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宣言

 

 俺は、自分の意志とは反対に血の杯の儀式を行うはめになった。

 それによって得られる効果は大きく2つ。



 まず1つは、魔王である俺や配下全員が念話できるようになるという効果。

 配下たちは、もう既に念話が可能であったようだから、今日の儀式で俺という存在が加わったことになる。

 こっちは、まあ便利なんじゃないかと思う。

 動かなくても、声張り上げなくても、呼べるってことだし。



 で、2つ目が少し問題だ。

 杯を交わしたもの同士で、少しずつ時間をかけて性格が似てくるという効果。

 より、家族のようになれるとかルシフェルは嬉々とした表情を浮かべながらいっていたが・・・・・・。


 俺的には、当然嬉しくない効果だ。

 人間の心の自分が魔物の心に似てくるなんて、想像しただけで身の毛がよだつ。

 心まで魔物になってしまったら、果たして俺は何をしでかすのか、想像もつかない。


 また、人間としての自分が死ぬといっても間違いではないだろう。

 だから、本当にこっちの効果は俺にとって看過できない脅威なんだが、特にできることもないし、この件に関しては思考停止していた。



「魔王様、先程の話は、晩餐の後に致しますか?」


「ーーーー」


 そう聞いてきたのは、常に魔王の側に控える、白銀の髪の美男子悪魔ルシフェルだ。

 彼は、俺にかなり近づいてきて、皆にはあまり聞こえないようにヒソヒソと話してくる。

 故に周りの者は、何事かとちらちらとこちらを伺ったりするが、聞き取ることはできないようだ。



 ルシフェルの発言の中に含まれた「先程の話」。

 それはというと、今も俺の意志と無関係に動く俺の体が、儀式の前に言っていたことだ。

 魔王城の今後の目標、そして配下の者に向けた命令をすると俺の体は言ったのだ。



 少し間を開けて、俺が答える。



「いや、今この場を借りよう。あまり、時間もないしな」


「はっ!」


 俺の意味深な発言に、少し眉をひそめつつ、それでもルシフェルは大体いつも通りの反応。



 あまり時間がない、か。

 ルシフェルには、さっぱりだろうが、俺は少し心当たりがあった。

 この支配状態が終わるってことか?

 なんとなくそんな感覚を感じていたのは事実なのだ。

 もう少ししたら自分の意志で動けるようなそんな感覚があった。



「皆! 魔王様から大事なお話がある!」



 今度は声を張り上げるルシフェル。

 配下たちは、晩餐のために移動してきた広間の前方の壇の上に立つ俺とルシフェルの方に注目する。

 何事かと、皆息を呑み、広間が一瞬にして緊張感に満たされる。


 張り詰める空気を破って、


「今から、我々の行動目的を宣言する!」


 力強く、俺が宣言する。

 無論、俺の意志ではないのだが。



 果たしてどんなことだろうかと、皆がさらに息を呑み、俺を穴が開きそうなほど注視する。

 俺自身、配下と同じ気持ちであった。


 この如何にもな魔王は、何を今後の目的とするのか?

 嫌な予感がしないでもないが、どうしようもない。

 ただ俺は、勝手に行動するこの体が言葉を紡ぐのを待つことしかできないのだ。



 たっぷりと間を開けて、遂に俺が口を開く。


「我々の行動目的は!」


 ここで一旦、短い空白。

 張り上げた俺の声が広間内で木霊する。

 まさか、これは俺たちの期待を煽っているのだろうか。


 そんなことを思ったのと同時に、


「世界を手に入れることである!」


 魔王は、最も魔王らしいと思われる宣言をしたのだった。



  ◆



「魔王様、万歳! 魔王様、万歳!」

 

 俺の実にアホらしい、夢物語のような宣言を聞いて、広間は熱狂的歓声で沸き返っていた。

 配下の皆は生き甲斐を見つけたようなそんな表情を浮かべる。

 彼らは、数百年ずっとただこの魔王城で魔王の誕生を持っていたと、そう言っていた。

 それを知る俺は、次なる生き甲斐ができて良かったねと多少は思うのだが。


 だが俺の大半を占める感情は、この広間でたった一人取り残されていた。

 世界を手に入れるっ!(キリっ) って、マジでアホか!


 俺は、勝手に動く体に思わず突っ込む。

 自分の意志に従わず、勝手に体が動くというこの謎現象は、本当に謎のままだが、突っ込みを入れなければ気が済まない。


 魔王の体だけど、よくも俺の体でそんな恥ずかしい宣言を。

 許せない気持ちになる。


 でも、それはともあれ異常な光景だった。

 配下は、皆熱狂するのみ。

 本気で世界を手に入れることができると心から信じているような。

 熱狂的宗教団体が、教祖様の言葉を何から何まで信じてしまっているような、そんな光景。


 俺は、魔王という存在が、彼らにとってそういう存在なのだということを、転生初日にして悟った。


 熱狂的な魔王万歳は、いつまでも鳴り止まぬことはなかった。

 俺とともに壇に立っている、ルシフェルまでもが魔王万歳コールをしている。

 つまり、いつも皆が騒いでいるのを咎めるような役割を果たす彼がいないということになる。


 ならば、それを止めることのできるのは、ただ一人。


 そう、魔王である俺のみ。

 未だ、俺の意志下にない俺の体は、配下たちの魔王万歳コールを暫く満足げに聞いた後、「静まれ」と、ぽつりと呟いた。

 この大熱狂の中では、決して皆に届くはずのない声。

 だが、驚くことに,どんなに小さい声でも,魔王が一言声を発すれば、配下の魔王万歳コールはすぐに鳴り止む。


 魔王の小さな「静まれ」で、広間はまた静けさを取り戻し始めた。


 まさにこの城においては、絶対的支配者。

 ここにいる誰かが自らの仕える君主を裏切るなんてことは、絶対にありえない。

 正常な感覚を持つ人間である俺をして、この光景をこの支配者の立場から見てしまえば、そう確信せざるを得なかった。

 

 俺が、この光景に呆然としていると、


「今後の貴様たちへの命令は、後ほどだ。

 では、皆、晩餐を楽しめ!」


 魔王が、俺の体が静かめに言う。


 そして、それと同時に、俺は儀式前から今まで続いた奇妙な感覚が消え去るのを感じる。

 今までの感覚が嘘のように、俺の体が俺の意志に戻ってくる。

 こんなにもあっさりと戻ってきた。



 こうしてひとまず、俺の意志とは無関係に勝手に動く俺の体は、その圧倒的な風格を残して、どこかに消え去ったのだ。

 様々な疑問や不安が俺の中で渦巻いている。

 それは、とっくの前に俺の容量を超えていて、考えるべきことが何なのかすら惑わせるほどだ。


 でも、まず最初に思ったのは、


「てか、全部丸投げかよっ!」


 ただの恨み言。


 そう、様々な無理難題を俺に残して消えた、正体不明の何かに対する恨み言だった。




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