01 魔女の幸せ
私は魔女だ。
名前は名乗っていない。
ただ、界渡りの魔女と呼ばれることもある。
さあ、今日はお前たちに私のことを教えてあげようじゃないか。
ん? 私は今、機嫌がいいからな。特別だ。
今日、私は手に入れたのだ。
念願のマイホームをっ!!
あはははは。
マイホームだぞ? 素晴らしいと思わないか?
自分の魔法で作ったからローンなしの素晴らしい家だぞ?
赤い屋根に白い壁、庭には小さな畑、2階建ての奥行きのある広さ。
森と山々に囲まれた草原のど真ん中に建っていて、周りは自然は溢れている。山の奥には湖もあるという素晴らしさだ。
うん、さすが私だ。
立地場所も望み通りでないか。
ほら、見てみろ。
隣にいるイーフォだって跳んではしゃいで喜んでいるぞ?
まあ、私が建てた家だからな。当たり前だ。
「さあ、イーフォ、開けてみるがいい!!」
私は両手を広げ、イーフォに向かって扉を指さした。イーフォは頬を上気させ、目を輝かせて頷いている。
それもそうだ。イーフォはさっきまで奴隷だったからな。私が攫ってきたばかりだ。
うん、銀の髪の上から覗く狐耳がぴょこぴょこしているのが可愛いらしいじゃないか。
「うん!! おねえちゃん!!」
元気のいい返事とともに、イーフォはドアに駆け寄り、勢いよく新品の扉を開けた。
鍵はもちろんついていない。私が防犯の魔法をかけているんだ。必要あるわけないだろう。
イーフォは中に入ると、探検するように部屋を駆け回った。
花瓶やソファ、カーペット、テーブルやカーテンに至るまで全て私のこだわりの逸品だ。趣味がいい。
うん、さすが私だ。
イーフォは柔らかさを確かめるようにぼふんとソファに埋まると、きゃははという可愛い声をあげた。顔はたくさんのクッションで隠れてもおしりは隠せていない。フリフリと揺れる尻尾が喜びを表していた。
「おねえちゃん、すごいよ!! このソファ、すっごくやわらかい!!」
「ああっ!! 当たり前だろう? 私が選んだのだからな!!」
「おねえちゃん、すごい!!」
私の自画自賛にイーフォはのってくれる。
私は褒められるのが大好きだからな。悪い気はしない!!
「さあ、イーフォ、見るのはここだけでいいのか? この家は2階まであるんだぞ?」
「そうだった!! きょうだけでぜんぶみれるかな?」
「これから毎日歩き回れるんだ。そう急ぐことはない」
「うん!!」
イーフォは私の手を嬉しそうに握った。
前に会った時はまだ5歳だった。この2年で随分身長が伸びたように思う。今の私は見た目が10歳ほどだからな。背が抜かれる前に対策しないとならんな。
お姉ちゃんとしての威厳は保たねば!!
「どこからまわりたい? 1階も2階も豪華だぞ!!」
「じゃーあ、1かいから!!」
「そうか! 私直々、案内してやろう!!」
私はイーフォの小さな手を引くと、家を案内した。
1階には吐き出し窓から見える庭。足が伸び伸びと延ばせ、軽く泳ぐ広さのある風呂。さっきいた趣味のいい家具の置かれたリビング。機能性抜群のキッチン。ホームパーティーができる広さのダイニング。
イーフォは説明するたびにきゃっきゃと嬉しそうに笑い、尻尾と耳をピコピコさせていた。うむ、可愛い。
2階は部屋だけだ。私の作業部屋と入ってはいけない魔の部屋とあとはイーフォの部屋だ。
「さあ、見ろ!! ここがイーフォの部屋だぞ!!」
「わぁぁぁ!!」
私が勢いよく扉を開けると、イーフォは青い瞳を宝石が零れそうなくらい輝かせ、感嘆の声をあげた。尻尾の振り具合が尋常じゃない。
「すごーい!! ここ、ほんとうにぼくのへやなの!?」
この部屋はそんなに豪華じゃない。
イーフォを驚かせようと思って王族並みの豪華さにしようと思ったが、やめた。イーフォが好きなものがあったらその都度増やしていけばいいと気づいたからだ。
だから、ベッドと机、クローゼット、そして、本棚だけだ。
バルコニーがついている部屋で、窓から綺麗な山々が見えた。
「当たり前だ!! 欲しいものがあったらすぐに言うんだぞ。私が直々に用意してやるからなっ!」
「うん!! でも、ぼく、こんなすごいへやにはじめてすむよ! まるで、だんなさまのへやみたい!!」
「そうか? そんなに豪華にしたつもりはないんだが。それとも、もっと煌びやかにするか?」
「ううん。これでいい!!」
イーフォは嬉しそうにベッドに飛び込んだ。
「ふわっふわだぁぁ!! ねえ、おねえちゃんもいっしょにねようよ!!」
キングサイズのベッドからお誘いがかかった。真っ白な新品枕を抱きしめたイーフォは可愛らしい。
「いいだろう!! 私と一緒に寝られることを光栄に思えよっ!!」
私は助走をつけると、勢いよくベッドに飛び込んだ。すぐに寝転ぶイーフォを抱きしめる。そして、尻尾と耳をもふもふした。栄養不足のせいか少し肌に刺すような手触りだが、それでも柔らかさがあっていい。
あー、もふもふって素晴らしい。
イーフォはくすぐったいのか、きゃははっと身を捩らせた。
「おねえちゃん、くすぐったいよぉ~!」
「そうか! この耳は気持ちいいな!!」
しかし、私の手は止まらない。
私は無類のもふもふ好きだからな。さっきからずっと我慢していたのだ。止めるだなんて愚行はしない!!
私がもふもふを堪能しきるころにはイーフォは疲れたのか寝息を立てていた。
まあ、突然この家に来てこんだけはしゃいだんだ。子供の体力だったら疲れて当然だ。
私はイーフォのさらさらとした髪を撫でた。額にはこぶと共に痛々しい青あざがあった。それを私は手を振って魔法で治す。
そして、イーフォの額に小さなキスを落とした。弟がいたら、こんな感じだろう。
新しい家と可愛い弟、それから、と思って私は手を振って空間を裂いた。
そこから、白い丸い大きな塊と数匹のもふもふした動物たちが出てくる。
「お前たち、結界からは出るなよ!!」
私はそいつらに注意をすると、イーフォを抱えてバルコニーから飛び降りた。下には白いふわふわの塊があるので激突することはない。
ぽよんと塊の上で私たちは数度跳ねると、その塊から滑るように下に降りた。
寄り掛かる背中に触れるもふもふが素晴らしい。
うん、これでよしっと。
新しいマイホームと可愛い弟、そして、周りにはもふもふのペットたち。
私のさっき手に入れた数百年ぶりの安寧だ。
うん、幸せだ。