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慕い人  作者: 彼方
3/13

空虚な夜の終わりに、ナイトショーを

 私はその日、少しだけ繁華街をうろついて、それから帰ろうと思っていた。だが、何故かまだここをいつまでもぶらついていたいと考えてしまうのだった。

 ピアニッシモの箱を取り出し、私は夕方、電化製品店の前で一本吸っていた。洗濯乾燥機がガラス扉の向こうに見えて、あの大きさだと家の脱衣場には入らないな、とか、新しいコーヒーメーカーが欲しいな、とかそんなことをいつまでも考えていた。

 みずみ電機、とそこには書かれていたが、店内にあるのはその洗濯乾燥機と、売り物ではないコーヒーメーカー、それから窓ガラスに置かれた大型テレビだけだった。

 そのテレビにはNHKが映っており、相撲中継が流れていた。私はその中継をいつまでも見つめていた。ピアニッシモの箱は半分に減った。それでもそこから動かなかった。

 次に打つ手を考えることを忘れてしまったような、そんな空っぽの心になってしまっていた。このまま家に帰っても、ただウイスキーとバーボン、ビールに鼻先を近づけて、どれを飲もうか永遠に考え続けるだけだ。

 私はその一本も吸ってしまうと、それを地面へと投げてすり潰し、排水溝の中へと突っ込んだ。そこでようやく私は次の行動に移らなければいけないことを思い出し、約束を思い出した薄情な若者のように、のろのろとした足取りでアーケードを歩き始めた。

 昼間、燦々と照りつけていた日差しは、七色のライトに変わっていた。いつか美奈子とそれを眺めて、一度腕を絡めたことがあった。私達はめったに腕を絡めるということをしなかった。私と彼女が外で手を組み合わせたのはその一度きりだった。

 それはそれで幸せな関係だったのかもしれない。それぞれ淡白で相手の心を思いやるというより、それぞれのプライベートを尊重してそれに見合った関係を続ける。それは相手の好きな音楽をかけ、その間に自分の好きな映画を見るのと同じことだった。

 私はそのうち歩き疲れて一つの映画館の前で立ち止まった。そこでやっていたのはナイトショーで、『七人の侍』、『ナイアガラ』、『明日に向かって撃て』などだった。

 私はそのポスターをじっと見つめていたが、迷わず『七人の侍』を見ようと思った。それを見ていれば、長い時間を潰せると思ったからだ。

 私はその建物へと入り、地下を目指した。壁は大理石のような艶やかな石造りで、途中、coming soon の映画ポスターが並べられていた。私はそのポスターの前で立ち止まり、一つ一つをじっくり眺めた。

 背後からカップルが現れ、そこに立ち続ける私のことなど構わず腕を絡め、地下へと向かっていった。腕を絡めることのできる彼らはきっと見たい映画も一つであるに違いない。それはそれで悪くない関係だと思った。

 ポスターは額縁に入っている。私はその額縁を指でなぞり、そしてすぐにそれをやめた。何もかもどうでもよくなって、さっさと階段を下っていった。

 地下にはチケット売り場といくつかの椅子、それからエレベーター、トイレがあるだけだった。音楽も流れていなければ、ポップコーンの匂いもしなかった。あるのはただ、煙草のすり潰された濁った香りだけだった。

 私は先程のカップルの隣に座って、持っていた文庫本を読んだ。何を読んだのか、それさえも忘れてしまった。私は文章を目で追っていても、別のことを考えていた。

 それは、思春期の頃の記憶だった。

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