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第百七話「やっぱり侵入されました」


 さっそく行動を開始した俺達だったけど、避難誘導はあまりうまくいっていなかった。


「皆さん!落ち着いて避難場所に避難してください!」


「指定避難場所はこっちです!こっちへ向かってください!」


 街中には何箇所か、こういう事態の時に避難する指定の避難場所があるらしい。アンジーと舞がそちらへ向かって誘導しているけど半分、いや、三分の一もそちらへ向かっていない。


「インベーダーが来ていますよ!避難してください!」


「うるせぇなぁ……。今までこんな場所までインベーダーがやってきたことなんてありゃしないんだよ!」


「そうだそうだ!店を放って避難してる間に商品を盗まれたらあんたが補償してくれるってのか?」


「それは……」


 いくら舞とアンジーが避難を勧めても三分の二以上は動かずいつも通りの生活を送ろうとしている。確かに市民達の言い分もわからなくはない。こんな警報なんてしょっちゅうあるんだろう。その度にいちいち避難していたら無駄な労力がかかる。


 それに店主が言っていたように火事場泥棒も出るんだろう。今まで何度となく避難しても結局何の被害もなくて、それどころか避難している間に泥棒に入られて商品や売り上げを盗まれていたんじゃ避難もしたくなくなる。


 確かに言っていることもわかるし、気持ちも被害もわかるけど……、でも命あっての物種だろう。今まで大丈夫だったからこれからも大丈夫とは限らない。でも人はそういう風に慣れてしまう。今まで大丈夫だったからこれからも大丈夫に違いない、そう考えてしまうように出来ているものだ。


 これは何もあの人たちが馬鹿や愚かということじゃない。人間はそういう危険に対して鈍感になるように出来ている。常に危険やリスクばかりを考えていたら何も出来ない。だから……。


「舞、アンジー、動かない人はもう放っておこう。それよりも先に避難しようとしている人を助けるんだ」


 俺は薄情なのかもしれない。言っても聞かず、動かないというのならその人たちは自分でその道を選んだということだ。だから例えその結果死んだとしても自分で選んだ道だろう。そんな者を今ここで説得するために時間と労力を使うくらいなら、避難しようとしている人達を助けた方がよほどためになる。


「でも……」


「あれは彼らが選んだ道だ。俺達がとやかく言うことじゃない。それよりも避難したいのに出来ない、遅くなってしまう、そういう助けを望んでいる人を助けるべきなんじゃないのか?」


 ここでマゴマゴしている暇はない。例え彼らを見捨てたと言われようとも、まずは助けて欲しいと手を伸ばしている人を助けるべきだ。頼まれてもいない相手を無理に助けようとして、その結果助けを求めている人まで助けられなければ本末転倒でしかない。


「道に迷う人もいるし、足腰や体が悪くて早く移動出来ない人もいる。子供連れで困っている人もいるだろう。先にそういう人から優先的に助けていこう」


「……そう、……だね。うんっ!それじゃ誘導と手助けからしていくよ!皆さん!避難所はこっちです!」


「お婆さん、肩を貸しますわ」


 舞もアンジーも切り替えたようで、まずは逃げようとしている人から手助けし始めた。俺も二人と一緒に誘導や手助けをしていく。


 皆が避難しようとして一度に狭い場所に殺到するとそれこそ大事故に繋がりかねない。災害に慣れている日本人ならともかく、災害に慣れていない人達がパニックを起こすのが一番危険だ。まぁここの人達はインベーダーの襲撃なんて慣れすぎてこれだけ逃げない人が増えてるんだろうけど、一先ずそれはおいておく。


 一度に避難所に人が殺到したら大変なことになるからこれはむしろ助けだと思うべきだろう。まずこの三分の一でも逃げようとしている人達を先に逃がす。街中にいる人が減れば、後で残っている人達が避難しようとしてもパニックや事故が起こる可能性を少しでも減らせるだろう。


「舞、アンジー、この警報はどれくらいで鳴るんだ?」


「そんなに何度も聞いたことないけど……」


「…………」


 舞はすぐに答えてくれたけどアンジーはグッと苦しそうな顔をしただけですぐには答えてくれなかった。暫くしてからようやく口を開く。


「斎はイケシェリア学園で似たような放送を聞いたことがあるのですわね……。イケシェリア学園では戦闘のたびに鳴りますわ。ですが街中でこの警報が流れる時は……、王都の結界が切れてインベーダー達を防ぎきれるかわからない時ですわ……」


