第百八話「斬れました」
そこらに落ちている物を拝借して攻撃してもまったく通じない。鈍器どころか刃物も通じないのはどういうことか……。ナイフくらいなら刺さりそうなものなのに一切刺さらない。インベーダー達が硬過ぎる。相変わらず魔法を使うのは周囲の状況から難しそうだし、こっちからインベーダーにダメージを与える方法がない。
ゲームでもこの世界でも使われている武器……。あれってやっぱり何か秘密があるってことだよな。インベーダーを作り出したのも古代魔法科学文明なんだから、インベーダーを倒す方法についても古代魔法科学文明が何か作り上げたのかもしれない。
でも単純にあれらの武器がインベーダーの弱点だから、というのは理由にならないだろう。武器は木刀や木の槍ですら折れたりしない。インベーダーに対してだけ強いわけじゃなくて、木製とは思えないほどの強度や破壊不可かと思うような硬さがある。
それからわからないのが武器にレベル制限があることだ。最初の頃に失敗してから『この世界はそういうものだ』と思うようになったけど、はっきり言えば色々とおかしいよな。何故一定以上のレベルに上がっていないと装備出来ない武器が存在する?それはインベーダーにダメージを与えたり、破壊不可のようなほど硬いことにも関係している気がする。
俺の予想というか想像というかで、何の根拠もなくふとそう思っただけだけど、もしかして……、イケ学で使われてたり兵士達が装備している武器って古代魔法科学文明の技術で作られてるんじゃないのか?そしてそれには魔力結晶か何かが使われている……。
武器が破壊されないほど硬いのも、インベーダーにダメージを与えられるのも、一定以上のレベルに達していないと装備不可なのも……、それぞれの武器に魔力結晶が込められているから……。そしてその魔力結晶が多すぎると低レベル、低ステータスでは使えない?
どういう理屈でかはわからない。使用者の内在する魔力とか、そういった力を受け入れる器とか、何かそういうものが足りないと武器に込められている魔力結晶に弾かれるとか……。
具体的なことはわからないし、あくまで俺の想像でしかないけど、まったく見当違いということもないんじゃないかと思う。まぁ仮にこれが合っていたとして『だから何だ』と言われるかもしれないけど……。
ただこれが正しければこのインベーダー達を倒すヒントにはなる。武器に魔力結晶が込められていて、それによってインベーダー達にダメージを与えられているんだとすれば……、そこらに転がっている魔力結晶の込められていない物にでも、俺が直接魔力を込めればいいんじゃないのか?
そう……、イケ学で戦っていた時から俺は『武器に自分の魔力を流して威力を高める』ということが出来ていたじゃないか。それで何故威力が上がるのか、という説明にもなる。
インベーダー達にダメージを与えるのが武器に込められた魔力結晶のお陰ならば、そこに自分の魔力を流して武器をコーティングすればその分威力が上乗せされるのは当然の帰結だ。あの技術で武器の威力が上がり、インベーダー達へのダメージが増えるのも納得だろう。
そして俺の持つ反逆の杖や魔剣・終末を招くモノ……、あれらが何故レベル制限なく誰にでも装備出来て、装備者のレベルに合わせて強さが変わるのか。
それは装備者の持つ魔力とか武器に込められている魔力結晶を受け入れる力を感知して、武器の方が出力を調整しているからじゃないのか?これなら色々と説明がつく。
なら……、俺が今このインベーダー達を倒すには……。
「あれがよさそうだな……」
ブォンッ!という音をさせるインベーダーの触手を避ける。そして店先に転がっていた棒を拾い上げた。何の用途で使っていた物なのかわからないけど、木刀よりは細くて軽くて短いけど、振り回すには取り回しがしやすい長さと太さの木製の棒だ。これに俺の魔力を流して……、斬る!
