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第百五話「出来ました」


 午後からも町を回ってから屋敷へと帰って来た。メイドさん達に迎えられるけど特に何も言われない。明らかに露店の焼き物の匂いとかしてると思うんだけど、アンジーが下町に出ていることがバレていても何も言われないようだ。


「先にお風呂を済ませてしまいましょうか」


 アンジーの言葉に頷きそうになって止まる。お風呂に入ることはいい。外で色々匂いがついてきてるし、食事の前にお風呂に入るか、食事の後にお風呂に入るかは大した問題じゃない。それに昨日も三人で一緒に入ったんだから、舞やアンジーと一緒にお風呂に入ることも抵抗はないどころかウェルカムなんだけど……、お風呂ってどうやって沸かしてるんだ?


「アンジー……、お風呂ってどうやって沸かしてるのかな?」


「え?お風呂ですか?薪か湯沸かし器ですわよ?」


 薪か湯沸かし器ということはどちらでも沸かせるようになっているということだろう。薪はまぁ説明されなくてもわかる。湯沸かし器というのは動力や燃料は何だ?って、考えるまでもないだろうな……。魔法科学文明の技術を使っているんだ。恐らく魔石で火か熱を発生させているんだろう。


 魔石が貴重なことはもちろんのこと、今の王都の状況では薪も相当貴重になっているはずだ。今日一日下町を歩いてみてそれがよくわかった。そんな貴重な薪や魔石をホイホイと無駄遣いして良いとは思えない。


「ちょっと湯沸かし器の所に案内してもらってもいいかな?」


「えぇ……?それは構いませんが……、汚れますわよ?」


「ああ、アンジーは待っていてくれたらいいよ。誰か案内してくれる人がいれば……」


「もちろん私達も行くよ!」


 舞とアンジーには待っていてもいいと言ったんだけど、結局二人もついてきて三人で向かうことになった。他のメイドさん達案内人はついてきていない。これから俺がしようと思っていることは人に見られたくないから、メイドさん達がいないのは都合が良い。


「こちらですわ」


 屋敷の裏手に回ると屋敷から出っ張った部分があった。扉や窓がついているけど中は煤けて焼けたような臭いが篭っていた。近くに薪置き場があるからここがボイラー室だろう。中に入ってみれば薪をくべる所と、その上に妙にここだけ先進的というか機械的な装置が置いてあった。


「アンジー、この装置開けてみてもいいかな?」


「えっ!?だっ、大丈夫ですの?」


 アンジーが不安そうな顔で問い返してきた。どうするか迷ったけど覚悟を決めてアンジーに話してみることにした。


「アンジーは知ってるんじゃないかな?魔石のこと……。この装置も魔石で動いているんでしょう?そして今魔石が貴重なことも……。それに私より前から町に出ていたなら薪が貴重なこともわかってるよね?」


「それは……」


 アンジーの視線が泳ぐ。俺に責められたと思ったのかな?貴重な魔石や薪をバンバン使って悠々自適に暮らしている貴族の生活を責められていると感じたのかもしれない。そしてそう思うということはアンジーもこの生活に負い目を感じているということだろう。


「別に責めているわけじゃないんだよ。ただ貴重だから節約出来るなら節約したいよね?だからちょっと節約のお手伝いが出来るんじゃないかと思ったんだよ」


「節約のお手伝い?」


 アンジーが首を傾げる。そうなる気持ちもわかる。これは実際に見せた方が早いんだけど、信用してもらって装置を任せてもらえないと実演することは出来ない。


「うん。信じられないかもしれないけど装置に直接人の魔力を流し込むんだ。そうすると魔石の魔力を消耗することなく装置を使える」


「そっ、そのようなこと出来るはずがありませんわ!そのような実験や研究は今まで幾度となく繰り返されてきました。ですがそれは実用化されておりませんわ。それが全てです」


 まぁそうだろうな。王族や貴族達は当然魔石不足をどうにかする研究を重ねてきたはずだ。その中で一番手っ取り早いというか、一番最初に思いつくのが人間の魔力を直接注いで使えないかということだろう。人間ならたくさんいるんだから人間の魔力が使えたら一番だ。


 だから当然そういう実験や研究が繰り返されたはずだろう。それでも王都ではそんな技術は実用化されていない。それどころか俺が調べた範囲では森の研究所でも実用化されたという記録はなかった。今より進んだ昔の魔法科学文明ですら出来なかったのに、今出来るはずがない。


