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銃と少女と魔法の島  作者: 芳賀勢斗
12/12

【5日目】堕天

神話って複雑ですね…ゼウス。お前ってやつは…

そんな感じで神話の設定はオリジナルで行こうと思います。

議場が一瞬で静まり返る。

原因は言わずもがな


「今のは何だっ!?」


「落ち着けアレス。声を荒げても何も始まらん」


「むぅ。大神様…今のは一体」


光り輝く神のみぞ許された議場が次第に騒然となる中、1つの重く響一声によって静められる


【静まれ】


大神様と呼ばれた1人。

白髪に髭もまた真っ白な老人が議場を一喝する。


「どうやら下界でやっかいなことが起きたようじゃな」


「…やっかい。新たな神が生まれたと」


「馬鹿なっ!? 大神様の関知しない神などあってはならん!」


「いきなり神の誕生…そんな前例は聞いたことがありません」


それぞれが現実に起きてしまったであろう問題に驚愕の顔を隠せない。


だが大神様と呼ばれた老人は目を細めながら虚空を見つめていた。


【…アグレイア】


「何でございましょうか大神様」


唐突に1人の女神の名を告げた大神様。

呼ばれたアグレイアはゆっくりと飛翔しまるで王に謁見するように片膝をつき、その場へ伏せた。


【我も老いたかの。新たな神からは主の力が感じられる。信じたくはないがまさか力を付与した…と言うことはないじゃろうな】


一斉に騒がしくなる。


「アグレイア様がその様な禁忌を!?」


「まて、あやつ。よく見れば瘴気を纏っているではないか」


「あぁ、聞いた聞いた。アグレイア、手が付けられなくなった飼い犬を追い回していたらしいぞ」


「だから遅刻したのかのぉ? 全く面汚しも程がある」


周囲の老いた男に若く美しい女性まで、前に出たアグレイアに向ける視線は厳しいものだった。


「大神様、全くの事実無根でございます」


【ほぉ】


「確かにナイトメアを追い下界へ下りましたが、我が力を他に譲渡するなどあり得ないことでございます」


【じゃがな…主の力があやつに混ざっているのは事実なのじゃよ?】


「確かにナイトメアに傷つけられた人の子を奇跡(神威)を持って治癒はしましたがそれだけです。まさかそれが引き金となって神格化するなどと…」


【ふむ。故意ではなかったと。その言葉、信じて良いか?】


「嘘偽りなどございません。このアグレイアの命にかけて…」


大神様と呼ばれる老人は細く鋭い目で平伏するアグレイアを見下ろす。


【…良かろう。今回の件は不問とする。アグレイア、神格化した人の子はお前に任せる】


任せる。

どうやら神の力に目覚めた人間を、大神様は受け入れる気は無い。

周囲の神々が各々にそう悟った。


神々は変化を嫌う。新しいもの、斬新なもの。現在まで上手くいっているのだからそのままで良いだろう。変化の結果悪くなったらどうする。

だから新しい風に天界は答えなかった。むしろ拒絶。


そんな堅物達を前にアグレイアは誰にも気付かれぬように小さく嘲笑う。

──そう。アグレイアは変化を求めていた。


何か新しいことはないかと


何か面白いことはないかと


何か暇つぶしはないかと


そして見つけてしまった。

暇潰しの余興として力を付けた自分…ナイトメアと戦う中で出会ってしまった。


未知にっ!


そう、倉木桜という未知の塊に!


一目みた瞬間、面白そうだと桜の中に入ってみれば…


「もちろん、このアグレイアに後始末はお任せ下さい」


アグレイアは狂気に笑っていた。

誰にも見られることのないその狂気は歯止めなと効くこともなく、神故の気の遠くなるような無限に近い時間の中でつもりに積もった“物足りなさ”はドンドンとアグレイアを高揚させていくのであった。


