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カランコエ  作者: 水遊び
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1、カランコエの花言葉は貴女を守る

カランコエの花言葉は貴女を守る


 10年前のルタの空にも今日と同じような白い雲が浮かんでいた。

「おかしいな。もう帰港してもいいはずなんだけどな」

 ひしめき合う赤い屋根の一つに座りながら船を待っていた。

 船乗りにあこがれる男の子は、お目当ての船長が帰ってくるとまめまめしく世話をして役に立つことをアピールする。

 目をつけていた船長もそろそろ帰るころだった。


 ふと、視界の端で白い物が動いた。

 目をやると白いワンピースを着た少女が走っていた。

「だれだ?白くきれいな服は貴族しか着ないはずだし、こんな路地に来ないはずなんだけどな」

 路地とはいっても家と家の隙間なのだから枝道は無数にあるし、行き止まりも多い。知らない者が来れば間違いなく迷うところだ。

「あっ、あいつら。仕事もしないでブラブラしているくせに、子供を見ると棒を持って追いかけてくる奴らだ」

 後ろから来る2人の大人に見覚えがあった。

 素早く屋根を駆け下り、木の枝から塀の上、路上へと飛び降りた。

「こっちだ」

 驚く少女の手をつかみ一緒に逃げ出した。

 路地は狭く起伏も激しい。しかも、少女の足は遅くて追いつかれそうになる。積んであった木箱を崩し、角材を倒して距離を稼ぐ。


 追いかけるほうも必死だ。

「兄貴、変なガキが出てきましたぜ!」

「ガキはいい。女は金になる。捕まえろ!」

「へい」

 邪魔な木箱を乗り越え、倒れてくる角材を躱して路地を曲がる。

「あのガキ、何をやってるんです?」

「知るか!」

 少女を逃がし、自分は通路に面した家のひさしをよじ登っていた。

 そして、その上からジャンプすると、洗濯物がかかった物干しのロープを外した。

 片側だけが外された物干し竿が洗濯物ごと向かってくる。

「うわー、逃げろー!」

「馬鹿、逃げるんじゃねえ!」

 洗濯もろとも竿が頭に当たった。

「いってー」

「もたもたすんな!」

「へい」

 何とか曲がり角まで来れば、坂の上に子供たちが見えた。

「てめえら、待ちやがれ!」

 駆け上がろうとすると何かが転がってくる

「ちょ、待て、おい、こら」

 かたい殻を持つ大きな木の実が次々に転がり落ちてきたのだ。

「兄貴、うわー、駄目、やめて、死ぬ」

 二人は木の実に足をすくわれ、尻もちをつき、踏まれていた。

「兄貴、大丈夫ですかい?」

「俺はいいから、あいつらを追え!」

「へい」

 一人が路地に向かい、男は腰を擦り、足を引きずりながら角まで来た。

「兄貴、やりましたぜ!この先は行き止まりです」

「でかした。捕まえるぞ!」

「へい」

 二人は意気揚々と袋小路に入っていった。

 草が生い茂った小さな空間。中央に枯れ井戸があり、周りが塀でおおわれていた。だが、そこには誰もいなかった。

「おい、ガキどもはどこ行った?」

「あれ?おかしいな。さっきは確かにいたのに」

「逃がしてどうすんだ!探せ!」

「は、はい」

 枯れ井戸を覗きこんでいると、どこからか声が聞こえてきた。

「えっち!スカートの中に頭を入れちゃ駄目!」

「お前が止まるからだろ。早く行け!」

「ばか!」

 声のする方の草むらをかき分けると、塀の下のほうが割れて隙間が出来ていた。

 しかも、小さな穴のようなそこに男の子のお尻と後ろ脚が見えたのだ。

「このガキ!」

 捕まえようと手を伸ばすが、すんでのところで穴の向こうに逃げられた。

「待ちやがれ!」

