十二話 幕間:ただの昔話
前回までの『おれ天』!!
ミラノ風ドリア。
少し、前の話をしよう。
俺が、どうやってナットと出会えたのか、という話を。
何も気まぐれじゃあない。
今の俺を『別人のよう』と言ったカナフの言葉が気になって、何か手掛かりがないかと思ったからだ。
そう、なんてことはない。
ただの昔話だ。
*
「待て、テトッ! 今日の仕事はまだ終わってないぞ、とっとと戻れッ!」
「いやだ! もう書けねぇ! 今日は閉店ガラガラなんじゃ!」
俺は走る。
追いかけるカナフはお得意のジェット噴射で加速しているが、ふざけた俺の素の走力でも十分まくことができる。
もう何千年も続けてきた、天界ではいつもの光景だ。
いつもはある程度やったところで捕まってやるんだが、今日はどこかに隠れてやるかと気まぐれを起こして、小さな島国を管理する天使の部屋に押し入ることにした。
「テト、何処にいる! 出てこいッ!」
ポンコツなカナフはすぐに見失って、見当違いの方向へ行ってしまった。
クスクスと笑って、俺は腰を落ち着かせる。
何だが、暗くて陰気なところだ。
国(というより地域と言ったほうが良いのかもしれない)を担当する天使の仕事は、神である俺の書いた世界の歴史、いわゆる『シナリオ』に従って細かく修正をかけることだ。
何せ俺の書く『シナリオ』は全世界をまとめてやっているから、こうして下請けの天使を通さなかればどんな不具合が出るか分からない。
そんな天使たちも、国の『シナリオ』を仕上げればそのまた下請けの天使たちに人間一人一人の『シナリオ』を書かせる。
そうして、この世界は創造されてきた。
だから、一つの国を考えてみれば、神である俺以上にその国担当の天使の方が自由だったりする。
「あ、あの。どなたですか?」
怯えた声がした。
声から察するに、女性。
性格は引っ込み思案とみた。
「ふざけて入ってしまったんだ。迷惑ならすぐ出るよ」
「い、いえ。お構いなく。誰かが来るのが久しぶりなので、ゆっくりしていって下さい」
部屋の奥から現れたのは、小柄な美少女。
名を、ナット・スカイネットと言った。
*
「もしかして、いや、もしかしなくても、貴方、テト様ですか? ボ、ボク、何かしちゃいましたか?」
「あぁ、そんなにかしこまんないで。ここに来たのは本当に気まぐれだから。君の仕事ぶりは何も問題ない……、というか君がどんな『シナリオ』書いてるか俺知らないし」
「そ、そうですよね。神様は下々のやることなんて知らないですよね」
「君、結構ネガティブだね…………。まぁ、実際君のこと知らなかったから俺が悪いんだけどさ。一国の『シナリオ』書く奴なんてそう多くはないから全員知ってたつもりだったんだけど」
「それは仕方がないです。ボク、この国を担当してからずっと引きこもってますし……………」
「何年くらい?」
「かれこれ、500年くらいです」
「500!? そんなに長く誰とも話してないのか?」
「仕事の関係で下の天使と話してるので、そこらへんは。引きこもっている、って言ってもこの部屋から出てないだけですので」
「それにしても500年は長すぎるだろ。何か、はまってたりするのか?」
「そうなんですッ! 今は気になってる女の子がいまして、その子、面白いもの書くんですよッ! 名前は藤原香子って言って、元々貴族の生まれなんですが、仕事の傍らに物語を書いているんですッ! どうしようもない男のハーレム小説です。あ、ハーレムって分かります? 一人の男が魅力的な女性たちを囲ってラブコメするんですけど、ボクすっかり彼女のこと気に入っちゃって、彼女みたいな子の『シナリオ』全部僕がやるようにしてるんですよ。それで500年も引き篭もる羽目になりました…………」
彼女は、バツが悪そうに笑ってみせた。
その表情に、俺は胸のすくのを感じた。
何か俺のやらなければならないことを、あっても良いもう一つの姿を、彼女が示しているような気がしたからだ。
今まで出会ってきた天使たちとはまた違った何かを、彼女から感じたからだ。
「ナット。それは、良いことだ。俺も、他の天使たちもなかなか持ち合わせてない貴重な感覚だ。大事にしたほうが良い」
「なんか、神様から言われると照れますね」
彼女はまた笑った。
今度は純粋に照れ隠しの笑顔。
リアクションが大きいカナフが出しそうにない澄んだ笑顔だった。
「だが、そのきっかけは何だったんだ?」
俺は問う。
何が、このナットが俺や他の天使たちを分けているのか気になったからだ。
「きっかけ、ですか。難しいですね、今まで考えたこともありませんでしたから」
「何となくで良い。最初に思いついたものでも、なんでも」
「そうですね…………」
ナットは少し考えて、答える。
「『共感』したんです」
「共感?」
「はい。今は忘れちゃったんですけれど、500年前、まだ名前が文化になかった時代にある女の子に『共感』したんです。
『シナリオ』を書いていた時はそんなに気にしていなかったのに、ふと気まぐれに覗いてみたら気になっちゃったんです。
『なんでこの子はこんなことしたんだろうな』って。
それで、しばらく考えてると分かったんです。その子の立場になって、自分ならどうするか考えてると、全部分かって、楽しくなったんです。それが、始まり」
「で、今のブームがその香子ちゃんってわけか」
「ですです!」
彼女は興奮してグイと近づく。
互いの息が感じれるほど近く。
すぐそれに気がついた彼女は恥ずかしがりながら引いていったが、当時の俺にはどうしてそう感じたのか分からなかった。
そして、俺も気になった。
神の使いであるはずの天使がこうも変容していってしまうわけを。
「ナット。これから、ちょくちょく君のところに遊びに行っても良いかな?」
「フェッ!? それ何故に?」
「ダメか?」
「いや、ダメではないんですけど…………」
「神さまの気まぐれってやつだよ」
「は、はぁ」
そうして、俺は仕事の傍らにナットと会うようにした。
次第に敬語は外れ、人間の友人同士のように打ち解けた関係になった。
だが、どうして俺は神を退いて彼女を頼ったのかは、思い出せなかった。
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