二話 序章その二:空から降ってきたのは、燃える女
前回までの『おれ天』!!
引退した。
さて、そういうわけで俺は哀れな死者に全てを押し付けて、無事神様を引退したわけだ。
そして、今日は引退して半年迎える神聖な日でもある。
なに? 「さっきの男が主人公じゃあないのか」だって?
そんな訳がないだろ。ろくでなしが転生してハーレムを作るのは時代遅れ。
最近のトレンドは激務から解放された男が新天地でスローライフを送る物語だ。ここ、常識。それも廃れたってのは禁句だぜ。俺は何としてもスローライフを満喫するんだ。
移住先に選んだのは、日本という国のどこかの街。
働くには最悪だが、娯楽に富んでいる国だ。24時間必ずどこかの店が開いているし、なにより休日という概念がない。
この国の設定を考えた奴は鬼畜だが、ニートに優しい設定にしたのは褒めてやらんでもない。
『テト、テト。もう次のマッチ始まっちゃう』
「おうよ。俺の開幕凸で瞬殺してやんよ」
『お、ボク期待しちゃうな』
「っしゃあ! 行ったるで~……、はぁ!? 今ヘッドショットだったろうがッ! ケッ、マウサーかよ」
『予想通り過ぎて草。でもマウサーかぁ、P〇4のゲームにマウスの適応は反則だよねぇ。あ、ボクもやられちゃった』
「おいナード、もう一戦だ。負けて終われるかよ」
『クソヲタク言うなし。でも、ボクこれから仕事あるんだ。ごめん、もう落ちるね。乙、テト』
「……おう、乙」
つまらなさそうにコントローラーを投げ捨てて、俺はゲーム機の電源を落とす。
ともにゲームをしていた奴の名前はナット。
日本を担当する現役天使にして、俺の仕様を無視してこの国をヲタクに聖地に仕立て上げた問題児。いや、俺の引退生活を華やかにしてくれた功労者である。
ナットは典型的なヲタクを殺す美少女で、ボクっ娘(←ここ大事な)。そもそも、ヲタクという生態が彼女から派生したのだから、ヲタクの理想でなくてはおかしい。
俺は今まで、神様の仕事に追い回されて疲れ切ってしまった。
次々に迫りくる〆切。
各地を担当していた天使たちの勝手なシナリオ改変。そいつらに限っては、終いに「それは公式が勝手に決めた話だから」と都合のつかない歴史をなかったことにしようとする始末。
それらに疲弊した俺を、ナットは救ってくれた。
彼女が教えてくれた娯楽に触れていく内に、辛かった事柄を忘れることができた。
仕事のストレスも。
何とはなしに抱えていた不安も。
マウサーに開幕凸を華麗に防がれた屈辱も。
責任を放っぽりだしちまえば、そんなことに気を遣わず清々しく新しいことにまた一歩踏み出すことができた。
*
春の清々しい夕陽にあたりながら、俺は玄関を開ける。
夕方にゲーム仲間に続行を断られたニートがすることと言えば、コンビニへの買い出しに決まっている。
ストックの少なくなったカップ麺。
ここぞのやる気注入のエナジードリンク。
不意の課金に備えてのi〇unesカード数万円分。
会計は勿論、神様印のブラックなクレジットカードだ。
「当局にバレたくなければクレジットカードを使うな」
というのはハリウッド映画特有の文句だが、それは普通のクレジットカードならのお話。こいつは俺が私利私欲のために作ったものだから、居場所がバレるもクソもない。ちなみに、限度額も「なにそれおいしいの?」ってなわけである訳がない。
なんせ神様印だからね。俺の引退生活の必需品だ。
「ご会計、10万と4900円でーす」
「…………」
「っざしたー」
5分もしないうちに会計を済ませてコンビニを出る。
瞬速で買い出しを終わらせるのはコミュ障なニートの必須科目だが、最近買い出しをサボってきたのが裏目に出て相当な量になってしまった。
これでは帰宅するのに支障が出てしまう……。
と、ため息をついたその瞬間―――――――、
ズドンッ‼
何かが俺の、コンビニの前に墜落してきた。
『落ちてきた』んじゃあない。
『墜落してきた』んだ。
墜落してきた何かは、重力に任せて偶然に俺の目の前に着地したのではなく、自分の意志と十分に加速した速さをもって俺の目の前、なんしはこのコンビニの前に場所を定めて墜落してきたのだ。
穿たれたアスファルトから見えたのは、巻き上がった土埃ではなく炎。
それも空気摩擦によって発した炎ではなく、墜落してきた人からの内から発せられている炎だった。
そう、人。『燃えている人』だ。
「やっと見つけた……」
喋った。
そりゃあそうだ。燃えているとはいえ、人なんだもの。喋るに決まってる。
そして炎は収まってゆき、『燃えている人』の姿が露になる。
