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銃と少女と魔法の島  作者: 芳賀勢斗
7/12

【3日目】逃避の先に

不気味な怪鳥が鳴く。


俺達はかなり奥まで来てしまっていたようだ。

だけど、まだ聞こえる生々しい戦闘の音。

足下から伝わる揺れが想像の出来ないほどの大規模なものだと物語る。


「新城」


「なんだ」


「こんなところまで来て大丈夫なの?」


「…わからん。だが、あれに巻き込まれるくらいなら…」


「そうだけど…」


完全に自身の位置を見失ってる。

未開の地。足を踏み入れたことの無い森の中を何も考えず走ってきたのだ。

最悪このまま夜を迎えてしまうことになる。


「…新城、あれは何かしら」


ヴィエラーヤが森の奥を指刺す。


俺にはよく見えない。ただ、確かになんかある。

木々の合間に見える異物。明らかに人工的なもの。


「これは…落下傘…」


俺達、空挺団が降下に使う落下傘。

それが木に引っかかりぶら下がっていた。


「あなたの仲間のもの?」


「あぁ…無事なら良いんだが…」


「それはどうかしらね」


「どういう意味だ?」


そう言うとヴィエラーヤは近くから何か持ってきた。


「背嚢に…銃か」


それも大量の血がこびりついたもの。

それが意味するのは…そうだな。確かに森の中で夜を過ごすなんて危険すぎる。


「ヴィエラーヤ」


「何かしら」


「お前、銃は使えるんだよな」


「当たり前じゃない」


俺の言葉の意味がわかったのか拾った89式の弾倉を抜き、刺し治す。

荷物の中から俺の予備弾倉いくつか渡した。


森の中でそのデカいドラグノフはあまり意味を成さない。

それはヴィエラーヤ本人が1番良くわかっていた。

それに関しては文句は言わなかった。



パキッ



「ッ!?」


背後から物音がした。枝が折れた音。


「何か…いる」


桜を近くの木へ下ろし、俺も銃を構えた。

普通の動物…か。


「誰かいるのか!」






【…ら…き。あ、らき】





違う。動物なんかじゃ無かった。


「く…工藤!」


それは散り散りになった俺の仲間の1人。行方が分からなかった工藤秀喜だった。俺と同期。教育体から何かと縁があった腐れ縁の中。そして変な趣味を持ってた。つまるところオタクってやつだ。やつの趣味の話を話聞いている内にこっちが楽しくなるような…そんな奴だった。布教とかいってたが悪い気はしなかった。


だがそんな工藤はおぞましいほどに血だらけだった。

裂傷が見ただけで幾つもの。しかもそのほとんどが致命傷に見える。

俺の顔を見た工藤は一瞬安堵の表情浮かべるが、直ぐに強ばった。

俺は直ぐに手当てしようと近づく。


「待って新城! 様子が…」


「待ってろ! 今…【く、来るなっ!!! はやく…早く俺を…】」




【殺してくれぇぇぇぇえ!!!!】


「なっ!?」


工藤の肌がどんどんと黒く虫食まれていく。

それに呼応するように工藤が頭を抱えてのたうち回る。

顔面を自らの爪でかきむしり、皮膚がズタズタになろうもそれは続く。(まぶた)が千切れ、頬が引きちぎれ眼球が飛び出る。


【ウガァギャァァガァ!!!!!】


「や、ヤメロ!」


「離れて!」


ヴィエラーヤが強い口調で制止する。

すでにその手には89式が握られ、銃口は正確に工藤を捉えていた。


「ヴィエラーヤ! あいつは敵じゃないっ!」


「どう見たって普通じゃない!」


工藤の断末魔に似た絶叫が森に響続ける。

いったい何が彼をそんなにしてしまっているのか俺には全くわからなかった。わからないからこそ躊躇してしまっている。


工藤を殺すことに戸惑ってしまっている。


「話は後で聞く! どの道彼はもう助からない! だから」


「やめっ…」


銃声が俺の言葉を消した。

ヴィエラーヤの放った弾丸は、正確に工藤の脳天を貫いた。


「ヴィエラーヤァァ!!」


工藤の断末魔はピタッと止んだ。


死んだ。


俺はヴィエラーヤに詰め寄った。

胸ぐらを掴み大木へ押しつけた。


「何やったかわかってんのかぁっ!」


「苦しみ続ける仲間を何も出来ないのにただ見てるのと、終わりにしてあげるの、どっちが仲間のため! あなたの身勝手な考えと苦しむ仲間の最後の願い! 優先されるはどっち!」


