本日のディアナ様は順調に暴走しております。
「ラミア、わたし大賢者やめて海賊になろうと思うの」
「ディアナ様、お気を確かに」
また変なこと言い出しやがったこの女。
……。
こほん、失礼。
またディアナ様が、何か奇妙なことを仰っております。あまりにも斜め上すぎる言葉に、つい口が悪くなってしまいました。
いけません。口調はしっかりとしていなければ。私はこれでも貴族家に仕える者ですからね。
「素晴らしいわよね、海賊。海の上の自由人ってことよね。わたし、是非ともやってみたいわ」
「ディアナ様は、海賊が何なのかをご存知なのでしょうか」
「勿論知っているわよ。知っているからこそなろうと思うの」
「理由をお聞かせ願えますでしょうか」
海賊。
まさか海賊などと言い出し始めるとは思いませんでした。
そもそも海賊というのは、あまりイメージの良くないものです。海の上の自由人とか良いように言いますけど、結局のところは無法者ですからね。
盗みに殺し、密輸に人さらい、悪行の限りを尽くすのが海賊というものです。
「楽しそうだなって思ったのよ」
「何故ですか」
「これを読んだの」
「……」
ディアナ様がそう仰って、そこから取り出されたもの。
それは――『海賊王ハンス』という巷で話題の娯楽小説でした。
ハンスという一人の少年が、思い立ち海に出ることになるのが始まりです。
それからハンスは行く先々の島で、様々な仲間と出会います。そして、地図にある財宝を求めて仲間たちと冒険を繰り返すのです。私も昔、何度か読んだことがありますし、確かに面白いと思いますね。
時には他の海賊との諍いがあり、それを正々堂々と戦うハンスたちの冒険は、庶民の子供達の間で『ハンスごっこ』が流行している程度には有名です。
ですが。
何故それを読んで、海賊になりたいなどと世迷言を仰るのでしょうか。
「ディアナ様」
「どうしたの?」
「ディアナ様は、海賊が何をする仕事なのかをご存知なのでしょうか」
「そんなもの知っているわよ。馬鹿にしないでよね」
ぷんぷん、と少しだけ怒る素振りを見せられます。そんなディアナ様は非常に可憐です。
問題は、海賊が何をするのかを知っていながらなりたいと仰る、そのお心ですね。
一体どういうおつもりなのでしょうか。
「海賊はね、海の上で歌って踊ってお酒を飲むのよ。ほら、楽しいでしょう?」
「そのお酒は、恐らく誰かから略奪したものですけども」
「あと、お肉も食べるの。骨についたおっきいやつ。あれに齧り付きたいのよね」
「あの形状のお肉はこの世に存在しないものと思われますが。あと、やっぱり誰かから略奪したものです」
「それに、悪い海賊と戦うのよ」
「海賊は遍く悪い存在です」
はぁ、と小さく溜息を吐きます。
確かに『海賊王ハンス』では、そのように海賊の良い点ばかりを挙げているものです。ですが現実の海賊は、どれも悪さをして小金を稼いでいるだけの悪党ばかりなのです。
ディアナ様がそんな悪党の仲間になるだなんて、国王陛下が聞いたら卒倒しそうな事態です。
「そういうわけで、船を買っておいて。お金に糸目はつけないわ。できる限り最高級のものをね」
「ディアナ様、少しばかりお話を聞いていただければと」
「絶対に楽しいわ。あ、わたしも一人で出航して、ハンスみたいに冒険の先で仲間を作った方がいいのかしら。うん、そうね。やっぱり一人の方がいいわ。あ、ラミアだけは連れていくから。わたしのお世話をしてもらわなきゃいけないし」
あ、これ話通じないやつだ。
よくあることです。
ディアナ様は思い込みが激しいので、「これは絶対に楽しい」と思い込むと、他の意見に何一つ耳を傾けてくれないのです。
つまり、ディアナ様が飽きるまで海賊とやらに付き合わなければならないのです。
ああ、面倒なことを。パン屋くらいで満足してくださればいいのに。
「うん。やっぱり相棒になるわけだし、わたしもちゃんと確認して船を買わないとね。ラミア、今日の午後に船を買いに行くわよ。お金の用意をしておきなさい」
「ディアナ様、問題点が何点かございます」
「何よ」
「船というのは、一人で動かすことができません。船を動かすにあたって、少なからず船員が必要になります。人員は大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、そんなこと」
ふふんっ、とディアナ様が笑みを浮かべられました。
ディアナ様が屋敷から出られるのなら、基本的に使用人は誰も必要なくなりますので、執事や庭師あたりは連れていくべきかもしれませんね。ただ、どうせすぐに飽きられると思いますので、屋敷の保全に努めてもらった方がいいでしょうか。
まぁ、人員にどのような当てがあるのかは――。
「《機像創造》で作ればいいのよ。船の操縦に特化させることはできるわ」
「……一つ、作るのに魔硝石が十一個必要ですが」
「そのくらいは用意しなさい。十体くらいは作るわ」
「さすがにそれほど用意すると、貯金の二割がなくなりますが」
魔硝石というのは、魔導石ほどではないにしてもそれなりに高価な石です。
ゴーレムを一体作るのに、頭、肩、肘、胴、腰、膝、足首に魔硝石を設置しなければならないので、非常に割高になるのです。ちなみに魔硝石を十一個手に入れようと思えば、小型の船が買えるくらいですね。
それを船員にするなんて、贅沢にも程があります。
まぁ、それでも八割残っているディアナ様の貯金が異常なのですけど。何せ大賢者としての給金をほとんど使われないものですから。
「使った方が経済は循環していいのよ。変に溜め込むだけ無駄ってものだから」
「……ですが、ディアナ様」
「どうしたのよ」
「海というのも、常に安全なものではありません。嵐に遭うこともありますし、時化れば海が荒れますし、方角を見失った結果としてどの島にも到着することなく、食料が尽きてしまうこともあります。そういう危険もある海へ、大賢者たるディアナ様が出られることを、国王陛下は良く思わないでしょう」
「嵐が起こるなら、《天候操作》でどうにかするわ。時化れば《浮遊》で船ごと浮かせればいいし、どの島にも到着することがないのなら、目標だった島に船ごと《瞬間移動》すればいいじゃない」
「……」
はい。どれもディアナ様くらいしか使えない魔導のオンパレードですね。
他の大賢者でさえ、使えるのは《浮遊》くらいのものですから。それも、自分一人を浮かせることすら必死という体たらくです。
ただ、それだと。
船で海を渡る理由、皆無ですよね。
「大体、最近わたし使われすぎなのよ。朝から晩まで魔導具の解析任されたし、城の結界魔導の修繕も何から何までわたし一人だし、なんか昔の文献で発見された、異世界から勇者を召喚する魔導陣を研究してくれとか言われるし、なんか変なパーティとか出席しろって言われるし。わたしのことを何だと思っているのよ」
「恐らく大賢者様だと思っておられるでしょうね」
はぁ。
また面倒なことになってしまいました。