 でも俺はそれが出来た。理由はわからない。でも間違いなく俺は個人用転移装置に魔力を直に注いで起動させた。他の装置でも出来る可能性はある。


「まだ詳しいことは言えないんだけど……、私が王都の外に取り残されてから……、外にあったとある装置に体から直接魔力を注いで起動させたことがあるんだ……。もちろんそれが動かせたからってこれも動かせるとは限らない。最悪の場合は壊してしまう可能性もないとは言えない。でも信じてくれるなら任せてみて欲しい」


「装置が壊れることなどどうでも良いことですわ!そうではなく、装置に直接魔力を注ぐには人間の魔力は弱すぎます!過去の実験では装置に魔力を吸われて干からびて死んだ人もいると聞いております!危険すぎますわ!」


 あ~……、やっぱりそうなのか。前に電池の話をしたのと同じことだな。装置からすればエネルギー源からあるだけエネルギーを引っ張る。エネルギーが足りなければ装置が停止するだけだ。でもとことん吸われた電池はどうなるのか?という疑問の時に俺が考えた通りの結末になるということだろう。


 装置はバッテリーの残量を気にして安全装置が働くようになんて出来ていない。エネルギーがあるだけ引っ張り、足りなければ安全に停止するだけだ。吸われた方のバッテリーは残量がなくなって切れてしまう。人間がそうなったら……、アンジーが言ったように干からびてしまうんだろう。


 王都を守る結界のような大掛かりな装置のエネルギー源になったら、人間の魔力なんて一瞬で干からびてしまうのかもしれないけど、こんな湯沸かし器程度ならどうってことはない。これなら転移装置の方が遥かに負担が大きいだろう。


「大丈夫。これより絶対消費量が大きい装置に魔力を流しても平気だったから。むしろ逆に魔力を流しすぎて装置を壊してしまわないように注意する方が気を使うよ」


 転移装置の場合は転移にかかる魔力以外は微々たる消費しかしない。その微々たる量に調整せずに思い切り魔力を流したら壊してしまう恐れもある。この湯沸かし器も慎重に取り扱わないと、魔力の流しすぎでオーバーヒートのように壊れるかもしれない。


「斎ちゃんが根拠もなく無茶なことは言わないよ。信じてみようよアンジー」


「はぁ……。それでは少しだけですわよ……」


 舞も説得に加わってくれたお陰かアンジーが折れてくれた。俺の本音は魔石の節約というよりは、転移装置以外でも俺の魔力を注いで動かせるのかどうか、それを確認しておきたいからだ。他にも消費量がどれくらいなのかとか、現在王都で使われている技術がどの程度なのかも知りたい。


 本当は実に自分勝手で利己的な理由による。もしかしたら舞やアンジーもそれに薄々気付いているのかもしれない。俺がただこれを試してみたいだけだと……。


 だけどそれでもやめるつもりはない。王都の技術水準を知るためにも、こういった魔石で動く物を詳しく知っておく必要がある。アンジーが湯沸かし器を壊れても良いと言ったということは、この程度なら生産出来るということだろう。魔法科学文明の遺産というわけじゃないということだ。


「それじゃ開けるね?」


 アンジーに確認してから湯沸かし器を分解してみる。構造や回路はわからないものも多いけどこれは俺も知ってる魔法陣の応用だろう。構造はとても単純だ。魔法陣で水が通る場所を熱する回路を作っている。そこに魔石の魔力を流して魔法陣を発動させるだけだ。ガス湯沸かし器などと実質的には変わらない。極端に言えば燃料がガスか魔力かの違いだけだろう。


「これを……、こうして……。それじゃ動かしてみるよ?」


「はい……」


 魔石を取り外してその部分を直接触れておく。装置の起動スイッチを押そうとしたらアンジーが何か鬼気迫るような怖い顔でじっと見ていた。俺に何かあったらすぐに動けるように備えているのかもしれない。


「ほい」


 俺はポチッとな、とばかりに湯沸かし器の回路を起動させる。極微量の魔力が吸われているけど驚くほど消費量が少ない。まぁ熱を発生させて水を温めるだけの回路だからそりゃそうか。消費量なんて微々たるものだ。


 装置の中にあった魔石も小さなもので本当に小石という感じのものだった。これでどれくらい使えるのか知らないけど、随分燃費が良いのかもしれない。それとも消費エネルギーが少ないということはお湯が沸くまで時間がかかるのか?