「くっ…」


悔しいが反論の言葉は俺では見つけられなかった。


だが…だが頭で理解しても感情はそれをよしとしないこの苛立ちが治まらなかった。


仕方なくヴィエラーヤを解放する。

が、ヴィエラーヤの様子がおかしかった。何をそんなに怯えて…


その瞬間、俺はヴィエラーヤに突き飛ばされ、直後ヴィエラーヤが居た大木が木っ端微塵に吹き飛んだ。


「え」


頭が追いつかなかった。


「ヴィエラーヤ!」


ヴィエラーヤは後方に吹っ飛ばされ別の木に叩きつけられた。

血を吐くヴィエラーヤ。腹部に大量の血が染み渡る。


血の気が引いた。


俺を庇って…


「くっそぉぉぉぉ!!!」


攻撃の主を…殺したはずの工藤を睨んだ。

そこには工藤が…工藤だったものが平然と立っていた。


全身が黒く染まり、節々が不自然に盛り上がり不気味に脈動している。さらに皮膚には至る所に眼球のようなものが見開かれていて、それぞれがギョロギョロと動いていた。


完全に人の道から外れたその姿に、俺は恐怖よりも怒りの方が強く湧いた。

それはヴィエラーヤのこともあっただろうが、工藤が誰の権限でこんな醜い姿にさせられてしまったのか。変わり果てた工藤を前に強い怒りを覚えた。こんなの死者への冒涜だ。


「ヴィエラーヤの言うとおりだった。俺があの時直ぐにお前の願いを聞いていればこんな事にはならなかったのだろうか」


静かに銃を構えた。


引き金を引いた。


3発の弾丸が変わり果てた肉体へ突き刺さる。

工藤だったもの。いや、化け物は一瞬怯むが効いたようには思えない。


連射。フルオートにて射撃するも結果は同じであった。


化け物は腕を動かしたかと思うと、とてつもない勢いでこちらに腕を伸縮させてきた。

木が軽くへし折れるほどの力を持つその攻撃。恐らくヴィエラーヤをやったのもその腕だ。


その腕が俺を叩き潰そうと幾度も放たれる。


だが、見えない早さではなかった。

直線的な攻撃は避けやすい。


そして、腕が縮み戻る時間は攻撃は来ない。

その合間に射撃するも。

胴体、心臓、そして頭。


そして頭に命中弾があると1番化け物は嫌がることがわかった。


だが倒れることはない。


どうする。

頭を浮き飛ばすか。


どうやって?


無反動砲も対戦車弾もここには無い。


そんな時。化け物に異変が起きた。

体がどんどんと膨れあがり、工藤の体は飲み込まれていく。

巨大化した化け物にもはや人型とは呼べない程の姿まで変貌を遂げる。



巨大化した化け物は腕を振り回し、木をなぎ倒しながらこちらへ迫る。

今度は直進的な攻撃じゃない!

避けられないっ!


適当に撃ち込んだ弾の内、偶然頭部に命中し化け物が怯む。

腕がぶれた。

地面と腕に生まれた隙間に紙一重で滑り込み腕をかわす。


距離を取れば腕に吹き飛ばされるなら、もう近づくしかないと判断した俺は腕をやり過ごした直後、全力で化け物に肉薄する。


近くで見れば見るほど吐き気がこみ上げる外見だ。


(着剣!)


