3入港
大陸に最も多い種族はエルフと呼ばれる森の民だろう。無数の部族が不可侵の縄張りを作り、自然と共に生きている。
彼らは武器を持たないが、さまざまな魔法を駆使することで魔物や獣を倒していた。
当然、その攻撃力は海の民を圧倒し、恐れられてもいたが、森から離れると魔法が使えない彼らは海岸線にも、そこに住む人々にも興味がなかった。
こうして、いつの間にか住みわけがなされると、海の民は3つの国を作った。
西岸は北に我がイスカトラ王国、南にサランダ王国。イスタンベール王国は東岸一帯を支配していた。
ウイザードは制圧した船に乗り込み、渡し板を境に対話の席についた。
左右にガレンザとスマードを従え、後ろには戦闘奴隷たちが待ち構えている。テンダーは操舵室。ナイツは見張りを担当していた。
「イスタンベール王国船籍マリッド号。船長のスタイナー・ガーベンハイトだ。ご助勢感謝する」
「イスカトラ王国船籍クインベレー号。船長のウイザードだ。平民ではあるが直答を許していただきたい」
東の船がはるばる北西の海域まで来て殺しあう。十分すぎるほどの異常事態だ。
イスカトラ王国に、いや、港町ルタに厄災を持ち込むわけにはいかない。ウイザードは殲滅を視野に入れながら言葉を選んでいた。
「無論だ。命の恩人に礼を尽くすのはイスタンベール人にとっては当然のこと。この命ある限り恩を忘れず、必ずや報いんことを約束する」
「助け合うのは海の男として当然のこと、気になさる必要はございません」
スタイナーは船長と言いながらも、その服装はただの船乗りには見えない。
20人近い船員たちも同じで、そろいの服は軍服だろう。
「戦闘の対価としてこの船はいただくが、お困り事があればお聞きしましょう」
「水と食料。それと、我々を襲った命令書が指揮官の胸ポケットにあるはず。それをいただきたい」
「承知しました」
チラリとガレンザに目をやる。
「野郎ども!命令は3つだ!」
ガレンザの声を聞きながら目をスタイナーに戻す。
隙をついて仕掛けてきてくれれば話は早いのだが、一連の会話から正式な外交の使者である可能性も出てきた。
「この船は曳航する!水と食料を探し出して渡し板に積み上げろ!死体は全部隣の船!以上だ!」
「「「「イエッサー!」」」」
それだけで彼らは動く。牽引用のロープを持ってくる者、船内に駆け込む者、死体を担ぎ上げる者。誰が何をやるかなど決まっていなくても、人出は多い所から少ないところへ流れてゆく。
見事な連携を見せる奴隷たちに対し、相手の船は大混乱だ。
投降した敵を縛り、渡し板に積まれた水樽と食料を運び、投げ込まれた死体をあさる。20人程度なのに、何人もの指揮官が怒鳴りながら指示を出し続けていた。
2人は時折来る部下からの報告を聞きながら静かに対峙していた。
スタイナーの顔はごつごつとした四角だ。刈り上げた頭と太い眉。ぎらつく眼光と大きな鼻。分厚い唇も含めて女にはもてそうもないが、戦いを常とする指揮官としての迫力は十分だ。
「クインベレーとその船長は有名らしいな?」
「噂には尾ひれがつくもの。話半分が真実でしょう」
まさかイスタンベールにまで噂が広がっているとは思えない。サランダ王国あたりで仕入れたか、潜入捜査をしている者がいるのだろう。
「その名を利用したいと言ったらどうする?」
「理由を知るため、単身乗り込む許可をいただけるなら」
「許可しよう」
理由を教えろという事だが、それなら命を預けるほど真剣に聞くと言う意思表示だ。
「万一捕虜になったら、その瞬間に行きます。相手の要求を聞く前に殲滅します」
ガレンザの耳打ちに、うなずきながら渡し板を越えた。
スタイナーは船先へと導いた。
他の兵士を遠ざけ、狭くなった甲板で二人っきりになる。
「イスタンベール王国について何を知っている?」
「東岸一帯を領土とする大国。商品としては優秀な武器といったところでしょうか?」
「ああ、そういえば商船だったな。兵士より強い船員ばかりというのは笑えないが」
この言葉には肩をすくめるだけで応えた。
嫌味を含んだ誉め言葉に応える必要は無いし、敵対するなら、あなたとて容赦はしないという圧力でもある。
「先々代の王はこの大陸を統一すると言って戦乱の東海岸を制圧した。先代の王は戦乱の時代は終わったと言って平和になった東海岸を豊かにした」
重い話には黙って耳を傾けるのが礼儀だ。
「恥をさらすようだが、現在我が国に王はいない。先々代の遺志を継いで大陸統一を目指す第1皇子と、平和を願う第2皇子とで内戦状態にある。そして、二人の姫が第2皇子に助力を願うために、二つの国に向かうことになった」
唐突にスタイナーの話は終わり、じっと見つめてくる。
この船にもその姫様の一人が乗っていると言いたいのだろう。確かにこれ以上話す必要はないが、その案内をしろというのだ。
