11 魔女の教師探し 魔導士その四
私は腕を振り上げた。
もちろんこの変態をぶん殴るためだ。顔を何度も殴って整形させてやらなきゃ気が済まん。
私に服を脱げ、だと? この私に?
こいつは楽には死なせてやらん。地獄よりも恐ろしいものがこの世にはあると教えてやろう。
私はその腕を目の前の変態に振り下ろした―――が、それは当たらなかった。
いや、正確には私が届く寸前で手を止めた。なぜならば、今動いているのが私だけになったからだ。周りの景色も、男も時を止めたかのように微動だにしない。まあ、実際に時間を止められているのだろうからな。
だが、周囲から魔法システムの接続反応はなかった。それはつまり―――
「どういうつもりだ?」
私は腕を下して空を思いっきり睨みつけた。
返答がないのはどうせ私への嫌がらせだろう。あの、神からの。
私は思いっきりチッと舌打ちをした。
空間を捻じ曲げて神に接続しているが、繋がらない。とはいっても使ったのは初歩の空間魔法だから、もっと空間の歪みを大きくしたらダイレクトにあいつの頭に大声で怒鳴る念話を送ることができる。だが、それではこの世界がもたない。イーフォが暮らす、この世界が。
「くそっ!」
あの神が私のことを嫌いだと知っている。
イーフォを見つけた後にわざと面倒事を押し付けたのも、魔法を制限しているのも、この変態の件もそれが原因だろう。普段は敵わない私の弱みを握った気分になって浮かれているんだ。まったく、最高神になってもガキだな。
時が止まったままの空間で、私はまた神がいる天界に接続するが、それははねのけられた。こうなったら当分は繋ぐ気がないかもな。私の亜空間を経由して直接殴り込みに行く手もあるが、それはそれで工程が長くて面倒だ。それよりもこの変態から離れて一刻も早くイーフォをもふもふしたい。あと、ケサパサとアールとギンも。もちろん二号は私が腕を下した時点ですでにもふもふ、いや、にきゅにきゅしている。肉球が気持ちいいな。
指先の肉球を押すとにゅっと鋭い爪が出てくる。あっ、二号は爪が伸びすぎだな。この間家で爪を研ぐなと叱ったせいか? あの時は二号が珍しく落ち込んでいたからな。仕方がない。今度爪とぎ用のポールでも買ってやるか。
「二号、戻るか」
私は変態を一瞥すると、転移魔法を使った。神も見ているだろうが、こっちにちょっかい出して来たら次は本気で一発殴りに行くから知られても構わん。それに、時が止まっているお蔭で周りに見ているものはいない。変態は突然私が消えても勝手に何かを解釈するだろうから放置だ。まあ、この変態は恐らく神のお気に入りだからな。どうにかなるだろう。
あー、無駄足だったな。
しゅん、と景色が変わると、そこは自慢のマイホームの前だった。
すでに時は動き出しているのが風が吹いたことでわかる。空を見上げると、忌々しい神がいるそこは青々と晴れていて、雲がゆっくりと流れていた。それがまるで私を嘲笑っているようでさっきの腹立たしさが込み上げ、私はまた舌打ちをした。
だが、すぐにイーフォに会えることを思い出し、気を取り直して勢いよくドアを開く。
「帰ったぞ、イーフォ!!」
バタンと大きな音を立てたからか、イーフォはすぐに駆け付けてきた。その表情は喜びが隠せておらず、しっぽが左右に勢いよく揺れていた。
「おかえりなさい、おねえちゃんっ!!」
腕の中に飛び込んでくるイーフォを受け止めると私は早速耳をもふもふした。
イーフォの毛並みはここに来たときは栄養不足で少しばかりちくちくしていたが、この半年バランスのいい食事をとっていたおかげでふわふわになった。私の繊細な頬ですりすりしても柔らかさしか感じないくらいだ。さすが私の弟だな。
私が耳の端を擦ったり、扱いたりすると、イーフォはくすぐったいのかきゃははっと声を上げる。相変わらずかわいいな。
「出ている間に変わったことはなかったか?」
イーフォを撫で続けながらリビングに場所を移すと、私はソファに身を沈めた。私の手がイーフォの頭の上にあるからか自然と膝の上にイーフォが座る。
「うん、何もなかったよ。でも、ケサパサがさびしそうに鳴いてたかな」
「ケサパサが?」
「そう。それでね、ふわふわ~って浮いて部屋の中に入ってた」
「それは雨が降るからだな。ケサパサは水が嫌いだから雨の日は家の中に入るんだ」
ケサランパサランという生き物はその軽い体で風に乗って各地を巡る生き物だ。ふわふわの毛は水を吸いやすいから、雨を嫌う。
普段は私が天気の変化に気づいて亜空間か家の中に入れてあげていた。だからイーフォがケサパサが自分で動くのをはじめてみたのだろう。あのもこもこした巨体が浮いているのは見ていて面白い。持ち上げてみると質量がほとんどないからな。生態が気になるが、調べるのはケサパサが嫌がってからはしていない。それよりももふもふがあれば私は満足だからな。
へ~、とイーフォがうなずくと私は耳の裏を少し強く指の腹で擦った。またイーフォのかわいい声がこぼれる。
「あははっ、おねえちゃん、くすぐったいよぉ…。それよりもさ、今回は早かったね。せんせー見つかった?」
あ、と私の手は止まった。
すっかり忘れていた。そういえば私はイーフォの魔法の教師を探しに出ていたんだった。最高の魔導士を攫っ…連れてくるといったのに、実際には見つかっていない。完璧な私が嘘をつくなんぞあってはならないことだ。どうしたものか。
突然撫でるのをやめた私を不思議に思ったのか、イーフォは首をかしげて私を見上げた。ああ、やっぱりあのハゲジジイどもや変態じゃなくてイーフォがするから愛らしいんだ。
「イーフォ、出る前に私がなんていったか覚えているか?」
膝の上にいたイーフォを立たせ、正面から見つめあうと、私は問うた。
イーフォは一瞬きょとんとして考え始める。
「えーっと、この世界でさいこーの、まどーしをさらってくる、だっけ?」
「違う。連れてくる、だ」
「そうだった!」
間違えはちゃんと訂正する。
私は生まれてこの方イーフォ以外は攫ったことがないぞ。ペットたちは力ずくで従わせたり、屈服させたり、拐しただけだ。語弊があることを言うな。
「それでだ、イーフォが知っている中で最高の魔導士は誰だ?」
「おねえちゃん!!」
私の問いにイーフォは秒速で答えた。
まあ、当たり前だな。この世界で私を超える魔法を使うものなどいるはずがない。たとえ、違うシステムを使っていようともな。弟の期待には応えようじゃないかっ!!
「大当たりだ、イーフォ!」
私はイーフォの頭をわしゃわしゃっと撫でた。そして、いそいそと立ち上がるとすぐに二階に向かう。
「おねえちゃん?」
「ちょっと、夕飯まで部屋に籠るっ!!」
私の突然の行動に驚いたイーフォの声が後ろから上がるが、私は軽く返事をして階段を駆け上る。
早く、体を作らないとな。