走りながら腰から銃剣を取り出し89式に装着する。

この時、俺の両腕が薄くだが金色に輝いていたのは俺を含めて誰も見ていなかった。



ただ上空でにやりと笑いながら見物する1人を除いて。



肥大化した化け物の顔は地面とそれなりに高さがあった。2m弱だろうか。

その高さを思いっきり飛び上がり、化け物の顔。すでに工藤の顔とは全くの別物の顔に突き立てる。


「うぉぉぉぉ!!!」


肉に刃先がめり込む!

銃剣は俺の体と共に重力に引っ張られ顔面を縦断するように深々と引き裂いていく。血が噴き出し、普通に見てれば間違いなく致命傷。

だが、そんなことを考えるよりも今、力がどこからか湧いてくるような。そんな気がした。いつもの自分と違う気がした。

化け物の奇声が俺を現実に引き戻される。


【グキァォォァ!?】


「工藤の声でわめくなっ!」


地面に着地した俺は体勢を立て直す前の化け物の顎下から突き上げるようにさらに銃剣を全力で突き刺し、さらに押し込み捻り抉る。

そしてそのまま引き金を絞った。

幾つもの銃声と弾丸が化け物のあごから頭へと突き抜けていく。

腐敗臭のする肉片と体液が飛び散る。


絶叫のような悲鳴を上げる化け物。


だが。


「これだけじゃ死なねぇんだろぉ!!!」


興奮していたのか、怒りと恐怖に狂っていたのか怒声を放ちながら化け物の前に経った。

何を食べるための歯かは知らないが、1つスマホ並の大きさの歯を弾切れ89式の銃床でかち割り、閉じられたデカい口の中へピンを抜いた手榴弾を投げ込む。


一瞬たって化け物はキレイに吹き飛んだ。


内部で炸裂した手榴弾は衝撃波と共に肉片を押し広げ、引き裂き、吹き飛ばしていく。

最後に残った胴体の残骸は光り輝き、崩壊していくように消えていく。


「勝った…のか」


残骸が光となって残ったものは人の形をした仰向けで力無く倒れる工藤の姿だった。

だが…俺はヴィエラーヤの方に目を向ける。


疲れがドッと押し寄せてくる感覚が俺の平衡感覚を狂わせる。

ふらつきながらも倒れまいと自分を奮い立たせて、重症を負ってしまったヴィエラーヤのもとに駆け寄った。


「ヴィエラーヤ! しっかりしろ!」


「た…おした…の」


「あぁ! 倒した! 勝ったぞ! 全部お前のおかげだ!」


ヴィエラーヤからの返事は無かった。

ただ、良かったと。ヴィエラーヤは安心したように微笑み、気を失った。


みゃ、脈はまだある!


だがこのままじゃぁ!


当然長くは持たない。血は流れつづけ、呼吸も浅くなりつつある。

また…またっ!