悪く言えば、イスタンベール王国の片棒を担ぐことになる。その結果がどんな影響を及ぼすのか想像もできない以上、軽々に返事は出来ない。
「お前を人質にするという手もあるな?」
「死にたいなら止めませんよ」
考え込んでいるので、口先だけの軽いやり取りだ。
「言ってみただけだ。本気にするな」
「口は禍の元、舌は禍の根というらしい。相棒の受け売りですけどね」
「怖い相棒だな」
肩をすくめたスタイナーが苦笑いを浮かべた。
「義を見てせざるは勇無きなり。とも言っていたな」
「いい相棒だ」
ニヤリと笑うと目が合った。
結論が出た。考えても分からないという結論だが、なるようになるだろう。話は今後の計画へと変わり、3隻はルタへと進路を向けた。
ルタの港にクインベレー号の姿が現れた。
ルタに住む者なら船影を見ただけで船名が分かる。有名な船ならなおさらで、何番の埠頭を使うかだけでも盛り上がる。
「チョウ様。クイーンベレーが帰港しました」
ウイザード商会の実質的な会長、チョウゴロウはウイザードの相棒で、船の料理人だった。
不吉と言われている黒髪の持ち主で、目も灰色がかった黒とくれば、船員たちから嫌われるのも仕方の無い事だった。
そんな彼のもとに入ってきた新人がウイザードで、その不思議な能力を生かそうと考えたのだ。
彼はエルフからミカンなど、森の恵みを仕入れるという快挙を成し遂げ、それを王都へと運んだ。
嵐も海賊もウイザードの能力で回避して瞬く間に財を成し、今は最もお金になる胡椒がメインだ。
くわえて、寄港地ごとに倉庫を持つことや、船員を海賊上がりの戦闘奴隷に推薦したのも彼だった。
「ようやくか。何番埠頭だ?」
「それが、10番で待つようです」
「ローランド男爵家を取り込む計画は話してないはずだが、なんでまたそんなところを使うんだ?」
港町ルタの埠頭は10基ある。
中央の1番2番は利便性も高く、大型船は大概ここを使うというのに、端の埠頭を使う意味が分からないのだ。
「さあ、分かりませんが。それに、中型船も2隻曳航しているようです」
「まったく。いつも、いつも。人を脅かすのが趣味かあいつは。ともかくドラを鳴らせ。すぐ行く」
「はい」
チョウゴロウは受け入れ準備のドラを鳴らさせると、部下を引き連れて10番埠頭へと急いだ。
「スフィア様。クインベレーが10番埠頭で入港待ちをしております」
スフィア・ローランドは父の代行として執務室でこの報告を聞いた。
細い指先が止まり、ペン先が上がった。
「うちの埠頭を使ってくれるのは嬉しいですが、なぜそんな不便な場所を使うのでしょう?」
男爵家はそれぞれ埠頭を管理していて、伯爵家に収める分を差し引いた残りが男爵家の収入となる。
大型船の税は小型船の1年分にも相当するが、ローランド男爵家が管理する端っこの埠頭を使うことは無かった。
「分かりませんが、クインベレーを引き込むチャンスにございます。男爵様は次期伯爵様とともに王都。ご決断を」
「分かりました。北側を開けなさい」
「それが、中型船を2隻曳航しているようです」
「なんとまあ、2隻も曳航するなんて聞いたことがありませんね。まあ、いいわ。埠頭は全て開けるように」
「はっ」
頭を振ると、金色の髪が揺れ、大きな瞳が驚きやあきれる感情を表現していた。
指示を出し終え、小さな唇から一つ息を吐く。
やりかけの仕事に手をつけていたが、ひと段落付いたところで2階の執務室を出て3階の自室に戻った。
「アンナ!ウイが、クインベレーが第10埠頭に入港したの!」
「まあまあ、それはようございました」
自室の扉を閉めた途端に抱き着いた女性は乳母のアンナだ。
スフィアが一人の娘として接することのできる唯一の相手だ。アンナはポンポンとスフィアの背をたたくと、紅茶の用意にかかった。
「ウイザードはやっぱりウイなのよ。私を助けるために10番を使ってくれたのよ」
「はい、はい」
ローランド男爵家の財政は火の車だった。
屋敷中を探しても金目の物はすでに無く、貴金属はスフィアの物も含めて金に変わっていた。エントランスホールの絵画は残されているが、これはただ買い手がなかっただけだ。
取引をしてくれる相手もウイザード商会のみで、多大な借金まであったのだ。
「本当なのよ。大型船の使用料を払うために使ってくれるの。私を助けるために使ってくれるのよ。あの日の約束を守るために」
「なんにしても、ようございました」
アンナは興奮するスフィアをなだめるようにソファーに座らせ、紅茶を出した。
「さすがは私のウイだわ。私ね、カランコエの旗を見た時から分かっていたのよ。彼が彼だってね」
「……」
もはや何を言っても無駄だ。アンナはため息を隠しながらも、財政が持ち直したのならそれで良かったと思っていた。
「もしかしたら、宝石のお礼かも」
「え?」
「あっ、ううん、何でもない」
