第5話 「二度と二人を傷つけない」
目覚めるとそこは見慣れた天井だった。
「ふぅ。。真実ちゃんの実績を聞くと少しは気が楽かな」
2ヶ月もこの生活をしている後輩の話を聞けば安心できるというものだ。
「俺以外にも居た・・・」
布団から出るとすぐにパソコンのある机へと向かい、腰を落とす。
周囲を見渡してみる。
シエラの姿はやはりない。
「さて・・・」
「夢 アーリアス 異世界」
パソコンを起動し検索サイトにて検索をかける。
「んーー、無いわな・・」
2,3,4とページを切り替える中で一つの文字が目に入った。
「アーリアスと眠り姫」
そう書かれたものを見つけた。
クリックし、そこを開くと・・
「これって・・・まさか・・」
そこに書かれた内容を要約するとこうであった。
2年前、彼女は
「アーリアスに行きたい」
「私を助けて」
「彼とはいつも一緒だった」
などと言うようになり、その日、大量の睡眠薬を服薬する。
妹がそれを発見し、すぐさま救急車を呼び、彼女は意識不明の重体となる。
だが医師の話では「眠っている状態」との事であった。
「原因は全く分かっておらず、現在までに彼女は眠りの中で意識を戻っていない・・・か」
頭を悩ませる八神だったが、それ以上の事は分からない。
「アーリアス、助けて、彼と一緒・・・ありえない話ってわけじゃないけど
名前も年齢も分からんし、参ったねぇ・・・当時も騒ぎってわけじゃないな・・・。
これを書いてるのは・・・同級生Sね」
他の記事にも目を通すとだいたいの場所は分かった。中部地方の話だ。
「・・・あいつに聞いてみるか」
と、八神は携帯を手にし、連絡を試みる。
八神の20年来の友人、桜井春馬という男で、現在は某出版社の記者として働いている。
「トゥルルルルルル・・・トゥルルルルルル」
相手からの反応はなかった、2コール、3コールとつづけ、八神は諦めた。
「春のやつ・・・でないな」
「っと・・・・あ!!」
気付くと時計は8時になりそうな時間だ。
今日は図面の打ち合わさせをしに出社しなければならない日だった。
八神の仕事は設計である。
CADというソフトを使用し、客先との打ち合わせの元、図面を作り、
要望を聞き、修正、要望を聞き、修正と完成させていく。
会社とはうまく話を付けており、設計の仕事をきちんとこなせば
自宅での作業は許可されている。恵まれた環境と言っていいだろう。
当然、責任は重く納期通りの納品は必須。
それが出来ない場合は出社を義務付けるとの事だ。
現在までに失敗は無く、この状態になって3年経とうとしている。
「めんどくせーけど行くべか」
着替えを始めスーツを着て八神は部屋を後にした。
会社までは車で20分、まぁまぁ遠いと思っている。
車に興味のない八神は駐車場に置かれた軽自動車へと向かう。
「はぁ・・・」
思わずため息を吐きつつ車を走らせた。
20数分後、ようやく到着したそこはいつものように建っている。
車を降り、社内へと歩き出す。
「八神!!来たか」
「八神さん、おはようございまーす」
「主任!おはようございます」
上司、事務員、部下と会話を交わしながら、部署に到着。
自分の席へと腰を下ろす。
「なんだ?テンション下がってるな」
それは八神の後方から届く。
「ん?久しぶりだな、南雲」
振り返り声の主へと返す。
南雲冬夜、八神とは同じ高校に通い卒業。
卒業後も親友として過ごし以前の会社を辞めた八神をこの会社に誘ってくれた
我が社の敏腕営業である。
今日、八神の納品予定の物件も彼の取ってきた仕事だ。
黒髪に筋肉質な体型。八神とは正反対の引き締まった身体に男の俺でも嫉妬するほどだ。
その外見からは裏腹に異性との浮名はなく、
八神の知る限り、そういったところにはまったくのウブな男だ。
「久しぶり、で、どうだ?〇〇商事の件は?」
早速の仕事の話である。相変わらずといったところか。
「無問題だよー、今日、納品であとはよろしくー」
淡々に答え、
「さすがだねー、最終は同席させてもらうわ、でもって次はこれでよろしく」
手渡される分厚い書類に思わず、顔をゆがませる。
「マジか、最終は?」
「約3か月後だ、近く現場行くから決まったら連絡するわ」
「直行でいいんだろ?」
「オーケーだ。あとあっちの担当、ネット関係NGだから来社して折衝だから、がんば」
