【3日目】銀の人形
明かり1つ無い空間に私はいた。
聞こえるのは微かな波の音。カモメの声。そして外を歩く船員の足音。
ここは日本からアメリカへ向かうコンテナの中。もちろん人が居住できる環境では無い。
最低限の食料と水と仕事道具だけ持って手はず通り貨物船のコンテナへ忍び込んだ。
誰もいない。なにも見えない。そんな中で数週間過ごし船からコンテナが降ろされた。クレーンに吊られる感覚がそれを物語る。
コンテナの扉が開けられる。久しぶりの光。
仕事だ。
コンテナの中を確認する港湾局の職員。…1人。
考える必要が無いほど手際よく港湾職員の息の根を止める。
悲鳴1つ漏らさず絶命する。首を掻き切られた死体を見ながらあなたに罪は無い。たまたまこのコンテナを開けてしまっただけ。そう伝えた。
死体をコンテナの中へ引きずり込み、扉を閉めた。
このコンテナは受け取り主のところに送られ死体も適切に処理される。もし途中でバレても私達の関与とは疑われない。
疑われないために雇い主はこんなまどろっこしい方法をとった。
顔に飛んだわずかながらの返り血を拭い、その場をあとにした。
事前に知らされている場所へ行く。そこはある量販店の立体駐車場。指定されたブロックに止めてある車へ時間ぴったりに近づきトランクを開ける。鍵はかかってない。
私の荷物がしっかりとあった。
わずかながらの活動資金も渡され、これから計画までの2日間をここワシントンに潜伏する。
ワシントンの街を歩く。私と同じ年の子供が母親と楽しそうに話している。
母親。私はあったことが無い。私の母親は日本人。父親はソ連人と聞いている。生まれは北海道と言うところ。
私を産んで死んだ母親。そして私を捨てた父親。
そして私を買い取った組織。
これらはつい最近知らされたこと。
組織に生き、組織に尽くし、組織に死ぬ。
ただ。私も目の前の親子のような未来があったのだろうかと今の自分と重ねてしまう。
もう何人殺したかわからない。目の前の少女はこれから先何人殺す?
殺すことすら無いだろうな。
誰も望まぬ誕生で始まり、誰も知らぬところで命尽きる。
それが私だと今は自覚してる。決して明るい世界になんて入り込めない。溶け込めない。生きてはいけない。
私は生まれたときから日陰で生き過ぎた。
そんな世界でいつの間にか銀の人形。シルバードールと呼ばれるようになった。もともと名前すら無い私は、ちょうど良いとその名を使わせて貰っている。
シルバーは純粋に私の髪の色や、刃を表しているらしい。
ドールは命令通り忠実に仕事をするところから人形と言うらしい。
安直だが初めての他人からの評価だった事で少し気分が良かった。
その後、私は徒歩でこの町の大通りへと出た。
二日後、このメインストリートをとある政治家が通る。
私はそれを狙撃。
良くある仕事ではあるが、こんな人通りが多く、ましてや人々の目が集まる環境は初めてだ。
もちろん任務を完遂しても私が捕まるという事態は許されない。
もしもの時は背中のバッグの中の爆薬で私もろとも吹き飛ぶ。
遺体すら残らない量の爆薬ときいているから証拠もろとも消し飛ばす手はず。
起爆条件は簡単、起爆ボタンを押すか、私の心臓が止まるか。
消して良い気分では無いが、失敗しなければいい話だ。
もっとも過去に自爆を恐れて捕まったやつは死ぬより残酷な仕打ちを受けた。組織の人間は見せしめとしてその一部始終を知っている。
だから私も自分の失敗は自分でけりを付ける覚悟は出来てる。
指定されたマンションへ向かい、指定された部屋へ入った。
鍵は開いており、キーは室内の床に転がっていた。
部屋へ入り鍵を閉めた私はカーテンと窓を開け、外を確認する。
目の前にはメインストリート。狙撃ポイントはここから直線で400m。悪くないポイント。
私に初めて支給された銃。名前はドラグノフ。とても古い物ときいている。でも不満は無いから今までの任務は全てこれを使ってきた。
私か殺した人間は、全て“これ”が撃ち抜いてきた。壊れない限りきっとこれからもそう。
そして今回もドラグノフ。
もちろん、他にも消音拳銃も支給されて入るがわざわざ近づいて暗殺する必要性があまり感じられないうえ、そんな近接任務も回ってこない。
きっと組織の中で私には狙撃の任務しか回さないように調整してるんだろう。日本では適材適所と言うらしいな。
特になにもやることの無い私は眼下に流れる人の流れをぼーっと眺めていた。
任務決行の日。
メインストリートはパレードのようだった。
いや、パレードなのだろう。
ターゲットは政治家と言ったが、正確には大統領。
大物も大物で良いところだ。
あと数分でポイントに差し掛かるところ。
カーテンの隙間から銃口を覗かせその時をじっと待つ。
歓声が巻き起こる。
来た。
引き金を引いた。
最高のタイミング、これ以上無い弾道を描きながらその銃弾はターゲットの頭部に命中する。
歓声で銃声は掻き消され私の存在はバレてない。
辺り一面どよめきの声が上がる中、直ぐに銃をしまいその部屋をあとにしようと扉に手をかける。
───嫌な予感がした。
突然ドアが吹き飛んで私も飛ばされる。
爆発?
