晩餐会
マジで、面倒なことになっちまった!
俺は、皆が賑やかめなこの広間でただ一人頭を抱えていた。
周りと俺とでは持っている感情が正反対だ。
配下は、俺の世界を手に入れる、と言う発言に肯定的で、嬉しそうでもある。
一方俺は、というと。
まあ、色々なことを考えてしまうわけだ。
世界を手に入れるとか絶対無理だとか、そんなことしようとしたら人間殺すことになるんじゃないのかとか、勇者に目をつけられて人生終了するの確定だとか・・・・・・。
他にも様々。完全に俺の脳の容量オーバー。
もはや、何も考えたくない。
「魔王様、是非ともお料理を」
「ーーああ」
ルシフェルが料理を勧めてくるが、適当にあしらう。
返事だけ、というやつだ。
俺は一応料理に目を向けるが、しっかりと認識はしていなかった。
「魔王様、そんなに気に入らないないでやすか?
今日のは、結構自信作なのでありやすが」
聞きなれない声だ。
人間的なものとは異なる、俺的には奇妙な印象を受ける声。
俺は、咄嗟に声の方を向いた。
「って、もしかしてお前は・・・・・・」
その珍しい姿に思わず見入る。
そこに立っていたのは、深緑の頑強そうな鱗に全身を包まれた、身長2メートルを優に超えるだろう人物。
いや、人物とは言わないな。
もちろん、二本の足で立っているし、前面から体だけ見れば、肌色じゃないことなどを除けば、相当鍛え抜かれた人間だと見えなくもない。
だが、巨大な尻尾にそして、蜥蜴のような顔が、彼が人間でないことの証拠だった。
「魔王様がなんでそんなに驚いてるのか、よくわからないでやんすが、魔王様ちょっと元気になったみたいでやんすね」
いや、元気になったというより度肝を抜かれた感じだけどな。
悪魔を見てもすぐに受け入れたし、骸骨野郎のホルムズのことも受け入れられたけど、まさか蜥蜴人間がいるなんて、驚きだ。
そのリザードマンの鱗などをまじまじと観察していると。
リザードマンが厚い胸板を前に突き出して、ドヤ顔になった。
「でもあっし、普通のリザードマンではないでやんすよ。
前魔王様に改造されて、造られた特殊なリザードマンでやんす。色々な面で、普通のリザードマンに勝ってるのでやんすよ」
「色々な面で? 例えば、何なのだ?」
「例えば、竜への馬鹿らしい信仰は、ないでやんす。
それに戦闘能力も比べ物にならないでやんす。
そして、何より料理や掃除など比べ物にならないでやんす」
竜への信仰が何たらと、気になることを言っていたが、それよりも。
このいかにも戦闘能力の高そうな戦士のリザードマンが、料理、だと。
イメージが違いすぎる。
俺は思わず、広間にたくさん置かれたテーブルの上の料理の数々とリザードマンを交互に見る。
ふん、どう見ても違和感しかない。
こいつの発言、どうにも信用ならない。
そんな俺の疑念ありありな視線を受けて、
「ほんとうでやんすよ! 魔王様、信じてくれやんす!」
必死に訴えかけてくるリザードマン。
必死すぎて、なんかリザードマンに愛着が湧いてくる。
よく見ると、なんかかわいいし、必死だし。
その必死さを見れば、事実なのだろうと分かった。
そもそも、先ほどの光景を見れば、魔王に冗談でも嘘をつくものなどいるまいと分かってはいたけど。
やっと受け入れるだけの心の土壌ができたわけだ。
もうちょっと、この蜥蜴人間で楽しんでもいいけど、
「分かった。信じようではないか」
流石にかわいそうだと考えた。
そして、続けて気になる点を質問する。
「それはともあれ、今、お前は前魔王に改造されたって言ったよな? お前もホルムズと同じように前魔王によって造られたのか?」
「そうでやんすよ。ていうか、ここにいるのは、前魔王様に改造されたり、一から作られたりした魔物だけでやんすよ。みんな、何かしら役割とか得意技を持っていて、通常の魔物とは異なるでやんす」
驚くべき事実。
そして前魔王、優秀すぎだろ。
