第一話「乙女ゲーのモブに転生しました」
「「「「「ようこそお嬢様っ!」」」」」
豪華で重厚な学園の扉が開かれるとドレスを着た華奢な女の子が恐々と建物の中へと入って来た。レッドカーペットを歩く主人公を左右に居並ぶイケメン達が笑顔で迎え入れる。
その最前列に立つのは五人のメインキャラ達だ。レッドカーペットの左右に居並ぶモブとは違い、レッドカーペット上で扇状に広がり主人公を迎えて言葉をかける。
そんな光景を他のモブと一緒にレッドカーペットの右側に並んで眺めている俺は八坂伊織。俺はこの場面を知っている。これは乙女ゲーム『イケシェリア学園戦記』のオープニング。主人公が初めてイケシェリア学園にやってきた場面だ。
何故こんなことになっているのか。イケメン達と一緒に並んで主人公を迎えながら必死に頭を働かせて思い出す。
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俺、八坂伊織は現代日本の普通の学生だ。単位さえ取っていればある程度好き勝手に過ごせる自由気ままな生活を謳歌していた。
「伊織、あんたオタクだからゲーム得意でしょ?これ私の代わりにクリアしといてね」
「は?」
そう言って姉は俺にスマホを投げてよこした。姉のスマホが空いている間は常にこのゲームをしろと命令される。意味がわからない。
確かに俺はオタク寄りではあるけどディープなオタクじゃない。それにオタクだからゲームが得意ってどんな偏見だよ。オタクだってゲームが下手な奴もいるし、仮に得意だったとしても得意なジャンルや好みのゲームというのはそれぞれだ。オタクだから何でもゲームが出来ると思ったら大間違いだろ。
とりあえず見てみた画面に映し出されているゲームを確認してみた。
「イケシェリア学園戦記?」
何か少女漫画みたいなキラキラした線の薄い男女が並んでいるスタート画面が見える。真ん中の女の子を五人の男が囲んでいるような構図だ。
…………これはもしかして乙女ゲーなのでは?
世の中の完全な定義なんて知らないけど男の主人公が女の子達と仲良くなっていく男性向けゲームのことを所謂ギャルゲーと言う。その逆で女の主人公が好みの男性キャラクターと仲良くなっていく女性向けゲームのことを乙女ゲーと言うはずだ。多少定義の理解が間違っているかもしれないけど大体合っているだろう。
姉が俺にクリアしろと言ってよこしてきたのはどうやらオンラインゲームの乙女ゲーらしい。スマホで出来るゲームを全てソシャゲと思っている人が多いかもしれないけどそれは間違いだ。ソシャゲとはSNSを利用したゲームのことをいう。
SNSとは特定のプラットフォーム(この場合わかりやすく言えばゲーム機)でありソシャゲとはそのプラットフォーム用に作られたゲームのことだ。
PSとかDSというプラットフォーム(ゲーム機)用に作られた専用ゲームソフトと同じようにSNSというプラットフォームがあり、それ専用に開発されているゲームだからソシャゲという。
スマホ等で出来る基本無料だったりするゲームは何も全てがSNSプラットフォームで作られているわけじゃない。なのでSNS以外で作られているゲームは単にオンラインゲームとでも呼ぶしかない代物だ。
まぁそれはともかく姉に逆らえない俺は渋々ポチポチとゲームを始めてみた。それが全ての始まりだったのかもしれない。
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『イケシェリア学園戦記』、通称『イケメン学園』あるいは『イケ学』を始めてから俺はすぐにドハマリした。このゲームは主人公アイリス・ロットフィールドがイケシェリア学園に転入してくる所から始まる。
イケシェリア学園がある世界は未知の敵『インベーダー』の侵略に晒されている。そのインベーダー達と戦える能力があるイケメン達が集められているのがイケシェリア学園だ。そこでは日々インベーダーと戦い世界を守っている男子学園生達が暮らしている。
そこへ今まで本来ならば男しかインベーダーと戦えなかったのに、何故か女でありながらインベーダーと戦えるアイリス・ロットフィールドが見出されてイケメン学園へと転入してくる。
そのアイリスと攻略対象の五人のメインキャラクターとの各種イベントや恋愛、インベーダーとの戦いを繰り返していくのが『イケシェリア学園戦記』というゲームだ。
