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十五話 一章その七:燃える女、機械の女、氷の女、巡るは神の行方 前編

前回までの『おれ天』!!

ツイてると思ったらツイてなかった。

 カナフ・バックドラフトは目を覚ました。

 周りにあるのはいつもの柔らかいベットやエナジードリンクをキメたテトではなく、自分が突っ込んで粉々に砕いた家具の山。しかも他人に家だとすぐに分かった。


「何をしていたんだ、私…………?」


 気怠く立ち上がって、彼女は考える。

 体に傷は見受けられない。

 天使の体は天使・神の直接的な攻撃でないと傷つかないようにできているからだ。

 つまり、車にはねられても、水蒸気爆発に吹っ飛ばされて建物に突っ込んでも、カナフは傷つはずがないのだ。


「早く帰らねば……、テトが、危ない…………!」


 起き上ってようやく、カナフはいつもの思考速度を取り戻した。

 いつものようにジェット噴射で飛び立とうとしたが、倒壊した家の穴から差し込んでくる、高すぎる太陽の光に気がついた。

 急いで穴からひょこりと顔を出して外の様子を確認していると、消防警察関係の車両や報道陣が山のようにひしめいていた。


 カナフは考える。

 一刻も早くテトの安否を確認せねばならないというのに、焦りは募るばかりだ。

 はっきり言って、カナフは頭が良いとは言えない。

 頭が悪いというか、思考が単純で思い付きが悪い。と言った具合だ。

 なので、時たま思いにもよらない行動に出たりする。


「燃えろッ!」


 カナフがそう叫ぶと、ボウと火の手が上がった。

 彼女のいる建物にではない。

 邪魔となっている警察消防や取材陣が集まっている原因、爆発のあったという校舎に火をつけたのだ。

 突然の火事に辺りは騒然となる。

 警察消防はそこにだれもいないか確認をとった後すぐさま消火活動に打って出て、取材陣はここぞとばかりに絵をとり続ける。

 誰も反対方向の倒壊した家からカナフが出てくるところなど見ていなかった。

 カナフは走る。

 すぐさま飛んで向かいたかったが白昼堂々それをしてしまえば否が応でも目立つことくらいは分かっていたので、できる限り早く走っていた。


 そして、ほどなく家に到着する。

 人の気配はない。

 太陽の位置から察するに時刻は昼前。

 いくら朝に弱いテトとて流石に起きている時間だろうから、外出でもしているのだろうか。

 と。カナフは思ったが、いくら何でも楽観的過ぎると取り消した。

 彼女は最悪のパターンに対する対抗案をいくつか用意していたが、そこにあったのはその中でも持っても最悪なものだった。


「冷たッ」


 玄関のドアノブに、霜が降りていたのだ。

 長時間冷え切っていた金属製のドアノブは触れたカナフの指を急激に冷やし、薄皮一枚凍らせて剥がしてしまった。

 当然、天使であるためその怪我も凍傷もすぐさま回復する。

 そして、集中してみれば僅かに天使の力を感じる。

「冷えている」という事実と天使の力を感じ取れるというカナフの感性が、彼女の思考を最悪のルートへと導いた。

 カナフは万力の力を込めて玄関を蹴り破る。

 彼女にとってもテトにとっても大事な家だ。燃やすわけにはいかなかった。

 その刹那、二つの影がカナフに覆いかぶさる。



「「チェストォォォォ‼」」



 炎を渋った一瞬の隙を突かれて、瞬く間にカナフの体は鎖で拘束されてしまった。

 だが、目の前に現れた影の正体で、カナフの肩の力は一気に失せてしまった。

 それは、胸の大きさや泣きボクロでようやく見分けられる瓜二つの双子。

 ナリとブーリだった。


「何をしているんだ、お前たち? ここは私とテトの家だと知っての狼藉か?」

「ありゃ? カナフじゃんか。間違いだぞ、ナリ」


「ブーリ、こういう時は『誤チェストにごわす』っていうもんだ。あと、私のせいじゃないから」


「おいッ、私を無視するんじゃあない―――」


 カナフが突っ込もうとしたところで、またもう一つも影が現れた。

 ナリとブーリがいるのなら、その正体は言うまでもない。


「よくやった、二人とモッ! さぁ、昨日の借りはきっちりと変えさえてもらうゾ…………、ってあレ? お前ら誤チェストしてんじゃン。こや目当ての天使じゃなか、だゾ。しっかりしろヨ」