【これにて今宵の協議は終了とする。解散】


アグレイアも含め、沢山の神々が議場を後にする。

たった1人、玉座に深々と腰掛けた大神様はやれやれと言った体勢でまたも虚空を見る。


“面倒”なことになったと。






「お姉さまっ! お怪我はありませんのっ!?」


「タレイア…私は何ともないです…と言っても、無理でしょうか。少し力を使いすぎてしまったみたいで」


頭に大きな花飾りをあしらえた小柄な少女がアグレイアに詰め寄った。


「こんなにっ… あぁシュネ姉さま! お姉さまがっ!」


「レイア(ねえ)…少しやりすぎじゃないのか?」


「言い返す言葉もありませんね…久しぶりに興奮してしまって天滅を使ったのは考え物ですかね」


アグレイアを姉と呼ぶ彼女達は言うまでもなく姉妹である。

花にまつわる女神タレイア、歓喜や祝祭の女神エウプロシュネ。

またこの三姉妹は三美神としても呼ばれており、その容姿はみな美しいと言わざるおえない。

だから美しい姿だからこそその存在が目立ってしまう。


アグレイアの首元に広がる黒いあざがそんな姉妹の表情を曇らせる。


「興奮して天滅を発動させるって…レイア姉は神威の乱用癖どうにかしないといつか…」


「エウプロ…わかってますよ。以後気を付けますね」


「もぉっ! その言葉は三回ぐらい聞いてますよ!」


頬を膨らませて怒っていると主張するタレイアの頭を優しく一撫でしてアグレイアは自室へ向かう。


「もぉぉ! 堕天しても知りませんよ!」





















夢を見ていた。


いつ眠ったのだろうと疑問に想うほどに今自分自身の過去を遡ることができなかった。


自分は何者なんだと…それすらも思い出せない


それだけに、目の前の光景が…眼下で営われる人の人生がまるで天界から見下ろすような光景で見ていて違和感だけを感じさせた。



視界は動かない。


ずっとこのままなのかと想った矢先、視界が突然暗転する。


次に目にしたのはどこかの一室のようだ。天井から見下ろすような視界だ。ベットに横たわる年端もいかない少女と傍らに泣き伏せる透き通るような青い髪の少女。

だがそこはとても良い雰囲気ではない言葉、己すら分からない現状でも肌に感じた。

周囲に控えるメイドや医者と思われる白い服装の老人がいたたまれない様な顔をしている。


“ごめんなさい…ごめんなさいっ! 私がっ、私が”


“姫様…どうかお気を確かに”


姫様と呼ばれた少女は力無く横たわる少女の手を両手で強く握りしめながら悲鳴のような泣き声を発していた。


“ドラゴンの呪いを真に受けたんだ。まだ息があるだけ奇跡というものか”


“医者殿、何とかならんのかね。───が可哀想で見ていられん”


“陛下…ドラゴンの呪いとなると私程度…人がどうこうできる領域ではございませんのです…お力になれず申し訳ございません”


周りの者がどうしようもならない、覆らない理を前にうなだれる。

見ていられないと1人、また1人とその部屋を出て行く。


そっか…あの子は死んじゃうんだ…

この光景を見れば嫌でも分かってしまった。


“死んじゃやだよ…ねぇっ! ──起きてよっ! ロストポイズンっっっ!”


名前が聞こえない。

そんな間に、姫様は何かを叫んだかと思うと淡い緑色の光を発しながら彼女の名前を叫んだ。

名前は聞こえない。


“ロストポイズンッ! ヒールッ! ロストポイズンッ! ヒールッ! ロストポイズンッ! ヒールッ! ロストポイズンッ! ロストポイズンッ! ヒールッ!”


“姫様おやめください!! それ以上は姫様のお体がッ!”


“ロストポイズンッ! ヒールッ! ロストポイズンッ! ヒールッ! ロストポイズンッ! ヒールッ! ロストポイズンッ! ヒールッ! ロストポイズンッ!”


“無駄じゃよ…。ドラゴンの呪いというのは毒ではない。呪いなのじゃ。姫君なら分かっておろう? 呪いは魂を虫食む。その娘は…”


“ロストポイズンッ! ロストポイズンッ! ロスト…ろす…”


姫様が大きく咳き込む。口を押さえた手は鮮血に塗れていた。

吐血した姫様にメイド達は慌てふためいて部屋を飛び出していく。薬でも持ってくるのだろう。

自らの限界まで回復魔法を重ねがけした姫様は、意識をもうろうとしながらも、詠唱を続けようと吐血した身で必死に足掻く。


やれやれと言った表情で医者殿と呼ばれた老人が退室しようと背を向ける。


医者はこのまま魔力切れを起こして意識を失ってしまえば…もう帰らぬ人となったその親友を見送らなければならない事になりますぞ。

最期ぐらい看取ってあげてはどうでしょう?

