【1日目】命のロウソク
水をくみ少し重くなったリュックを背負い直し、この川沿いに海に出ようと足を進める。
川のせせらぎに耳をとらわれる事無く、気を入れ直し警戒する。
脅威は敵だけでは無い。こう言った単独で森林を進むとき野生動物も充分すぎるほどの脅威になり得る。
川沿いだけあってうっそうとした森よりかは風通しも良く、何より水辺と言うことで涼しく感じる。
しかしこれは他の動物達も当てはまることで先程から小動物がチラホラと見受けられる。
この小さな島の生態系には興味というか、生き抜く上で知っておきたいことだがいまはその余裕は無い。
そうして鹿や馬、ウサギに鳥…様々な動物を観察しながら下流を目指す。
そして…
日は暮れ始め腕時計の時刻は16:00を過ぎる頃合い。
“やつ”は突然現れた。
《人だ…人だ…ウヒャヒ…ウビャヒ…》
「誰だっ!」
突然の自分以外の声。
だがそれは…
「…。」
夕日すら届かない森の中は不気味な空気を醸し出すが、今は目をこらして主を探す。
視界の端で一瞬動くものが見えたが、ハッキリせずただ走り去る音がした。
決して人から発せられた声とは思えないような音質。
あまりの不快な声に思わず銃を構える。
だが先程の第一声を最後にその声は聞こえなかった。
不気味な静けさが俺をざわめかせる。
ヤバい、敵の偵察? それとも原住民?
どちらにせよ不味い状況に変わりは無い。
どんどんとここが日本とは遠くかけ離れた場所なのではという不安感が増していく一方。
そもそもが日本にこんな植物も見たことないし、地磁気が狂ってるってのもおかしい。GPSも即位できない。
そもそもが関東上空を飛んでいてこんなところに墜落すること自体があり得ないことだ。
考えてみれば不自然だらけだ。
だがここが日本では無くどこかわからないがとんでもない場所と言う仮説を立てると全てが正常化する。
たった1つの答えにたどり着いた
…俺は死んだのか
「そっか…これが死後の世界ってか」
からまった糸が解けたような気がした。
するとなにか? さっきのはあの世の住人か何かか?
どちらかと言えば地獄から這い出てきたような声だ。
思い返せば俺自身褒められた人生とは思えなかったな。
でも俺もまだ20後半、まだまだ若く短い人生で間違いもたくさんあっただろうよ…でも神様
若気の至りって言葉もあるように少々厳しいご判断じゃ無かろうか…
と、あぁだこうだと心で嘆きながらも、まだまだ自我がある間は…
俺は自衛官。
違う生き方をすればもっと楽しい時間もたくさんあった。家庭も持ってたかもしれない。
でも俺はそれを投げ打って鍛え学び鍛え学び、怒鳴られ励まされ、この第1空挺団を名乗る資格を得た。
ここが死後の世界だって構わない。
「未払いの請求するために俺はまだ折れないぞ」
とても小さな声で神様とやらに取り立て宣言をしつつ、歩みを進める。
日が真っ赤に染まり水平線と重なりつつあるころ、予定通り海にたどり着くことができた。俺が着地した海岸とは異なりこちらは溶岩が固まってそう日が経っていないのか、ゴツゴツした岩肌が晒されている。
ザラザラと刺々しい岩肌に注意しながら辺りを見渡す。
ゴツゴツとした岩が波消しブロックのような機能を果たし、水が溜まったくぼみに取り残された魚やカニも結構見受けられる。
「夕日は…どこで見ても変わらないんだな」
久しぶりに拝む夕日に懐かしむ心もある。
それにここら辺は身を隠す場所が多いし、いざとなれば森から来る敵を待ち受けるのにも適した地形。
そして今最も重要なことは生き延びることであり、今日はここら辺で朝を待っても良いかもしれない。
森方面から身を隠すように腰掛ける。
カチャンと金属音を鳴らしながら小銃を立てかけ重いリュックもドサッと降ろす。
ふうっと一息ついて飲み水を飲む。残りはこの水筒だとあと1回分ってところか…意外に水の消費はかさむな
しかしまぁ、見つけた水源の水は煮沸すれば問題なく飲めるだろうしそんなに深く考え込まなくても良いか
俺がもし死んでないとした時の最悪の事態はこの状況で助けが来ず食糧が尽きたときか…
「にしても…俺。死んだのかなぁ」
ポカーンと口を半開きにして夕占の空を見上げる。
いつも駐屯地から見る空と大して変わらないんだよなぁ…
そんな懐かしむ俺を置いていくかのように夕日は海の向こうへと隠れていく。
だが…なぜだか夕日が俺に哀れみの日を送っているように感じた。
そう。
夕日の届かない沈み闇が深まったこの時。
この島にたどり着いた俺が、この物語の血塗られたストーリーの幕が上がった。
「きた…」
枝が折れる音。鳥たちが一斉に飛び立つ。
《ヒト、ドゴダ》
《ヒト、ゴッチニイッダ》
《ヒト、クイダイ》
また不気味な声だ。会話から察するにやはり先程の声は敵の偵察だったようで、仲間を集めてやってきたと言うところか。
それにしても内容が意味がわからなすぎる。
人を食いたい?
