儀式ー2
魔王として、ひっそりと生きていくことも、もしかしたら可能かもしれない。
魔王の間の玉座で座る俺はなんのけなしにそんなことを考えた。
目の前には跪くルシフェル(悪魔)、さらに突っ立ったままのホルムズ(リッチ)がいる状況でだ。
と、突然の出来事だった。
俺は、何かこれまで人間として生きてきて感じたことのない感覚に襲われる。
「っ!?」
そして、同時に自分の体が思い通りにならないことに気づいた。
座るポジションを変えようとしてるのに、全く動かないのだ。
それは、まるで自分の体でないようでーー、
「ルシフェル、急に気が変わったぞ。
儀式を執り行おうではないか。配下全員の血を混ぜ合わせたものが飲みたくて仕方がなくなった」
え!?
????????????
俺の頭は大混乱、混沌状態だ。
それも仕方のないこと。なぜなら先ほどまでの発言と正反対のことを言ったのは、魔王その人、つまり自分なのだから。
いや、それを言ったのは正確には俺じゃないはず。
だって今でも俺は儀式を執り行いなんて、欠片も思っていない。
一体これは?
俺の頭がこの不可思議でピンチな状況を理解しようとフル回転する中、
「もう、準備ができているのだな。
すぐに儀式の場へ連れて行ってくれ、ルシフェル」
また、勝手に口が動く。
ルシフェルは、魔王の一瞬の発言の転換に少し驚きの表情を見せるが、何も言わずに頷いた。
一方、ホルムズが骨だけでできた首を傾げる。
「どういう心境の変化っすか?
あと、急に目が赤く光ってるっすよ!
もしかして感情と連動とかしてるんすかね!
魔王様、今どういう心境なんすか?」
「実に良い気分だ! 今ならばなんでもできる気がするほどに!」
勝手に喋るな! それに全然いい気分じゃない!
なんでもできるとかアホかよ!
俺は、誰に対してか明確に分からないながらも、必死に訴えかける。
「今もこれからも魔王様に出来ぬことなどありますまい」
「そうっす! 魔王様は最強の存在っす!」
勝手に喋る魔王のアホらしい自意識過剰発言を受けて、ホルムズとルシフェルまでもが嬉々として同意。
本当にお前らアホかっ!
俺自身、儀式が執り行われでもしたらかなりやばい状況なのだか、何故かファンタジーに出てくる魔王を実体験しているような、ゲームをプレイしているようなそんな傍観者的な目線でこの状況を見てしまう。
なるほど、ファンタジーの悪役の魔王はこうやって勘違いするのだ。
勝手に自分を買い被って何でもできると思い込んで、配下もまた王を持ち上げるので、どんどん勘違いしていく。
なんか妙に納得してしまった。
「それに目標というやつを思いついたのだ。
その目標のためには、この儀式は必要不可欠なもの。
いち早くやらなければならん」
「その目標とは、如何なるものなのでしょうか」
「全力で働かせてもらうっす!」
勝手に目標ができたとか言われた上に、配下二人の目はキラキラと光っている。
生きがいを見つけた、そんな感じの表情だ。
なんか勝手に話を進められても困るんだが。
そもそも、この魔王の目標ってなんだ?
何を企んでいるんだ?
そんな俺の疑問なんて御構い無しに、俺の体は勝手に言葉を続ける。
「儀式の後、皆の前で我々の今後の目標、そして命令を下す。そのつもりでいるように」
「はっ」
*
「では、こちらへ」
ルシフェルとホルムズが、魔王の間の出口に出ていこうと進み始める。
すると、俺の体は違和感なしに立ち上がった。
これももちろん俺の意志とは無関係だ。
これは、本格的にやばい!
何が起きてるいるのか、それはさておきこの勝手に体を動かされている状態、それからは抜け出さなければ!
出ないと魔物の混合血を飲むことになってしまう!
話はそれだけに留まらないし!
俺の人格が魔物のようになる可能性だってある!
どうにかしてっ! 抜け出さないと!
◆
魔王の間より、さらに薄暗い広間。
広い大広間のくせ、ろうそく数本のみが光源なのだ。
そこには、数十匹の化け物達の息遣いに満ちていた。
やばそうなメンツにやばそうな雰囲気の儀式。
普通に怖い状況なのだが、特に何も感じない。
おそらくこれも魔王となったことが原因だ。
だが、今後起きうる変化は、そんなかわいらしいものじゃ済まないのだ。
現在、俺は勝手に動き、勝手に喋る自分の体に対抗しようとするのを既に諦めていた。
ここに移動する間も、移動してから後もずっと必死に試みたのだ。
でも、ビクともしない。
今は完全に俺の体じゃない。
まさか、今後ずっと乗っ取られたままになるんじゃないかという最悪の予想が頭を過ぎったが無理やりどっかに捨てる。
絶対考えたくないし、考えてもしょうもねえし。
「では、魔王様、申し訳ございませんが、血をこの杯に注いでくだされ」
目の前に座る、半透明の男。またもやおっかない死霊でバーミウスという一流の幻術、妖術師。
こういう儀式を行うときは、いつも彼が取り仕切っているらしい。
彼によって、おそらくは銀製の立派な杯を手渡される。
俺は、というより俺の体は、それを受け取った。
体を乗っ取られてはいるが、銀製の杯の重みはしっかりと伝わってくる。
その重みは、その杯によるものだけではない。
もう既に、配下達の血が混合されているのだ。
一匹一匹はそれほどの血を注いだわけではないだろうが、数十匹いれば、そこそこ多くなるだろう。
俺は、俺の体は何の躊躇いもなしに、杯の中の混合血を覗く。
うえっ!