「…………なるほど」


 俺は顎を触りながら考える。イケ学ではこれは出撃の合図だった。だから出撃の度に鳴っていたから慣れたものだ。でも街中でこの警報が流れた回数は僅かということだろう。何しろ最近になって、王都の結界が魔石不足で停まった時しか鳴らないんだから……。


 つまり街中でこの警報が鳴り響くということは、本当にいつどこからインベーダーに侵入されるかわからない状況ということだろう。ここは王都のかなり中の方だ。外周部に近いスラムや貧民街と違ってここまでインベーダーが侵入してくる可能性は低い。


 低いけど……、それはあくまで可能性が低いというだけで絶対じゃない。今までなかったからこれからもないとは言えない。


 それに多分だけど外周部はこれまで何度か被害を受けたことがあるはずだ。壊れている建物やインベーダーが暴れたり戦ったらしき痕跡を見たことがある。今まで外周部付近がそうして被害を出してきたということは、外周部の人たちほど身の危険を感じてきちんと避難しているに違いない。


 もしインベーダーが人間を探して優先的に狙っているのなら……、外周部の人達が避難していなくなっていれば、いくらここが中心に近い内側だといってもインベーダーが一気に迫ってくる可能性もある。


「とにかく舞とアンジーは出来るだけ多くの人が素早く避難所にいけるように……、――ッ!?」


「どうしたの?斎ちゃん」


 俺は慌てて後ろの方を睨む。まずい……。本当に敵が侵入してきた。しかも俺の予想通りなのかこっちに向かってかなりのスピードで近づいてきている。


 まだ避難はほとんど進んでいない。三分の二以上は相変わらず動かないし、避難しようとしている人たちも遅々として進まない。こんな状況でインベーダーに襲われたら……、大きな被害が出てしまう。


「…………インベーダーがきた。俺が迎撃する。二人は避難を急がせるんだ」


「斎ちゃん!」


「斎……」


 二人が心配そうに俺を見詰めてくる。だから俺はふっと笑った。


「大丈夫大丈夫。俺は王都の外を何ヶ月もほっつき歩いても無事だったんだぞ?こんな程度で死んだりするわけないだろ?」


「それは……」


 俺の言葉に二人は視線を動かす。俺のことを信じていないわけじゃないけど不安はなくならない、というところだろう。その気持ちはうれしいしわからないわけじゃない。ただ今の俺がちょっとしたインベーダーに負けるとか殺されるなんてことはない。……全力で戦えたらな。


 街中で、しかもほとんどの人が避難していない中で戦うのは正直やばいと思う。俺が自由に動けないのもあるし、正体を悟られるわけにもいかない。あまりに戦果を挙げすぎれば兵士にスカウトされたり、下手したらイケ学に編入されるなんてことにでもなったら最悪だ。


 逃げていない町の人が邪魔になるし外で一人で戦ってた時とは勝手が違う。人を巻き込まず、正体も悟られず、兵士やイケ学関係にも見つからないように全てを影で処理する。そんなことはまず不可能だ。何か良い方法を考えなければ……。


「斎ちゃん……、信じてるよ?」


「……ああっ!大丈夫!」


 不安そうな顔をしながらも、それでも俺を真っ直ぐ見詰めてくれる舞に俺も真っ直ぐ見詰め返して頷く。


「斎、貴女正体を隠したいのでしょう?それならばこれを持っていきなさい」


「これは……?」


 アンジーに渡された袋を開けてみると……。


「布?」


 落ち着いた緑系統の色をした布が袋の中に入っていた。これは一体……。


「カーテンにしようと思っていたものですわ。大きさは十分ですからそれを使えば……」


「ああ……、外套代わりにして身を隠せってことか。ありがとう。有効利用させてもらうよ」


 アンジーが渡してくれた袋をしっかり抱える。これがあれば何とかなるだろう。


「待ってるからね、斎ちゃん」


「斎、必ず戻ってくるのですわよ」


「二人も無事でいてくれよ」


 むしろ俺は二人から離れることの方が心配だ。インベーダーは俺が全て食い止めるとしても、パニックになって暴徒同然と化した市民達に二人が襲われないとは限らない。俺がインベーダーの相手をしている間に二人に何かあったらと思うと心配だ。


 だけど……、ただお互いに心配だ心配だと言っているだけでは話が進まない。時には信じて任せることもしなければ、お互いの信頼なんて深まらないだろう。ただ相手を過保護に守っていれば良いというものじゃない。