薬でもやってんのかこいつら
静かに89式小銃を引き寄せ息を潜める。
奴らとは大体40mほど。どんどんと複数の足音が近づく。
このままだと見つかる…。
だが、だからと言って俺から撃つわけにはいかない。でも見つかった瞬間俺は終わる。
撃てば俺は自衛官では無くなる。
この矛盾。自衛隊には常につきまとう。
撃てば刑務所、撃たねば墓場。
今まではこういうことが無かったから、ずっと見て見ぬふりができた。
そのツケを、答えを俺が出さなきゃいけない。
(くそったれっ)
小さな声で絞り出した。
頭のネジが飛んでるこいつらに、こんにちわって言っても意味は無いだろう。
距離は5mも無い。物音でも立てればそこで終わると言うこの状況。しかしまだまだ近づく敵の足音に、汗の水滴が落ちることにさえ身が凍る思いになる。
撃つか? 今撃たないと間合いが近すぎる。ここで撃たないとあとは無いっ!
意を決して、槓桿(チャージングハンドル)に手をかける。引けば最後、音で気付かれて後戻りはできない。
槓桿を引こうと力を入れる直前。奴らの足音が止まった。
《マテ…アッチダ》
《ヒト…イル》
《クウクウ》
奴らは走って俺から離れていった。
一気に体の力が抜ける。
いくら訓練しても薬でもやらなきゃ死の恐怖は消えることは無い。俺だってそうだ。偉そうに空挺団のバッチをつけてはいるが、いざとなってこの状況。脂汗ダラダラで手の震えも若干ある。なんてざまだ。
だが奴らが走り去った理由が気になる。
「他に人かいるのか? …っ!?」
ハッと湧いてきた1つの仮定。
俺の他に生き残った仲間が!?
見捨てる訳にはいかない。機内でも確認できた遺体は全てじゃ無い。生き残りがいる可能性はある!
すぐさま俺は奴らのあとを静かに追跡した。
そして…
いた。俺にも面識がある自衛官、倉木千空ともう1人は見覚えのない少女だった。
だがすでに海を背にして敵に囲まれ、退路は絶たれ危機的状況に陥っていた。さらに倉木は左足を負傷しているのか自力で立つこともできず、連れている少女に体を支えられている有様だ。
あれじゃあいつまでも持たない。
「倉木っ!倉木っ! 聞こえるか! 送れっ」
無線機に呼びかけるも倉木からは反応が無い。無線機か故障でもしたんだろうか…
だが倉木はたった1人少女を守るべく声を上げる。
「止まりなさいっ! それ以上近づくなら敵対行動と見なし実力行使する!」
すでに倉木は9mm拳銃を構え奴らに向けていた。
小銃は故障したか落としたかしてしまったんだろうが、あれじゃあこの数相手には火力不足だ。
その奴らの姿を初めて見た俺は1人驚愕を隠せないでいた。
奴らは2本足で立ち、全身は真っ黒に染まっていて目は赤く光っている。体の形状もヒトのそれとはだいぶかけ離れていて、どちらかと言えば化け物と呼ぶにふさわしいと言った感じで、現実の生き物とは思えない。
アニメやまんがの世界の化け物を引っ張り出してきたかのようだ。
敵は6体。俺には気づいてはいないが倉木と少女が危ない。
助けに行くと言っても奴らの中を突っ切れるわけも無い。
くそっ
「梨里ちゃん、私の後ろへ。これより保護対象の安全を確保するため“害獣駆除”を開始するっ!」
その時、一瞬の閃光と乾いた破裂音が夜の海岸に響いた。
倉木が発砲したんだ。
銃声はこの島全域に響いたんじゃないかと思うくらいキレイに木霊した。
そうか、その手があったか!
いくら害獣駆除といっても許可無しに発砲できるわけじゃないが、突然熊と遭遇して襲われたりそういう時の自衛目的での火器の使用は前例がある!
