やっぱりディアナ様に振り回されております。
時間移動魔導、《時間移動》。
それは幼い頃のディアナ様が古代語で書かれた魔導書の解読に成功し、その魔導式を復元させることができたからこそ使用できるようになった神級魔導です。恐らく、大陸全土どころか古今東西全てを探したところでまともに扱えるのはディアナ様くらいではないでしょうか。
もっとも、初めて使用されたときには巨大なトカゲばかりいる世界に何故か連れていかれ、命の危機に瀕しましたので以降、私と一緒に使用することはありませんでした。
ですが、その後もディアナ様は魔導式の改良を幾度となく行い、その結果として年代、場所の特定を行うことができるようになったのだそうです。一人で時間移動をした後には、報告してくれますから。何をやったのか。
ですが、計算違いです。
「こんな風に、ラミアと二人で時間移動をするのは久しぶりね」
「……そうですね」
幼い頃以来です。あの頃は、二度とやるものかと思っていましたけれど。
やはり神級の大魔導ということで、その準備は非常に面倒そうでした。屋敷でも一番大きな広間に魔導陣を描くだけで、一日が全部失われてしまったほどです。本日の予定は私の方からキャンセルしておきました。
時間移動をした後、ディアナ様が満足されて戻ることになりましたら、今のこの時間に戻ることになります。ディアナ様曰く、「同じ人が存在する時間には行けないのよ」とのことでした。もしも時間を戻すことができるのなら、今朝からやり直してほしいのですけど。
そのあたりは、魔導の知識が全くない私では分からないことですので。
「やっぱり、仲間になるのなら最初がいいわよね。後からぽっと出で入るんじゃなくて、最初からの古参の仲間みたいな」
「……そうですね」
「やっぱり、色々な冒険を経て絆が深まるのよね。わたし今から楽しみすぎるわ」
「……そうですね」
ああ、面倒臭い。
そう思いますけど、言いません。
ディアナ様は以前からお一人で時間移動をなさっていましたし、私としてもそのつもりでした。ある程度ディアナ様に楽しんでいただいて、戻られたディアナ様の土産話を聞いてにこにこしていればいいでしょう――そんな風に思っていたのです。
ですが、ディアナ様は何故か私の随伴を希望してきました。
本人曰く、「わたしのお世話を誰がするのよ」とのことでした。海賊の手下にお世話が必要だなんて話、聞いたこともないのですけど。
「年代の設定はこれで……ハンスの居場所に設定して……」
「あの、ディアナ様」
「どうしたの? あなたも楽しみよね。ええ、わたしもすごく楽しみなのよ」
「……」
ディアナ様が目をきらきらさせています。
行きたくないとは言えません。ものすごく楽しみにされていますし。
何か理由をつけて、どうにか断れないでしょうか。
特に何も思い浮かびません。
「よし、これでいいわ。完成ーっ!」
「それは良うございました、ディアナ様」
「それじゃ、ラミアはそこにいて。魔導陣の起動に、ちょっと時間かかるから待っててね」
「……」
時間がかかるとは、良いことを聞きました。
つまり、発動するまでにどうにか理由をつけて魔導陣から逃げ出せばいいのです。ディアナ様も魔導陣の発動に入れば、私にまで心を配ることはできないでしょうし。
そして、魔導陣が起動して消えてゆくディアナ様をお見送りして、飽きて帰ってくるディアナ様をお迎えするだけで良いという状況を作れば、ディアナ様も一人で楽しまれて戻ってこられるでしょう。完璧な計画です。
さぁ、ではさっさと逃げ――。
「ああ、動かないでねラミア。もしも下手に動いたら、設定した年代じゃないところに飛んじゃうかもしれないから」
「……承知いたしました」
逃げ場はどこにもありませんでした。
ディアナ様からは逃げられないのです。ええ、前から分かっていたことです。
もう、ディアナ様が何かをやろうと考えて、それを私が一緒にやると勝手に決めていたのであれば、もうその未来は必ず訪れるのです。回避することなどできないのです。
「さぁ、ラミア。行くわよ――」
「はい、ディアナ様」
ノリノリのディアナ様が、私にそう言います。
もう全てを諦めました。仕方がありません。私も海賊ライフを楽しむことにいたしましょう。
まぁ、血の気の多い殿方の集団に、私なんかが馴染めるかどうか分かりませんけど。
辺りに、光が満ちます。
それが次第に勢いを増して、視界の全てが光で埋まるような感覚。そして、次に訪れてくるのは軽い酩酊のような目眩です。
ああ、そうでした。こんな感じでした。
時間の壁を超えるという、何とも言い難い不快感がそこにあります。
「さぁ、着いたわ!」
「……うぷっ」
「ラミア大丈夫!?」
「……吐きそう、です」
気分で例えるのなら、飲みすぎた翌日の朝くらいでしょうか。頭がくらくらしますし、吐き気が凄いです。
普段、乗り物に酔うことなんて滅多にないのですけど。
そんな私とディアナ様が降り立っていたのは――何故か、暗い地下室のようなところでした。
「……ディアナ様」
「どうしたの?」
「ここは、どこですか?」
「わたしが分かるわけないじゃない」
あなた以外の誰に分かるんですか。
そう言いたい気持ちを、必死に堪えます。ですが、どうやら光はなさそうですね。
なんとなく、ゆらゆらと床が揺れる感覚があります。恐らく船の上――その、貯蔵庫のようなものでしょうか。
確か、ディアナ様が設定したのは、『ハンスのいるところ』だったはずなのですが――。
「……誰か、いるのか?」
「――っ!」
「見回りじゃ……ないのか?」
その声の主は、まさに私の真後ろにいました。
牢のような鉄格子の中で、蹲っている男性です。薄暗くて顔立ちはよく分かりませんが、割と若い男性だということだけは分かります。
ああ、とそこでディアナ様がぽん、と手を叩かれました。
「ああ、そういえばそうだったわね」
私も昔、『海賊王ハンス』は読んだことがあります。
ただ、子供の頃だったのであまり内容を覚えていないんですよね。せいぜい主人公にして船長のハンス、剣豪のミロク、航海士のバベッジなど色々な個性溢れるキャラクターが出ていたことくらいです。
そんな、『海賊王ハンス』が、どこから始まるのかというと。
「最初、ハンスって敵の船に囚われていたのよね」
「……何故、僕の名前を?」
悪い海賊の船にハンスが囚われ、そこで叛逆を起こすことから始まるのです。
牢を抜け出したハンスが一人で暴れて、そこにいる船員たちを次々に倒し、最終的に敵の船長と一騎打ちをして勝利し船を手に入れるのです。
そこから、悪い海賊をこれから倒す、という心と共に、ハンスは冒険に出るのですけど――。
つまり、ここは。
悪い海賊の船――。
ばんっ、と何かが開く音がしました。
それと共に、薄暗くてろくに見えないこの場所に。
光が走りました。
「っ!? てめぇら何者だ!?」
「――っ!」
「侵入者だぁーっ!」
そして。
そんな風に現れた悪い海賊の一味に。
私たちは、見つかってしまいました。