「だっ、大丈夫なんですの?」


 本当に起動しているのかもわからないからかアンジーが不安そうな顔をしている。そして俺は一つ気付いた。


「装置は動いてるけど……、これってお風呂が沸くまで俺が動けないよな……。お風呂が沸くまでどれくらいかかるんだろう?」


「斎ちゃん!口調!」


「あっ、ごめんなさい……」


 舞に口調のことで怒られたから素直に謝っておく。それよりお風呂が沸くまで普通結構かかるよな?それまでずーっとこうして待ってないといけないんじゃないか?それはつらいぞ……。


「詳しくはわかりませんが、三十分ほどではないでしょうか?」


「なるほど……」


 三十分くらいなら我慢出来なくもないな。アンジーの家のお風呂はかなりの広さだった。あの量のお湯が沸くのに三十分だとするとかなりの火力じゃないかと思うんだけど……。


「三十分くらいなら我慢出来るけどさすがにこの姿勢は面倒だよね……。ちょっと一旦止めるよ」


 一度装置を止めてから例の延長コードを取り出す。延長コードは転移装置につけたもの以外にも余った材料でいくつか予備を作ってあった。それを魔石の取り付け部分に付けて、肌にも付けて完成だ。再度装置を起動させたらやっぱり若干魔力消費量が増えている感じがした。


 増えている量自体は微々たるものだけど、コードに原因があるのか、直接触れてないからか、やっぱりこれだとロスが増えていることがわかる。


「これでそのうちお風呂が沸くと思うよ。それまで俺はここで魔石代わりをしているから、二人は部屋に戻って休んでいてくれたらいいよ」


「斎だけをこのような場所に残してそんなこと出来ませんわ!」


「そうだよ!斎ちゃんがいないなら部屋に戻っても意味ないじゃない!」


 二人に怒られてしまった。このような場所に残してって言うけど、湯沸かし器はともかく、薪でお風呂を沸かしている時はずっと誰かがここで火の番をしてるからきちんと沸いているんだけどな……。まぁいいか。


 その後、いつもお風呂が沸くよりも少し早めに沸いたらしい。俺はそのいつもというのがどれくらいの時間なのかわからないけど、ここの人がそういうんだからそうなんだろう。


 昨日と同じように舞とアンジーと三人一緒にお風呂に入ったけど昨日よりお湯が熱かった。昨日は残り湯を沸かし直したんだろうからちょっと温めだったのかもしれない。今日のは少し熱めだから今の俺の薄い皮膚には熱く感じられた。


 お風呂からあがるとアンジーの両親が帰っていると報告を受けた。着替えを済ませてから朝と同じ食堂に向かう。アンジーの両親は俺達がいるのに特に気にしている様子もなく、普通に食事を食べ、俺達と少し話をして、拍子抜けするほど何もなく夕食が終わった。


 朝は忙しかったとしても夜は暇があるから色々聞かれるかと思っていたのに、こっちの方がびっくりするくらい俺達に何も言ってこない。俺や舞のことを何か知っているから……、ではないと思うけど……。根掘り葉掘り質問されるよりは良いからこちらから余計なことを言う必要もないか。


 そして食事も終わるとアンジーの部屋で三人で色々とおしゃべりをする。俺は何か聞かれても答えられないことばかりだから、基本的にはアンジーが何かを話して俺と舞が聞いて質問するという感じだ。それでたまに舞も何か話してくれる。


 そうして夜も更けると昨日同様また三人で並んで眠ることになった。今日も腕を貸して腕枕に挟まれる。そうして暫く大人しくしていたら、真夜中頃には両隣から寝息が聞こえ始めた。


「よし……。行くか」


 舞とアンジーの頭をそっとはずして普通の枕に乗せる。腕枕から逃れた俺はアンジーに借りた寝間着を脱いでボディスーツとマント姿になるとアンジーの部屋のバルコニーから飛び出した。目的地がここ、というものはない。


 別に舞とアンジーの下から離れるつもりはない。俺はまだ王都を全て把握していない。これは色々な調査だ。今夜も王都の調査と把握のために俺は夜の町の屋根の上を縦横無尽に走り回ったのだった。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] パトラッシュは夜に抜け出して……まさか! ルーベンスの絵を見に行く気じゃあ(違う) >装置に魔力を吸われて干からびて死んだ人もいる 図書館に有った、魔力をガンガン吸う訓練用魔法陣。 あ…
[一言] そしてまた未確認飛行物体の目撃情報が…… 前回の感想のアレは >> 町の広場で抱き合うプリンシェア女学園の女子生徒が二人。 の二人って所を勘違いしてただけでした( ˘ω˘ )
[一言] 伊織の魔力は他の人とは何か違うのかな?
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