パンっ! パンっ! と閃光が、ほとばしる。
戦闘の黒い生き物が崩れ落ちる。
その仲間に少し動揺が広がるが、すぐに敵意をあらわにする。
人の頭が入りそうなほどの巨大な口を広げ、牙をあらわにし威嚇するように吠えるやつや、ウルヴァ〇ンのように拳から長い刃物のようなものを引き出したり。とても生物がするようなこととは思えない光景だった。
俺も槓桿を引き初弾を薬室に押し込む。あとはシアが解放されれば弾丸は音速を超えて目標に突き進む。
倉木達に射線が重ならないかつ、脱出経路を作りだすために最適な場所に移動し二脚を広げ倉木を援護する。
弾倉は4つ。この数相手なら余りある。
そして俺は引き金に指をかけて、ストンと落ちるように引き切った。
ダァン!
拳銃とは違うもっと重く大きく乾いた破裂音が炸裂する。
単射で2発。続いて2発。日が暮れたとは言えまだ時間はそう経っていない。距離も数十メートル程度で充分狙いは定まる。
人の言葉を話す化け物相手に5.56mm弾が通用するか不安要素もあったが、倉木の9mm弾と俺の5.56mmで倒せたと言うことは、人間並みの脆さと考えて良いはずだ。
化け物達は突然の他方向からの攻撃に完全に包囲網が崩れ、逃げ惑う間に方位の薄い箇所が生まれる。
倉木も突然の援護射撃に一瞬の戸惑うが、すぐに攻勢に出る。
「梨里ちゃん、仲間の元に行くよ。手伝ってくれない?」
「うん」
「ありがとね」
薄まった包囲網を突破しようと倉木達が移動を開始する。
立ちはだかる化け物に9mm弾を撃ち込む倉木とその背後から追う化け物を阻止する俺。負傷している倉木は歩く速度こそ遅いが、弾倉交換をスムーズに行いそれを埋めている。
敵の数はどんどんと減っていき、そろそろ敵も劣勢と悟ったのか徐々に撤退していく。やはり統率とかそういったことは一切なく各々がバラバラに行動する。
しかし…戦闘の終わりが見えてきたとき、俺は重大なミスを犯していたことに気がつかないでいた。
初めての実戦で気持ちが高ぶっていたのか注意が散漫していたのか。
背後からの物音で初めて気付いた。
忍び寄る化け物。すでに拳から生えた刃物を俺に振りかぶってた。
とっさに身を捩らせ銃口を向けようとするも間に合わないと判断した俺は振り下ろされる腕を遮るように小銃を突き出し、刃を阻もうとする。
金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。
化け物は片腕からしか剣を出せないのか、一方の腕からは刃物は現れない。
しかし、物凄い力だ。
歯を食いしばり化け物に負けんばかりの力で押し返す。
気持ち悪いことに化け物の口からドロッとした液体が顔に落ちる。
野生動物じみたバカ力の前には俺の体とて長くは耐えれず、徐々に押されつつあった。
「新城二尉!」
俺の元にたどり着いた倉木が俺に夢中な化け物に重い横蹴りを食らわせ押し潰されそうになっていた俺は事なきを得るが、俺は息をつく間も無く腰からすぐさまナイフを引き抜き、化け物の首めがけて斬りかかる。
首と思われる箇所に思い切りナイフを突き立て、一気に横へ掻き切る。
刺した瞬間は化け物もはけしく暴れたが、トドメと言わんばかりの最後の掻き切る動作でピクッと動かなくなる。
「倉木二曹…助かった。…それで状況は?」
敵の襲撃に備えて一息つく間もなく周りの今を陣地とし森へ逃げ帰った化け物達を警戒する。
「はいっ! 私はパラシュートが開ききらず減速が不十分のままこの島の森へ落下し、その時に足を負傷…。状況を確認しようと黒煙の上がる方へ向かっていたところこの少女が砂浜に打ち上げられていまして…」
「そうか。足の具合はどうなんだ?」
「骨折はしていないと思いますが、変にひねってしまったようで…」
「うぅん。冷やしておけばそのうち治ると思うが…あとで何とかしよう。そして、君名前は?」
倉木の後ろに若干隠れるようにたたずむ少女。年齢は15~18位、長めの黒髪とくっきりとした目。恐怖からか足下は震え倉木を掴む手はがっしりと握られている。
「白瀬…梨里です。」
「白瀬さんか。白瀬さん、倉木を助けてくれてありがとう。君が居なかったら倉木はここまではたどり着けなかった。本当にありがとう」
「いいえっ! 私こそお助け頂きありがとうございました!」
変に緊張しているのか声が若干おかしくなってるが、それも無理も無いだろう。様子を見るに白瀬さんもここへ流れ着いた身のようだし、まだ心の整理もできていないんだろうな。
「それは俺も同じだな」
話もそこそこに一旦は森へ逃げ帰った化け物達がまたチラホラと視界に入るようになる。