引き締まった筋肉質な体だが、出るべきところは出てへこむべきところはへこんでいる。
女性だった。
「半年間、お前を探してた……!」
燃える女性。
俺を探していて。
半年間。
なんだか、彼女の正体に心当たりがあるぞ。
「もしかして、カナフさんだったりする?」
「もしかしなくてもだ……。私は唯一神テトが力を分け与えた第一の天使、カナフ・バックドラフトッ‼ 主を天界へ連れ戻しに来たッ‼ 断るというなら無理やりにでも連れてゆくッ‼」
そう叫んで、カナフは燃え盛る拳を振るった。
炎はその風圧で砕けたアスファルトを巻き上げ、圧倒的な熱量でコンビニを焼き尽くした。
コンビニの中にいた店員は最初の轟音を聞いて逃げていたようで、犠牲者は出ていない……はず。
たぶんそう。きっとそう。
「カナフさん、カナフさんッ!? 俺まだ『断る』なんて言ってないんだけど!」
「どうせ断るのは目に見えてるッ! 聞くだけ無駄なことだッ!」
あらやだ、カナフさん。相思相愛だ、なんか言っちゃって。俺照れちゃう。
カナフの猛攻に俺は余裕だった。
引退して人間に成りすましているとはいえ、俺は元神のテトだ。ゲームみたいなパルクールも何のその。
口には出せずとも戦闘中のジョークなんて造作もない。
とは言っても、カナフは洗礼された格闘技術に乗せられた爆炎は周囲の家々を粉砕してゆき、とても看過できない被害を与え続けている。
あ、でも天使のもたらした被害は担当者の権限で書き換えられるってナットが言ってたな。とんでもなく大変らしいから、早くカナフを諫めないと俺の引退生活に差し支えるので、何にも問題ないとは言えないな。
「カナフッ! 待てッ‼」
俺が叫ぶと、カナフは攻撃をやめた。それどころか、ピタリと微動だにしない。
なんだよ、警察犬か何かか。
「どうした? もう降参したのか?」
「降参というか、決心かな。少し話をしようぜ」
「拒否する。数千年、お前に手練手管口八丁手八丁で騙されてきたのを忘れる私ではない。こうしている間にも、どうやって私を出し抜こうと考えているのだろう?」
信用ないなぁ、俺。
「じゃあ、何で止まってくれたんだよ?」
「ろくでなしのお前だが、この半年間の隠居で変わったかもしれないと思ったからだ。どうやら、私の勘違いだったが」
「案外、そうじゃあないかもよ」
「なら、今ここで証明してみせろ」
カナフの右手が再び燃える。
「君が好きだ。カナフ」
「ふぁッッ!?」
カナフの顔から火が噴いた。
比喩じゃあない。文字通り、恥ずかしくて顔から火が出たのだ。
彼女がさっき言っていた手練手管口八丁手八丁は、数千年前から何も変わっていない。カナフは数千年間変わらずのチョロインの擬人化したような女性だ。
「いいいいいい、いきなり何を言うかッ! わわわわわわ、私は騙されないぞッ! いつもそう言って何度私から逃れてきたことか、今回もそうなんだろッ!」
「そんなわけないさ。数千年前、君に力を与えてともに仕事をしてきたその時からずっと、君を好いていたんだ。この気持ちに嘘はない」
「良いか、テト。最後の警告だ。素直に天界に戻れば、今の神と分けて仕事をやれる。拒否すれば、どんどん条件が悪くなっていくぞ」
「仕事なんかすれば、君と会える時間が減ってしまうじゃあないか」
「くきゅうううううううッ!」
カナフはときめいて、悶えている。
いつもなら、「ふ、ふん! それなら仕方ないな、今回ばかりは見逃してやろうッ!」と言って陥落してしまうのだが、今回の彼女の抵抗は激しい。半年のブランクはデカかったか。
「ダメだダメだダメだ、頑張るんだ私ッ! 誘惑に屈するな私ッ! テトを連れ戻せば、ご褒美が私を待っているッ!」
「ご褒美って?」
「いいいいいいいい言えるか、バカッ!」
カナフは爆炎をあげながら突撃してくる。
だが、
「テフッ!」
彼女は突如落下してきた物体が頭を直撃して、気を失ってしまった。
彼女のように『墜落してきた』のではなく、『落下してきた』100トンとかかれた重りのような物体に、だ。
偶然の出来事じゃあない。
現実の出来事でもない。
こんな芸当ができるのは、この国を管理する天使であるナットだけだ。
『何かボクに言うことがあるんじゃあないかな? テト』
「悪かった、助かったよ。ナード」
『だからクソヲタク言うなし』
俺たちは笑った。
笑って、俺はカナフを抱えて家へ帰り、ナットは壊れた街の修復作業に戻った。
…………そういえば、仕事中は下界の様子を見れないはずだぞ。
闇が深そうだから、考えないようにした。
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