「はぁっ!」
「ピ……」
とりあえず近くにいたインベーダーを斬ってみれば……、木製の棒で真っ二つになった。
「よしっ!いけるぞ!」
「「「「「おおお~~~っ!」」」」」
「すげぇ!」
「いいぞ!やっちまえ!」
俺がインベーダーを切り裂いたら観衆達から歓声が上がった。でもそんな暇があったらとっとと逃げろと言いたい。今ここにいるインベーダーの数は知れたものだけど、王都のバリアが切れているのならこれからもっと侵入してくる可能性もある。それなのに暢気にこんな所で観戦している場合かと言ってやりたい。
ただ俺があまり声を出すと女だとバレる可能性がある。いや、すぐに女じゃないかと疑われるだろう。そうなれば折角姿を隠しているのに、事後に俺を捜されてしまう。出来るだけ俺が見つからないように情報は隠しておくべきだ。
「おっと!」
「ピギーッ!」
「ピギーッ!」
「ピギーッ!」
一匹倒したことでインベーダー達も俺を敵とみなしたようだ。次々とインベーダー達が俺に殺到してくる。好都合ではあるけど……、このままここで戦うのは不向きだ。とにかく今はこの辺りにいるインベーダー達を倒して、ここから徐々に離れて行く方が無難だろう。
「こっちだ!こい!」
「ピギーッ!」
インベーダーを切り倒し、誘導しつつ観衆から離れていく。一部の観衆は俺とインベーダーの移動に合わせてついてきている馬鹿もいるようだ。もしくはあれはただの観衆じゃなくて俺のことを調べているのか?どちらにしろとにかく一度この場から離れた方が良いだろうな。
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インベーダーを倒しつつ移動を繰り返し、一先ず近くまで侵入してきていたインベーダーは全て倒した。あれ以来後続が来ていないところを見ると、少なくともこっち方面へ侵入しようとしている敵は兵士達がうまく抑えているのかもしれない。
俺はどうするべきだ?普通に考えればこのまま城壁まで行ってインベーダーを抑えるのが一番だろう。そうすれば被害を最小限に食い止められる。でもそんなことをすれば他の兵士達に見つかってしまう。それに俺の実力も知られてしまうだろう。
そして何より心配なのが……、このまま舞とアンジーを放っておいて大丈夫なのか?ということだ。王都にどれだけ被害が出ようが、見ず知らずの人が死のうが、はっきり言えば俺には関係ない。それを守るのは王都の兵士の仕事だ。
あんな……、イケ学で何度も地獄を見せられて、それなのに最後はあんな扱いを受けてまで……、俺が王都や民衆や兵士を守ってやる謂れはない。俺がすべきことは俺にとって一番大切な人を守ることだ……。
だったら……、俺が向かうべき場所は一つしかない。
『ハイド』で姿を隠しながら屋根の上を駆け抜ける。遠くで侵入したインベーダーが暴れているらしい音が聞こえているけど俺には関係ない。俺はとにかく舞とアンジーの下へと急いだのだった。
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伊織、いや、斎がインベーダーと戦うために離れてから、舞とアンジーはまた避難誘導を再開していた。
「避難所はこちらです!」
「さぁ!慌てず!でも出来るだけ急いでくださいまし!」
声が枯れるまで呼びかけ続け、手を貸し、肩を貸し誘導していく。
「ありがとうねぇ」
「いいんですよおばあちゃん」
「さぁ、お急ぎになって」
避難しようとしている人達を助け、感謝され、二人は懸命に動いていた。しかし……。
「おらっ!こっちこい!」
「んんっ!」
「アンジー!」
突然数人の男達がアンジーの口を押さえ、体を簡単に縛って連れて行こうとしていた。その場面を目撃した舞がアンジーを助けようと男達の前に立ち塞がる。
「アンジーをどうするつもりですか!放してください!」
「うるせぇ!」
「おい……、どうする?」
「構わねぇ!こいつもさらっちまえ!」
「きゃあ!」
前に立ち塞がった舞にまで男達は手を伸ばす。男数人がかりで押さえ込まれては女の細腕で対抗出来るはずもなく、舞も縛られ、手で口を塞がれながら男達に抱えられていったのだった。
~~~~~~~
「私達をどうするつもりですか!」
「舞……」
人気のない路地裏に連れて行かれた舞とアンジーは地面に転がされていた。付近に人の気配はなく、助けを求めても誰も助けてくれそうにない。何より警報が鳴り響き、大勢の人が避難所を目指したり、喧騒が起こっているために辺り一帯が騒がしい。少し騒いだ所で誰にも気付いてもらえないだろう。