「倉木、拳銃の残弾は?」
「拳銃内に4発、予備弾倉が1つです」
不味いな…。小銃の弾倉は沢山あるが肝心の小銃は俺の1つだ。
倉木の9mm拳銃だって本格的な近接戦闘になったら5分と持たない。
さっきの様にナイフで戦い続けるのも物理的に不可能だ。
「白瀬さん、すまない。また倉木を手伝ってくれないか?」
「はっはい!」
倉木は自力で歩くこともままならない。ほとんど戦力は俺にあると言って良い状況。非常に良くない。
「倉木、ここに止まっていてもあいつらが集まるだけだ。この海岸沿いに移動する」
「倉木了解。ごめんね梨里ちゃん、肩借りるね」
「い、いえ! これくらいしか…役に立てないですから…」
この子、倉木には口数がやけに増えるな…
「倉木。森から出て来たやつに射撃する。後方を中心に警戒するが、前方は手薄になるかもしれない。50m以内の脅威には射撃を許可するが残弾を気をつけろよ。あくまで白瀬さんの安全が第一だ、忘れるな」
「了解」
「よし、では作戦行動開始っ!」
「…了解。梨里ちゃん行くよ」
倉木の明るい声はどこへやら。発せられた冷たく重い声に白瀬さんにも再び緊張と恐怖が走ったのか、声は無かったが力強く頷く。
俺達が立ち上がるやいなや化け物達もゾロゾロと森から出てくる。まるでゾンビ映画のラストシーンだ。
倉木達が先を行き、俺が後を追う形で移動する。
俺はいったん止まっては射撃、また移動して射撃。要するに引き撃ちだ。
側方や前方にもチラホラと出てはくるが、倉木からの早い段階での適切な報告で接近されることは今のところはない。
化け物達も先程の戦いで懲りたのか押せ押せムードというのは無く、距離を取って着実に追ってきてる。
お陰で裁ききれないという事態には陥ってはいないもののこれがいつまで続くか…
「倉木、さすがに暗くなってきた。ライトはあるか?」
「すみません、落下の時に落としたようで…」
「そうか…俺のは1つあるが」
「お気遣い無く。海辺沿いに進めば良いので、たまに前方を照らして頂けばそれで充分です」
「りょ、了解…」
そんなんで大丈夫なのかと心配になるが、すぐに納得いった。
倉木は俺から見ても明るくスタイルも良いしきっとモテる系の人だ。
だがな、こいつは習志野第1空挺団第1普通科大隊第3中隊 倉木千空2曹21歳。もちろんレンジャーの資格も得た正真正銘の鋼の心と鋼の体を持つレンジャー隊員。
身体能力、判断力、洞察力、どれをとっても女性という立場であろうとも俺と同等かそれ以上の資質を持っている。
そんな彼女の最も特質すべき点は、なんと言ってもずば抜けた視力と方向感覚だ。
レンジャー訓練では訓練教官が抜き打ちで夜間に訓練生を襲撃するという事がある。訓練生は三日三晩かそれ以上睡眠を取れず、疲労しきっていたとしてもお構いなく敵との遭遇を想定した訓練をさせられる。そこで手間取ったり仲間の足を引っ張ろうものならレンジャーのバッチは遠のく。
そんな中でいつ何時も警戒を怠らず、訓練教官の襲撃に誰よりも早い段階で気付き誰よりも早く行動を起こしたのが倉木千空。俺の目の前を歩く彼女だ。
射撃センスは特に言うことの無い平均的なものだが、危機管理に関しては肩を並べる者は居ないだろう。
「梨里ちゃん、今は足下は砂浜になったけどもう少し先に大っきめな岩があったと思うから気をつけてね」
「はい…」
白瀬さんはこんな暗闇でなんでわかるんだろう…そんな顔をしているに違いない。
心に癒やしを与えそうな波の音が、今は小さなライトのスポット光の他に光が無いこの場所では逆に不気味な色を奏でる。
「と言っても…」
奴らの目が凶悪すぎだろ…
暗闇では赤く光り、ライトを当てると白く反射する。
出た釘を打つように射殺する。
引き金を引くたびに鋭いフラッシュが焚かれ奴らの目が白く光る。
そんなマンネリ化と言うか作業に近くなってきた頃…
「っ!? 倉木っ! 伏せろっ!」
「えっ!?」
一回りがたいの大きい化け物から高速で飛んでくる“岩”。
一直線に倉木…いやっ! 白瀬さんだ!
だめだ間に合わないっ
「梨里ちゃんっ…」
白瀬さんに覆い被さる倉木を見た直後。ガンっと言う硬い音が響く。
「倉木っ!」
慌てて駆け寄るも倉木の鉄帽はべこりとヘコみ、傍らに飛んできたソフトボールより一回りも大きい岩が転がっていた。
「ち…千空さんっ!? ちひろさんっ!」
「お、おい! 倉木っ! しっかりしろ!」
ヤバいヤバいヤバい
「倉木っ! 倉木っ!」
「噓…ちひろさん…私なんかのために…ごめんなさい…ごめんなさい…」
クソっ
目の前で…それも俺の部下が死ぬ?
