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ディアナ様には国王陛下も悩んでおります。

 私、ラミア・ウィンストンは、本当に大賢者ディアナ・ブラスミュラー様に仕えることができて良かったと思っています。

 確かにとても気分屋ですし、大賢者という名誉ある職に就いていながら、それを放り出して別のことを始めようとする気まぐれですし、そんな別のことでも当然のように大成功する才能をお持ちのお方という限りなく面倒なお方ですけど、本当に良かったと思っています。これについては、元々ブラスミュラー伯爵家で働いていた母に感謝ですね。

 そもそも、大賢者様に仕える侍女という立場は、色々と特権階級ですからね。使用人というのは、その仕えている家の格に応じて己の格も決まってくるものですから。


「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」


「うむ……面を上げよ」


 そんな私は今、国王陛下との謁見中です。

 このように、月に一度は国王陛下との謁見を設けていただくほどに、私は特権階級なのです。具体的には、ディアナ様がどのようなことを不満に思われ、どのような改善を望んでいるのか――そのあたりを報告するためなのですが。

 国王陛下にとって、ディアナ様はそれだけ誰にも変えがたい逸材だということです。私もそう思いますが、恐らくディアナ様が望めば、法律すらも変えてくださるのではないでしょうか。

 既に老齢に近い国王陛下――マレウス・ウェル・グリーティア・アルトルード王が、白い髭をさすりながら私へと尋ねてきます。


「此度は、何があった」


「はい、陛下。今月のディアナ様は、それほど気まぐれを発されることがありませんでした。先日は路傍で痩せ細っていた子供達を見つけ、唐突に孤児院を建てると仰いましたので、業者に建てさせました。代金はディアナ様持ちです」


「ふむ……」


「孤児院が建設される頃には興味を失いましたので、そのまま良識ある院長へと譲りました。今後、そのような恵まれない子供を見るたびに孤児院を建設しそうな勢いですので、改善をよろしくお願いします」


「良かろう。できる限り、民が飢えることのないよう手を尽くす」


 ディアナ様が大賢者としてのお仕事をされている限り、国は安泰です。もしも他国との戦争になったとしても、戦場にディアナ様を派遣して広域破壊魔導を使ってくださればそれで終わるのですから。

 そのために、ディアナ様を決して失ってはならないのです。

 ディアナ様がもしも出奔したら、その瞬間にこの国は終わってしまうでしょう。海を除く三方向を他国に囲まれ、肥沃な大地に作物もよく実り、商業も安定した発展をしているこの国は、他国にしてみれば垂涎の代物ですから。

 実際に、ディアナ様が大賢者として就任なされたきっかけは、戦争です。賢者として戦場への随伴を行った結果、広域破壊魔導を使用されて他国の軍勢を一気に壊滅まで追いやったのですから。

 あれ以来、ディアナ様がいるからこそこの国には平和が保たれているのです。


「他には?」


「はい。パン屋をやろうと唐突に仰いました」


「何が不満だったのだ」


「貴族家には柔らかい白パンが、庶民には硬い黒パンが主流だと知られました。おいしいパンをどうして庶民は食べることができないの、と心を痛められておられました」


「ふむ……それで王宮の広間を使いたいと陳情が出ていたな。そういうことか」


「はい」


 あれについては、私のミスでもあるのですけど。

 出入りの『ランドワーズのパン屋』の主人が腰を痛められ、しかしパンは用意しなければいけませんでした。そのため、急遽用意したパンに不満を抱かれてしまいましたから。

 まぁ、それは報告しませんが。


「現在は、ディアナ様が自ら他のパン職人に対して柔らかな白パンを配ることで、研究させました。その結果、フリードリヒというパン職人が見事白パンを作ることに成功いたしましたので、今後はそれが主流になってゆくと思います。白パンを作ることができたあたりで、ディアナ様は興味を失いましたので現在は普通に仕事をしてくださっています」


「うむ……では問題ないのだな」


「はい。現在のところ、大賢者としてのお仕事に不満は抱かれておられません」


「ならば良かった。ラミア・ウィンストン。これからも、ディアナをしっかりと止めてくれ」


「承知いたしました」


 おっと。

 報告することを忘れていました。

 ちゃんと、ディアナ様の不満は国王陛下に届けるのが私の使命ですからね。


「そうでした、国王陛下」


「む……まだ何かあるか?」


「はい。それというのも、屋敷の近くにあるスイーツのお店のことです。二番街にある『シュヴァリエ』というスイーツ店をご存知でしょうか」


「ふむ……名は聞いたことがあるな。王室にも献上されているやもしれぬ」


「あちらのケーキが、少々高いのではないかとご不満に思われておられます。ディアナ様は『シュヴァリエ』のケーキを気に入っておられますので、庶民にも食べていただきたいと思っておられます」


「うむ。それならば、余から言っておこう。王室から援助金を出し、その分だけ商品の値段を下げるように通達しておく……そうでなければ、今度はケーキ屋をやりたいとか言い出すやもしれぬからな……」


「はい。ありがとうございます」


 ディアナ様の願いならば、何であれ叶えてくださる国王陛下です。

 そして勿論、こんな風に私がはディアナ様の不満を陛下に報告しているということを、ディアナ様は知りません。

 清廉なディアナ様は、御自らのために陛下が権力を使うことを良しとはしませんからね。


「以上だな。では、入り口の衛兵から受け取ってくれ」


「はい、ありがとうございます」


 マントをはためかせて、陛下が奥へと去ってゆきます。

 私もそれと共に立ち上がり、玉座に背を向け、入り口へと向かいます。

 その入り口を守ってくださっている衛兵から受け取るのは、小袋です。


 ディアナ様の気まぐれを止め、大賢者としてのお仕事に専念していただくのが私の仕事です。

 何せ、それは国王陛下から直々に命じられていることでもありますからね。

 決して少なくない量の入っている袋に、少しだけ微笑みながら帰ります。ディアナ様からのお給金に加えて、国王陛下からもこのようにお給金をいただいているので、私の懐事情はとても暖かいのです。


 さぁ。

 陛下がお力を使ってくださいますし、値段が下がったら大好きな『シュヴァリエ』のケーキを一人で食べるとしましょうか。

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