ディアナ様は海賊をご所望です。
「何よ……ラミアはわたしが海賊になるの反対ってこと?」
「常日頃から、ディアナ様が何になろうとされても反対しております」
「別にいいじゃない。わたしの人生なんだから」
「ディアナ様にとってはそうですが……」
おっと、少しばかり不機嫌になってきました。
これ以上苦言を呈すると、へそを曲げて聞く耳持たなくなってしまいます。そうなる前に、まず話を聞いていただくための姿勢を作らねばなりません。
頑張りますとも。ちゃんとディアナ様がお勤めさえしてくれれば、陛下から追加のお給金貰えますから。
さて、まずは褒めましょう。
褒められて悪い気分になる人間というのも、そうそういないものです。褒めることは大事ですよね。
海賊になりたいと言うディアナ様の、どこを褒めるべきなのか物凄く迷いますが。
「ディアナ様は、海賊王ハンスのように冒険をなさりたいのですね」
「ええ。絶対に楽しいわ」
「素晴らしいと思います。この国のみならず、海を渡った島々や他の国のことも、より身近に己の目で知ろうとお考えなのですね。国が異なればそこには違う文化が存在します。冒険の先で出会った仲間というのは、異なる国の価値観の違う相手となるでしょう。そのような異なる文化の中で、仲間と共に成長してゆくのは非常に良いと思われます」
「え、ええ。そうでしょう。そうよ。わたし、ちゃんと考えてるんだから」
「はい。超級魔導を使用さえすれば、確かに道中の安全は確保できます。ディアナ様でなければできない旅路でございますね。ですが、……そのように超級魔導を使用するのは、最後の手段になさる方が良いかと存じます」
「何でよ」
私の言葉に、そうディアナ様が眉根を寄せます。
勿論、私としては海賊どころか、船を購入して海の上に出ることもやめてほしいものです。ですが、こうなってしまったディアナ様はそう簡単には止まりませんので、ひとまず妥当なところで折り合いをつけなければ。
ディアナ様への賛辞の言葉を考えながら、どう折り合いをつけるか悩みます。
恐らくディアナ様がご不在でも問題ない期間は、一週間が限界といったところでしょう。少なくとも、それ以上ご不在が続く場合は体調不良という形にするのも難しくなり、他国の間諜にディアナ様のご不在を察せられます。そして、ディアナ様のいないアルトルード王国は軍備に乏しく、他国の侵略に対して抗する手段を持ちません。何から何までディアナ様に頼りっきりの国なのです。
つまり私のミッションは、いかにしてディアナ様を一週間以内に海賊として満足させて、再び大賢者としてのお仕事に戻っていただくかということなのです。
かなり難易度高いですね。
「勿論、ディアナ様がその程度の魔導を使用なさったところで何の問題もないほどの魔力量をお持ちだということは存じております。ディアナ様は天才ですからね」
「ええ、そうよ。わたし天才なの」
「ですが、旅の道中を共にする仲間というのは、苦難と共に成長するものなのです。ディアナ様がそのように魔導を使用することで、安易な道ばかりを進むようになれば、それは仲間たちにも同時に楽をさせているようなものです。その結果、海賊王ハンスと共に成長した仲間たちのように、強くはならないことでしょう」
「なるほど。さすがはラミアね」
「ありがとうございます」
かなりの屁理屈ですが、納得してくださったようです。
とにかくどこの誰かとも知れない、ディアナ様の仲間(仮)に対して、ディアナ様がアルトルード王国の大賢者だということは決して明かしてはならないのです。そこから情報が漏れて他国に伝われば、ディアナ様が王国より出奔したという話が間違いなく流れるでしょう。そうなれば、王国には滅亡が待っているのですから。
少なくとも、超級魔導を使用した場合は間違いなくディアナ様のお立場がばれます。周辺諸国でも、そのように多彩に超級魔導を使用できる者など存在しないのですから。
あ。
ひらめきました。
これならばディアナ様も納得してくださるでしょうし、時間制限もありません。それに加えて、ディアナ様も満足してくださる冒険ができるでしょう。
あとは、ディアナ様が飽きるまで過ごして、それから戻ってもらえばいいだけのことです。
「ディアナ様。お聞きしたいのですが」
「どうしたの?」
「海賊になられるというのは分かりましたが、ディアナ様は船長になりたいのですか? それとも、良い正義の船長を補佐する立場の方がよろしいですか?」
「別にどちらでもいいわ。どちらにせよ、海賊は楽しそうだし」
「承知いたしました」
良かったです。
これで話が早く進みます。船長になりたいと仰るのなら、ちょっと考える必要がありましたが。
ディアナ様はあくまで海賊になりたいだけで、海賊船長になりたいわけではなかったようです。
「ただ、少しばかり苦言を呈させてくださいませ」
「……何よ」
「ディアナ様は、大賢者というお立場でございます。ですが、海賊というのは公的にはどの組織にも所属しないという無法者でございます。そのように大賢者という立場をお持ちのディアナ様が、海賊になられるのはアルトルード王国が他国より賊国と称される可能性を秘めております」
「別に、わたし個人がやることだから関係ないじゃない」
「対外的には、そう受け取られないというのが現実にございます。国と国の関係というのも、色々と面倒なことばかりなのです」
「むー……」
「いえ。決して反対をしているわけではありませんので、そこはご理解ください、ディアナ様」
そうです。私は決して反対しているわけではありません。
むしろ、今回を良い機会として、ディアナ様のストレス発散を行っていただきましょう。それこそ、飽きるまで存分に海賊を楽しんでいただくことにします。
そこで、私はディアナ様がテーブルに置いた本――『海賊王ハンス』を手に取り、適当なページを開きます。
「ところでディアナ様、この『海賊王ハンス』なのですが」
「それがどうかしたの?」
「こちらの話は、ある程度フィクションも混じっているとのことなのですが、そのほとんどは実話なのだそうです。海賊の旗を掲げていながら村人を襲うことはなく、逆に悪の海賊を討伐して名を上げた正義の海賊、ジェームズ・ハンスの冒険を綴った物語ですね」
「あら、そうなの。てっきり架空の人物なのだと思っていたわ」
「ええ。ですので」
ぱたん、と本を閉じて。
どれほどディアナ様が遊ぼうとも、問題なく今後大賢者としてお勤めをなさることができる方法を提案します。
「ディアナ様の《時間移動》で、ハンスの時代まで行きましょう。そこで、将来の海賊王ハンスの船員として、冒険をしてみるのはいかがでしょうか?」
「……」
時間移動魔導さえ使ってくだされば、過去に戻って冒険をすることができます。そして、ディアナ様が飽きたら今この時間に戻ってくださればいいのです。
一日たりとも消費することなく、ディアナ様は冒険をすることができるのです。素晴らしいことですよね。
そんな私の提案に、ディアナ様はにんまり、と笑みを浮かべました。
「いいわね、それ」
「お気に召しましたら幸いです」
すっ、と一礼をします。
平和的に解決しそうでなによりです。
ディアナ様一人で過去に戻っていただいて、適当にハンスと冒険でもしてもらって、私はそれをお見送りとお迎えすればいいだけですから。楽なものです。