と、姫様に静かに告ながら扉を閉める。


静かに横たわる少女と、刻々と迫り来るその時に絶望を隠せない姫様。

為す術がないことくらい姫様自身が良くわかっていた。

王国一の魔術師と呼ばれた少女は…今や大切な親友一人救えない自分の無力さに絶望していた。


もう開かれることのない彼女の瞳。もう微笑むことのない口元。

なんてことをしてしまったんだと…私の好奇心のせいでっ…私がっ!


たった2人になった部屋の中。

もうろうとする意識の中でも、姫様の目は弱くも力強く眠る少女を離さない。


姫様は想った。いや、願った。…違う…?

誰にそんな?

そうだ、今…この一瞬で私に…彼女に…世界に誓ったんだ。


【絶対に…絶対に死なせないッ! 私はっ! あなたに死んで欲しくありませんっ! 死なないでッ!】

















「ひっぇ!?」


「さ、桜!? ど、どうしたんだいきなり…」


「はえ…? あれ? 確か私…」


いきなり飛び起きた私にビックリしちゃったのか思わず変な声を上げてしまう新城さん…なんか面白いとそう感じました。


「悪い夢でも見たのか?」


「う、うんぅ?」


「なんだよその微妙な反応は」


良くわからない。今でもハッキリと思い出せる…だけどあの子たちの名前だけはやっぱり思い出せない。

どっかで見たことあるような…無いような…


「何でも…ありません。あ、そう言えばもう朝なんですね」


しばらく感じなかった平和な朝だった。

天気がいいのか眩い日の光が石造りの神殿の隙間を抜いて朝を感じさせる。

外からは目覚めの朝らしい小鳥のさえずりが心地よく届く。

こんな島にもこんな平和な空間があったんだっと思わず心和ませるほどに気持ちの良い朝。


私がぐぅっと目覚めの背伸びを思いっきりして、ふぅっと肩の力を落とす。


「…そう言えばですけど、昨日のリルさんからの話は受けることにしたんですか?」


「あぁ、それな。一晩考えてみたが…もう少し考えたいし、知りたいこともある。俺達の力にも限界はあるから、無駄な…いや、任務外の事はなるべく避けたい。ただ、帰還の方法が彼女たちを救うしか無いなら、俺は手を貸したいとは思ってる」


「そうですよね…。私達にも余裕は無いんですからね…」


そう…だよね。私達にも誰かに手を貸せるほどの余裕は無いことは私だって分かってる。

でも…帰れる手段があるって分かった今なら…なんだか安心感があるような気がする。


「ん…」


「ん?」 


不意に後ろから袖元を握られる。

何かと思えば、幼い少々…小学生にも見えるほど小さな少女が、困った目をして私を見つめていた。


「あっ! 目が覚めたんだねぇ!」


「…ん」  


うん、とも聞こえなくもない短い返事。よく見ればほんとに少しだけ首も縦に揺れる事から肯定の意味で間違っていないはず。


「その子、桜には口を開くのか」


「どういうことです?」


「いや…な? 俺が見張りしてるときに、ムクッとその子が起きたんだが…少し名前とか簡単な質問してみたけど、反応はなかったんだよ。何か食べるか? とか喉は渇いてないかとかもダメだった。だからビックリだよ」


そう。俺の問いかけには全くの無反応…。さすがに心が痛んだが…桜の言うように暴れ回って俺達を吹き飛ばしたあの少女と同一人物ってのが信じられないくらい大人しく、正直そっちの方が驚いた。