所詮は乙女ゲーなので設定もお話もガバガバだ。その辺りに突っ込みを入れてはいけない。ただしこの『イケ学』には凄い所がある。それは戦闘システムだけやたらと作りこまれており、なおかつ非常に難易度が高いということだ。
まずはっきり言ってこのゲームはプレイ基本無料を謳っておきながら絶対に無課金ではクリア出来ない。
ちなみに本来課金というのは相手にお金を課す、つまり相手に払わせるという意味なので世に広がっている『ゲームにお金を使う』という意味の『課金する』という言葉は間違っている。まぁそれは良い。俺は通りが良いようにあえてその広まっている方の意味で使わせてもらう。
このゲームの問題点というか難易度が馬鹿高い理由の一つが主人公もメインキャラ達も非常に弱いということだ。イケ学にはいくつか課金要素がある。その中の一つにプレイヤーが使えるキャラクターを買えるキャラガチャというのがある。
キャラガチャをすると必ず何らかのキャラが当たる。そのキャラを戦闘に出してレベルを上げていくと強くなっていくわけだけどプレイヤーの初期持ちキャラだけじゃ絶対にクリア出来ない。キャラガチャをして強いキャラを引き当て強化しないことには最初の頃ですぐに詰んでしまう。
そのくせゲームのイベントを進めようと思ったら弱い主人公やメインキャラ達を連れて行き、撃破されることなくステージをクリアしていかなければならない。足を引っ張る主人公達よりもガチャで出るモブの方がよほど役に立つというのにだ。
さらにキャラガチャとは別にアイテムガチャというものもある。そのアイテムガチャで当てないと属性だの何だので絶対に倒せない敵が色々と出てくる。なのでアイテムガチャも必須になってくるという鬼仕様だ。
さらにさらにまだまだある。インベントリ、要はアイテムの持てる数みたいなものだけど、これを課金して拡張開放しないと初期設定で持っていけるアイテム数では絶対にクリア出来ないステージが出てくる。インベントリ拡張開放でも絶対に課金しなければクリア出来ない。
ゲーム難度も激ムズでライトユーザーの心を折りにきているのかと思えるような無茶なミッションばかり出てくる。しかも自分の味方ユニットがやられた場合は課金アイテムを使わなければ復活させることは出来ず、しかも持てるユニット数に限りがあるので解雇するにしても一度は復活させなければならない鬼仕様だ。
そんな難しかったら普通の乙女ゲーをするライトな女性プレイヤーが寄り付かないかと思いきや何故かこのイケ学は滅茶苦茶人気がある。まずキャラ絵が大人気で全てのイベントをコンプリートしようと頑張る女性プレイヤーが多いらしい。さらに声優陣が豪華だそうでその声もコンプするために課金しまくるという。
でもゲームがクリア出来なければ意味がないじゃないかと思うだろう。そこで課金しまくればある程度は進めるという鬼畜仕様なのだ。つまり激ムズとは言ってもそれは最小限の課金だけで済まそうとするからそうなる。金に糸目をつけずに課金しまくれば何とかある程度は進めてしまうのだ。そしてそこに落とし穴がある。
確かに重課金すればある程度は進めるけどやっぱりそれでも限界が来る。それを乗り越えるにはプレイヤースキルを磨いて自力で何とかするか、さらなる課金をしまくってパワープレイで押しまくるしかない。まさに課金地獄に陥る最悪のゲームというわけだ。
俺の姉もそんなライトプレイヤーの一人で、イケ学のイベント絵や声優の台詞は集めたいけどそんなに重課金出来ないということで俺にクリアしろと押し付けてきたわけだ。
俺としては最初は渋々だったけどプレイしているうちに徐々にこの戦闘システムに嵌ってしまった。ゲームのイベント自体はどうでも良い。むしろ女の子がキザったらしい男達にチヤホヤされているのを見てもまったく楽しくない。
俺の目標はただ一つ。最小課金でクリアすること。前述通りこのゲームは絶対に無課金ではクリア出来ない。だから無課金でクリアなんて無理は言わないわけで姉も月々五千円までなら使って良いと許可をくれた。
もちろん俺は毎月五千円使い切るのではなく、いかに少ない金額でクリアするか、それを追及してプレイし続けた。そしてついに辿り着いたのが今実装されている一応のラスボスだった。二時間がかりでギリギリラスボスを倒した俺は確か……、どうしたんだっけ?