「わっ、わぁぁ!?」


その時、後ろで桜の声が聞こえた。


「お、起きた…か」


言葉が詰まってしまった。

今の桜は…光輝いていた。


「な、なにこれ」


桜自身困惑している状況。

俺だってもう何が何だかわからない。

ヴィエラーヤのことを桜に話し、俺達があれやこれやと話していると、薄暗い森が一気に明るくなる。


【ごきげんよう、桜様】


光り輝く女神。アグレイアが神々しいほどの翼をはためかせながら下りてきた。


「無事だったのか!」


「えぇ。あんなもの一瞬で消滅させてやりました」


「そ、そうか。…あぁ! お前! 女神なんだろ!」


「先程もそう申し上げたはずですが」


「なら頼む! この子を、ヴィエラーヤを…救ってくれ!」


「お願いアグレイア!」


アグレイアは横たわるヴィエラーヤを一目するとこう告げる。


「神というのは信仰者の願いを聞き入れ、それを叶える。と言う事もありますが。単純な話、彼女は信仰者ではないようですのでお助けすることは出来ません」 


冷ややかな一言が俺をどん底に突き落とす。

今度は俺のせいで…死なせるのか…


────ですが、


アグレイアは言葉を続けた。


「私も女神。慈悲ぐらいは持っています」


その言葉に俺は顔を上げる。


「桜様」


「はいっ!」


アグレイアは面白そうな顔で桜に告げる。


「桜様、貴女ならば彼女を救えるかもしれません」


「え…?」


アグレイアの顔はどこか新しいおもちゃを見つけた。そんな顔に見えてしまった。

その顔には裏がある。そう確信できたはずだが、その時の俺はヴィエラーヤを救いたい一心で疑問を持つことができなかった。


「その光、なんだかわかりますか?」


「私も何が何だか…」


桜の光る姿を見て、手を伸ばした。

アグレイアの細く透き通るような指先が桜の頬に触れる。


するとアグレイアの体がそれに答えるように僅かに明るみが増す。


「やはり。これは紛れもない神威、私の神威」


「しんい?」


「えぇ、神威。神威は我々神々の内に流れる力の総称」


「なんでそんなのが私に?」


「わかりませんか?」


にんまりと笑うアグレイア。

おいおい待ってくれ、まさか、そんなことが…


「桜が…神にでもなったというのか」


神に流れる力。神威とやらが桜に流れている事を見れば…考えられるはその答え1つ。

これがパッとわからないのは桜ぐらいだ。


「半分正解で半分不正解です」


「大前提に知って欲しいのは人の身で神になるというのは途轍もない大変なことです。桜様はまだ神になり得る可能性を持っただけ。神威を身に宿して文字通り神に1歩…いや2歩近づいたと言うところでしょうか」


唐突にヴィエラーヤが血を吐く。

気管に血が流れてしまったのか苦しそうに咳き込み、その度に腹部の出血が悪化する。


「アグレイアさん! 私は…私は何をすれば良いんですかっ!」


桜が慌てたようにアグレイアに問うが、アグレイアのペースは崩れない。あくまで落ち着き冷静な口調で進める。


「助けたいと祈る。生きて欲しいと祈る。それだけです」


「え? それだけですか」


「…祈ると言うことを少し勘違いしているみたいですね。そうですね、やってみれば直ぐにわかりますよ。私からは生半可な気持ちで人の生死に関わらない方が良いとだけ言っておきますね。…早くしないと彼女は死んでしまいますよ。いくら私でも死者を復活させるのは荷が重いんですから」


不可能と言わない辺りやっぱり神は神なんだと実感した。

桜は慌ててヴィエラーヤに駆け寄る。

言われたとおり直ぐに祈り始める桜。ヴィエラーヤの血だらけの手を取り自身の手で包み込む。


見ている俺からはヴィエラーヤの容態に変化は見られない。ヴィエラーヤは辛い顔のままだ。

むしろ


「ウグッ…」  


桜の顔が苦痛に染まり始める。慌てて俺はアグライアを見る。

 

「神だって何の代償も無く奇跡なんか起こせませんよ。体を動かせばお腹が減る。それと同じで彼女を救えばそれと同じだけの苦痛が桜様にのしかかる。ましてや神威を宿したばかりの桜様はほぼ全ての苦痛を請け負う。だから言いましたでしょうに…人の生死に生半可に関わるなと」


