初戦闘(後編)
転生時に授かった魔神の加護。
それによって、相手冒険者が放った第二級魔法は、俺に痛みどころか何らかの刺激さえ与えられなかった。
思った以上の効果に思わず笑ってしまう。
これは、いわゆるチートという奴だ。
しかしこれでは、どれくらい強力な魔法が俺に対してダメージを与えてくるのか、さっぱり分からない。
「デリウス、今防御魔法に遮られたのか?」
「いや、直接氷の柱がぶち当たった感触だったんだが・・・・・・」
「お、お前、化け物かよ・・・・・・」
冒険者三人は、面白いくらいの驚きぶりだ。
このまま脅してやれば、戦意喪失しそうくらいなのだが、もう少し付き合ってもらおう。
ゴブリンを痛ぶったうえ、闘いをそっちから仕掛けてきたのだ。
勿論殺したりおっかないことをしたりするつもりはないが、少しでも俺の耐性や魔法の効き目を試させてもらうつもりだ。
「痛くも痒くもない。 もっと強力な魔法を打ち込んでこい。でないと俺のダメージゲージを1ミリも動かせないぞ」
砂煙の中悠然と立った俺の挑発紛いな物を受けて、絶句する彼ら。
彼らとしては、先ほどの攻撃が効いていなかったことで、自分たちの方がやられるかもしれない可能性が頭を過り始めたに違いない。
逃げるという選択肢もあったはずだったが、逃がしてくれるはずもないと判断し、こちらに向き直った。
ある程度、覚悟を決めた顔だ。
「あまり、舐めるんじゃねえ! デ・シャリューシ!」
奥の魔術師が叫ぶ。
直後、俺の周囲に無数の氷の剣が生成された。
一つ一つは先ほどの氷柱より小さいが、生成した氷全てを合わせれば先程とは比にならない氷の質量のはず。
先程の魔法よりも明らかに上のランクの魔法。
再び防御せず受ける覚悟を決めた俺に、魔術師が叫んだ。
「今度こそ、死ねぇ!」
その叫びと同時に、大量の氷柱が中心に向かって一気に加速。
その鋭さからも速度からも、物体に突き刺さらないと不自然なくらいなのだが、俺は大丈夫だろうと自信があった。
氷の氷柱は、進むに連つれて勢いを加速させ、ほぼ八方からほぼ同時に俺の元に到着。
勢いそのまま突き刺さった。
「やったか!?」
冒険者一人が氷が突き刺さった俺を見てそう呟く。
お約束の展開を誘発するセリフだ。
お約束どおり、俺の体に無数の氷が突き刺さったようだが、驚くことに俺には痛みもダメージもなかった。
驚くべき効果、耐性というより、無効化しているのかとそう感じるほどの効果である。
氷は、暫くすると空気中に帰していった。
冒険者側からすれば、氷の消滅と同時に俺がバタリと倒れるのを予想していたのだろう。
俺がそのまま、無傷で立ち尽くしているのを見て、またも驚きの表情を浮かべた。
「!?」
今度は、砂煙も上がらなかったから、彼らは攻撃が俺にちゃんと当たっていることを目撃したのだ。
だからこそその驚きは先程の比ではないはずで。
やはりそうみたいだ。滅茶苦茶驚いている。
魔術師は、腰から尻餅をつき、戦士風の冒険者二人は恐怖を払拭しようと、やけくそになって襲いかかってきた。
あの魔術師の様子では、魔法に対する耐性は、これ以上調べられなさそうだ。
恐らくかなり強力な魔法を打ち込んだのに、傷一つない姿を見て、敗北を悟ったのだろう。
ならば、今度は戦士風の冒険者との闘いで、俺の身体能力的側面を調査しようか。
俺は、すぐさま目的を切り替えて、襲いかかってきていた冒険者の方を向いた。
そして、彼らを視界に入れると
「え、遅っ!?」
思わずその言葉がこぼれてしまった。
俺の感覚から言って彼らの襲いかかってくるスピードは、めちゃくちゃ遅く感じたのだ。
誇張とかなしに、マジでスローモーション映像を見ている気分だ。
俺は一人の太刀による攻撃、そしてもう一人のハンマーによる攻撃を軽々と交わす。
集中力すらもあまり必要ない簡単な作業だ。
試しに斬られてみても、いい気がしたが、物理攻撃は少し心配だったからやめた。
暫くそれを続けて、
「よし、じゃあ、反撃させてもらおうか」
そう呟き、魔法を唱える。
「亜空間倉庫/サブスペース・ストア」
突如、何もないところからどす黒い空間が生じた。
それは、この世界と亜空間を繋ぐ世界の裂け目のようなものだ。
太刀とハンマーの攻撃を身軽に避けながら、俺は亜空間に手を突っ込む。
そして、今から用いる武器を選び出した。
今から用いる武器、それは大体決まっている。
俺が選び出したのは、《腐蝕の剣》。
簡単に説明すると魔剣の一種で、打ち合うごとに相手の武器を腐蝕させていく特殊な効果を持つものだ。
中々禍々しい武器だが、剣系統の武器がこれしかないから勘弁してほしい。
俺も好きでこんな趣味の悪い武器を使ってるわけじゃないよ。
俺はそれを亜空間から抜き出した。
次元の裂け目は、それを確認するとすぐに閉じる。
俺はすぐさま、二人に剣で応戦した。
元の世界で一般人だったわけだし、こっちに来てからも剣術の訓練なんてこれっぽっちもしてなかったから、俺にワザなんかはない。
対峙する二人よりも武器を使いこなす技量は比べるもなく俺の方が下だ。
だが、圧倒的な知覚速度、身体能力があれば、実践において優位に立つことができる。
剣の達人相手にどうかは分からないが、少なくともこの二人に対してはそう言えた。
軽々しく太刀による攻撃とハンマーによる攻撃を受けたり避けたりしつつ、打ち合わせていった。
無論、こっちが力を込めれば、一発で相手に武器を手放させるのも恐らく可能だったのだが、《腐蝕の剣》の効果も試したかったからただ攻撃を受けていった。
(12!20!)
