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本日のディアナ様は楽しそうです。

「えっとね」


「はい、ディアナ様」


「わたし、大賢者やめてパン屋をやろうと思うの」


「ディアナ様、お気を確かに」


 ひとまず、もう一度そう申し上げておきます。

 ディアナ様は国の歴史書にも記されるであろう、魔導の大天才です。最早、天才という言葉すら相応しくないでしょう。同じ魔導学校に通われていた方は、もれなく「化け物」と称されておられました。

 そんなディアナ様がパン屋を営むとのこと。

 正直に申し上げまして、耳を疑うお言葉です。


「ディアナ様、本日は午前に魔導学校の講義、午後より国王陛下より国防についての相談があるとのことです。その際に、倉庫にある魔導具について調べを進めて欲しいとのことでございました」


「ごめん、わたしパン屋を開かないといけないから忙しいのよ。全部キャンセルしておいて」


「そういうわけにはいきません。以前から決まっている予定です」


「でもさ、聞いてよラミア。わたしはね、凄く美味しいパン屋になれると思うの」


 嬉しそうにそう述べるディアナ様は、実に楽しそうです。お仕事をされているときには、いつも不服そうな顔をされておりましたから。

 ですが、私としても看過するわけにはいきません。ディアナ様という稀代の大天才を魔導より退かせることは、国防にすら関わるものですから。

 何があろうと、ディアナ様には大賢者として存在してもらう必要があるのです。

 ですが、あくまで平和的にです。

 ありとあらゆる魔導を極め、類稀なる魔力量を持つディアナ様が本気になれば、国を滅ぼすことすら可能なのです。そんなディアナ様には、実力行使など不可能なのですから。


「どうしてパン屋をなさろうとお考えになったのですか?」


「昨日、出入りのパン屋が休みだったでしょう?」


「はい」


 ディアナ様の言葉に、そう頷きます。

 ブラスミュラー家は、王族御用達のパン屋にディアナ様のパンを届けさせています。良家で育ったディアナ様は舌が肥えており、並大抵の食事では納得なさってくださいませんから。

 ですので、当家のシェフは厳選した腕利きばかりです。一流のレストランから引っ張ってきた者ばかりですから。

 そんな出入りのパン屋なのですが、昨日は店主が腰を痛めたらしく持ってこられないと言っていました。ですので、急ごしらえに近所のパン屋まで使用人を走らせて、すぐにご用意いたしました。

 どうやら、ディアナ様はそれが気に食わなかったようです。


「わたしは、絶望したわ。こんなにも、硬くて不味いパンを皆が食べていることに」


「申し訳ございません。出入りのパン屋は、ひとまず本日より配達は可能だと言っていましたのでご安心ください」


「いいえ、だからこそ思ったのよ」


「何をでしょうか」


「あれなら、わたしが作った方が絶対に美味しいわ。だったら、わたしがパン屋になればいいじゃない」


「左様でございますか」


 にこり、と微笑みながらそう申し上げます。

 どうやらディアナ様のお口に合わなかったパンを、庶民の皆様が食べていることに、何らかの義侠心が発生したようです。してくれなくてもいいものを。

 ですが、こうなってしまったディアナ様は止まってくださいません。私が何を申し上げようとも、ディアナ様は必ずパン屋を開くでしょう。ですので、私はそうなっても問題がないように動かなければならないのです。

 また面倒なことになった――そう頭を抱えたくなりますが、ひとまず我慢ですね。

 とりあえず、論破できるように頑張ってみましょう。


「ですがディアナ様は、パンを焼く技術をご存知なのですか?」


「書物で読んだことがあるわ」


「パン屋を営むにあたって、色々と必要なものがございます。店舗を開くには土地が必要となりますし、その土地に店を構えなければいけません。店を構えれば、今度は内装として色々なものが必要となります。それに、パンの美味しさの決め手となる石窯も用意しなければなりません」