 格好つけて登場したヴァリは、拘束したのが昨晩彼女たちを襲ったセリーナ・ドライランドではなくカナフだったのを見て、いつもの体たらくに戻った。

 その姿はどこかポンコツさを醸し出していた。


「これは、どういうことだ?」


 カナフは三人に問うた。

 自分に家で待ち伏せていたことも、いきなり鎖で縛られたことももちろんそうだが、なにより僅かな天使の力を、彼女たちが発していることが疑問だったのだ。

 今までテトという膨大な力に隠れていた、貧弱でごく微量な、天使と言って良いかすらも分からないほどの矮小な力。

 こうして、テトが不在で集中してようやく感知できた小さな小さな力である。


「というト?」


 ヴァリは首を傾げた。

 駆け引きというわけではなく、ヴァリの顔は本当に何もわかっていない。

 いつも学校で会うようなみんなから頼られる、聡明で冗談の得意な彼女とは全くの別人のようだった。


「はぁ…………」


 カナフのため息に、ヴァリは戸惑った。


「お、おイ? 何いきなり呆れてんだヨ? 言ってくれないと何も分からないゾ」


「いや、まさか『残念だ、脳筋だ』と言われてきた私がこうして人に突っ込もうなんて思いもしなかったからな……」


「あ、これは分かっタ。あたしをバカにしてるだロ」


「そのつもりだが?」


「ほう……、良い度胸だナ。お前、今自分が置かれてる状況分かってないだロ。あんなことやこんなことしても、お前は抵抗できないんだゾ。毎晩テトがしてるやつよりもすんごいやツ」


「ててててててててテトが何してるか知らないだろッ!」


「マジで顔真っ赤にすんなシ。冗談に決まってんだロ」


 下らない会話の後で、三人はケラケラと笑った。

 自分たちは安全圏にいると分かりきっている、非常に腹の立つ笑いだった。

 その怒りで、カナフの全身に力が入る。


「おいおいおイ。こいつは対天使用の特別製だゾ。そんなに雑に扱うなよ、高いんだぞそレ」


「で、でもヴァリちゃん。なんかヤバくない?」


「逃げたほうが良いんじゃない、ヴァリちゃん?」


「お、怖気つくんじゃあなイッ! こ、こうしてドンと構えていれば大丈夫なんダッ!」


 そんなヴァリの幻想を、カナフの浮き出た血管が打ち砕いた。

 今までカナフは自分が司る『火』を鎖に封じたらていたので、確かにこの鎖は『対天使用』と豪語するだけの性能はあった。

 だが、それを除いてしまえばただの頑丈な鎖に変わりはなかった。

 世界最古の天使なら純粋な腕力で鎖を引きちぎるのにはさほど問題ではなかったのだ。


「嘘ダァァァーーー‼」


 砕けて飛んでいった鎖の残骸を目で追いながら、ヴァリは情けない悲鳴を上げた。

 そして、抑え込んでいたカナフの炎が、周囲を包む。

 勝てないと察したナリとブーリはその場に正座し、カナフを怒らせたヴァリは何故か家にあった麻縄で拘束された。


「さて、お前たちに聞きたいことが山ほどあるんだ…………」


 カナフは柄にもないあくどい笑みを浮かべてそう言った。

 が。高速で移動する何かが現れた。

 目の前の天使もどきとは格の違う、何かの強襲。


「「「助けてー! こんなところ死にたくないーー!」」」


「えぇい邪魔だッ! くっつかれると戦えないではないかッ!」


「「「見捨てないでー!」」」


「分かった、分かったからとりあえず離れてくれッ!」


 変わり身の早い三人は、さっきまで拘束していたはずのカナフにしがみついている。

 カナフと三人の茶番があっても、目の前の何かは動こうとしない。

 いや、何かではない。

 背丈は人間ほど、先ほどの高速移動から尋常でない身体能力を持っていることは間違いない。

 そして一番異様だったのは、それが人間でないことだ。

 機械で出来ているであろうその姿は人型であるが、どう考えてもサイボーグの類。

 更に、サイボーグは四人を観察しているようだった。


「私はテトより力を授かった最古の天使、カナフ・バックドラフトである。名乗れる名があるのであれば、名乗るが良い。異形の戦士よ」


 恐る恐る、カナフは眼前のサイボーグに問うた。

 どうか、会話ができるものであってくれ、と願いながら。

 後ろの三人がつばを飲んだ刹那、サイボーグが答える。



『ボクがいない間に、何があったの?』


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