ふざけんな、こんなん…こんなん
受け入れるはずねぇだろっ!!!
クソっ
「邪魔するなぁぁぁ!!」
こちらからの攻撃が無くなったと思うやいなや化け物達が一斉に駆けてくる。
小銃を強く握り射殺する。次々と現れる敵に弾倉が次々と空になっていく。
「白瀬さん! 倉木の呼吸と脈計れますか!」
「みゃ、脈…はっはい!」
この際専門知識が無くとも血管が脈動しているかさえ分かればそれで良い。
民間人に仕事を押しつけるのはどうかとは思うが、あいにく俺は手が離せない。
「あ、あります! 脈あります! 呼吸もありますっ!」
「そうか…良かった…。血は出てそうですか?」
呼吸も脈もある。死んでない!
銃声と化け物の断末魔が響く戦場で、たった1つの安堵が俺に訪れた。
「白瀬さん、少し大変かもしれないけど倉木の体をゆっくりと横にしてください」
「こ、こうですか?」
意識が無い状態であお向けの姿勢を取ってしまうと、せっかく呼吸があっても力の入ってない舌の根元が気道を塞いでしまって、窒息してしまう危険がある。
自動車免許を持っているなら当然知ってて欲しい救護知識だが白瀬さん、彼女は良いとこ高校生ぐらいのまだ子供だ。
知らなくても責められない。
「下の腕をあごの舌に…」
銃声で声が掻き消されてしまう。
それでも何とかそれらしい形にはなったので後は…
俺次第か
倉木がこうなってしまった以上ここからは移動は望ましくない。
ならばここを死守する!
後ろから足音。背後の奴らもどさくさに紛れてやってきたかこの野郎っ!
二度も同じ手を食らうか!
小銃を背後に向け、小銃に付けたライトが化け物を照らす。
「ん…?」
異変が起きたのはその時だ。
数メートル離れた化け物にライトを浴びせたとたん目を抑えて苦しみの声を上げ一目散に逃げ行く…のを見逃すわけも無く照らされた背中に2発の弾丸を撃ち込んだ。
それにしても確かにこのライトはそこら辺の懐中電灯とはレベルが違う。暗闇であんな近距離でいきなり照らされたら眩しいどころではないだろうが…だが…さっきの反応はそれを超えていた。
だとするなら…
「ならこれでどうだ!」
拳銃のような形の物を倒れた化け物に向け、引き金を引く。
光弾が化け物の死体にめり込み、直後近くで直視するには厳しいほどの眩い光が闇夜を照らす。
「やっぱりか!」
目が慣れてようやく視界が確保できたときに目にしたのは増える一方だった化け物。その奴らが一転、またも森へと逃げ帰る姿だった。
それも先程よりも一体一体が明確な逃げると言う意思を持っていたようにも感じる。
奴らは光に弱い。
放たれた光弾はその高温のためか発光時間を過ぎてもめり込んだ死体と共にメラメラと炎が上がった。
普通は信号拳銃は上空に向けて何らかのこちらの意図を伝えるために使用する物で照明弾のような上空から辺りを照らす効果は無い。もしあったとしても照明として役に立たない程度だ。
敵が逃げ帰り辺りは静まり返るも状況はあまり良くはなっていない。
奴らの弱点が掴めた代わりに倉木が意識を失ってしまった。
状況としては絶望的だ。
明かりが無くなり暗闇に包み込まれたらもうそこでおしまいだ。
辺りに使えそうなものが無いかとライトで照らしてみる。
流れ着いた流木やゴミばかりが目に付く。
近くにあった大きめの流木を炎の中に投げ込むも一晩まかなえるほどの量を用意するのは難しい。警戒しながらとなれば尚更だ。
倉木も動けず、白瀬さんを暗闇の中で流木を拾い集めさせるのも危険が大きすぎる。
敵を警戒しつつも倉木の様子を確認する。
確かに呼吸も脈も確認できる。だがヘルメットがこうも破損する程の衝撃が頭に加わったんだ。
最悪…
いいや、現段階で生きている。その事実に喜びを感じよう。
倉木がこうなってしまった以上ここからの移動は厳しい。
万が一の時に陣地を形成しておく。陣地と言ってもなにぶん人手が無いゆえバリケードのような大層な物は作れない。指向性散弾を数カ所設置した程度だ。
一段落して安堵、焦り、希望、絶望、色んな意味が込められたため息が静まった闇夜に大きく広がった。
「白瀬さん、大丈夫ですか?」
「えっ…はい…大丈夫…です」
そうか、聞き方間違ったな…これじゃあ大丈夫って言うしか選択肢無いじゃないか…
「えぇ~っと…怪我とかしてない? あと…喉乾いたとかお腹空いてない?」