「マジか・・・キッツいなー、佐藤に回して他やりたいわ」
「だーめ、でかい仕事だから確実にとりにいきたいんで」
「はぁ・・了解、連絡待ってるわ」
「ほーい、よろしくー」
と会話を交わし、始業のベルが鳴る。
・
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・
・
・
・
納品も無事終わり、ようやく自由になる。
上司や部下とのやり取りを経て、気付けば19時を超えたくらいだ。
次の物件の書類を目にしながら、さらっとメモ書きをとる八神に南雲が声をかける。
「八神、帰るべ」
「ん?」
周囲を見ると八神と南雲の二人だった。
続けて時計を見ると、
「もう19時かぁ・・」
目頭を押さえ、種類をまとめる。
「どうする?飯食いに行くか?」
と八神、
「わりぃ、今日は予定あんのよ」
と南雲。
めずらしいな、と思いつつ会社を出ると南雲は鍵をかけ、
「んじゃ、お疲れ」
「うい、お疲れー」
と二人は別の方向へ足を進める。
「あいつ、まだ電車通勤か。すげえな」
と南雲の後姿を目で追い、八神は車へと進む。
「さーてなんか買って帰るか」
真実の働くレストランへ行こうと思ったが止める八神。
居るか分からないし、それ以上になんか・・・照れ臭かった。
あっちのヤガミは若くてイケメンだけに、だ。
かといって真実のように同じ容姿では・・・さすがにツラい。
「なによ?暗い顔してるわね」
それは車中、後部座席から聞こえる。
「シエラ!?」
振り向くとそこには宙に浮く小さなシエラの姿。
「なによ?」
とシエラは頬を赤らめている。
「身体はダイジョブなのか??」
とシエラの身体を手の平へと導く。
「大丈夫よ」
八神の手の平に乗り、眼前へと迎えられる。
「そか、よくここが分かったな」
シエラの姿にテンションが上がる八神。
「こっちに来た時にはここに居て、なんか話してたから待ってたのよ」
時間軸の関係がよく分からないが・・シエラが入った時は南雲と別れた、つい
いましがた、という事だ。
「そっちは今、どれくらい経ってるんだ?」
と、疑問をすぐ聞く、八神。
「んー、まだ夜中よ。朝日はまだ見えないわね」
と曖昧な答えだった。
「まぁ・・いいか、コンビニ行って飯食って帰るか」
八神は車にキーを指しエンジンをかける。
「そうそう!八神、これ車よね?」
と、肩の上で感動するシエラであった。
車内ではいつものようにシエラの質問攻めであった。
「ちょっと!!あれ!!飛んでるじゃない!!」
「飛行機だ」
「飛ぶやつもあったのね!!あのとき、反応薄いのが気になってたけど」
あのとき・・・
「ああ、幻獣だか召喚獣だが言ってた時か」
車を運転しながらシエラとの会話を交わす。
「ふーん、ほんと凄いとこね」
感嘆し、声をこぼす。
コンビニで弁当を買い、ようやく家に着く。
アパートの玄関を開け、二人は部屋に入り一息つく。
八神は弁当を食べながらテレビを付ける。
シエラは八神からもらったから揚げを食べていた。
「これもほいひいわね」
から揚げを頬張るシエラ。
それから数時間、二人は会話を交わしながら時を過ごしていく。
この空間はひっそりと八神の中で心地良いものになっていた。
八神は布団へと入り、シエラの姿を視界に捉えながら眠りに入った。
遠くのほうから
「トゥルルルル・・・・」と聞こえた気がする。
目を覚まし、ヤガミは大きく背伸びをし、シエラはというと、
さっさと部屋から出ていこうとする、
が戸を開けると、そこにはマミの姿があった。
「え?」
「あ・・」
「えええええええええええええええええええええええええええ!!」
マミの大きな声が宿屋一帯に響き渡った。
数分後、ヤガミのヤガミによるヤガミのための弁明が行われていた。
「はぁ・・・ヤガミなんかに興味なんてまったくないわよ」
とシエラはヤガミとマミの問答を聞き、ため息を吐く。
それが終わったのは昼前であった。
まだ納得しきっていない真実はブツブツ言っている。
「夢の中に入る魔法?聞いたことないわよ・・・
でも向こうでシエラちゃんに会ったしなぁ」
「ホントだって、俺を信じろよマミちゃん」
魂と魂の干渉なんて言えるはずもない。
食事を済ませ、3人はある場所に向かう。
傭兵協会シーアス支部。
そこは石材作りの大きな建物で入口を大きく、広かった。