なぜ?
理由は直ぐにわかった。
意識が混濁する。
流れ込んでくる黒服の集団。
「シルバードールだな」
(売られたんだ…)
(なんでかな…なんか失敗したっけ…)
(こんな最期だったら…1度で良い…両親と言うものを…知りたかったな)
あれだけ尽くしたのにこんな最期を迎えることになり、初めて私は親を求めた。自然と求めてしまった。
私の短い命は銃声を聞いて終わった。
もっとも、その部屋に押し入った黒服の集団と共に。
「寝ちゃいましたね…直ぐに…」
新城さんが寝付くのはとても速かった。
それだけ私のために頑張ってくれていたんだと思うと、感謝の言葉しか浮かびません。実際見ず知らずの私のこと、例えお姉ちゃんが仲間だったとしてもそこまでして守ってくれる物なのでしょうか。
もしかしてお姉ちゃんと新城さん…いいえ、考えすぎでしょうね。
いつか…いつかは私も新城さんに何かしてあげれることが見つかれば良いな…
そんなことを思いながら缶飯と言うものを食べる。五目飯?五目ご飯のことだよね。とりあえずモチモチしてて美味しい。
缶詰の側面には何やら色々なことが書いてある。
何々、熱湯で25分湯煎すれば3日目は大丈夫なんだ、食べる前に暖めるとさらに良いのか。
製造元、防衛省…きっと貴重な体験なんだろうと勝手に思い一口一口味わいながら食べた。
「ん?」
半分くらい食べたところでふと私を見る目があることに気付いた。
昨日森でであった女の子。怪我…深くは無かったけど私なんかの手当で大丈夫かな…心配だな…
それに新城さんだってこんなに寝てるのに…あの子ずっと寝てないよね。
それに…。私知ってる。この感覚。
とりあえず…手を振る?
やっぱだめだね…無視された。
私は眠りにつく新城さんを見ながら考えた。
森の中に行くわけじゃ無いし直ぐそこだし良いよね
食べかけの缶飯を置いて、立ち上がった。
あぁ…日焼け凄い。服が擦れて痛いな…
女の子のところまで…と言っても直ぐに着く。50mもないかな?
「お、おはようございます…?」
「…」
ここまでしても無視とは…
「怪我、怪我…大丈夫ですか?」
…。さすがに心に来るな…。
なら…
「すぱしーばー?」
…これもダメか。他になんかあったけ?
ぐーてんたーく? 何か違う気がする
はらしょー? ハラショー! ロシア語だったよね!
そう思ったとき。
「目的、何」
「え?」
「そこに居られても迷惑」
「えっと…目的って…言うか…」
えっと…何だっけ? なにしに来たんだっけ…
「用が無いならお互い関わらないが賢明」
そう言って女の子は大っきい銃を持ってどこかへ行こうとする。
「待って!」
思わず肩を捕まえようとしてしまった…。それがいけなかったと後で後悔した。
「え…」
私は宙を舞っていた。女の子に…投げられた?
