助けなんてこない中、男達の地獄が始まった。
~~~~~~~
ちょっと拷問にかけたら男達はあっさり口を割った。所詮ゴロツキなんてそんなもんだろう。自分の命を懸けてまで依頼主を守るなんてわけがない。
軽く痛めつけては回復して、死なないように延々と苦痛を与え続けた程度で音を上げるなんて情けない奴らだ。俺はもっと地獄を何度も見てきたというのに……。
「あっ!斎ちゃん!」
「何かわかりましたの?」
小屋から出ると舞とアンジーが待っていた。どうやらずっと小屋の前で待っていたようだ。疲れているだろうし部屋で休んでいるように言ったのに……。
「落ち着いて聞いて欲しい……。あのゴロツキ達にアンジーを襲うように言ったのは……、パトリック王子だ」
「「えっ!?」」
俺の言葉に舞とアンジーが揃って声を漏らした。それはそうだろうな。普通誰でもそうなる。
「パトリック王子が……、私を……」
アンジーは手で顔を覆ってブルブルと震えていた。そっとその肩に手を置く。
「ゴロツキ達は理由までは知らされていなかった。でもフードを被っていたらしいけどやや虚ろな表情をしたパトリック王子の顔を間違いなく見たそうだ。それでこれは後で強請りのネタになると思って意気揚々と引き受けたらしい。まぁ多分成功していても報酬を受け取りにノコノコ出て行けばその場で殺されていただろうけどな」
どうしてこのゴロツキ達はそのネタでパトリックを強請れると思ったのか……。どう考えても事が終わった後に始末されるだけだろうに……。まぁそんなことがわかるような頭があればゴロツキなんてしてないか……。
「確かにあのゴロツキ達に依頼したのはパトリック王子なんだろう。でもたぶん……、そのパトリック王子に命令した真の黒幕は……、アイリスだと思う……」
「「……」」
俺の言葉に二人は黙り込んだ。直接アイリスのことを知らなければ俺の言っていることは荒唐無稽だと思うかもしれない。でも俺は知っている。あのアイリスは何かおかしい。明らかに異質だ。そしてパトリック達攻略対象は、いや、イケ学の生徒全員がアイリスに操られている。ならばパトリック達の行動もアイリスに指示されていると考えるべきだ。
「信じられないかもしれないけど……」
「いいえ。信じますわ」
「うん……。斎ちゃん、私もアンジーも、ちゃんとわかってるよ。あの人がおかしいって」
「そっか……」
舞は前からアイリスがおかしいということはわかっていたはずだろう。何かアンジーがアイリスの影響からどうこうと言っていたしな。でもアンジーまでアイリスのことについて理解しているかどうかはわからなかった。どうやら今ではアンジーもアイリスの異常性は理解しているらしい。
ただ俺がわからないのはアイリスが何をしたいのか。何故今更になってアンジーを殺そうとしていたのかだ。
アイリスにとって都合が悪かったのはもっと前の話じゃないか?パトリック達攻略対象との恋愛を邪魔していたんだから……、いや……、待てよ?本当にそうか?アイリスにとってはアンジーに絡まれている方が都合が良かったんじゃないのか?
アンジーに絡まれて、いじめられて、悲劇のヒロインを気取っていれば周囲の同情を集めたり、かまってもらえたりしたわけだ。だからアイリスからすればアンジーに絡まれる方が都合が良かった。でもアンジーはパトリックとの婚約を解消して無関係になり、アイリスの前にも姿を現さなくなり絡まなくなった。だから殺す?
それもおかしい。確かにアイリスにとってアンジーは利用価値がなくなったかもしれない。でもだからって何故わざわざリスクを犯して殺す必要がある?それも今更だ。もっと前だったらわからなくはない。アンジーが婚約破棄されて絡んでこなくなったから用済みだというのならもっと前にいくらでも機会があっただろう。
「だけど……、動機がわからない……」
「アンジーが舞台を降りて……、あの子にとって制御不能になったからじゃないかな……」
「え……?」
舞台を降りて制御不能に……。
「そうか……」
舞の言葉を聞いて何故だか妙にストンと得心がいった。パトリックの婚約者としてゲーム通りに振る舞っていたアンジーが、ゲームの行動から外れて勝手に動き出した。一見自分ともう関わりがないのならどうなろうと関係ないように思えるけど……、プレイヤーからすれば勝手に動いていて何をするかわからないキャラほど嫌な者もいないだろう。
だからアンジーはアイリスに狙われた……。パトリック達攻略対象に近づかなくなったから良いんじゃない。予定調和の如く決まった通りに動いているからよかったんだ。それなのにその予定調和から外れてしまったイレギュラーは何を仕出かすかわからない。
俺がアイリスにあんな目に遭わされたのも同じだ。俺がアイリスの予想通り、決めた通りに動かないイレギュラーだから……。俺が勝手に動いてアイリスの予定が狂ったら困る。だからそんな不確定要素は排除しようとしたんだ。
俺も、アンジーも、どちらもアイリスからすれば同じイレギュラーでしかない。
ただ……、そうだとしてもアイリスの狙いがいまいちわからない。もうこの世界は滅びの寸前とすら言える。それなのに今更アンジーを殺したりして何の意味があるんだ?どうせ放っていても王都が陥落して全員死ぬことになるんじゃないのか?
アイリスの狙いは何だ?何をしようとしている?まさかとは思うけどインベーダー達に人間を滅ぼさせようとでもしているのか?
アイリスの行動は人間が不利になるように、状況が悪くなるようにしようとしているとしか思えない。イケ学の戦力を削り、まともに働かないようにさせ、どうやっているのか知らないけど洗脳のようなことをして皆を操り人形にしている。一体何が狙いなんだ……。
「あの男達はどうする?まだ生きているけど……」
「うちの者に始末させますわ」
そう言ったアンジーの顔は、非情な貴族の顔をしていた。