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レモン

 ある街に、かなりレモンが好きな男がいた。彼は本当にレモンが好きであった。彼の口癖と言えば、「レモンがない人生なんて考えられない。まあ考えられなくもないが、考えたくない。無論、考えることによって報酬が発生するなら考える。やはりお金は欲しい。」と、「一日三食全部レモンでもいい。まあ正確に言うと、さすがにそれは嫌だ。これはあくまで例えである。それくらい好きだという表現であって、じゃあ本当にそうしろと言う奴は馬鹿すぎるだろ?死ね。」であった。

 彼は何を食べるにも必ずレモン汁を搾ってかけた。人の食べ物にまでレモン汁をかけた。例えば、居酒屋などに行った時、みんなで食べる用の唐揚げに、誰の許可も得ず勝手にレモン汁を全てにかけた。これにはみんなも怒った。すると彼は、「は?何?勝手に唐揚げにレモンかけちゃダメだったわけ?何で?そんな法律あるの?ないよね?じゃあ俺の行動は別に違法じゃなんだから悪くないよね?死ね。」と言って、レモン汁のかかった唐揚げを、みんなの小皿に分け始めた。ここで気を付けてほしいのは、みんなが彼に対して怒っているのは、別に勝手にレモンをかけたことではない。確かに勝手に唐揚げにレモン汁をかける行為は、レモン汁が要らない人にとっては迷惑だが、レモン汁を必要とする人も実際少なくはなかった。

 では彼の何に対して怒っていたのか。それは、彼が汚い手でレモンを搾ったという事実である。彼は、巷でも有名なほどのレモン好きだ。しかし、それ以上に、彼は手が汚いことで有名人であった。彼は嘘かと思えてくるくらい手を洗わないのだった。トイレに行っても手を洗わず、食事をする前にも手を洗わず、お風呂に入る時も、手が綺麗になってしまわないようにビニールを巻いて入浴するのであった。

 ある日、彼の知人は、彼に「どうしてそこまで頑なに手を洗わないのか?」ということを聞いてみた。すると彼は、「さて、何故でしょう?」と言った。知人は、「分からない。」と言った。すると彼は微かに笑みを浮かべ、「レモンの木に聞いてみるといいよ。」と答えた。しかし知人は、その場を立ち去ろうとした彼を引き止め、「いや何を言っているのか意味が分からない。ちゃんと分かるように教えてくれ。街のみんなが気になっている。」と言った。すると彼は、「ダメだ、今は時間がない。僕はこれからレモンとダンスを踊りに行く約束があるのだ。」と言って立ち去ってしまった。さすがに知人も恐くなってきて、彼を再び引き止めることはできなかった。

 結局誰も彼が手を洗わない理由が分からないままであった。どうして彼はそこまで頑なに手を洗わないのだろうか?それは街中の誰もが疑問に思っていること。しかしその本当の理由を知っているのは、彼本人と、彼曰くレモンの木のみである。まあ正直、みんなそこまでそのことに関して興味があるわけでもなかったから別によかった。それにしても分からないものだ。ただ一つみんなが分かっていることは、彼は会話ができないということである。

 居酒屋で、本当に汚いその手で、みんなで食べる唐揚げにレモン汁を搾ってかけたのだ。そりゃ怒る。怒らない方がおかしい。そんな人がいたら五千円あげたい。みんなで彼を咎めた。すると彼は逆ギレし始めて、「レモンの神に視力を捧げよ!」と叫びながら居酒屋のみんなの目にレモン汁をまき散らし始めた。しかし、レモン汁は誰の目にも入ることなく、挙句の果てには、彼自身の目に入ってしまい、大粒の涙をこぼしながら、「ばーか!ばーか!お前らなんてな・・・ばーか!」と捨て台詞を吐き、居酒屋から飛び出て行った。

そう彼は、街一番の〝嫌われもん〟だ。


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