こうして、俺に特殊な性質を持つレア魔物達を残してくれたということになる。
前魔王様、ありがとうございました。
簡易的な感謝だけはしておこう。
「あ、でも例外もいるでやんすよ。ルシフェルとか、違うすよね」
「ほぼ同じだろっ! ハインケルト、余計なことを言うなっ!」
と、俺の斜め後ろについているルシフェルが声を荒げる。
なかなか真新しい感じがするが、
「自分が、魔王様による創造物じゃないことが、そんなにくやしいでやんすか?」
それを挑発するような物言いのリザードマン、ハインケルト。
そんな光景を見て、もしかしたら、ルシフェルは俺の前以外ではこんな感じでよく声を荒げるのかもしれないと思ってしまった。
ハインケルトの慣れたような対応を見るとそう思えてくるのだ。
まあ、それはともあれ、
「ルシフェルは、違うのか?」
このことについては気になるから、ハインケルトに質問する。
ルシフェルに聞かないのは、何か言いたくなさそうだからである。
「ルシフェルとか他の上位悪魔は、前魔王様に召喚されたから一度も手を加えられなかったでやんす。
だから、前魔王様の創造物とは言えないっすね」
「ーーーー」
下を俯くルシフェル。
そんなにショックなことか?
俺にはさっぱりわからないのだが。
俺が率直に抱いた感想を言う。
「それって、お前が最初から優秀だったってことじゃねえか? 手を加えるまでもなく、前魔王は、お前を評価してたってことだろ。どうして、そんなにショックそうな顔するんだよ?」
深く考えず適当に行った発言なのだが。
ルシフェルは、俯いた顔を勢いよくあげる。
頰に大量の涙を伝せながら。
「魔王様ぁっ! 何て優しいのでしょう!
皆を従える威厳に、そして皆を気遣うその懐の深さ! 私、こんなこと気にせず、頑張っていこうと思いますっ!」
俺の中のキャラのイメージの崩れるほど、みっともない仕草だ。
これを見て、ハインケルトも黙っているはずがないだろうな、と思った矢先、
「魔王様にそんな姿を晒すなんて、ルシフェルは本当にみっともないでやんす! 恥ずかしいでやんす!」
案の定、ハインケルトがルシフェルに近寄って挑発。
そんな悪魔と蜥蜴人間のやり取りを尻目に、ルシフェルの俺への評価がかなり良いことに満足しつつ、俺はなんとなく周りを見渡した。
不安なことは本当に色々あるが、まず配下とは仲良くできそうだ。
思っていたほど、魔物は恐ろしい存在じゃないのかもしれないとそう思い初めている。
そして本当にそうならば、配下だろうが是非とも仲良くなりたいものだ。
ただ威厳ある背中だけで配下を引っ張っていくのは、俺の好むところじゃないのだ。
気軽に話しかけてもらった方が俺としても色々と今後やり易いだろうし。
と、そんな穏やかなことを考えていると。
突然右腕が重くなる感覚に襲われる。
またもや、体の異常事態かと不安を抱きつつ、右腕に目を向けると。
そこには俺の心の底で実は思っていた、足りないなと思っていたものがあった。
それは、ーー癒しである。
ここに来て、癒しがないなーってずっと思ってたんだよ!
俺は気分は、ハイテンション。
なぜなら視線の先、俺の右腕には、まるでお人形さんのように可愛らしい緑髪の幼女がいたんだもの!
無邪気な子供に対する純粋なる癒し。
これは、不安に心を悩ます最中の俺に元気を与えてくれる。
この魔王城にそんな子がいる時点で、なんか急にやる気が出て来た。
「魔王様、だいしゅき。 ルシフェル慰めてた。優しい魔王様、だいしゅき」
緑髪の彼女の少し片言気味の台詞を聞いて、物凄い勢いで体が回復していく。
これは、もしかしたら回復魔法と匹敵するんじゃないかとすら思えてくる。
まあ、回復魔法なんてかけられたことあるはずないけどね。
俺は、俺の手に巻きついて来た、その美少女を持ち上げて来て、左手で頭をなでなでする。
それをされて、少女もまた無邪気な笑顔を浮かべて、如何にも嬉しそうだ。
今の俺は、非常に幸せにみちている!