「そのくらいのお金はあるでしょう?」


「……ええ」


 残念ながらあります。ディアナ様はご本人が良家の令嬢でありますし、名誉職たる大賢者なのですから。正直に申し上げれば、莫大な給金を国から頂いているのです。

 少なくとも、店舗の一つや二つどころか、百は建てられるでしょう。そのくらいの貯蓄はあります。

 ディアナ様ご自身は、「使わないと経済が潤わないわ」と言ってなるべく使うようにしています。ですので、屋敷の調度品などは須らく高いものばかりです。とはいえ、ご本人に執着はまるでないので、使用人が高い壺を落として壊しても何も言いませんし、寛大なお心で許してくださいます。


「ですが、ディアナ様」


「どうしたの?」


「土地というのも簡単に手に入るものではございません。民に行き渡るようにという店舗の立地にするのであれば、それなりに町の中心部に店を構える必要があります。そういった場所は、既に様々な店が立ち並んでおりますので、ディアナ様のお店を出すのは少々難しいかと存じます」


「それもそうね」


 ほっ。

 ひとまず、少しだけ考え直してくれそうな様子のディアナ様に安堵します。

 先日は、「なんか三日くらい誰にも会いたくない」とか突然言い出して、三日三晩部屋から外に出てきませんでした。おかげで、その三日間のスケジュールは丸ごと破棄することになり、そのせいでご迷惑をかけてしまった皆様に私が謝罪に回ったのです。

 もっとも、こんなディアナ様の悪癖は、国王陛下もご存知のことです。

 困ったディアナ様ではありますが、それ以上に持ち得る魔力量、魔導の知識が他に代え難い方です。だからこそ、このように大賢者をやめたいと言い出す方でありながら国王陛下にも重用されているのです。


「じゃあ、店と店の間にある隙間を買うわ」


「……は?」


「庭のあたりに店だけを建てて、その店舗を庭ごと《浮遊フライ》で浮かせて、魔導石使って《永久浮遊エターナルフライ》で固定する感じね。それで、地上から店の方に登れる階段を《物質創造クリエイト》で作って登れるようにしておけば、土地の問題は大丈夫よ」


「……」


 さすがに、私も絶句してしまいます。

 先程、まるで簡単なことであるかのように述べた《永久浮遊エターナルフライ》、《物質創造クリエイト》共に、超級魔導と呼ばれるものです。魔導は低級、中級、上級、超級、神級の五段階に分かたれていますが、ディアナ様以外の大賢者は超級魔導を一つも扱うことができないのですから。

 魔導師が一生を一つの魔導にのみ研鑽し、老齢になってようやく超級魔導を一つ使いこなすことができるか、というレベルです。

 ちなみに、ディアナ様が以前に覚えたと仰って私を共に連れていってくれた時間移動魔導ですが、あれは神級の魔導です。恐らく、国どころか大陸全土を探したところで誰一人扱うことができる者などいないでしょう。

 そして、何気なく使うと言った魔導石ですが、こちらも一つで庶民は一生暮らせるというレベルの値段がする代物です。さすがのディアナ様の貯蓄でも、そんなに多くの数は購入できません。


 それを、ただ。

 パン屋を開くためだけに――。


「それでいいわね。ああ、そうだ。石窯もちょっと良いものを《物質創造クリエイト》で作ろうかしら。わたしが作った方が、より強度のいいものが作れるだろうし」


「……」


「パンは、捏ねるときにあまり力を入れすぎない方がいいらしいわよね……ああ、そうだ。パンの制作に特化した機像ゴーレムを作ればいいわね。わたしは店員で、棚とかに並べていくのよ。ほら、楽しいでしょ?」


 嬉しそうに、そう私に話してくださるディアナ様。

 実に可憐です。実に、楽しそうです。

 ですから、私は申し上げるのです。


「ディアナ様、少しばかり私の話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」

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