中にはカウンターがあり、協会の人が配置されていた。
マミはしばらく協会の人と話し、手招きした。
「傭兵志望と言う事ですが・・・戦闘経験はあるんですか?」
彼女はリィナという名前らしい。頭には猫の耳があり、
頬に左右3本づつ6本のヒゲがある。
ヒゲと言ってもそれではない。あのヒゲだ。
「猫ちゃんの亜人キタアアアアアアアアアアアアア!!!」
とは口に出さず、心の中で歓喜するヤガミ。
マミはうつむき、シエラはため息を吐く。
心の中を完全に見透かされてしまっているようだ。
「あ、あの・・・」
「ああ、すみません。この間、ハウンドってのを7頭倒しました」
と、答える。
「うーん・・・」
リィナは考え込み、ヤガミを眺める。
「・・・マミさん?」
「はい?」
「C級傭兵の貴女の推薦というカタチで許可は下ります。
マミさんの責任でってことでいいです?」
とお伺いを立てるリィナ。
「あー・・・構いません、しばらく一緒に旅をしますので」
と笑顔で答えたマミ。
昨日の時点でマミが仲間になることは決まっていた。
実際、ある程度の事は頭に入れたが旅には不慣れな二人である。
シエラの問題もあったがヨシとしよう。
「あ・・・D級とかC級って?」
すぐさま、リィナが答えた。
「傭兵のランクです、最下級はE級、そこからD、C、B、Aときて上級はS級、その上が
SS級ってすごい人たちもいます。傭兵協会のトップである傭兵王 ディーン様は有名ですねぇ」
「おお・・傭兵王ですか」
ダレソレ?スゴイノ??って思ったが凄いんだろうな。
「え?ええ・・・」
リィナは不思議な顔をするが、
「では、証明書を発行しますのでお名前を教えてもらえます?」
「ヤガミです」
「ヤガミ・・・・なんですか?」
「ヤガミだけですが・・ダメですか?」
「いえ、家名はないんですね、珍しいかな」
会話の中、マミが入り込む。
「私も、マミだけですけどね。彼も私も辺境の小さな村出身なので、今はいいかな、と」
「そうですか、勝手に名乗ってる人も居ますが、それよりはいいのかな。分かりました。
では証明書の代金ですが5000リアスになります」
淡々と言うリィナ。
「あ・・」
ヤガミはソッと振り返りシエラを見る。シエラはうなずき、
「では、これで」
と5000リアス支払った。
しばらく待ち、リィナから四角い金属のプレートを受け取る。
「では指を出してください」
「え?はい」
手を差し出すと一瞬でリィナは指先にその猫爪で傷を付け、その切られた指を
プレートの上へと運び、ヤガミの血が落ちる。
プレートに血が落ちると、プレートはわずかに光る。
「これで良しと、以上で登録完了です」
指先をペロペロ舐めながらヤガミはD級傭兵 ヤガミという身分を手に入れたのだった。
「センパイ、あそこで依頼を探すんですよー」
マミが指差す先には掲示板のような木材で出来た壁があり、
そこに数百枚もの紙が貼られている。
傭兵は掲示板にて自分が出来そうな仕事を探し、掲示板から紙を外し受付へ持っていき、
依頼を受けるそうだ。受けた依頼を達成すると引き換えに報奨金を受け取る。
依頼を達成したかどうかは先ほどのプレート、名前を『アルファート』と言う。
このアルファートは魔法で創られており、ごまかしの利かない、持ち主以外は意味をなさない、
とご都合主義満載な品物だそうだ。
「あそこかぁ・・シエラ!!」
とシエラの肩に触れる寸前、
「汚いからさわらないで!」
と怒られる。
ペロペロした手で触られるのは汚いそうな・・・。
「くっ・・・ひでえ」
「うるさいわ」
「まぁまぁ、・・・でも手は洗ってください!!」
とマミにより追い打ちがかかる。
手を洗い、二人の待つ掲示板へと行くヤガミ。
「あ、センパーイ」
と、マミが呼ばれる。
ヤガミは掲示板の前に立ち、それを眺める。
「・・・・・・・」
「センパイ?」
「・・・・・・読めねぇ・・・」
涙を流すヤガミ、
シエラは呆れた顔で「ハァ・・・」
「で、ですよね。私も苦労しました」
マミのフォローが入り、ここはマミの判断で三つの依頼を受けることにした。
「簡単な討伐系ですよ」
一つ目は『ディーア街道周辺にてウェアウルフ10頭討伐せよ(1000リアス)』
二つ目は『ディーア街道周辺にてゴブリン10体討伐せよ(3000リアス)』