「桜! 無理するな!」


「これくらい…」


桜のヴィエラーヤを握る手がより一層力が増す。

すると桜の体が漏れる光が桜の手を伝いヴィエラーヤへと流れ込んでいく。

気のせいかヴィエラーヤの表情が少し和らいだような気がした。


ただ、代わりに桜に一層苦しみが増す。


「驚きですね。もう制御出来てしまうのですか…やっぱり桜様…あなたは…」


桜の体の光が更に増していく。

桜は歯を食いしばり、涙を流しながらも懸命に祈った。ヴィエラーヤを救いたいと。助けたいと。

姉を救えなかったのが関係しているのか、今の桜は必死だった。

やっと役立てる力。人を助けられる力。


ヴィエラーヤの苦しみを全て引き受けて、桜は意識を保つのが限界に近かった。だが、そんな溢れる想いが今の桜を支える。


「我流で増幅もさせますか。これは…正直予想外。実に面白い人間…ですがさすがに持ちそうにありませんか…そこの人間様」


「お、俺か」


「えぇ。贄を探してきて欲しいのです。あの程度の傷ですから瀕死でも構いません。人の贄が欲しいのです」


「生け贄って事か。絶対必要なのか…」


「そうですね、傷を治癒するまで桜様が耐えられないので。桜様を思うなら必要でしょう」


「俺達以外人なんか居ないぞ」


女神は俺の後ろへ視線を向ける。


工藤。視線の先に倒れる工藤が居た。


「彼、まだ息がありますが2人も救うほど桜様に余力があるとも思えないので」


どうせ助からない命とアグライアが言いたいのは俺にもわかった。


ゆっくりと人の姿に戻った工藤に近寄った。


「生きてるか、工藤」


「…迷惑…か、けた、な」


落ち着いたような工藤だった。

化け物の再生能力からか、顔面が酷いことになっていた工藤は今は綺麗な顔をしていた。


「話は…聞こえてた。おれで…いいなら使ってくれ」


「…すまない。そう言ってくれると助かる」


俺はゆっくりと工藤を抱え上げて、桜の元へ連れていく。

途中、工藤と少し話すことが出来た。体自体は再生が進んでいて、俺が見たときのような大きな傷は無かった。

だが、俺でもわかるほど衰弱しきっている工藤。きっと外傷以外の何かがもう擦り切れて残っていないんだろう。


「あの子…銀髪の子には悪いことをした…あの時助けて貰ったのに…」


助けて貰った。その言葉にやっぱりヴィエラーヤの行動が正しかったんだ。


「俺はあの時お前を撃つこと…楽にさせてやる事を選べなかった」


「…責めてないさ…俺だって…お前のことを撃てない」


「それより…新城…ほんと主人公してるな…最高に格好いいじゃねえか」


衰弱しきった顔で最高の笑顔で俺に言った。その目からは涙が流れている。


「ヒロイン…泣かせる…主人公は俺の好みじゃない」


「あぁ。その話何回目だよ…まったく」


こっちまで泣けてくる。


「だから…頑張れよ」


頑張れよと言うシンプルな工藤の奮い立たせるような力強い声に俺はゆっくりと頷いた。


ちょうど桜の元へ到着する。


ヴィエラーヤと並べるようにゆっくりと工藤を横たわらせる。


「彼の命を…使ってやってくれ」


桜は戸惑いの顔を隠せない。仕方ない。桜は彼のことを知らないのだから無理も無いことだ。


「桜様はやることは変わりません。神威は桜様の意思に沿うようにあらゆる(ことわり)に働きかけます。彼と彼女の橋渡しに桜様はなるとイメージすれば良いでしょう」


まだ桜は迷っているがそれを後押しするように工藤が口を開いた。


「すまないね…お嬢ちゃん…こんな苦しいことを頼んでしまって。ただ…そこの銀髪の子をそんなにしてしまったのは俺なんだ…。せめてその子にこの命を使ってくれ…頼む。」


「でも…」


桜はまだ震えていた。考え方によっては…いや、どれだけ言葉を飾ろうとも工藤の命を奪う事に代わりは無い。

それを俺達大人はまだ子供の桜に求めている。

異常だ。明らかに異常だ。

俺も工藤もそんなこと分かっていた。


誰かを救うには誰かを殺さなければならない…。

女神アグライアお言葉が頭をよぎった。


こう言う事なんだと。


「…わかり…ました」


「助かるよ」


桜の左手には工藤が、右手にはヴィエラーヤが。


