第百一話「話しました」
色々と聞きたいこともあるし、聞かれることもあるだろう。でもあまり焦っても考えがまとまらないのでまずは身近なことや手軽なことから会話を弾ませていく。
「どうして二人はあんな所で寝転がっていたんだ?」
「えっとね……」
「今王都では謎の三角頭の噂で持ち切りなのですわ」
「三角頭?」
舞とアンジェリーヌの言葉に俺は首を傾げる。謎の三角頭って何だ?
「夜な夜な王都に現れては空を飛び回り、いつの間にか消えている謎の怪奇現象。新種のインベーダーである。いやいや幽霊だ。と様々に言われておりましたわ……」
「へぇ……、怖い話だね」
俺の知らない間に王都も物騒になったものだ。もし本当に新種のインベーダーなんだとしたら犠牲者が出ていないんだろうか?それに魔法とかもある世界だからもしかしたら本当に幽霊とかもいるかもしれない。いや、わからないけどね?でも地球ではいないとしても、こっちでも絶対にいないとは言い切れないだろう。
「……あれ?じゃあもしかして今日二人があんな場所にいたのは……」
「うん。アンジーがどうしても三角頭の正体を探ろうっていうから、二人で夜中に抜け出して探してたんだ」
「ちょっ!危ないよ!?何でそんなことを……」
それで本当に新種のインベーダーで襲われたりしたらどうするつもりだったんだ。舞もついていながら許可したんだからインベーダーではないと思ったんだろうけど、それでもこんな夜中に若い女の子が二人で外をウロウロしているだけでも危険だろう。
「最後に……、一度くらい夜に家を抜け出してみたかったのですわ。それに三角頭の正体を掴めれば町の人達のためにもなるかと思いましたし……」
暗い顔でそう言うアンジェリーヌに俺は何も言えなくなった。最後ってどういう意味だとか、色々と突っ込みたいことはあるけど、そんなことは言える雰囲気じゃなかった。
「それでその噂の三角頭の正体はわかったのか?」
「「…………」」
俺の言葉に……、二人は無言で俺の方を指差していた。俺は首を傾げてから後ろを見てみる。でも何もない。前を見てみればやっぱり二人はこちらを無言で指差している。
「えっと?」
「三角頭の正体は伊織君だよ……」
「…………は?」
意味がわからない。俺のどこが三角の頭をしているというのか。
「土色のフワフワした体に、三角の頭を持ち、夜中に王都の空を飛びまわる。それが三角頭にまつわる噂ですわ。そして本日その正体を見ました……」
「土色のフワフワ……、三角の頭……、夜中に王都の空を飛びまわる……」
俺は、自分のマントを被って鏡の前に立ってみた。土色のフワフワしたマントだ。そりゃそうだ。土嚢袋みたいなフワフワの布だからな。本来のマントのようなしっかりした素材じゃない。そしてフードを被ってみれば……、フードは土嚢袋の一辺の糸だけ抜いてそのまま頭に被ってるような感じだ。
だから残っている方の縫い目はシュッと真っ直ぐに伸びていて、縫い目の端が真っ直ぐ上に頂点のように立っている。縫い目の一辺があって、その回りは円錐のように広がった形だ。暗い場所でぼんやりこの縫い目の辺側から見れば確かに三角形っぽく見えるかもしれない。そして俺は夜中にハイドを使って姿を消しながら王都の屋根の上を走り回っていた。
なんだ。完璧に俺じゃないか。
「え~……、俺ですね……」
「はい、貴女です……」
でもちょっと待って欲しい。俺はハイドで消えながら走っていた。その俺の姿が見えていたということか?