そのグロテスクさに心の中で吐いた。
なのに体は何ともねえ。
多種多様な血はすでに反応しあって超グロテスクな様相に変わり果てている。
俺は、そのグロテスクな血で満たされた杯を胡座をかいた自分の前に置いた。
そして、今度は右手の親指を口に持っていき、指が凶悪な鋭さを誇るギザギザの歯に当たるのを感じた。
直後、ピリッとした痛みと同時に、歯によって傷つけられた親指から赤い血が滴った。
そう、赤い血。まさか青い血とかだったらやだなと地味に気にしていたから、少し安心する。
そして、血の滴る親指を杯の上へセット。
ここまでかなりスムーズな流れ。
俺は今、この魔王城の配下達の数十匹に囲まれて座っているのだ。
円形に座った彼らの中心に俺がいて、皆がまじまじと俺を見ている。
非常に緊張しそうな場面なのだが、周囲を全く気にしない堂々たる行動。
俺は、まさに魔王らしいな、とそんな他人事の感想を抱いた。
しかし、今からこれ飲むことになるんだよね?
ギリギリで体が思い通りになるようにならないかな?
非常に都合の良い希望的観測。
そんなことは分かってはいるが、せずにはいられない。
体を乗っ取られてはいるが、物を持ったとき重みを感じたし、親指を噛んだときは痛みを感じたのだ。
つまりーー、
これを飲んだら俺はしっかり味わえてしまうだろう。
これは、ゲテモノってレベルじゃねえぞ!
味を想像するだけで、体が身震いする。まあ、体は動かないんだけど。
俺の血が滴り落ちると、混合血はまた反応してその様相を変える。
何か、ドロドロとした液体になっている。
こんなものを自分の意志とは無関係に飲むことになるなんて!
気持ち悪くても、多分吐けないし、最悪すぎる!
俺の心は準備なんて全然できていないのに、俺の体はなんの躊躇いもないようで、
「もう、飲んで良いのか? いい香りがする!」
などと言って上機嫌。
もう俺に対する嫌がらせに思えてきた。
その様子を見て、半透明の男バーミウスは自信ありげに笑った。
「ええ、美味いですぞ。美味さに驚く準備をしておいたほうがよろしいかと」
俺の周りで床に座る化け物達も皆、一斉に頷く。
どうやらこの化け物ども、自分たちの血に絶対的な自信を持ってるみたいだ。
ふざけんな! と叫んでやりたい。
でも声出ねえ!
そんなことを考えていると。
俺の体は本当になんの躊躇いもなく、銀の杯を持ち上げた。
そして、すぐに自らの口に持っていく。
ちょっと、待ってくれ!!!
マジで、待ってくれ!!!
早い!早すぎる!
俺の痛切な願いは、残念ながら届かない。
口を開き、杯を傾ける。
そして、ついに、俺の口の中に化け物どものドロドロの血がなだれ込んでくる。
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああー!!!
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああー!!!
ゔぁぁぁー!!!
◆
やっと落ち着いた。
はい、さっきはすいませんでした。
本当に見苦しい姿をお見せしました。
混合血が口に入ってきた後、しばらくは心の中でずっとぎゃああ、ぎゃああ、言ってた。
でも、驚くことに気づいたら美味しかったね。
なんか、川に落ちて溺れたー!、やばい!、やばい!ってパニックになってたら、浅かったみたいな、そんな感じでした。
混合血は、なんか美味かったっす。
あの美味さはなんて言うんだろう、砂漠で水もなしに延々と歩き続けた末に湖を見つけて頭ごと突っ込んで飲んだ時の味みたいな。
さらに喉が潤されるのと同時に、最高の味が雪崩れ込んできた。
とにかく美味であった!
やっぱ俺はもう人間ではないんだなーと思い知らされたけど、それに関してはもう気にしない。
不安なことは増えていくだろう。
一つに俺の人格がどうなっていってしまうのか。
数十対一という比率だが、この人間っぽい自我を保てるのか。
でも、それは考えても仕方がないだろうと開き直る。
そして二つ目の不安。
銀の杯を満たしていた混合血を皆で回し飲みし終わり、儀式が終了した今この時点でも俺の体は未だに思い通りにならないのだ。
この後、目標とか命令とか言うっていってたしそれが何なのか? それによっては今後に大きく関わることになりそうだ。それが不安要素。
まあ、何はともあれ俺は魔王として、この儀式をしっかりと行ってしまったわけだった。