「最後に聞いて良いかい」


「はい、何でしょう?」


工藤が桜に問いかける。銀髪の子の名前は、と。


「ヴィエラーヤです。今まで1人で生きてきた強い子です」


「ヴィエラーヤ…か。良い響だ」


そう言い終えると工藤の体は徐々に輝きを増していく。


「アグライア、これは桜の負担が倍と言うことになるのか」


「そうですね、それ以上かもしれません。片方は死ぬのですから。桜様が請け負う負担が大きいほど、受け渡す側は苦痛無く死ねます」


「そうか」


俺は何も出来ない。桜のように不思議な力は使えないし神のような全能の力も無い。

だったら俺が出来るのは限られていた。


「桜、工藤の苦痛。全部俺に流してくれ」


桜の肩に手をそっと乗せた。


直ぐに俺の腕を桜の光が苦痛と共に駆け上がってくる。

俺にできるのは工藤の苦痛を請け負う位だ。

桜にばかり押しつけていられない。


「暖かく心地良い…こんな美しい女神様に看取られて死ねるなら良い人生だった」


この野郎。最後の最後までぶれない工藤。


「あら。この方々の中で唯一お褒め頂きましたわ。一応美の神の一面もあるのですよ」


女神は本心なのだろう。美しいと言われて喜んでいた。


工藤の足先、指先から一段と光が増し光の粒となって浮遊していく。

ゆっくりと…ゆっくりと工藤の体が光に変換されていったのだ。


俺の痛みも最高潮になるが決して辛い顔は見せまいと踏ん張った。見送る側がこれじゃあ安心していけないだろう。


体がどんどんと光となり、じわじわと体が消えていく。


腰、腹、胸と消えていく中、終始工藤は穏やかだった。


「今までありがとう」


俺が伝えた頃にはすでに工藤の口は光となって消えていた。

だから返事は無かった、それでも俺は聞こえたような気がした。

直後、工藤の体は完全に光となって消える。


工藤がいた場所の空中には今まで光となって集まっていた沢山の光の集合体が一塊になっていた。


これが工藤の命。


光の集合体は桜の前に近づく。


(新城を頼むよ)


「っ!?」  


桜にだけ聞こえた最後の工藤の言葉。

桜は精一杯の気持ちを込めて、《はい!》っと心の中で叫んだ。


それを聞いてかどうか、光の集合体はヴィエラーヤのちょうど真上に飛んでいく。

ゆっくりと下りていく集合体はヴィエラーヤと触れるとまるで柔らかいクッションのように変形し、浸透するようにヴィエラーヤと交わっていく。


命のバトン。まさにバトンの受け渡しを目の当たりにして俺は言葉が出なかった。

こんなにも尊い出来事。

これが神のみわざなのかと。


完全に光の集合体がヴィエラーヤへと入ると、直ぐに傷口が光り輝いていく。

驚くほどの治癒速度で傷がふさがっていく。


体中に付いた切り傷も瞬時にキレイな肌へと変わっていく。


これが命を明け渡すと言うこと。


俺の理解を超えた現象にやっぱり言葉が出ない俺だった。





そして気付けば俺も桜も力尽きたようにその場へ倒れていた。
















最後まで見届けたアグレイアはとても満足していた。

僅かに桜の体に入ってしまった自身の神威が桜自身に宿るどころか、神威が桜の中で培われて…眷属まで作ってしまう。こんな事誰が想像したろう。

予想外、イレギュラー過ぎる桜にアグレイアの興味は尽きなかった。


彼女の限界はどこなのか、どこまで彼女は上り詰めるか


これはもう複製体のレベルを超えている。


成長次第で…あるいは…


「本当に…本当に面白いではありませんか。桜様…あぁ私はとてつもない逸材と出会ってしまったようです」


天を見上げる女神アグレイア。


だが今の顔は誰にも見られてはいけない。


到底女神とは見えないその顔は誰の目にも映らず、静かな笑いは誰にも聞かれず不気味にも島に響き渡った。

なにやら腹に抱えてそうな女神アグレイアですが、こちらもイラストの方用意中です。近日中に公開できると思われます!

中々3日目から進みませんね…何か理由がっ!?


次回も銃と少女と魔法の島をよろしくお願いします!

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