神様のお引越し
週末の晩に、神様がお引越しされるとのことだった。町内会で人手を募っていた。うちの家からは僕が行くことになったらしい。
らしいなんて、あいまいな言い方なのも母が勝手に請け合っているのだ。
こちとらプラプラしているプーである。暇人である。
仕事もせずに一日中家事をしている。母はそのことを大変心配していた。「外とのつながりを絶やすな」とのことだ。これもそれの一つだろう。母の慮りに痛み入る。
近所の若いのが集まる、となればちょっとした同窓会だ。馴染みの顔も多くある。
当日の夜。初秋の晩。夜は少し肌寒い。
太神宮前の階段に知った顔がちらほら見える。お互いにちょろちょろ挨拶をしながら、近況を話し合う。その話向きが突然僕の方に向く。
「よお。久しぶりじゃないか。お前は来ると思ってたよ」なんで?
「だって、お前無職じゃん」失敬な! 忙しい無職だっているのだぞ!
氏子の僕らが滑石太神宮から岩屋神社までお運びする。
ふもとではスマホの明かりを消して、おじさん連中が用意してくれた提灯に持ち替えて、お迎えにあがる。境内にいる神様にお声掛けをし、お引越しの合図を行う。
境内から出てきた神様は並んでいる若い衆を見渡しながら僕を指さす。
「ぬしがみこしじゃ」ご指名だった。
男とも女ともつかぬ、不思議な奴だった。あと服装が今様だ。なんでだ?
「代表の寄越した服がこれじゃから」
神主の趣味らしい。ホットパンツ姿の神様悪くない。神様を背負って歩き出す。
提灯の明かりを右手に持ちながら、反対の後ろ手で神様を支える。神様はおんぶされるのに慣れているのか、僕の肩の上あたりから肩甲骨にかけてをぎゅっと抱きしめられる。
「おお。なんじゃ、おぬしは山根の息子か」母をご存じで?
「ああ、二十年前の引っ越しのときも運んでくれたのはおぬしの母だった。おんぶされやすい。良い背中だった。元気か?」そりゃもう。元気です。
「このおんぶの技が受け継がれているところを見ると、お前は良く育ったようだな。おんぶがうまいということは幸せに育った証よ」
岩屋神社までの道のりおおよそ二キロ。習わしに沿って、道を示すように灯りが掲げられている。真っ暗な道。灯りを頼りに歩く。なんで、夜の時間にお引越しをするのですか?
「……昼間は道が多すぎる。行き先に迷わぬようにじゃ。ちゃんと岩屋神社まで辿り着くために夜を選ぶ」
その道が間違っているかもしれないとは考えないのですか?
「信じるだけよ。わしは無力じゃ」
その声音は母の子守歌を思い出すような。安らかさがあった。