……駄目だ。思い出せない。ついにラスボスを倒した!という所までは記憶がある。グラフィックが表示されてBGMと台詞が流れて……、うっ!頭が痛い……。
「お~い、伊織!いつまでもどうした?部屋に帰ろうぜ」
「え?あっ、あぁ……」
俺の前に立っているのは斉藤健吾というモブキャラだ。名前の通り見た目も黒目黒髪で日本人風になっている。このゲームでは名前も見た目も洋風和風のキャラが入り乱れている。乙女ゲーだからそういう細かい設定がガバガバなのは突っ込んではいけない。
健吾は見た目も性格もチャラくて軽い。下ネタも大好きでそんな性格が災いしてモテないという設定のキャラだ。ただ軽い性格と下ネタ絡みでモブにしては露出も登場回数も多いしメインキャラ達ともそれなりに絡む。モブのくせに名前まではっきり出てくる珍しいキャラだ。
辺りを見てみればいつの間にかゲームのオープニングが終わっていたらしい。もう既に大半の者はいなくなっていて、残っている者もゾロゾロと部屋に引き返していたり後片付けをしたりしている。ゲームなら画面が切り替わって終わりだけど現実になるとこんなものだろうな。
「早く行こうぜ」
健吾にそう言われて歩き出す。どこへ行くというのか。でも余計なことを言えばつまらないボロが出そうなのでとりあえず適当に合わせながら歩いていると同じような扉が並ぶ一画へとやってきた。もしかしてこれは……。
「どした?早く入ろうぜ」
「あぁ……」
やっぱり……。開いた扉から中を見てみればそこは部屋だった。部屋は見るからに二人部屋だ。どうやら俺は健吾と同室のルームメイトらしい。よく見てみれば表札のようなものがあり『斉藤健吾』『八坂伊織』と書いてある。どうやら俺の名前は現実世界の俺の名前そのままらしい。
まぁルームメイトが健吾でよかった。こいつはチャラい性格だけど名前も性格もある程度知っている。まったく名前も出てこないようなモブと同室だったら絶対にすぐにボロが出る所だったはずだ。
どうして俺がイケ学の世界の中にいるのかは知らないけど、多分これは俺がゲームの世界に入り込んだとかイケ学の世界に良く似た異世界に転移したとかその手のやつだろう。なら俺は元の世界に帰るまでそれっぽく振る舞っておかなければならない。あまりにゲームの進行を壊すようなことをすればどうなるか予想もつかないからな。
まずは情報を集めて元の世界へ帰れるなら帰る方法を見つけよう。もし帰れないとかいうことになったら……、それはその時に考える。今何もわからない状況でそんなことを考えても絶望で心が折れるだけだ。
「俺はちょっとまだしたいことがあるから伊織が先に風呂に入れよ」
「わかった」
健吾に言われるがまま準備してからお風呂場に向かう。この世界の『伊織』は几帳面なのか自分のプライベートスペースは綺麗に片付けられていた。お風呂セットもきちんと並べてあるから探す手間もない。何か一部妙な物も奥の方にこっそり隠したりしているけど気にせず適当にお風呂セットを持って風呂場に向かう。
「へぇ……、確かにモブで見たことある顔かな……?」
脱衣所にある洗面台に向かって覗き込んでみた。俺の顔は確かにたくさんのキャラが集合している場面の隅の方とかに小さくのっていたモブだと思う。健吾は長身で顔だけで言えばイケメンだ。性格は残念な馬鹿っていう設定だけど見た目は格好良い。
それに比べて俺は身長も低いし顔も幼い感じがする。イケメンというか可愛い系かな?それならそれで需要がありそうなのにメインキャラはおろか色々な場面で関わってくるはずのモブでもこのキャラは一度も表に出て来たことがない。
そんなことを考えながら服を脱いでいると……、これは?
胸の部分にコルセットのようなものが巻いてある。女性が腰を細くするために締め上げる下着のコルセットじゃない。腰痛とかで腰を補助するために巻くようなコルセットだ。それが胸の所に巻いてある。一体何故?そしてこれは何だ?
最初は外し方がわからず四苦八苦しながらコルセットのようなものを外してみると……、今度は胸に包帯がぐるぐる巻きにしてあった。
ますます意味がわからない?まさかどこか怪我でもしているんだろうか?それにしては胸の締め付けが苦しいだけで痛み等はない。それに……、若干胸が……、膨らんでいる気がする。まさか……、な?ここはイケメン学園で男しかいない。自分にそう言い聞かせながら包帯を解いていくと……。
「なっ……、なんだよこれ……」
かなり包帯が緩んだ時点で……、明らかに俺の胸が膨らんでいることがはっきりとわかった。まだ全部外したわけじゃない。全貌はまだ見えていない。だけどこの包帯は明らかに自分の胸を締め付けて潰すために巻かれていたものだ。だから緩んだら胸がさっきまでより明らかに膨らんでいるのがわかる。
「まさか……」
俺はソロリソロリと股間に手を伸ばす。もし……、俺の想像通りなら……、ここにはアレが……、ないはず?そしてついに手がそこに触れると……、明らかにあるはずの膨らみがなかった。そこに俺の息子さんはいない。
「なっ、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ~~~っ!」
俺は何故か、少し前まで現実世界でプレイしていたイケ学というゲームのモブになっていた。しかもそのモブは男装して男ばかりの学園に忍び込んでいる女の子だったらしい。