「…大丈夫です」
白瀬さんは倉木のそばを離れず思い詰めたような顔をしていた。
実際白瀬さんには目立った傷もないし血の跡もない。
ただ、この気候とこの状況のせいで結構水分が取られてるだろう。俺もそうだし。
「白瀬さん、少しでも飲んどいてください」
「…ありがとうございます」
案の定断られることはなかった。
かなり乾いていたのか結構な量持ってかれたが、これで国民の命が救われるなら安いこった。
想像以上に静まり返る島の夜。
しまったな…会話が何もない。こんな状況で考えることでもないような気もするが民間人を安心されるのも責務
「突然すみません、白瀬さんはどちらから?」
「…札幌…北海道から…来ました」
「ほ、北海道!? あぁすみません大きな声出して…でも北海道…?」
俺は習志野、彼女は北海道…いよいよ俺の頭の地図が歪んできた。
「ど、どうかしたんですか?」
「いや、そのですね…ここがどこなのか分からないのです。詳しくは話せないですが訓練で習志野…千葉から来たんですが…北海道と千葉…そんな島は…」
「…ない…と思います」
「ですよね…」
「ちなみに白瀬さんはどうやってここへ?」
「えっ…それは…ふぇ、フェリーです。苫小牧から大洗に」
「それは観光で?」
「はい…」
なんか彼女の様子にあきらかな動揺が感じるけどまだこの状況に戸惑っているだけか…それとも…
「…ここは地獄なのでしょうか」
唐突な白瀬さんからの問い。だがそれだけは違うと確信を持って言える。
「違う、と思いますよ。この島では俺の仲間が何人も死にました。ここが地獄ならば死ぬことなんてあるんでしょうか? 私の地獄感というかそう言うのは死ぬほど苦しみ、でも死ねない。そんなところと思っています。なので私達はまだ生きている。そう思ってます」
「そう…なんですか」
「あくまで私の考えですけどね」
こんな若い女性と会話するなんて何年ぶりだか…言葉を選ぶって言うのもあんがい大変だな
「チッ…もう火が弱くなってきたか…」
「も、もう木は無いんですかっ!?」
流木は燃え尽きるのが早い…
しかし森へ入るのは危険すぎる。
「見つけたには見つけたんだけど持ってくるには大きすぎて…」
「なら火を持ってけば良いんじゃないですか?」
あっ…
彼女のナイスアイデアと言うか、俺のバカさ加減が白瀬さんにバレた瞬間だった。
そんな事があり火だねを持ち小走りで新たな流木のもとへ走り無事に炎が立ち上がる。
火が衰えた事に感づいた化け物達も、また森の奥へ引っ込んでいく。
目の届く位置ではあるけど彼女たちから離れるのは宜しくない。
今回の流木はかなり大きい。手早く人間大の流木も近くにあったから引きずってくべた。
さすがにこの大きさなら今夜は乗り切れそうだ。
火が上がったことを確認した俺は足早に彼女達の元へ急いだ。
「倉木…」
俺が戻ると、先程まで意識を失っていた倉木が目を覚ましていた。
「新城二尉…」
「千空さん…ごめんなさい…私のせいで…」
今にも泣き出しそうな声に倉木が困ったような顔で俺に助けを求めるが…
「白瀬さん、倉木の怪我は決して白瀬さんのせいではないよ。そこはありがとう、その一言で良いと思うよ」
「そうそう、私がしなきゃって思ってやったことなんだから、梨里ちゃんが悔やむ必要はないって! それに白瀬さんに私は沢山助けられてるの。だから謝る必要はないんだよ」
泣きながら、ありがとうございましたと倉木へ伝える白瀬さん。
なんかこう見ると姉妹みたいに見えるな…
一段落ついた頃、倉木から俺に話があると真剣な表情で言われた。白瀬さんには聞かれたくないらしい。
白瀬さんとそんなに離れる事は出来ないからまぁ、そこそこ離れた場所で倉木の話を聞く。
「私は多分死にます」
倉木の口からそんな一言が、ハッキリと発せられる。
「先程の投石で恐らく脳出血か分かりませんが、頭痛が酷く、平衡感覚もおかしいです。梨里ちゃんの顔も…あんなに近くにいたのに歪んで見えて…時間が経つにつれてどんどんと酷くなっていきます」
倉木は今にも倒れそうな体で、白瀬さんに心配をかけまいと強い自分を演じていた。
「あって間もない白瀬さんになぜそこまで出来るんだ。脳筋バカ女が」
「ひっどいですね、新城二尉までその呼び方するんですね…まぁでも梨里ちゃん、3年前、海へ身投げして死んだ私の妹に似てるんですよ。って言うかうり二つって位に。だからなんでしょうね…」