三つ目は『王都エレノーア周辺に出没するライガー10頭討伐せよ(9000リアス)』
との、事だ。
とりあえず昨晩、王都エレノーアへ行くという話で終っていたが、その道中の予定に
討伐が含めつつ、旅を進めるのだ。
続けて一行はシエラの為に魔導ギルドへ行く。
魔力の高い、シエラはそこでちょっとした騒ぎになるほどの才能を示した。
「祖父がスゴーーイ魔導士だったのよー」
と、高飛車に叫んでいた。
こうして、シエラ・セーヴィス、A級魔導士というアルファートを貰い、彼女も身分を得た。
アルファートが出された時、ヤガミはドキドキしながら周囲の状況を細かく注視する。
彼女もまた、指を切り血を落とすわけだが魔族の血の色って・・・
っとドキドキしていたのだ。
だが、それは人間と同じ赤い血であった。アルファートでの異常もなく済んでいた。
「ふぅ・・・」
と、ヤガミが安堵の息を漏らし、
「問題ありそうなら来ないわよ」
と、耳元でシエラは小さく言う。
「シエラちゃん、すっごいねー、回復とかも出来るの?」
マミはシエラの偉業に意気が上がる。
「それ、無理だから。私、祖父には攻撃特化で魔力調整されてるの」
と、シエラは答える。
「あぁ・・そうなんだ、珍しいよね攻撃特化なんて」
「そうなの?」
「そうだよ、回復使えたらいろいろと助かるじゃない」
「そうね、祖父には自分の身を護る為の魔法って教えられてきたからね」
「そっか・・・」
と会話が続かれる中、
「シエラさん??」
シエラの肩を叩くヤガミ。
「なによ?」
振り返るシエラ。
「森で回復したげる、って言ってたよね?」
「・・・・・」
「言ってたよね??」
「・・・・そうね、言ったかしら。いざとなったらケガする前に助ける気あったしね」
「嘘つき~~」
「ごめん、ゴメン、ああでも言わなきゃダメだったでしょー」
マミが二人を不思議そうに見つめる中、小さな声で会話した二人。
「仲いいですね、ほんと昨晩なにやってたん・・・で・す・か?」
笑顔の怖い女の子って居るんだなーって思いながらヤガミは弁解する。
「私が行く前に一人でイッてたみたいよ・・ヤガミは」
・
・
・
・
「mvにp:えくぉヴぃp:えv:vbhヴぉえ」
言葉にもならない八神の悲鳴が轟く。
「壁薄いから気を付けなさい・・・」
シエラはその場から去る。
「え?いまのってなに?」
「なんでもないよ・・マミちゃん、、、」
やつれたヤガミもその場から逃げるように歩き出す。
「なんなのーーーー?」
おかず、もといマミは釈然としない顔で二人を追いかけた。
D級傭兵 ヤガミ
C級傭兵 マミ
A級魔導士 シエラ・セーヴィス
新たな旅の仲間を得て、目指すはフィアーク王国 王都エレノーア。
ディーア街道を一行は進み、街道を外れた先で求める敵に出会った。
ウェアウルフ、言うなれば狼男といったものであろう。二足歩行でその身は体毛でおおわれている。
顔は狼そのものであった。それが12体いた。
「じゃあ、皆さんの自己紹介ってことで」
ピョンピョンと飛び、着地と同時にウェアウルフに向かいマミは走っていく。
「来なさい シルフィス、ラーディス」
同時に彼女の両手に1本づつ剣が生まれた。
マミはウェアウルフへと一閃、同時にウェアウルフの肩へ飛び、さらに宙へと飛びあがる。
上空より2体のウェアウルフに目測を定め、
「風よ斬り裂け!!風刃」
するとカマイタチだろうか、鋭利な風の刃は2体のウェアウルフへと放たれる。
風に切り裂かれたウェアウルフはその場に倒れ込み、さらに1体のウェアウルフに
飛び掛かり2本の剣で十字斬りである。
「あと、よろしく!!」
とマミはシエラ、ヤガミへと視線を映した。
「魔剣士ね・・やるじゃない、あの子」
シエラは4体のウェアウルフを視界に捉え、
「撃ち抜け!!光弾」
手を視界の先へと振りぬいた。
同時に4本の光が軌跡を描きながらウェアウルフへと一瞬で届く。
「わぁ・・シエラちゃん上位光魔法じゃない・・・!!」
シエラの隣でヤガミは
「魔族が光魔法って・・・」
とつぶやく。
「似せてるだけよ、魔力に色を付けて撃っただけ」
とシエラが小さく答えた。
伝説の八魔神に不可能なんてないのかな・・・と思いながら残るヤガミも
最後の4体へと走り出す。
「セイナーク!!」