舞は男達をキッと睨んで?いたが男達にはそんなものは痛くも痒くもない。アンジーは不安そうな顔で舞に寄り添うだけだった。
「何故私達にこんなことをするんですか?何が目的ですか?」
「お前達がそんなことを知る必要はねぇんだよ」
「まぁ最後に良い思いをさせてやるからよ。人生最後のお楽しみだ。精々楽しむんだな。げへへっ!」
そう言いながら男の一人がズボンを下げようとする。女二人がさらわれて、男達に囲まれていれば……、その後に起こることは想像に難くない。
「おい……、そんなことしてる場合じゃないだろ。とっとと言われた通りに……」
「いいじゃねぇか。最後におもちゃにしちゃ駄目だなんて言われたか?こんな上玉二人だ。ただ殺すのはおしいだろ?」
「そりゃまぁ……」
「なぁ……」
一番好色そうな男の言葉につられて他の男達も下卑た笑いを浮かべながら頷き合う。一応建前でああは言ったが最初から答えは決まっていたも同然だ。ただ最初に誰が言い出すかの違いでしかなかった。ついに男達の手が舞とアンジーに伸びようとしたその時……。
「俺の女に何をしている……?」
ゾクリと……、一瞬で全身に鳥肌が立ち、動悸がして、呼吸が浅く早くなった。自分達の後ろからかけられた声は……、あまりに恐ろしかった。
少し高い、まるで女のような声……。そのはずなのに……。女の声などで恐れるはずなどないのに……。しかし男達は一瞬で冷や汗まみれになり、喉が渇き、身動き一つ取れなくなった。今動けばそれは確実なる……死。そんな予感がして動けない。振り返ることさえ出来なかった。
「聞こえなかったか?俺の女に何をしている?」
「――っ!うっ、うおおっ!」
一番後ろ側にいた男が、振り向き様に懐のナイフを抜き、声の主に突進する。ナイフが刺さったと思った。確かに突き刺したはずだ。しかし……、何の手応えもない。そしてそこに立っていたであろう人物の姿もなかった。
ズルリ……
男の腕からそんな音がして、何かがずれるような感覚があった。
「あ?」
男が自分の腕を見てみれば……。
「ぎゃああぁぁぁぁっ!腕!俺の腕がぁぁぁぁっ!」
男の両腕は前腕の中ほどから先がボトリと落ちた。何が起こったのかわからない。
「ひぃっ!」
それを見て他の男達が逃げようとする。しかし……。
「いて!…………あ?」
足がもつれて転んだ。そう思った。急いで立ち上がらなければ……。それなのに立てない。一体何が……。そう思って自分の足を見てみれば……。
「うああああぁっ!足が!足があぁぁぁっ!」
男の両足は脛の中ほどから切断されていた。ある者は片足を太腿から切断され、ある者は両方の手首、足首を切断されている。何が起こっているのかわからない。男達が全員パニックになっているとユラリと影から奇妙な出で立ちの者が現れた。
全体を緑の布で覆われたその姿はあまりに奇妙だ。そして何よりもそいつが持っているのは……、ただの木の棒……。まさかあんな木の棒で自分達の手足を切断したとでも言うのか。そんなわけがない。そんなことが出来るはずはない。しかし……、そうとしか……。
「おまっ、お前なんなんだよぉ!何で俺達にこんなことを!」
「俺達が誰だかわかってんのか!」
とにかく必死で、助かりたくて口を開く。しかしそれはその相手の逆鱗に触れただけだった。
「何故……?何故だと?だったら……、お前達は何故俺の女達にあんなことをした?」
その怒りは激しく暴れたり声を荒げるようなものではなかった。しかし……、明らかに、圧倒的に、静かな怒りをはらんでいた。
「アンジー……、こいつらには何か裏がある。一度捕まえて尋問しよう。アンジーの屋敷に連れて帰って尋問してもいいか?」
緑の者は舞とアンジーが縛られている縄を解きながらそう問いかけた。連れて行けば面倒事になる。このまま兵士にでも差し出した方が面倒はないだろう。しかしアンジーは覚悟を決めた顔で頷いた。
「この下郎らに何か背景があるのならば……、私も無関係ではありませんわ」
この騒動の中で起きた事件は何か裏がある。男達の口ぶりからもそれが窺えた。このまま兵士に引き渡しても有耶無耶にされて真相はわからず仕舞いになるだろう。
舞とアンジーと緑の者はお互いに頷き合い、男達を縄で縛り、猿轡をかませ、一切抵抗もしゃべることも出来ないようにしてアンジーの屋敷へと運んだ。男達を担いで運んでいるというのに、何故か運ばれている最中誰にも不審がられることもなく、男達は全員ウィックドール家の屋敷に運び込まれたのだった。