10 魔女の教師探し 魔導士その三
結論から言おう。
学園では成果は得られなかった。つまり、イーフォの魔法の教師は見つからなかった。イーフォに教えられるような魔導士はみな出払ってしまっていたのだ。
あの後私が威圧したことで怯えたハゲの副学長が洗いざらい吐いた。
実は半年ほど前にこのメジョリカ中央魔法都市から少し離れた森で不思議な現象が起きていた。魔力が突然濃くなり凶暴な魔物が増えたと思えば、次は魔力がほとんどなくなり生き物がほとんど死滅してしまう、というのが繰り返されるものだ。ヌーンダム現象と名付けられたそれは今まで起きた例がなく、魔導士を何度か派遣したが原因はまったくわからなかった。だから、この現象は被害を拡大していくばかりだった。
これでは都市部まで被害が侵食してしまうと思ったメジョリカ上層部は、高名な魔の二輝星どもを集め、どうやってこれを食い止めるかと話し合ったそうだ。だが、その方法は見つからなかった。
もちろんこの国で公爵をもっている私も呼ばれていたが、私は住所不定の神出鬼没なので、手紙が届かなかったみたいだな。いや、おそらくあの森じゃないところにいたらあいつらの手紙の魔術具は届いていただろう。だが、私はイーフォと一緒にあの迷いの森にいたからな。あの周りは私の完璧な結界のおかげで外からの侵入するものはすべてはじき返す。届かないのは当たり前だな。
つまり、だ。メジョリカでは解決策が見つからず、頼みの綱の私も見つからず、途方に暮れてしまったのだ。ヌーンダム現象が起きている地域は狭くても、少しずつ広がっていることは確実で、一定濃度の魔力でないと生きていけない人間はいつかはこの現象に飲み込まれてしまうだろう。そう思われた。
上層部では都市移転計画までなされ、住民たちにはどう知らせるかということまで話された。
だが、その現象は突然止まった。
二か月ほど前、何の脈絡もなく止まったそうだ。そして、今まで被害にあっていた場所も何もなかったようにいつもの状況に戻っていた。もちろん急なことに不思議に思ったメジョリカの魔導士どもはすぐに調査団を結成し、現地に送り込んだ。それは別におかしくないことなんだが、この国には研究熱心な魔導士が多すぎたのが悪かった。
実はヌーンダム現象が起きた場所では未知の魔法反応が検出された。それは今まで見たことのないようなもので、研究者たちの興味をひいてしまった。そのせいで、この学園からは興味がある魔導士どもがこぞってその調査団に紛れ込み、今も現地で調査を続けているそうだ。ここの学園長も好奇心全開でそれに参加しており、この学園は今人手不足なんだそうだ。今は何を言っても研究にのめりこんでいて馬耳東風らしい。これが、ハゲが断り続けた理由である。
ちなみに、二か月前は私がメジョリカに侵にゅ……訪れている。
実はこのヌーンダム現象はこの世界の神がシステム管理を怠ったせいで起きたバグだ。ある日、魔力に関するデバック機能を作ったからと半年前にドヤ顔で私のところに来たあいつはそれで疲れたのかこの世界をちょっとばかし留守にしてほかの神の世界に遊びに出かけやがった。自分が作ったデバック機能が完璧だと信じていたんだろう。
だが、デバック機能は正常に稼働してくれなかった。実はそのデバック機能は欠陥だらけでそれそのものがバグになり、魔力に乱れが起きてヌーンダム現象が起きたのだ。救いようのないバカだな。
私はそれの尻ぬぐいをさせられにこの国に来たのだ。
本当は自分でやれと突き返したいが、この世界に居続けるにはやむ終えなかった。それに、私の元々の生業も神たちから依頼を受けてその世界での細やかな面倒ごとを片付けることだからな。報酬はまけるが今度きっちりもらうことを約束させて引き受けた。
まあ、私が行けばちょちょいのちょいでバグは治った。未知の魔法反応はたぶん私のだろうな。
「二号、帰るか」
私が肩に乗せた二号を軽くなでると、にゃーんと返事が返ってきた。うむ、癒されるな。さっきまで光を乱反射するハゲばっかり見ていたから特にな。あのハゲは帰るころには光る面積を増していたと思うが、気のせいだろう。
中央魔法都市の門から出ると、私は風を体にまとわせた。転移できないのが本当に面倒だ。
「待ってくださいっ!!」
私が地面から足を離してすぐにそんな声がした。
さっきの幻聴に似ていて私はチッと舌打ちをする。もちろんそんな声なんぞ無視だ。それに、私の行動を止めるなんぞただのバカだな。
「お願いです!!」
だが、必死な声に私は体をぴたりと止めた。
そういえば、私はイーフォに最高の魔導士を攫っ……連れてくると宣言している。だが、実際イーフォの教師は見つかっていない。この完璧な私が弟に嘘をつくなんぞあってはならんことだ。このままほかの国に行く手もあるが、時間はあまりかけたくない。私は帰りたい。イーフォの飯が食いたい。
くそっ、これも全部あの神のシステム管理不良のせいだ。今度あのドヤ顔に一発入れないと気がすまんな。
しょうがないから私はこの声の奴の話を聞くことにした。ついでに知り合いの魔導士の情報を渡せ。
「なんだ?」
私は風を霧散させて地に降り立つ。そして、改めてそいつと向き合った。身長が高くて私が見上げる形になっているのがうざいな。
私を追いかけていたせいか、そいつは息を切らしていた。
「はぁはぁ、ありがとう、ございます……! あの、お名前を……!」
「この国では名前は自分から名乗るものだろう?」
私が軽く睨むと、男はそうでしたねと息を整えてにっこり笑った。
「ジュドー・ヴェント・ルカセリアスです。魔の二輝星をいただいています」
「ルカセリアス? この国の議員の名前だったか?」
「ええ、よくご存じですね。ルカセリアス議員と呼ばれているのは叔父です」
「そうか。私は魔女だ。名はない」
「やっぱり……!」
私が自分の正体を明かすと、そいつは感極まったように表情を崩し、私の前に膝をついた。
「やっぱり貴女が魔女さまだったのですね……!」
そいつは興奮して頬を赤く染めている。それに、なんか近い。私を見上げるのはいい心がけだが、汗がにじんでいる体で近寄るな。私はこれでもきれい好きなんだ。
なんか輝いた目で見つめられるが、気持ち悪いだけだぞ。そういうのはイーフォがやるから可愛いんだ。
私はこの変なやつから体を離すために少し後ろに下がった。だが、男は膝を擦ってすぐに近づき私の手を取った。その翠の瞳は爛々としている。
「お願いです!! 服を脱いでもらえませんか!?」
うん。とりあえず、死ね。
ストック終わり。
次からは不定期。