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プロローグ

 大賢者ディアナ・ブラスミュラー様をご存知でしょうか。

 アストルード王国における、魔導師、賢者、大賢者という階級において最高位の大賢者に史上最年少の僅か十七歳にして就任したという、天才魔導師のことです。

 幼くして魔導の本を読み、一読で全てを覚え、さらにまだ立てもしなかった頃から魔術を発動させたという伝説すら持ち得る人物です。

 基本的に大賢者という立場は、『魔導の研鑽を積み、魔導の発展に貢献した者』という名誉階級を指します。そのため、若い頃から魔導に打ち込んだ者が老齢にしてようやく至ることのできる立場なのだということは、この国に住む誰でも知っていることでしょう。そうでなくとも、一部の天才以外は賢者になることすら難しいのですから。

 そして、そんなディアナ様は私の主人であり、私――ラミア・ウィンストンは侍従を務める使用人です。


「おはようございます、ディアナ様」


「おはよう、ラミア」


 私が訪室すると共に、既に椅子に座られて何やら書類に書き込みをしているディアナ様が、笑顔でそう言ってくださいました。

 美しく波打つ金色の髪、端正な顔立ちにすらりと通った鼻筋に桜色の唇と、私の貧弱な語彙では美少女としか表現できません。それに加えてブラスミュラー伯爵家という由緒ある家柄の生まれで、本人が最年少の大賢者という立場です。だというのに、私のような使用人に対しても気軽に接してくださる心優しいお方です。

 しかし、本人が人嫌いということもあり、あまり人を近くに寄せ付けようとしません。そのため、使用人は極めて少なく、必要以上の数を雇おうとしないのです。私も幼い頃からブラスミュラー伯爵家に仕えていて、ディアナ様の側仕えをしておりました。そのため、新しい侍女を雇うくらいならラミアを、というディアナ様の希望もあり、こうして今も働かせていただいているのです。

 本当にありがたい話ですね。


「紅茶をお持ちしました」


「ええ、そこに置いておいて」


「はい」


 私は母がブラスミュラー伯爵家で働いていたこともあり、七歳の頃に使用人になりました。そして年が近いからということで、当時五歳だったディアナ様にそのまま仕えることになったのです。

 その頃から、ディアナ様は魔導師として一流――いえ、それ以上の方でした。

 私では文字も読めない、古代語で書かれているという写本を一目見ただけで、その魔術を自在に操ることができていたのです。まさに神童どころか、当時賢者の立場にあった人とさえ対等に語り合うことができていました。


 まさに、天才です。


 ディアナ様は私の淹れたお茶を飲まれながら、楽しそうに何かを書かれています。

 この家にいる誰よりも早く起きて、誰よりも遅くに眠るのがディアナ様です。少なくとも、私が側仕えを始めて今まで十年以上、私が訪室して眠っていたことが一度もありませんからね。

 そんなディアナ様に――最年少にして大賢者となり、国王陛下からも大いに期待をされている大天才にお仕えできることを、誇りに思います。


 今、ディアナ様が何をされているのかは、大体予想がつきますが。


「こうで、こうね。こうすれば上手くいくわ」


「それは良うございました」


「ええ、ラミア。これを見て」


 ディアナ様は、いつもご自分の考えを私に見せてくださいます。誰よりも早く、私にです。

 ディアナ様が十歳の頃には、そのとき初めて使うことができたという時間移動魔術を見せてくださいました。

 現在に至っても、大賢者ですら使用不可能と言われている神級魔術です。ディアナ様も未来への遡行は不可能だと言っていましたが、過去ならばいけると自信を持ってやってくださいました。


 そして、ディアナ様と私と一緒に向かった時間移動の旅。

 今思い出しても、不思議なことばかりでした。


 大地に文明は何もなく、ただ鬱蒼とした森林ばかりがあって、その地をまるで神話に出てくるドラゴンのような怪物たちが徘徊していたのです。

 ディアナ様の広域破壊魔術によってどうにか事なきを得ましたが、二人でもう時間移動はやめよう、と決めました。ですので、ディアナ様が時間移動魔術を使用することが可能だということは、国王陛下すら知らない事実です。


 そんな、私に対して全幅の信頼を置いてくださるディアナ様が、今日嬉しそうに見せてくださったのは。

 何かの、店舗のような外観の設計図でした。


 にこにこと、決して笑みを崩すことなくディアナ様を見ます。

 そして、ディアナ様はやっぱり嬉しそうに。

 見当はずれなことを、言いました。


「わたし、大賢者やめてパン屋をやることにしたわ」


「ディアナ様、お気を確かに」


 幼い頃から魔導に打ち込み、魔導を極めたディアナ様。

 その魔導の頂点に立ち、大賢者という階級にまで上り詰めたディアナ様は。

 魔導に対する興味を、失ってしまったのです。


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