高校の授業でやった柔道で投げられた感じ。一瞬で砂浜に打ち倒された。
気づけば天を仰ぐ私が居た。
「民間人。覚えておけ。今この場であなたを殺そうが誰もそれを咎める人は居ない」
女の子は私に馬乗りになり、首元にナイフを押しつけてきた。
ひんやりとした刃が首筋に触れる。
「…知っています」
私だってそんなこと知ってる。実力であなたの足下にも及ばないことも知ってる。…だけど来た。
私もできる…事だと思ったから。
「確かに…新城さんが寝ていて私だけ。そして今こうして捕まっちゃってる…」
「なにが言いたい」
「でも…殺さない。殺さなかった。新城さんも私もあなたなら簡単にできたはずなのに…しなかった」
「…」
少女は無表情のまま黙り込んだ。
「だから恐くない。あなたは私を殺さないし殺せない」
「その自信はどこから来る」
「だって…1人寂しい目をしてるあなたを見ればわかるもん」
その目…その空気。知ってるから。
孤独で…なにも信じられず、とにかく周りを敵としてみていた数日前の私。そしてそんな私自身が求めて止まなかった言葉。
「だから。…私達と仲間になって欲しいです」
「仲間…」
「うん! 新城さんもあなたのこと見捨てないって言ってたし、もちろん私だって見捨てない」
少女はとても困ったような顔をしていた。
少女とてこの島を1人で生き抜く事には厳しさを感じていた。
どう考えても睡眠時間の問題に行き着く。
そんな時、相手側から提案が流れ込んできた。
だが…
話を持ってきた民間人にナイフを突きつけて居るこの状況で素直に頷いて良いのだろうかと言う葛藤に襲われている。
そして裏切りが恐かった。
あんな気持ちはもう味わいたくない。そんな感情が芽生えてしまっている。
でも。
「民間人。名前」
「え、あぁ、倉木桜って言います」
さくら…か。
私はナイフを引き下げた。彼女から離れて散乱した荷物を持つ。
「民間人…いや桜…。提案を受け入れよう、そして度重なる非礼を謝罪する」
「え! 本当!?」
「噓を言って…な、なにをっ」
桜はとびきり喜んで少女に抱きついた。
ついさっきまで首元を狙われてたなんて忘れてしまうほど、桜は喜んでた。
少女は初めての事にどう対応すれば良いかわからないでいた。
「は、離れろ!」
少し強引に抜け出す。なんなんだこの女は!
意味がわからない。何でこんなに食いついてくる!
なにがそんなに面白いんだ。
満面の笑みでこちらを見てくる桜。
「本当に…私とは住む世界が違うのだな。まるで正反対だ」
「反対? 私もあなたも変わらないと思うよ?」
わからないな。明るい世界の住人を私はやっぱり理解できない。仕事以外の会話なんて…いつぶりだろうか。
どうもこの女。桜と話すとなぜか調子が狂う。私の中の常識が瓦解していくようだ。
だが…
「意味のわからない単語を簡単に口にして恥をかく桜と同じにしないで貰いたい」
「へ?」
「Спасибо。感謝を伝える言葉だ。無視していたらいきなりありがとうと言われ、まだまだ続けるような雰囲気。鬱陶しいにも程がある」
みるみるうちに桜の顔が赤くなり恥ずかしさを隠せない桜を見て、内心笑った少女であった。
そんな自分に驚き、慌てて咳払いをする。
「ま…まぁ、それはともかくこれからよろしくね! …えっとぉ…」
名前聞いてなかったって顔をしてる。
「私は…」
シルバードールと名乗ろうとした。でも…寸前で口が止まる。
桜には…と言うより今となっては辛いときの名前。それで呼んで欲しくない。そう思ったのかもしれない。
なら…そうだな。
「белая…。私はヴィエラーヤだ」
我ながら…何というか高望みしてしまったかな。完全に名前負けだ…な。真っ黒な世界の私が、白という意味の名前を名乗るなんて思いもしなかった。
「ヴィエラーヤ…覚えた。これからよろしくね! ヴィエラーヤ!」
「よろしく、桜」
良かったぁ…。
ヴィエラーヤちゃん。ちょっと長い? ヴィエラちゃんって呼んでも良いかな?
まぁ…でもあとは…
俺はまだ眠いがなぜか目が覚めてしまった。
多分そんなまだ寝てないけど…まぁ眠気なんか覚める。
「さ、桜さん?」
「あ、おはようございます! もう起きていいんですか? …そんなにまだ寝てないと思いますけど…」
「あ…あぁ、大丈夫…。それより…どういう状況?」
仲良く…良いのかはわからない。
でも一緒にごはん食べてる…。桜が脅された…訳でも無さそう。
むしろ銀髪の少女の方が若干迷惑がってるか?