「…自殺だったのか」
「えぇ、学校で相当溜め込んでたみたいで…それに気付かず気づけば行方不明に。遺体は見つからず崖に残された鞄と遺書で…生きていれば今年で成人かぁ…」
話を聞けば倉木が自衛官になり家を出て寮暮らしになって間もない頃だった事のようだ。
自分を頼りにしていた妹は相談する相手がいなくなり1人で抱え込んで自殺したと。倉木はそう思っているらしい。
妹を失ってまでなった自衛官。絶対に辞めてなるものかと頑張り今に到るらしい。
「そう…だったのか」
「こんな状況で言うことじゃないですけど楽しかったんです…短い間でも妹を感じれて…姉を演じれて…」
倉木がうつむき泣いていた。
初めて見る強い倉木の別の顔。
「だからどうすれば良いか分からないんです」
なんだこのムズムズする違和感。
俺みたいな他人目から見ても姉妹と感じる白瀬と倉木。
3年前に妹を失う。
倉木にべったりな白瀬
ここは地獄かという白瀬の問い
ここに来る前の話に動揺する白瀬
妹とうり二つな白瀬
そして地図にないこの島
「おい、倉木。妹さんの名前は」
「倉木桜ですけど…」
「少しここで待ってろ」
なんだそう言う事だったのか、この島は…そして白瀬、君が俺に言えなかった理由。
白瀬さんの元に戻りこう呼んだ。
「倉木桜さん」
「っ…!?」
「やっぱりか…」
「なんで私の名前を!」
「話は後だ、時間がない」
白瀬…倉木桜を連れてくるころには倉木千空はかなり辛そうな顔をしていた。
倉木はなんで連れてきたのって顔をしているが俺は構わず話を進める。
話は単純明快だ。
「白瀬さん。いいえ、倉木桜さん」
「え…桜…さくらなの?」
「やっぱり…お姉ちゃんなの!?」
3年前に死んだはずの妹と再会するも…運命というのは残酷な物で再会の喜びはそう長くは続かない。
俺はそれを分かっていた。分かった上で目の前で涙で抱き合う姉妹を作りだした。
俺が何も言わなければ少し大切な他人として送り出していた。
だがそれはあんまりだ。
だから俺は最後まで責任を取る。
「桜さん」
「はい…?」
声のトーンが下がった俺の声に何かを感じた桜さん。
倉木も察したように悲しそうに口をつぐむ。
「倉木はもうそんなに長くは無いらしい」
「え…」
長くない。その単語に桜さんは倉木に振り返る。
倉木も気まずそうに首を縦に振る。
「嘘…だってさっきまであんなに…ねぇなんで!? 会えたのになんでっ!?」
もう会えないと思った姉への再会の喜びが、別れの絶望へと変わる。
「ごめんね…またあなたを置いく事になる…」
どんどんと倉木の様態が悪化していき、ついに自力で座っていられなくなるほど深刻化していった。時間は待ってくれない。そんな言葉にとてもとても腹が立った。
いや…泣きわめく少女と弱り切った仲間を前に何も出来ない自分に腹が立っていたんだ。
「ねえ! 新城さん! お姉ちゃんを…お姉ちゃんを助けてよ! 私達を助けたみたいに助けてよ! ねぇってば!」
桜は俺の胸を叩きながら必死で助けを求めてきた。
「…すまない」
そんな言葉しか考えられなかった自分に情けない。
さらに情けないことに言い訳が頭の中でどんどんどんと立てられていく。
仕方ないじゃないか、俺は医者じゃない
ここには病院はないんだ
等々、さすがに口には出なかったが、そんなことを考えてしまう自分が情けない。
今まで大抵のことには対処できる。死ぬほど訓練したから出来ると、そう思っていた。実際はこれだ。
「桜…こうして目が覚めただけでも奇跡だとおもうの…だからね…もう私は求めない。妹に会えて、抱きしめれて、もう良いの」
見かねた倉木がぐったりとした声で妹に言った。
「もう喋るな…倉木」
「なにそれ! 私は全然良くないよ! もっと居たいよぉ 一緒に居たいよぉ」
倉木は仰向けで泣きながら振り絞るように…
「ごめんねぇ…」
その時、森の方から狼の遠吠え…いやもっとおぞましい何かの声が響いた。
慌てて火を確認するも…
「噓だ…ろ…」
こんな時になんてこった…
満ち潮で大きな火があった場所は今はもう波打ち際。
今まで消えかけの火の近くに居たから気づかなかった…クソ
この程度の火では奴らは引かない。
夜明けまではあと少し。あと少しってところで、どうしてこうなるっ!