だが4体のウェアウルフは・・・逃げ出した。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
一帯は沈黙に包まれた。
逃げ出したウェアウルフへと同時に
「風よ斬り裂け!!風刃」
「撃ち抜け!!光弾」
という女の子の声が響き渡る。
「・・・・」
『主よ・・・』
「言うな・・・セイナーク」
『御意』
立ち尽くすヤガミ。
笑い転げるシエラ。
必死に笑いを押さえようとするマミ。
三人の初の戦闘はこうして終わった。
とりあえずの戦闘を終えた三人はさらに街道を外れた先で
魔物、ウェアウルフ5体に遭遇した。
いまだにシエラは笑いが収まらない様子。
「プププ・・意気揚々と走り出して逃げられるって・・・ナニソレ」
伝染するようにマミ。
「プッ!!シエラさん・・ププッ・・・」
「・・・・」
「くっそーーー!!」
ヤガミは走り出し、ウエアウルフはヤガミへと向かってくる。
「セイナーク」
右手に生み出される剣。
ヤガミは左手で投げナイフを出し、次々と放った。
シーアスで投げナイフを補充し、ヤガミの服の裏には10本の投げナイフが
装備されている。
1体、2体、3体とそれは急所へと突き刺さる。
そこで残る2体と正面に向かい合いウェアウルフと鋭い爪がヤガミへと振り下ろされる。
ヤガミは体をそらし、それを躱し、ウェアウルフの首筋を一閃、だが、最後の
ウェアウルフの牙は・・・
・・・確実にヤガミの首を捉えていた。
「・・・あ」
状況が起こした油断。このとき、完全な死がヤガミを襲う。
そして牙がヤガミの首筋へと届く寸前、
「いやぁぁぁ!!」
マミは瞬間、その恐怖に気を失う。
シエラはウェアウルフの顔を掴んでいた。
同時にウェアウルフを持ち上げ、八神から離し、顎から上を握り潰す。
一瞬でヤガミの元へ行き、ただ、魔物を握り潰したシエラ。
「犬風情が調子に乗るな!!!!」
凄まじい形相、シエラ自身の感情とは裏腹に、そのすべての力は
いま、ヤガミを助けるために行使された。
同時にヤガミは知った。
もし、ここが公衆の面前なら、自分の生命の危機にシエラは抑えることなくそれを
解放しなければならないのだ、と。
その瞬間にのみ、すべてはヤガミの命を護る。事が優先される。
それが主従契約なのだと。
「シエラ・・・ごめん」
見上げたシエラの瞳は沈んでいる。
「・・・・気を付けなさい」
一言、そう言ったシエラは主従契約への嫌悪を滲ませていた。
ヤガミはマミへと振り返る。
シエラはウェアウルフの血を魔法で創りだした水で洗い流す。
「シエラ・・・?」
「たぶん大丈夫よ。貴方が殺される、って瞬間に悲鳴上げて気を失ったから、私の事は見えてないわ」
「そうか・・・」
ヤガミはマミを背負い、とりあえず街道に戻る。
街道で休み、マミが意識を取り戻した。
「センパイ!!!」
ばっと起き上がったマミは周囲を見渡し、ヤガミを捉えた。
「センパイ・・・良かった」
涙を流し、マミはその場に崩れる。
「マミちゃん、セイナークのおかげで助かったんだ」
「セイナークの・・・?」
訳が分からないという表情のマミ。
『御意』
セイナークが話す、偽りの出来事。
『主の危険に我が主の身体を使い魔物の首を落としたのです』
納得したのか分からなかったがマミは泣きじゃくる。
「あっちで先輩に電話かけたけど出なくて・・ほんと心配で心配で」
「あっち・・・」
気を失ったマミは地球に戻されたようだ。
「ダイジョブだから、ほんとゴメン。油断・・・してた」
ひたすら謝るヤガミにマミは少しづつ落ち着きを取り戻していく。
「ひっく・・・ひっく・・ホントに死んじゃうんだから!!ひっく・・」
「うん、ごめん。気を付ける、二度とこんなことにならないようにするから」
「ホントですよ・・絶対ですよぉ・・・ひっく・・ひっく・・・」
「誓うよ、マミを二度と泣かさない」
頭を撫でるヤガミ。昔、彼女が会社を辞めたその日、頭を撫でた記憶が思い出される。
思えば、あの時だった。八神広樹が山名真実を好きだと思ったのは。
・
・
・
・
時間が過ぎていく。
完全に落ち着いたマミはシエラに謝っていた。
シエラは諭すように声をかけている。
死の恐怖・・・それは確実にヤガミを蝕んでいた。
そうなったとき、この世界での生活は一転するのだ、と。
新たに俺は誓った。
「二度と二人を傷つけない」