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葦の御舟に

作者: 桜田駱砂 (さくらだらくさ)

 その子は生まれて三ヶ月で死んでしまったわ。私の弟。パパはムトージって難しい言葉を使ったけれど、頭がぺったんてなってて、考えたり、笑ったり、怒ったりできないから、長く生きられないんだって言ってたわ。でもおかしいの。だって、私だっていっつも考えたり、笑ったり、怒ったりしているわけじゃなくて、ぽーっとして空を見上げていることも、ぱーっとして雨を眺めていることもあるんだもの。考えごとをしているときより、考えごとをしていないときの方が長いくらい。だから、なんで、考えたり、笑ったり、怒ったりできないと死んでしまうのってパパに訊いたら、考えごとをしなくっても生きて行けるのに、何でだろうねって。パパもよく分からないって言って、泣くのよ。パパも赤ちゃんみたいねって頭を撫でてあげたら、そうだね、パパが泣くなんて赤ちゃんみたいだねって、笑いながら、やっぱり泣くの。昼子は泣かないねってパパが言うから、私お姉ちゃんだもん、だから泣かないって言ったら、私をギュッって抱きしめて、偉い偉いって褒めるのよ。おかしなパパ。泣かないから偉いって、パパは分かってるのに、自分は泣いちゃうんだもん。ママも変。弟を抱いてよしよしって言いながら、やっぱり泣いちゃうの。いっつも、いっつも、弟を抱っこして、いい子ねって笑って、それから泣くの。笑ってから泣くのって、おかしいの。ずっと笑っていればいいのに。弟は泣いたりしないで、じっといい子にしてるんだもん。だから、ママも泣かないで、笑えばいいのに。弟はいっつも、じっと空を見つめているわ。病院には天井があるから、天井しか見えないのになって思って、弟の目をじって見返すと、私の目と、頭と、この前できたたんこぶと、髪の毛をすーって抜けて、天井もすーって抜けて、その先の空を見ているの。パパとママに、この子は空を見ているんだよって教えてあげても、そうだねって口では言って、本当は信じてないって、分かってるのよ。でもいいの。私にはちゃあんと分かるんだから。きらきら光るそのお目めで、空も、雲も、鳥も、星も、月やお日様だって、ちゃあんと見えているんだから。だから弟が死んでしまって、パパがあの子はお空に行ったんだよって言ったとき、知ってるよって、だってあんなにいっつも空を見つめていたんだもの、弟の身体もすーって軽くなって、天井も雲もすーって抜けて、行っちゃったの、知ってるよって、パパに言ったの。そしたらパパ、そうか、昼子は知ってるか、偉い偉いってまた褒めるのよ。おかしなパパ。褒めてあげなきゃいけないのは、私じゃなくて弟なのに。あんなにちっちゃな身体で、一人きりで空に行ったんだもの。だから私もパパとママの真似。泣かないで、弟に言ってあげるの。偉い偉い。いい子ねって。

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[良い点] > あんなにちっちゃな身体で、一人きりで空に行ったんだもの。 この一文で涙腺が…… 本当に賢くて強いおねえちゃんですね。 [一言] 初めまして、お邪魔します。 おねえちゃんの「昼子」と…
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