「まだ奴らは俺達の位置は分かってないはずだ。今なら隠れて移動すれば…」
「お姉ちゃんは!? お姉ちゃんはどうする気!? 一緒に行くよねっ!?」
「新城二尉…桜を…桜をお願いします…」
「な、何言ってるのお姉ちゃん! いっしょに逃げるの…ね…」
「あぁ。…絶対に。桜さんは守り抜く」
倉木は涙を流しながらも、桜の顔を強く見つめた。
きっと今の彼女にはハッキリとした桜の顔は見えていないのだろう。それでも焼き付けるように見つめる姿についに俺も視界が滲んでくる。
「桜さん、行きましょう」
「いやぁ! お姉ちゃんと居ます! 最後まで居ます!」
「気持ちは分かる。だがな…こらえてくれ」
少し強引に桜を連れていこうと、倉木から引き離す。
心が痛い。
「いや…お姉ちゃんっ…おねぇちゃん!」
「桜…新城二尉をあまり困らせないでね…見た目無愛想だけどね、根は優しいの…だから…だからね…もう行って…」
「嫌だ! 私もここに居る!」
奴らも日の出が近いと分かっているのか焦りが伝わってくる。今にでも押し寄せてきそうな雰囲気。本当に時間が無い。
「桜さん。俺を一生恨んでくれて構わない。だから、一生恨むためにも今は堪えてくれ。…倉木。すまない」
倉木は何も言わない。よく見れば見るほど倉木の体はボロボロだ。耳と鼻からは血が滲み始めている。脳出血の兆候だ。もういつ事切れてもおかしくない。
なのに。なのに、なぜ…そんなに穏やかなんだ。
俺は荷物を軽くするために一部装備を下ろして、最低限の弾薬と食料を持って倉木のもとから離れた。
桜も強引に連れ出す。
本当にいつ背中を刺されても文句言えないなと思いながらも桜を抱えて走った。
砂に足を取られながらも必死に走った。足下は砂だから足音もそんなに目立つことは無い。
その時。身を凍らせるような重低音の鳴き声。何十、何百の化け物の狂気に満ちた音が空気も俺達も震わせた。
駄々をこねるように抵抗していた桜もピタッと動きを止めるほどに今まで感じたことが無い恐怖だった。
だが、そんな中。タァーン、タァーンという銃声が断続的に鳴り響いた。
俺には思い当たる節が1つしか無かった。
倉木だ。
倉木は最後の最期でも残る力で9mm拳銃を空へ向け撃ち続けた。
俺の置いていった装備の中から指向性散弾クレイモアの起爆装置と自らの装備から手榴弾を手に取った。
【あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!】
倉木の今にも消えそうな命のロウソクが、爆轟のごとく燃え上がる。歯を食いしばり鬼の形相と言わんばかりの顔で立ち上がる。
血が滴り目も虚ろで立っていることさえままならない。そんな体でなお“まだ”死ぬことを拒む。
【吹ぎ飛べぇぇぇ!!!!】
クレイモアがちょうど9㎜拳銃の銃声に引かれた群れの中心で一斉起爆する。
付近の化け物は衝撃波で体が消し飛び、クレイモアの前方にいたやつも無数の鉄球にズタズタに引き裂かれ爆煙に消える。
それでも数が多くまだ残党が多い。
難を逃れた化け物がクレイモアの爆煙から次々と抜け出してくる。何十もの化け物がとてつもない速度で倉木へ襲いかかった。
だが倉木は引くどころか、笑みを見せながら両手を開いた。
どこを切っても構わない。そんな行動だった。
化け物の拳から生えた刀身が次々と倉木の体に突き刺さり、串刺しとなった倉木は全身の力が抜けるように事切れた。その時にゴトリと倉木の手から何かが落ちたが化け物達は気にすることは無かった。
呆気なく死んだ。化け物はそう思った。
だから今、生き返ったように自分の腕をガシッと掴まれた化け物は困惑した。
今までの獲物とは全く違う目の前の凶人に。目は血走り顔面の筋肉は硬直しきって元の顔は分からないほど。
「くたばれ」
直後、足下で爆発が起こった。
さっき落ちた物の正体を分かっていれば逃げることができただろう。倉木に群がっていた化け物は倉木もろとも2つの手榴弾で吹き飛んだ。
倉木がほとんどを引きつけてそのほとんどを倒してくれたことで俺達を追ってきたやつはほとんど居なかった。
倉木。お前の想いは桜も分かってるんだ。でもそれを受け入れられない程にお前を想っていたんだ。
そして、倉木。命をかけてまで生かしてくれたこの命は…桜のために使うよ。
きっと君はそれは望んでないんだろう?
でもそうさせてくれ。桜は必ず日本へ送り届ける。
だからそれまで見守ってくれ。