二十話 二章:その三 夢から覚めなかった神様 後編
前回までの『おれ天』!!
クトゥルフ神話
「テトがいないッ‼」
夏休み初日、学生たちが各々宴をした後の気怠いであろう朝にカナフの驚嘆が響いた。
先月、セリーナにテトが拉致され三日間もの監禁されたことから、それ以降彼女はテトを抱いて就寝している。
夜通し敢行されるナットとのゲーム大会は放課後に繰り上げ、カナフは寝床に入る22時には抱き枕の如く(またはすべてを諦めた飼い猫と言っても良いかもしれない)、テトは彼女に抱きつかれながら眠りにつくのだ。
これでテトは何処にも行けまい、と思っていた矢先にこのありさまである。
「おい、ナット。ナットッ! ええいッ、なぜ動かないのだ。このポンコツめッ!」
緊急時用に渡された携帯電話を焦ってうまく操作できないまま、カナフは理不尽にもそれを壁に投げつけた。
『おい、お馬鹿な脳筋女君。そんなに雑に扱うなよ。高いんだぞ、それ』
壁に叩きつけられた衝撃で運よくナットに繋がった。
浮かび上がってきた彼女の顔はいつもと違って、いやテトがいない時とは違ってしかめっ面だ。
「この携帯が使いづらいポンコツなのがいけないのだ。私は悪くない」
『なにガキンチョみたいなこと言ってんのさ。使いづらくてポンコツなのは携帯じゃあなくて、間違いなく君のことだろ。で、何の用? 君のせいでここ最近ボクが寝不足なの知ってるよね?』
苛立つ彼女を横目に、カナフは空のベットを指さす。
「テトが、いないんだ…………」
『ん? それは夏休みだからって柄にもない朝ランニングを始めたんじゃあなく?』
「テトだぞ、そんな殊勝なことするとでも?」
『じ、じゃああれだ。君が力いっぱい抱きしめるもんだから逃げたんだよ。今頃展開についた頃なんだろうな。うん、十分ロジカルなシンキングだ』
「まずお前が論理的思考をするべきだな。現実をみろ」
ぐぬぬぬ、とナットが頭を抱える。
『じゃあ、『テトがいない』ってことは本当にいないってこと? 君がついた悪質な嘘じゃあなくて?』
「ああ、そうだ。私の言葉は『あ』から『ん』、『A』から『Z』まで本当だ」
カナフの言葉をようやく理解したナットは
『一大事だああああああ‼‼ どうすりゃあ良いんだああああああ‼‼』
爆発した声が、部屋中に轟く。
「それを私が聞いているんだろうがッ‼」
一方、さっきまでうろたえていたカナフは冷静になっていた。
―同時刻、テトの視点―
誤解がないよう最初に言っておくが、今の俺は気分が良い。
半魚人のような化け物『深き者ども』と今さっき遭遇したときは流石にヒヤッとしたが、原作のラヴクラフトの小説によれば、奴らは強力な酸を撒くわけでも生きている人間が主食な訳じゃあない。
見た目がちょっとだけキモいだけの、人間だ。
つまり雑魚。モブの雑魚だ。
勾留所から出てすぐに出会った何体かの『深き者ども』は少し本気を出した拳で跡形もなく吹っ飛んじまった。
砕けた骨や割けた鱗、生暖かい血液と臓腑が飛び散ったが、「気色悪い」と感じたその後でスッキリとした感覚が、俺を支配した。
「あの化け物を退治してくれたんですかッ!?」
大勢の人々が、俺を称賛したんだ。
体にまとわりついた『深き者ども』の血液なりはいつの間にか消えて、俺の周りに人々が集まってくる。
みんな笑顔で取り囲んで、語彙力が許す限り俺に違う称賛の言葉をかけてくれる。
ゴールデンウィークのアノ時みたいな恐れや好奇心、カメラのシャッターじゃあない。
これに気分が良くならなくて何だというんだ。
その気分に乗せられて、
「もう大丈夫だ。あいつらは俺が対峙してやる。誰か、情報を持っている人は?」
俺はそう言った。
人々のその前向きな感情に、今まで感じたことないこの快感に笑みがこぼれた。
あぁ、そうそう。俺が今いる場所を言っていなかったな。
街から1500メートル上空。手を伸ばせば雲に届きそうな遥か彼方だ。
幻術の世界だからできたわけじゃあない。元々俺は空を飛べる。日本じゃあ目立つしやってなかっただけ。旅客機くらいの速さは出る。
格好も変わってるぞ。
上半身には筋肉が浮かび上がっているように見える筋肉型革鎧。下半身は腰を守るように同じ革鎧を添えて足にはピッタリのズボン、もちろん革製だ。
そして俺的なおすすめポイント、マントだ。主に飛ぶ時の空気抵抗を抑えるためにつけたんだが、何しろ見栄えが良い。今の俺はスーパーヒーローだからな。格好もつけなきゃな俺も良い所だ。
そんな時にふと視線を降ろせば、また懲りずに『深き者ども』が上陸しているじゃあないか。
俺はそのまま重力に任せて落下する。
目指すのは、奴らが上陸した海岸。
ドゴンッ‼
と派手な音と土煙をあげて着陸する。
位置なら上空で確認している。
戦いの定石は先手必勝。土煙が晴れないうちに全ての『深き者ども』を殴り飛ばしものの数秒で制圧した。
またもや人々が称賛を浴びせようと寄ってくる。
集まらないうちに飛翔。元の姿に戻りつつある海岸は再び破片と煙を上げて人々包んだ。
「フォッフォォォォォォ‼‼」
ジョットコースターの急上昇急降下にあったような声をあげながら、俺はその場所を去る。
『称賛の言葉はいらない』
これ、スーパーヒーローに常識な。
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