睨むわけでもなく笑うわけでもなく、ただ無表情でただ桜の近くで目覚めを待っている姿には少し不気味さを感じたが…。


「それで…その子の正体、桜は知っているのか?」


「はい…この子はですね、元は神様なんですよ」


「…そうなのか。神様って言うのはもっと光り輝いている者だと思っていたが、黒い神様なんてのもいるのか?」


アグレイアなんて眩しいほど神々しい光を纏ってるじゃないか…


「この子が教えてくれた…いえ、この子の中に本当はもう1人眠ってるんです。今は眠ってるその子に教えて貰った話を伝えたいと思いま…ッ!?」


「なっ!」


その時、世界が歪む音が響く。

突如として破壊的なほどの光がこの島…この海域をてらしだし、朝焼けの太陽ですらその狂気の光の前では掻き消されるほどの圧倒的で絶対的な光。


俺達は知っている。


天空に羽ばたく純白の翼を。 

挿絵(By みてみん)

【ご機嫌よう、桜様。良い“お目覚め”だったようで】


─────女神アグレイアが降臨する。










「桜、どうしたんだ? 顔色が…」


「ちょっと来るの早すぎですよ…」


島を見下ろす様に突如出現した光り輝く門から現れた女神アグレイアが俺達に目線を合わせる。

桜の服を掴んでいた幼女が不安を隠せない…いや、怯えたように桜の後ろへ隠れる。


バサッと羽ばたく音が聞こえた気がした瞬間、まるで瞬間移動した様な早さで俺達の目の前に下り立つ女神。


「あらあら? どういうことでしょうか…なぜそこに“あなた”が居るのか…」


下り立つやいなや直ぐに桜の影に隠れる幼女の存在に気づき、アグレイアらしくない怪訝な顔する。


「まぁ、良いでしょう。桜様、それをこちらへ渡して下さいますでしょうか」


幼女の小さな握りこぶしはギュッと強く桜を握る。


「それはできません」


真っ向から対立した桜。

俺自身状況が全く掴めていない。ただこの子と戦った後から桜の言動は少し変わったのは感じている。

その子から得た知識が今の桜の行動理由なら…俺は


「それが何なのか知った上で拒絶すると…?」


「この子があなたたちに道具にされるなんて許せないんです。この子はやりたいこともあるし、気持ちだってある。それを全部踏みにじってただ使い捨ての道具にするなんて許せるはずありません!」


「私が作ったのです。私の好きにして何の問題が? 神が神で有り続けるのに当然の行為。世界の平安とその人形の人格を比べるなど愚の骨頂」


アグレイアの視線が鋭くなる。

以前のような見守るような目では全くない。


「アグレイア。俺は全く状況が掴めていない。ただな、桜の言った内容が本当ならそれは俺だって賛同はできない」


「残念です。桜様、天界はあなたの存在が許せないそうです。私が蒔いた種ですので私がつむがなくては」


楽しそうに…そう。桜を始末すると…楽しそうに言い放った。

アグレイアがゆっくりと手の平をこちらへ向ける。


「桜逃げっ…!」


眩い閃光が俺の視界を埋め尽くす。


「…すでにそこまで使いこなせますか。本当に何者なのでしょうね…桜様」


アグレイアから放たれた光線は真っ直ぐと桜。その背後の幼女を貫かんと突き進む。

だが、光線は桜に届くことは無く、その寸前で壁にぶつかりその全てを無力化されてしまう。


衝撃で舞い上がった土煙が落ち着くと、そこには桜と幼女がしっかりと立っていた。


「私は…この子を守る。約束したからっ!」


肩で息をする桜。決して余裕で防いだわけじゃ無かった。


「仕方ありません。あまり力を使いたくは無いのですが…ね」


いきなりアグレイアの纏う空気が変わる。


仕方ないっ!


俺は89式小銃を神へ向けた。

迷わず射撃を開始する。迷えば守れるものだって守れなくなってしまう。

今、守るは規則か? 違う。桜だ。


単射で3発。まっすぐと神へと迫る弾丸。

だが…


「これが銃弾というのでしたか。初めて受けましたがなるほど。確かに強力な一撃がこうも連射できるとは人の科学というのはやはり面白い」


くそ…。やはり神相手では小さな弾丸ではかすり傷一つつけることはできないか。

ハエを払うように軽くあしらわれてしまう5.66㎜弾。本当に神威というのはやっかいだ。


「私も神に見放されたにも関わらず発展を続けるあなたの世界の人間については興味があったのです。そしてあなたは一介の兵士。そんな平凡な兵士が当たり前のようにこのような強力な力をふるえる世界。なぜ滅亡しないのか不思議でならないのですよ」