 手を突っ込むが空を切るばかりだ。

 地面に膝をつきその穴をのぞき込むと、目の前に角材が迫ってきて、ゴンという音とともに目から火花が出た。

「いってーっ」

「兄貴、は、鼻血。鼻血っす」

「わかってるわ、いつーっ」

「ぷっ、ふふふ」

「笑うな!」

「す、すいやせん」



 塀の向こうでは子供たちが座り込んでいた。

「うえーん」

「な、泣くなよ」

 子供しか通れない小さな穴。追手の心配は無くなったが、少女が泣き出していた。

「うえーん」

「ごめんて、俺が悪かった。だから、な?」

「うえーん」

「もうしないから、絶対しない。だから泣かないでよ」

「うえーん」

 話をしている間はちゃんと聞いているのに、話が終わると泣きだすのだ。

「そ、そうだ」

 ポケットをあさり、干した木の実を取り出した。

「これさ、酸っぱいけどうまいんだぜ」

 少女の視線が木の実と顔を行き来する。

「きちゃない。うえーん」

「あ、ああ、ごめん」

 前歯で干した木の実を削る。

 表面の汚れた部分は削って食べたが中身の色も悪い。そういうものだから仕方がないが、少女はジト目で見ている。

 その目に気おされながらも、半分ちぎって少女の口元に持っていく。

 口が開いたのは偶然かもしれないが、素早く放り込んだ。

「うっ」

 少女の眉が寄った。ちょっと酸っぱいのがうまいのだが、それが分かるか少し心配だ。

 2つ3つ年下だろうか、乱れた金色の髪がキラキラしていた。

 大きな丸い目に小さな鼻と口、赤みがさした白い頬がモグモグ動いて面白い。

 髪を手櫛ですいてやると、目をパチクリさせたがそのままにしていた。

「おいしい」

 ゴクンと飲み込み、にっこり笑った。ほっとして残りもその口に入れてやり、手を取って歩き出した。

 少女は口を動かしながら見上げていたが、安心したようにうなずくと、キョロキョロしながら手を引かれていった。

「ねえ?」

「うん?」

 食べ終えたのだろう。声をかけてきた。

「あのね?」

「うん」

「助けてくれてありがとう」

「いいさ、気にすんな」

「うん」

 話が終わってしまった。女の子は苦手だった。女の子は怒ってひっかくか、今みたいにすぐに泣くからだ。

「私はスフィア・ローランド。あなたは?」

「ウイザード」

「ウイザード?」

 小首をかしげる仕草が子供っぽかった。

「ああ。ウイズって呼んでくれ。お前はスーな」

「スーって呼ばれたことないよ」

「じゃ、俺専用だ。俺のことはウイにしよう。スー専用だ」

「ウイだね、分かった」

 専用というのが受けたのか、スフィアが笑顔を見せた。

「スーは貴族なんだろ?なんでこんなとこに来たんだ?」

「うんーとね、スフィアね、お屋敷追い出されるかもしれないの」

「つまみ食いでもしたのか?」

「そんなことしないよ」

 かわいいほっぺがプクッと膨れた。

「んじゃ、何で追い出されるんだ?」

「分かんないけど、何となく」

 今度は下を向いた。

「そっか。貴族も大変なんだな」

「そうなの。大変なの。だからね、街で生きていくために探検してたの。ねえ?ウイはお仕事なにしてるの?」

 今度は元気に話しかけてくる。表情がコロコロ変わる子だ。

「え?仕事?」

「うん。街で生きていくにはお仕事しないといけないんでしょう?」

「ああ、そうだな。俺は食事を作る手伝い。見習いってやつだな」

「すごい。料理人さん?」

 見上げてくる瞳がキラキラ輝く。

「いや。船乗りだ。将来は、だけど」

「船乗り?」

「ああ。船にも料理する人が必要だろ?」

「うん」

「だから、料理見習いで船に乗るのが一番早いのさ」

「ふーん。私は料理できないな。他にはどんなお仕事があるの?」