ハンマーと太刀のそれぞれと打ち合った数を頭の中で数える。
避けたり、防いだりするのよりも、むしろこっちの方が難易度が高い。
暫くそれを続けて、遂に太刀が砕けた。
太刀使いの方は、それで尻餅をつく。
ハンマーも程なくして砕けた。
感想としては、あまり意味がなかったなという感想だ。
強者相手であれば、この腐食効果が役に立つかもしれないが、この冒険者レベルでは、力の限り打ち合った方が早い。
それで武器が砕けるだろうと思った。
それはそうと。
ハンマーが砕けて、最後の一人が尻餅をついた。
面白いことに三人とも尻餅をついて動けなくなっている。
恐らく、戦士系の二人も、俺が本気で闘っていないということが分かったのだろう。
完全敗北したという感じで、びびっている。
「ば、化け物だ」
「殺さないで・・・・・・」
「ひぃっ!!」
俺が、三人のそれぞれに目を向けると、三人とも恐怖の眼差しでこちらを見ていた。
殺される、とそう思っているのだろう。
勿論、俺はそんなことをするつもりはないんだけど。
と、ふと頭の中のスキル欄を見ると、さっきまで使用不可であった『絶対服従』も『傀儡』が発動条件を満たしているようだった。
流石にこんな恐ろしいスキルを使う気はさらさらないが、大きな収穫だ。
状況から判断するに、『絶対服従』と『傀儡』はどちらも、対象の人間種が俺に対して恐怖を抱いて屈服した時と見て間違いないだろう。
この二つの違いが使わないとよく分からないが、流石に使わない。
このスキルは本当にいざという時まで使うのはやめよう。
そう結論に至った俺は、尻餅をついて動けないままでいる冒険者三人を見て、はて、どうしようかと首を傾げる。
この闘いで、収穫がなかったわけではない。
この冒険者クラスでは、魔法でも近接戦でも脅威になり得ないことは分かったし、《腐蝕の剣》の腐蝕効果の度合いもまあ大体わかった。
でも、まだ何か少し物足りない。
こちらからの攻撃に相手がどれくらい耐えられるのか、それを調査していないからだ。
それに気づいた俺は、どうしようかと頭を働かせる。
やり過ぎてしまうのが怖いところだ。
でも今後のためにも是非とも知っておかないとダメな情報だし・・・・・・。
スキルの攻撃は絶対に危険だし、直接ダメージを与える系統の魔法も危ないかもしれない。
少し考えていい案を思いついた。
対人間、それもあまり強くないと思われる相手に有効だろうと考えていた魔法。
命を奪ったりはしないだろうと予想される魔法だ。
俺は、それを唱えた。
「負の妖気/ネガティヴ・オーラ」
俺の体から、黒くて禍々しいオーラが同心円状に広がる。
ネガティヴ・オーラとは、ほぼそのままの意味の魔法だ。
魔力放出と同じような原理で発動させることのできる、それほど危険性のない魔法。
威力の調節も細かくできるし、人間に対して有効なはずだ。
ネガティヴ・オーラは一応相手に攻撃をしているのだが、それは身体に直接ダメージを与えているわけではない。
精神や恐怖を増大させる攻撃魔法だ。
これがどれくらい効くのかは、超重要事項。
そう思って、冒険者たちが少し苦しみだすまでにしようと、そう考えていたのだが・・・・・・。
「おい!? 大丈夫かよ! 」
発動直後に、冒険者は苦しみ悶え、意識を失ってしまった。
すぐさま、オーラを止めて駆け寄る。
最小のオーラだったはずなんだが、目の前の冒険者は、悪夢にうなされているようだ。
死んだらしていたら、罪悪感でどうにかなりそうだったから、そこは安心だが。
俺は、冒険者三人を眺めながらこの闘いの収穫を整理する。
まあ、俺から攻撃はしない方がいいな、とよく分かった闘いだった。
悪いことをしたなと思いつつ、気絶してしまったこの冒険者三人をどうしようか途方にくれるのだった。
◇
街道を必死に走る少年がいた。
息も切れ切れで、もう限界を超えているはずなのに、恐怖のおかげで彼の足は止まらず走り続けていた。
早く、伝えなければ。
少年は、その目で目撃したのだ。
文字通り化物クラスの存在を。
冒険者三人がいとも簡単に敗れ、そして連れていかれた。
一体どうする気なのか分からないが、時間が経てば経つだけ命が危険なのは間違いないだろう。
人間の姿をしてはいたが、あれは魔物側の存在だと、少年は確信していた。
少年は必死に都市を目指し続ける。