「…随分と評価されてるようだが俺の世界だって何度も滅亡しかけている。自らの力で自らの首元にナイフをかざして保たれているようにみえるのが現実だ。誰も人の手に余る強大な力を律してなんかいない。神様にしては勉強不足だ」


軽口をたたいているように聞えるかもしれないが、そんな余裕は微塵もない。今までにないほど危機的状況。


「…では、終わりにしましょう。神というのは多忙なものですから」


勉強不足と言われたことが癪に障ったのかまた一段階空気が凍り付く。息をするのだって苦しいほどの重圧に思わづ後づさりしてしまう。


わかってはいた。

神様という存在の理不尽なほどの絶対な力。


だが。


「俺は諦めてはいけないんだ。絶対に約束は破らないと誓ったからだ!」


アグレイア中心に渦巻く膨大なエネルギーの塊を前に、後づさりしてしまった自らの足を一歩。また一歩と前へと踏みしめる。

憶する場合じゃない!


ポーチから手榴弾を取り出してピンを引き抜く。

そして普段ならしないような振りかぶった腕を空高く上げて


投げつけた。


まるで遠くに合図を送るかように


アグレイアは手榴弾が石にでも見えたのか、5.56㎜弾を払った時のようにあしらい、手榴弾はアグレイアの足元に転がる。


「無知は致命的なミスだ」


「この期に及んで何を…っ!?」


その間4秒、手榴弾が起爆した。


爆薬は外殻を粉砕しワイヤーを引き裂き、周囲を薙ぎ払おうと爆風と破片をまき散らす。


全くの不意を突いた手榴弾は目論見通り女神だろうと吹き飛ばす。

吹き飛ばされたアグレイアは付近の石でできた壁に叩き付けられ、初めて苦痛の声を上げる。

俺は咄嗟に桜が張ってくれた壁のようなもので手榴弾の効果範囲だったが難を逃れることができた。


見るも無残なほどにボロボロになったアグレイアが立ち上がろうと微かに動く。

アグレイアも起爆の直後、咄嗟に桜のように壁を作ったのか体は思ったよりも軽傷なことに俺は眉を顰める。


「やってくれましたわ…ね うぐがぁっ!?」


鮮血が叩きつけられた岩に飛び散る。


立とうとした次の瞬間、何処からともなくピュン!っという飛翔音と共にアグレイアはまたも地面に突っ伏していた。

アグレイアは訳も分からず視界が暗転したことにさすがに動揺した様子だった。


“言ったはず。私はあなたを信用していないし、ましてや神なんて存在を信じやしないと”


200m先から放たれた7.62㎜弾は正確にアグレイアの膝関節を撃ち砕き、神を地面にひれ伏させたヴィエラーヤ。

200mなんてヴィエラーヤにとっては長距離でも何でもない。


“私は外さない”


アグレイアは起き上がろうと腕を立てるが、今度は腕の関節を撃ち抜かれ再びうつ伏せに倒れる。

苦痛の呻き声をあげる女神の細身の腕は辛うじて繋がってはいるがあらぬ方向に曲がり、それは足も同じ有様だった。


「今確信した。お前たち神様ってのは万能じゃない。肉体は俺達とそう変わりない」


「…」


「俺達と唯一異なるのは神威の有無。それだけだ。その神威もお前の意識外からの攻撃には対応できない。…違うか?」


今の彼女に女神の面影はない。


神威という未知の力がどれほど強かろうとも、使えなければ人と同じ。

純粋な人の反応速度で音速を超える弾丸、ましてや発射点、タイミングもわからない弾丸を避けることなど不可能。


「アグレイア。お前の目的は桜の始末だけか? その少女はお前にとって何なんだ」


「…」


アグレイアは沈黙したままだ。だが死んでいるとは思えない。

アグレイアとてこんな状況を想定していなかったんだろう。

完全に俺たちを知らなさ過ぎたゆえの結末だ。


「…わかった気がするな。お前たち神々が俺たちの世界を見捨てた理由。いや見捨てたんじゃないよな。手が付けられなくなったんだろう? 神の力ってのは俺たちの武器と相性が悪すぎる」


相手の認識外から一方的に殺戮する方向に進化を止めなかった俺達の技術。

他の世界がどうかなんて俺には分からない。ただ、剣や刀、弓が主兵装な世界に比べたら、コンマ数秒…場合によっては百分の数秒間で生死が決まる俺達の世界は、例え物理法則をねじ曲げる神威の力を持ってしても介入の余地が無かったのだろう。


「…」


…なんだ?