「でも俺は魔法で姿を消していたはずだけど?」
「今日私達が上を見上げながら寝転がっているとその姿が見えました。これまでの目撃情報も全て酔っ払いなどが路上で寝転がっている時に上に見えたというものでしたわ」
「…………もしかして、魔法が切れる間近の時か……?」
今日舞とアンジェリーヌを見つけた時もハイドの効果が切れる寸前だった。俺は魔法の効果の残り時間が短くなるとやや下に下りて待機したりしていた。消えている間は屋根の上を走り回っていたけど、そのまま効果が切れたら目立ってしまうからな。
周囲から死角になっていたり、一段低いような場所に避難して、そこで効果が切れるのを待ってから再度魔法をかけて再び走っていた。魔法の効果が切れそうで下に待機していた時に、上を見上げている奴に見られていたということか……。俺の予想なども含めて舞とアンジェリーヌに話したら二人もそうだろうと同意してくれた。
「なるほど……。俺が謎の怪奇現象として噂になっていたんだな……」
「うん。伊織ちゃんは自分一人だったから魔法が切れそうな時に自分がどうなってるかわからなかったんだろうね。それがたまたま人に見られていたんだよ」
まさか人から見たらそんな風に見えていたなんて思いもよらなかった。これが一人で何でもやる場合の弊害だな。実験も検証も中途半端で誤ったものになってしまう。第三者から客観的に見て確認してもらわないとこういうことがあるから怖い。
まぁ……、これでお互いに少し硬さが取れただろう。最初は皆お互いにちょっと硬かった。久しぶりに会って、色々と感情や考えが纏まらなかったんだろう。少し他の話をして緊張が解れたからちょっと真剣な話に入ろうと思う。
「それじゃ……、俺がいなくなってからの王都のことを教えてもらえるか?」
「うん。伊織ちゃんも……、これまでのこと教えて?」
そうして……、俺達はこれまでにお互いにあったことなどを話し合った。俺の方はどこまで話して良いのかわからない。研究所のこととかは言わない方がいいんだろうか。
最初は無難な話から……、アイリスに嵌められて、戦場に置き去りにされて、インベーダー達から逃れるために崖下に落ちて、偶然助かったから崖から脱出するために歩いて、森へと着いた。ざっとそんな話をする。
森で白インベーダー達と出会ったことや、研究所のこと、転移装置のことなどはまだ言わない。これは二人を信用していないというよりは、もしこの情報が機密情報だった場合に、これを知ってしまったら二人にまで危険が及ぶ可能性があるからだ。その辺りを見極めてからでないと話せない。
俺が二人から聞いたのは俺がいなくなってからの王都のことだった。二人も、というか舞は王都やイケ学のことは何も知らないようだ。アンジェリーヌは高位貴族の娘だし、イケ学の役割や魔力結晶のことについては知っているのかもしれない。ただここで話している限りではそのことについては触れていなかった。
二人の話からわかることは、ここ数ヶ月の間に王都はすっかり荒廃してしまい、今では相当に荒れ果てているということだ。何故……、とはいうまい。恐らく魔力結晶が不足しているから……。
王都の機能を維持するためには魔力結晶が必要なはずだ。古代魔法科学文明の末裔達が作った装置があるのか、魔法科学文明の遺物を発掘して使っているのかは知らないけど、明らかにその流れを汲んだ技術によって王都は支えられている。
魔法科学文明と同じ技術によって成り立っているということは、当然そのエネルギー源も同じなわけで、小さな森で見つけた採掘の跡からもそのことがよくわかる。
俺が嵌められる前でももうイケ学の戦力はギリギリだった。いつ崩壊してもおかしくないレベルだ。その限界を超えたんだろう。だからイケ学が戦線を維持出来なくなって採掘が進まなくなった。そうなれば王都で燃料問題が発生する。
インベーダー除けは機能しなくなり黒インベーダー達に襲われることも増えるだろう。俺が見た門の修理は恐らくインベーダー除けが切れて、黒インベーダー達に襲われて破壊された門を修理していたのだと思われる。
このだだっ広い王都を無限湧きのような黒インベーダー達から守るためには、インベーダー除けは最優先で稼動させなければならない。そのインベーダー除けですら稼動を維持出来なくなるほどということは、その他のインフラやライフラインもほとんど機能しなくなっているということだろう。
当然そうなれば食料不足や水不足が発生し、下水やゴミ処理も滞り衛生面も悪化する。人々は飢え、不衛生になり、スラムの拡大や暴動なんかにも発展するかもしれない。王都は一気に治安も衛生も悪くなり、機能していたところまで麻痺しかねない。悪循環が悪循環を呼び、あっという間に衰退、滅亡……。
それはオーバーだと思うかもしれないけど、案外生物や文明の滅亡なんてものはそんなものかもしれない。突然ボーダーを越えて、あっという間に滅び去る。王都も今急速に滅びに向かっているとしても何の驚きもない。
実際舞やアンジェリーヌに聞いている話では、例えインベーダーの脅威がなかったとしても、放っていても王都は勝手に滅びそうな感じだ。
そして……、やっぱりと言うべきか……。アンジェリーヌは多少なりともこの王都の裏の顔も知っているようだ。イケ学のことや魔力結晶のことをどこまで知っているかはわからないけど、少なくとも魔力結晶で動いている古代の叡智によって王都が支えられていること。そしてそれが回らなくなってきていることを知っているに違いない。
