さすがにディアナ様、飽きるのが早すぎます。
「飽きたわ」
「さすがに早すぎませんか、ディアナ様」
ハンスの仲間になり、海賊船に乗船して三日目。
想定以上にお早く、ディアナ様がそう言いだしました。私の予想では、七日は保つと思っていたのですけれども。
勝手に海賊になろうと言い始めて、そのために少なくない準備をして時間移動をして後の海賊王ハンスの仲間になり、これから大冒険の始まりだ、という状況での三日目です。普通なら、これからどんな冒険をしてゆくのか胸躍らせている時期ではないのでしょうか。
しかし、そんな私の言葉にディアナ様は形の良い唇を尖らせます。
「だって、歌って踊らないじゃない」
「特に何も成していませんからね」
そもそも海賊の宴というのは、財宝が手に入ったとか敵との戦いに勝ったとか、そういう状況で行われるものなのです。
毎日毎日、飲んで歌って騒いでなんてしていませんよ。普段の海賊は、多分暇を潰しているだけでしょう。
『海賊王ハンス』でも、道中の描写は少なめですし。せいぜい、嵐が来たときとかに全員で連携するような感じですね。
「お酒だって別に美味しくないし」
「ディアナ様にご用意しているものは全て最高級ですからね。こちらの船に載せてあるのは安酒です」
「食事だって別に美味しくないし」
「ディアナ様にはディアナ様専属のシェフを雇っていますからね。勿論、材料も最高級品です。他では出せない味だとシェフは自負しております」
「あの食べたかった大きい骨についてる大きい肉、どこにもないし」
「あれは世界中どこを探してもどこにもありません」
「ただぼーっと変わらない風景を眺めてるだけだし」
「船の上ですからね。そうそう景色が変わるものではありませんよ」
「敵だって現れないし」
「海の上で、他の誰かと出会うことなんてそうそうありませんよ。海は広いですからね」
「だから飽きたの」
はい、実に分かりやすいディアナ様ですね。
何かをするまでは非常に全力で取り組まれるのですが、一度興味を失えば完全にどうでもよくなるのです。
少なくとも今のディアナ様なら、今から時間移動魔導式を組んで元の時代に帰りましょう、と言えばすぐに頷いてくれるでしょう。それくらい興味を失われております。
私にとってはありがたいですけど。早く帰りたいというのが本音ですし。
「ですが、ディアナ様。困ったことに、この船には我々とハンスしかおりません」
「そうね」
「ディアナ様の使う《天候操作》で嵐を退けて、《大風》で良い風を吹かせて、船の下部に《物質創造》でスクリューを作って《遠隔操作》で回しており、《千里眼》で行く先の島を確認したうえでそちらへの最短距離を走っているということも、ハンスは知りません」
「そうね」
「ディアナ様が船を降りたら、ハンスは多分路頭に迷いますよ」
事実、ハンスには航海術の知識が何もありません。よくそれで海に出ようと思ったのか感心するほどです。
それに加えて、この船は中型船です。本来、中型船は最低でも十人ほどの船員が必要になるのです。だというのに問題なく操ることができているのは、全てディアナ様が問題を解決してくれているからです。
そんなディアナ様が突然いなくなればハンスは混乱するでしょうし、そのまま航海を続けることも難しくなるでしょう。
ちなみに、そんなハンスは船首にある女神像の上に立って、「いい風だー!」と叫んでいます。
少しでも航海術を学んでいれば、この状況でこの風が吹くことなどありえないと分かってくれるはずなのですけど。少し齧っただけの私でも分かりますよ。
何せ、水面が揺れている風と、帆に当たる風が完全に逆なのですから。人為的に生み出している風だと分かって当然です。
そのあたりも分からないほど間の抜けた船長というのが、ハンスの人気である一つの理由でもあるのですが。
「でもわたし、もう帰りたいの」
「そちらは全力で同意いたします。私も全力で帰りたいです」
そもそも来たくなかったですし。
とはいえ、このように縁のできたハンスを、そのまま見捨てるわけにはいきません。
本来、ハンスのもとには悪い海賊の一味が何人か残り、次の島まで操舵をすることで命を奪わずにいた、という輩が何人かいたはずなのです。だからこそ、ハンスのように航海術の一つも覚えていない状況での次の島まで辿り着くことができたわけです。
それを予定外に殲滅してしまったために、こうしてディアナ様に苦労をさせているのですけど。まったく、ディアナ様の魔導が強力だからですよね。私は決して悪くありません。
「次の島までは、あと三日もあれば到着することでしょう。その間だけ、我慢をなさってくださいませ。次の島で、後々まで活躍する副船長の剣豪ミロクと、航海士の魔導師バベッジの二人が加入しますから」
「三日も我慢したくないわ。わたし、今すぐ帰りたいの」
「せめてハンスのことを想うのであれば、あと三日だけ耐えてくださいませ」
「イヤ」
ディアナ様は頑なです。こうなると、私の意見なんて何一つ聞いてくれません。
そして、このまま反対し続けるのも難しいのです。ディアナ様は帰る手段をお持ちで、私は持っていません。
いざとなれば、ディアナ様がお一人で帰られる可能性もあるのです。さすがに私を置いていくような冷血な真似はしないでしょうけど、私はあくまで侍従です。いざとなれば代わりのいる存在ですからね。
仕方ありません。
色々と面倒なことばかりですが、ここは私がもう一度、一肌脱ぎましょう。物理的にではありませんよ。あくまで心の問題です。
「では、ディアナ様」
「何よ」
「平和的に、問題なく船を降りる方法がございます。ハンスにも納得してもらう形で船を降りて、そのまま元の時代に戻りましょう。それでよろしいですか?」
「今日中に終わるのなら、まぁいいわ。我慢してあげる」
「承知いたしました」
自分の我儘で海賊船に乗ったというのに、三日で飽きるとは本当に何たる主人でしょう。
いくらなんでもひどすぎると思うのですが、まぁそういうディアナ様だからこそ、私は追加のお給金を貰えているわけですし。
元の時代に帰ったら、『シュヴァリエ』のケーキを思い切り食べましょう。財布の紐はゆるゆるですよ。