本当に死んでるのか?

何だこの胸騒ぎは…


不気味なほどに微動だにしない女神アグレイア。息はしている。

気絶しているのか?


「っ!? 新城さんっっ! 離れてぇっ!」


絶叫に似た桜の声に、俺は反射的にその場を去ろうとするが、少し遅かった。


突然、純白に輝いていたはずの天使のような翼の片方が染められるように不吉な予感を伴う漆黒の翼へと変化する。

まるで黒い何かに浸食されるように染められていく翼。

浸食は翼だけに収まらず、首筋から体へと黒い何かが虫食んでいくように見えた。


訳が分からなくても良くないことが起きていることは確かに分かる。


ゆらりと立ち上がるアグレイア。

様子がおかしいどころじゃない。


俺にだって尋常じゃ無い程の何かが伝わってくる。


条件反射的に89式を構え射撃する。焦っていたんだろう。無意識にセレクターは連射、フルオートを指していた。


ダダダダダダッ!と次々に発射されていくが、弾丸はその殆どがアグレイアに到達することなく消滅してしまった。

間髪入れずヴィエラーヤからの狙撃が行われるも、弾丸はアグレイアの1メートルほど手前で火花を散らして弾かれてしまう。


明らかに先程とは違った。


「手榴弾っ!」


ピンを引き抜いてアグレイアに投擲する。


だが、アグレイアは動揺1つすること無く地面に転がった手榴弾を見るとおもむろに手をかざす。

直後、手榴弾は紫とも黒とも言える半透明の球体状の殻のようものに包まれた。

ピンを抜いて投げてから4秒後。

ピカッと光った。

そう…起爆はしたが、爆発はしなかった。爆音すら無い。


半透明の球体の中で爆発した手榴弾は、爆発でその球体を押し破ることができなかったんだ。


球体は徐々に体積を小さくしていき、最後には手榴弾ごと何も残さず消滅してしまう。


「嘘だろ…」


完全に無効化されてしまった。


セミオートライフルのドラグノフで狙撃を続けるヴィエラーヤだが、ガンッ、ガンッという弾かれるだけで、初撃のようにアグレイアに弾丸が届くことは無い。


「桜っ! こいつはどうなってるんだっ!」


「わっ、わかんないですっ! でも…これが瘴気…だとしたら…」


瘴気? なんと事だと聞き返そうとしたがついにアグレイアが動き出した。


突然両手を前へ突き出し、拳を握った両手を互いにぶつけるように打ちつける。

莫大な黒い稲妻が大地を…大気を切り裂き、地面がめくり上がり稲妻は天まで届く。


ぶつけられた拳をゆっくりと離していくと、棒状のような物が握られている。まるで手の平から生成されているように感じる。


【神槍レイズ】


本来は光の女神アグレイアの神装であるがゆえに、直視できないほどの極光を纏うはずのレイズが、今やおぞましいほどに染まってしまった黒い槍に成り果てていた。


女神? いや、この姿はもはや悪魔だ。


アグレイアの身の丈よりも長いレイズの矛先が桜に向く。


「逃げろ桜ッ!」


叫ぶことしかできなかった。

黒いモヤを纏うアグレイアは突然姿を消した。


「!? ふせいッ…」


防いでっ! と桜が言い切ることはできなかった。


姿を消したアグレイアは瞬間移動したかのように唐突に桜の目の前に現れる。

すでにレイズが桜を貫こうと構えられている。


【貫け】


抑揚のない単調な声だった。


神槍レイズはまるで弾丸の如く加速。

俺からしてみれば一瞬で認識不可能な速度に加速したようにみえた。


桜の咄嗟に作った障壁に矛先が衝突する。

その瞬間、その衝撃でかは分からない。ただとてつもない爆発が起きる。

高性能爆薬?