「おいおい、それは流石に馴れ馴れしすぎるんじゃねえのか、アステロット! 魔王様がお困りになってるぜ」
そんな幸せタイムを無粋にも破ったのは、またも知らない声。
転生前の世界でも探せばすぐ見つかりそうな感じの、声のいいおじさんの声だ。
その声の方を振り返るとそこには赤毛の挑発を持つ容姿の整った男が歩いて来ていた。
その姿と雰囲気から、だいたい予想はつく。彼は恐らく、ルシフェルと同じ悪魔だろう。
「自己紹介させていただきますぜ、魔王様。
俺は、ベルウルと申しますぜ。ルシフェルと同じ、前魔王に召喚された上位悪魔です」
案の定そのようだ。
「ああ、今後ともよろしくお願いする」
「こちらこそ。で、アステロット、お前も自己紹介しろよ。後、いつまでそうしてるつもりだ!
魔王様に迷惑だろうがっ!」
赤毛長髪の悪魔ベリウルは、俺の右腕に未だしがみつく緑髪の幼い少女に軽く怒鳴る。
実は全く迷惑ではないし、むしろ幸せなんだが。
緑髪の少女は、惜しみながら腕を離して地面を降りる。
本当に小さい少女だ。
彼女は一体何者なんだろう? 、当たり前にそんな疑問が湧き上がって来た。
と、特に待たせることもなく、緑髪の少女が、キュンとくるような声で方々気味に自己紹介を始める。
「あたしは、アステロット。
ルシフェルとベルウルと同じで、前魔王様に召喚された、上位悪魔」
淡々とした自己紹介。
はい、よくできましたー、と心の中で拍手する俺は、内容を改めて思い返して、
「え!?」
また、素の威厳などこれっぽっちもないような声で驚いてしまった。
魔王の顔はほぼ固定で、驚きが顔に出ないのには、ちょっと感謝だ。
それは、そうと、え、嘘だろ? と心の中では絶賛驚き中。
だって、こんな可愛らしく幼い美少女が、上位悪魔?
天使かもしれないとすら思ったのに、全くもって信じられない。
でも、この可愛らしい生き物がそう言ったんだから、そうなんだよね!
可愛ければ、何でも許しちゃう、信じちゃうというやつだ。
この子が悪魔だろうと知ったことか!
可愛いからいいのだ! 何も問題などない!
「魔王様、迷惑?」
そう、今も少女は小首を傾げながら可愛いらしい顔をこちらに向けているのだ。
答えなんて決まっている!
「いや、全然迷惑などではないぞ。
ちょうど暇を持て余していたのだ。もっと遊んでやろう」
実際、暇を持て余していたわけではないが、まあ何でもいい。
とにかく癒されるのなら、それでいい。
その後、暫く彼女を腕に乗せて遊んだり、他の魔物と話したりした。
これまでは、何となくしか見てなかったから気づかなかったが、魔物達は本当に色々な種類がいた。
グロテスクな見た目の者から、美女まで。
簡単に紹介すると、記憶喰らいのグロテスクな魔物メレオーダスや16〜18歳ぐらいの見た目のピンク髪美少女、その正体は死霊のウェイタン、白い清楚な服装の圧倒的美女、その正体は隠されたライリーなどなどだ。
まあ、そんなような感じで、完全に不安を忘れて俺はこの晩餐を楽しんだ。
リザードマンのハインケルトが作った、魔物特有の料理に苦戦しながらだけど。
俺は、こうして配下ともなかなか親睦を深めることができたのだ。
そして、俺は彼らへの信頼を強めていったのである。