「そうだな。女の人だと、料理を運んだり、注文を取ったり、野菜や果物を売ったり、結婚して家で料理を作るとかもあるな」

「うーん」

 お気に召さないらしい。

「あとは、そうだな。粉を挽いたり、木の実を潰して汁を取ったり、服を繕ったりかな」

「私、ししゅう、得意!」

 ようやく正解にたどり着けたようだ。

「おお、そうか」

「うん。見て、見て」

 ポケットから取り出したのは四角く白い布で、広げると真ん中に花が1輪咲いていた。

「もしかして、これ、スーが縫い取ったのか?」

「そうだよ、すごいでしょう」

 スフィアがどうだとばかりに、ぺったんこの胸を張る。

「おお、マジスゲー。見たことねえけど、なんて花だ?」

「お庭にいっぱい咲いてたよ。カランコエっていうの」

 知らないの?と、小ばかにするのが憎たらしい。

「変な名前だな。でも、スーみたいに可愛い花だな」

「変じゃない……そ、そうかな?」

 怒ろうとしたり、顔を赤くしたりと忙しい。

「ああ。これなら、練習すれば、服くらい簡単だぞ」

「わかった。スフィアいーっぱい練習する」

「おう。頑張れ」

 頭をなでると嬉しそうに目を細めた。

「そうだ。これ、ウイにあげる」

「いいよ。すぐに汚すし、破いちまうよ」

 白い布切れをもらっても使い道もなければ置き場所もない。奇麗だから余計に困るのだ。

「じゃ、じゃ、これあげる。これなら汚れないし破れない」

 スフィアは赤い宝石が付いたネックレスをはずした。

「そんな高いもん人にやったら怒られるぞ」

「他にもいっぱいあるから大丈夫」

「大丈夫じゃねえよ。それこそ屋敷から追い出されるぞ」

「スフィア、これだけしか持ってないよ」

「だからいいって」

 遠慮したわけではない。貴族が持っている宝石がとんでもなく高いことくらい知っていた。持っていたら間違いなくねらわれるのだ。

「スフィアのこと嫌い?」

「そうじゃねえって」

「やっぱり嫌いなんだ」

 スフィアの目に涙がたまってきた。これはまずい。

「違う、嫌いじゃない。好きだから」

「いっぱい?」

「ああ、いっぱい好きだ」

「ほんと?」

「ほんとだ」

「はい」

「あ、ああ、ありがとう」

 差し出された白い布と赤い宝石、もはや受け取るしかなかった。

「いいえ、どういたしまして。行こう」

「ああ」

 だから女の子は苦手なのだ。

 次に会ったら返してくれと言うに決まっているから、それまで大事にするしかない。

 片手でしっかりと握りしめながら大通りまで来ると、もう帰る道が分かったのだろう、スフィアが手を離した。

「今日はありがとう」

「いいよ。刺繍頑張れよ」

「うん、いっぱいがんばる」

「おう」

 いつもこんな笑顔でいればかわいいのだ。

「ねえ、また会える?」

「ああ」

「また怖い人がいたら守ってくれる?」

「ああ、守ってやるから心配すんな」

 不安げな表情は似合わない。そんな顔すんなよと言いたい。

「約束?」

「ああ、約束だ」

「うん。それでは、ごきげんよう」

「あ、ああ。ごきげんよう」

 最後の最後で貴族様か、住む世界が違うのだと思い知らされた。

 元気よく手を振って歩いてゆくスフィアが突然立ち止まり、駆け足で戻って来た。

「忘れてた」

 そう言いながら抱き着いてきたかと思えば、頬に口づけて再び元気に帰っていった。

「……」

 手から白い布に包まれた宝石が落ちた事にも気付かなかった。ただ、ただ、顔が熱かった。


 すぐにも会えると思っていたのに、あれから10年の歳月が流れた。

 美しい男爵令嬢、スフィア・ローランドのうわさはよく聞く。もはや、俺のことなど忘れているだろう。

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