そんなレベルじゃ無い。


目の前に航空爆弾が落ちてきたかのようなそんな衝撃だった。


当然俺はそんな爆風に抗えることなど不可能で、軽く吹き飛ばされてしまう。

地面に叩き付けられ肺の空気が押し出される。

さらに頭を強く打ったのかふらつく。


桜は…


ただ桜がっ…という思いがふらつく体を地に立たせた。


桜の姿は濃い土煙に閉ざされて全く見えない。


「桜っ!」


土煙が一気に晴らされる。


桜がいた。


桜は咄嗟に作り出したであろう障壁でアグレイアの一撃を耐え忍んでいた。

だが一撃を防がれたアグレイアはそんなことを気にすることなく途方もない連撃を繰りだす。


一撃一撃は先ほどの攻撃ほどではないにしろ、一手一手が不可視の領域の…まさに神速といえる矛先が桜の障壁を蝕む。

桜とて常軌を逸した連撃を眼で追えているはずが無い。


(お願い…この子を守って…)


純粋な“この子”守りたいというたった一つの願いが桜の中にあった。自分の背中で青い顔でガクガクと小さな体を震わせている“この子”が余計に守りたいという感情を加速させる。


神威は助かりたいという願いではなく、他者を助けたいという思いに答えた。


だからアグレイアの人の身で耐えることなど不可能な攻撃を障壁という形をとって願に答える。


だが、非情にも実力が違いすぎた。


次第に障壁に亀裂が入っていく。

そこからは一瞬だった。

亀裂は一気に拡大し、パン!っという破壊音と共についに障壁が砕け散った。

神威とてただの守る壁では理不尽なほどの突破力の神槍レイズには力不足だった。


もうレイズを防ぐものはない。

神威はすぐに新しい障壁を作り出そうと空中に光の塊を成すが、神速のアグレイアの次手はそれを上回る。


実体化がまだな障壁を突き破り、矛先が桜をとらえる。


ヤバいっ!


異常にアグレイアが遅く見えていた。スローモーションのようにレイズが桜に迫る光景が見える。

今までアグレイアの姿自体が早すぎて霞んで見えていたのにも関わらず、今は…


いやっそんなのはどうでもいい事だろう!


このままいけば確実に桜と幼女はアグレイアの槍によって串刺しにされてしまう。

もう89式では間に合わないっ…

どうすれば…どうすれば桜を救えるっ!!?


回避不可能ってのか!?


願いに答えるのが神威じゃないのかっ!


思考だけが錯綜する世界で、誰にも聞かれることのない焦りに焦った新城の感情が爆発する。

歯を食いしばる新城の周りに光の玉が数個漂う。


まるで品定めしているかのように、ほんほわん漂う。



(だれかっ…誰でもいい! 桜を…助けてくれっ!!)



新城の叫ぶようにあふれ出した思い。桜を救いたいという思いに“それは答えた”





アグレイアでさえスローで動く世界で突然目にも止まらない速度の何かがアグレイアの側面に目掛けて飛んで行った。

ハッと我に返る。

もうスローで動く世界ではない。


突然アグレイアの周りが土煙に包まれ、直後大気が震えた。

ドォンッ!!!

という大気の震えが響く。


「桜っ!? 桜ぁああ!!!!」


無意識に叫んでしまった。


「ケホッ、ケホッ…いったい何が…」


しばらくして桜の声が聞こえた。

よかった…本当に


俺が心臓が止まりかけるほど緊張していたものだから、桜の声が聞こえた瞬間疲れ切ったように胸をなでおろす。


「桜っ無事か!?」


「だ、大丈夫です」


桜もこれ以上ないほどの緊張感…恐怖感に襲われていたのか、足の力が抜けてへたんと座り込んでいる。

だが幼女を大切そうに抱きしめる腕はしっかりしていた。


その時、俺たちの背後の森からバキバキと気がへし折れる音が聞こえる。

グォォォっといううなりを上げる轟音。この島でこんな奇怪な音を上げる存在を俺は一つしか知らない。


草木を薙ぎ倒しながら強引に森を突破してくる74式戦車。


徐々に足元に履帯が踏みしめる振動が伝わってくる。










あぁ…答えてくれたのは“おまえ”だったんだな…
















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