アンジェリーヌのことを信じていないわけじゃないけど、まだ向こうの森や研究所のことは言わない方がいいな。アンジェリーヌにそんなつもりがなくても、両親とかに俺から聞いた話をして、そこから他の貴族の耳に入らないとも限らない。
向こうにもっと豊富に魔力結晶があると知れば、今の状況から考えて多少無茶をしてでも採掘に向かうだろう。あそこには白インベーダー達もいる。王都の人間達はあそこに行ったら白インベーダー達もお構いなしに倒すに違いない。
あそこは折角、ようやく生命が芽吹いている再生された場所だ。それに白インベーダー達はこの星を再生させるために必死に働いている。それを王都のエネルギー問題のためにあそこを荒すなんてことがあっていいはずがない。
「でも伊織ちゃんよく無事だったね……。本当に……、本当によかった……」
「舞……」
今まで気を張っていたんだろう。話している間に気が緩んだのか舞がポロポロと泣き始めた。どうしていいかわからず、とりあえずそっと抱き寄せる。
「伊織様……」
「アンジェリーヌ……」
アンジェリーヌもそっと俺の傍に来て静かに泣き始めた。両手に二人を抱きながら俺も今の気持ちを噛み締める。色々な気持ちが湧きあがってきて自分でもどう表現したらいいのかわからない。
俺はこうして再び二人と会うために今までしぶとく生き延びてきた。二人と会えたこと。二人が無事だったこと。そのことを考えると俺も涙腺が緩みそうになる。
「あっ……。そう言えば俺が女だって……」
「うん。伊織ちゃんがいなくなって少ししてからアンジーに話したんだ。あまりにも落ち込んでて見ていられなかったから……」
何でアンジェリーヌが落ち込んでいたら俺が女だってことを話すことになるのかはわからないけど……、ともかく舞が大丈夫だと判断してアンジェリーヌに話したのなら、俺が今更とやかく言うことはない。ただ……。
「アンジェリーヌ、ごめん……。騙してて……」
別に俺は騙したつもりはないけど……、イケ学に通ってる時点で普通なら男と思うよな。俺は男だとか女だとか名乗った覚えはない気もするけど……。
「いいえ……。良いのですわ。それに私気付きましたの。男とか女とか、そんなことは大した問題ではなかったのです。私が伊織様をお慕いし、伊織様が私のことを想ってくださるのならば……、それはお互いが同性であろうとも異性であろうとも大した問題ではないのです!お慕いしておりますわ伊織様!」
キュッと、アンジェリーヌが俺に抱き付いてきた。俺が女だってわかっても、それでもこうして慕ってくれるらしい。男とか女とか関係ない。好きになった相手が好みのタイプだ。そう言ってくれてうれしく思う。
普通なら……、よくも騙したな!とか言われても仕方ないと思っていた。でもアンジェリーヌはそんなことはなかった。俺はアンジェリーヌを侮っていたようだ。アンジェリーヌはそんな子じゃなかった。
「でも……、アイリス……。まさかそこまでするなんて……。ひどいよ!」
「そうですわね……。パトリック王子達は本人達がどうしようもないおバカさんなのだとしても……、人を嵌めて殺そうとまでするなんて……、許せませんわ」
確かに……、王都の現状はともかく、俺が殺されかけた元凶はアイリスだ。このままのこのことイケ学に戻ってもまたアイリスに狙われるだけだろう。
「もうイケ学に戻るって選択肢はないと思うけど……、俺はこれからどうしたらいいんだろう?」
「う~ん……。ごめん……。私じゃ伊織ちゃんの助けにはなれないよ……」
それはそうだろう。舞だって微妙な立場だ。プリンシェア女学園に通ってることとアンジェリーヌの取り巻きをしている以外は普通の女の子だしな……。
「このまま伊織様をイケシェリア学園に戻しても碌な結果にはならないでしょう……。そこで少しの間伊織様は当家に身を寄せるということでいかがでしょうか?お父様には私からお話します。そして舞も暫くうちにいなさいな。そうすれば三人でいられますわ」
「それは……」
アンジェリーヌの申し出は確かにありがたいけど……、いいんだろうか?色々とアンジェリーヌやその家族に迷惑がかかるんじゃないだろうか。何より俺について調べられても困る。
かといって他に良い案もないし、行くあてもない。だったら……、少しお世話になるか……。
「すまない……。せめて何か状況がわかるまでは……、世話になってもいいかな?」
「ええ。少しと言わず、むしろずっといていただきたいですわ」
そう言ってふっと笑う少女に、申し訳ない気持ちと感謝の気持ちを抱きつつ、一先ず王都内での居場所を見つけられてほっとしたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
親戚に不幸があり数日間執筆、更新が出来そうにないので二、三日更新をあけさせてもらおうと思います。更新再開予定は日曜のつもりですが最悪の場合月曜から再開になるかもしれません。
これから出なければならないので感想返しは後日まとめてさせていただきます。
いつもなら投稿前に最後に読み返して、誤字脱字、表現のおかしい部分や内容のおかしい部分を最終手直ししていますが、今日は急いで投稿だけで手一杯なのでおかしな点があるかもしれません。こちらも後日気がつけば手直しするかもしれません。
こちらの作品は他の作品と違って、元々次回更新は日曜日の予定ですが、もしかしたら月曜日になるかもしれません。