浮かれたスフィアが漏らした一言。聞き逃すことが出来ない言葉だった。
「スフィア様?」
「な、なあに?」
アンナが近づいてくる。
「もしかして、それは幼いころに失くされた赤い宝石の事ですか?」
「え?え?なんのこと?」
スフィアは座っているので逃げられない。
「とぼけても無駄です。いいですか、あれは奥様の、貴女のお母様の形見なのですよ。人にあげていいものではありません。即刻返してもらってください」
「そんな?」
「そんなもこんなもありません」
「無理だよ。もう、持っていないかもしれないし」
「あげたことは間違いないのですね」
「う、うん」
もう、認めるしかなかった。
「まったく、嘆かわしい限りでございます」
「は、ははは」
「笑い事ではございません」
「はい」
アンナには頭が上がらないスフィアだったが、それでも、彼女が部屋を出て行くと着替えもせずにベッドにダイブした。
「ウイ!ウイよね!ウイだよね!ウイーっ!」
10年ぶりの再会の予感に興奮したスフィアは、枕に顔をうずめ、声が漏れないように叫ぶのだった。
10番埠頭に男爵家の家臣たちが来ていた。
「埠頭を使う税は3隻分納めてもらう。いつも通り3日間か?」
「期間が未定にございますれば、これをお納めください」
彼らは緊張していた。
数年前、税が高いと口論になり、頭にきたウイザードは一夜のうちに一つの男爵家を壊滅させたからだ。
300人近い荒くれ者たちを屋敷に突入させた。
屋敷の財産が報酬だと言っただけなのに、港街全てのならず者が集まったと言われる略奪騒動。男爵家の者たちもすべて殺されたが、それでもウイザードにおとがめは無かったのだ。
貧乏貴族の下っ端役人がビビルのも仕方がないが、貴族の体面は保たなければならない。精いっぱいの虚勢を張って詰問していた。
「中身は何だ?」
「胡椒にございます」
「な、なんと」
税は現物支給が原則だが、胡椒は高騰している。大きな木箱の中身が全て胡椒であるなら、1年どころか10年分になる。ローランド男爵家にとっては見たこともない大金になることだろう。
「長期停泊ですので、ローランド男爵様に直接お願いする栄誉を賜りたいのですが?」
「今男爵様はご不在だが、スフィア様がお受けくださるであろう。お伺いをしてみるゆえ、ついてまいれ」
「ありがたき幸せ」
男爵に引き渡して終わりにする予定だったが、行きたくもない城へ行く必要がありそうだ。もっとも、10年ぶりにスフィアに会える。それを考えればささいなことだ。
足取りも軽く船を降りると、埠頭の端にはチョウゴロウがいた。こぶしを肩のあたりに持っていく。そのこぶしにこぶしを当てるのが挨拶だ。
「顔が赤いぞ。大丈夫か?」
「も、問題ない。出航は未定だ。詳しくはガレンザに聞いてくれ」
「了解した」
突然スフィアと会えることになり、感情はおさえたはずだが顔に出ていたらしい。
チョウゴロウはそそくさと通り過ぎるウイザードを不思議そうに見ながら船に乗り込んでいった。
「なんだとー!」
事情を聴いたチョウゴロウは背の高いガレンザの胸ぐらをつかんでいた。
「主、苦しいです」
「番頭と呼べと行ったろうが!」
ヒョロっとした男が見上げながら怒り、巌のような男が見下ろしながら謝っていた。
優男に首を絞められてもこたえるガレンザではないが、そこは気分の問題だろう。
「すみません番頭。気を静めてください」
「ったく、そんなもんほっぽっておけばいいものを、あの馬鹿が」
手は放したが怒りは収まらないようだ。
「おまえは奴隷頭なんだぞ!なぜ止めないんだ!」
「す、すみません」
無茶を言っている自覚は無いようだ。
ガレンザにしてみれば、なぜそんなに怒っているのか見当もつかないのだが、とにかく謝るしかなかった。
「くそ。まったく、どいつもこいつも」
今度は、爪を噛みながら甲板をウロウロしだした。
「何人いる?」
「20人ほどです」
唐突の質問にも即座に応える。
「数も数えられんのか!」
「に、18人です。船内は確認しておりません」
求められる水準が高く、ある意味ウイザードより怖い。思わず額の汗をぬぐうガレンザだった。
「今、受けている指示は?」
「伯爵様の迎えがある日暮れまで、護衛待機と聞いております」
今度は何も言われなかった。ガレンザはホッと胸おなでおろした・
「出航は早くて5日後だ。荷下ろしが終わったら埠頭の入り口にも人を置け。夜まで誰も近づけるな。いいな」
「イエッサー!」
なぜ5日後なのかと聞く勇気はなかった。
チョウゴロウはそんなガレンザを一瞥すると、つれてきた部下の方を見やった。
「20人分の料理を、上等なやつを木箱で隠し、奥の船に運べ」
「了解です」
「ああ、待て。フルーツと甘いお菓子もひと箱追加だ」
「分かりました」
チョウゴロウはゆっくりと問題の船へ向かっていった。