今は…敵対してるわけではなさそうだ。
ここで俺が無理して刺激するのも考え物だろう。
「あ、そう! この子はヴィエラちゃん!」
「だから私はヴィエラーヤ。勝手に名前を省略しないで」
ヴィエラーヤ。ロシア語っぽい名前。相変わらず日本語は堪能だ。
「初めまして。私は日本国自衛隊所属、新城昴二尉だ。」
「私はヴィエラーヤ。その反応、やっぱりあなたの差し金では無かったようね」
「どういう意味だ?」
差し金? 意味がわからない。俺が寝ている間に何が起きたと言うんだ?
「あの子。桜がいきなり私のところに来て仲間になれってしつこいからなった。と言うのが簡単な答え」
「は?」
その後、桜の口からも詳しく事情を聞いた。聞いた俺はかなり怒った。
「なに1人で危ないことしてるんだ!」
「ご…ごめんなさい」
桜はかなり怯えた様子だった。ここまで怒られるとは思っていなかったんだろう。
でもヴィエラーヤが無差別に人を殺すようなやつだったらどうなっていたことか想像はしたくない。
ただ、桜が考えた理屈も正しい。実際俺もここまでなにも争いごとがないからヴィエラーヤ本人も俺達との協力関係は望むも拒まないと思っていた。
「その辺にしたらどお? 別に私は無差別に殺すような殺人狂ではない」
「…そうだな。怒鳴ってすまなかった。…それでヴィエラーヤさん。単刀直入に聞く、君は何者だ」
「…簡単に説明すれば殺し屋。暗殺者で意味は通る。生まれはソ連、極東北海道」
「は? まてまてまて、まずそこからだ。ソ連はわかる、その後の極東北海道ってのはどういうことだ」
ヴィエラーヤもここからが本題と言った顔になる。
「そうね。あなたたちかららすれば北海道は日本の領土だそうね。桜と話してて私も気付いた。でも私の歴史は違う。」
俺はヴィエラーヤの話す内容が信じられなかった。
いや、確かにあり得た話ではある。完全にIFの話なのだが構成としては成り立っていた。
「確かに北海道はかつては日本の領土だった。しかし第二次大戦直後、ソ連が日本へ侵攻開始。まともな兵力を持たなかった日本軍は瞬く間に蹂躙され戦線が南下。戦線が函館付近にて政治的決着がついた」
「政治的決着とはどういうことだ」
「言葉通りよ。北海道は明け渡すからもう攻めないで下さいって事よ。まぁほとんどアメリカの発言力でどうにかなったってところだけど」
「信じられない」
「そうかしら? あなたたちの歴史でも現に北海道の一部占拠されたんじゃ無い? それがそれだけですまなかったのが私の世界」
日本人としてどう反応すれば良いのかわからない。
「もっとも最近じゃあ占領後の北海道に日本人が増えてきて、そこで私は生まれた。と聞かされてる」
そこから小一時間は話していたと思う。しかし終始納得したとは言い切れず、どこか空想の話を聞いているようだった。
ヴィエラーヤが大統領暗殺の仕事で所属する組織か協力者のどちらかに裏切られ…死んだと言うところまで聞かされた。
「君の事は信じがたいが、桜と俺の間に2年のタイムラグある事も鑑みて違う世界線…パラレルワールドと言うのか? そこから君は来たと…今は信じるほかは無い。…ただ。1つだけ確認しておきたい」
「君は俺達と協力関係にある。味方。仲間と言うことで信用して良いんだな?」
「そうね。あなた方がこの関係を壊さない限り私はあなたたちと共に行動する」
「そうか。」
色々と思うところはまだある。話を聞く限り目の前のこいつは絶対に国際指名手配されてる大罪人。俺とは違い本当に人を撃ち殺してきた少女。
だが…
「わかった。ヴィエラーヤさん、これからよろしく頼む」
「ええ。こちらこそ」
ここは日本でもソ連でもましてやあの世界ですら無い可能性だってある。そんなところで、こんな状況で彼女。ヴィエラーヤを切り捨てる道理は無い。
互いの利益不利益が一致している以上協力関係になれるなら避けるなんでのはバカのすることだ。
こうして俺達は3人になった。
─────深い深い森の奥。
光の差さない暗くジメジメとしたところに1人の男が倒れていた。
「体が…動かない…」
彼は知らなかった。
すでに自分は自分では無いことを。
黒い影の渦が体を焼いていく。いや、腐らせていく。
肉が剥がれ落ち、骨が粉となり体が再構築されていく。
男の断末魔は深い森に閉ざされ誰の耳にも届かなかった。