「いってくる」


「「いってらっしゃい」」


 踏ん切りをつけた俺は二人から離れて路地裏へと入って行った。人目がない所で袋から布を取り出す。そのままじゃ布が大きすぎて、しかもただの四角い長方形の布だから外套というかフードとしては使えない。適当に体に巻いたり、一部を切ったりして体を隠すのに丁度良いように加工していく。


 切断面がそのままだからすぐに糸がほつれてしまうだろう。でも今だけもてば良いものだからあとのことなんて関係ない。もう二度と使うことはないだろうしな……。


「よし……。こんなものか……」


 布を巻き終わった俺は自分の姿が完全に隠れていることを確認してから建物の上へと飛び上がった。馬鹿正直に人混みの中を走っていっても時間がかかるだけだ。建物の上を駆け抜けてインベーダーの気配に近づいていく。


「いたっ!」


 屋根の上を飛び越えて駆け抜けていると向こうの方で怒声と逃げ惑う人々、そしていつものインベーダー達の鳴き声がピギーピギーと聞こえていた。


 ここに来るまでにそれなりの犠牲者が出ているかもしれないけどそれは俺にはどうしようもない。俺に出来ることはこれからの犠牲者を少しでも減らしてやることだけだ。


「とはいえ流石に丸腰では……」


 インベーダー達に近づく前にどうしようか考える。魔法は駄目だ。今インベーダー達と人間達が入り乱れている。俺の魔法では初級の魔法でも威力が強すぎて貫通してしまう。貫通した魔法が周囲の建物や人間に絶対に当たる。何か武器になりそうなものは……。


「ほうき……、あれをいただこう」


 店先に置いてあるほうきが目に付いた俺は地上に降りてそれを拝借する。木刀でも戦えるんだからほうきでも戦えるんじゃね?っていう安易な考えだ。


「どけ!俺が相手だインベーダー!」


 人の波を掻き分け、建物の壁を横向きになって走り、インベーダーに肉薄する。そして……、


 バキッ!


 という音と共にほうきは砕け散った。


「それはそうですよね~……」


 イケ学の木刀は破壊不可だ。どうやっても折れたり割れたりしない。何か特殊な技術で作られているんだろう。それに比べてこのほうきはただの木製のほうきだ。思い切り殴ればインベーダーを殴らなくてもすぐに折れる。


「う~ん……、何か武器が欲しいな……」


 ブォン!ブォン!と俺の回りの空気を切る触手をかわしながら考える。インベーダーのターゲットが俺に集まってるのはいいんだけど攻撃手段がない。魔法は相変わらず使えない。まだ人が周囲にいるのに巻き添えにしてしまう。


「おっ!おおっ!」


「あいつやるぞ!」


「いけー!やっちまぇ!」


 あー、もー……、お前らが邪魔なんだよ。お前らがいなくなったら魔法で倒すのに、お前らがいるから魔法も使えないんだろ……。


「片っ端から使ってみるか……」


 とりあえず俺はインベーダー達の攻撃をかわしながらそこらに落ちている物で片っ端から攻撃してみる。花瓶を投げつけたり、ナイフや包丁などの刃物すら使ってみたけど効果はない。やっぱりインベーダーって相当硬いんだな……。


 俺は敵の攻撃を食らうことはない。この程度のインベーダーの数なら物の数じゃないだろう。でもこちらからも攻撃手段がない。押し退けたり、吹き飛ばしたりは出来るけどダメージらしいダメージはないようだ。


 兵士達がやってくるまでこうして時間を稼いでおくというのも……、と思うところだけど、実際兵士達なんていつ来るかもわからない。それに敵だってどんどん増える可能性がある。倒せるうちに倒しておかないと厄介なことになりかねない。


 そして何よりも俺は舞とアンジーが心配だ。今すぐにでも二人の所に戻りたいのにこんなところでいつまでも油を売っていられない。


 どうしたもんか……。完全に手詰まりの中、せめて民衆がさっさと避難してくれればいいのに、彼らは何故か試合でも観戦しているかのように俺とインベーダーの周りにたむろして、一向に避難する様子はなかった。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] こんな状況でお祭り(派手な喧嘩)気分……。 こいつらを助ける義理は無いんじゃないかな? それでも逃がしたいなら、わざと黒ピギーの触手を一般人か頑丈な何かへ当てさせて、威力を実感させるしかね…
[一言] 布を巻いた上で袋も被るんだな(違)
[一言] そんな奴らはほっとけ まあ、伊織は気にやむか
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