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慕い人  作者: 彼方
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空っぽな休日、花屋での再会

 私が美奈子と出会ったのが五年前、それから一度も別れの話は出たことがなかった。大学時代に同じ学部に在籍していたことから距離が縮まり、付き合い出してからずっと私達は仲が良く、喧嘩などめったにしたことがなかった。

 お互い気の合う関係だとわかっていたし、ささいな喧嘩はあっても、別れ話になるまで深刻な状況になるなんて予想もしていなかった。実際こうして別れることになってしまった今でも、その関係が悪化しているとは考えられなかった。

 おそらく彼女の中で、なんらかの決断があったのだろう。それで手紙という形で、私にその話をしてきたに違いない。

 結局こうなってしまった今、この五年間はなんだったのだろう、と思ったが、薄々私も彼女が何かを悩んでいることには気付いていた。もしかしたら、という気持ちがなかったとは言えないし、彼女がたまにどこか遠い目で窓の外を見つめているのが心の隅に引っ掛かっていた。

 だが、もう考えても仕方がないことだ。私は彼女の申し出を切り捨てようとは思っていなかったし、このまま別れるしかないだろうと思っていた。

 だが、そんな時、『その人』とふとしたことから話をする機会が訪れた。

 久しぶりの三連休で、私はたまには近辺を散歩してみようと思い、外出することにした。いつも休日になると美奈子とどこかへ行くことが多いのだが、もうそんな予定はなくなったので、ひどく時間が余っていた。

 午前中は家の中の掃除をして、午後は喫茶店に行って本でも読もうかと思ったが、なんだかいつもの習慣で終わらせるのは勿体ない気がして、午前中から遊びに行くことにした。

 アーケード通りは人が多く、雑貨店や菓子店などが並び、人々の賑やかな声が響いていた。家族連れやカップルなどが往来していて、私は知り合いに会いそうな気がしたが、その日は不思議と誰にも会うことはなかった。

 古本屋で大好きな民俗学の本を買ったり、全品百五円のコーナーで埃の被った本を読んだりした。好きな風に好きなだけ使える時間というものは、案外心地良く、それでいて少し寂しく感じた。

 古本屋の次はそのアーケードでは有名なオルゴール店などに入ったりした。以前私も美奈子とその店に寄って、自作のオルゴールを造るなど、何度か通ったことがあった。

 やはり店に入ると所狭しとテーブルの上にオルゴールが陳列されていて、あちこちで綺麗な音色が響き渡っていた。そうしているとやはり彼女との思い出が蘇ってきて、私はどうしても苦笑を浮かべてしまうのだった。

 それから再び外に出て散歩を続けたが、どこの店も楽しく風変りなところも多かったので、飽きなかった。そして、順番に店を冷やかして、花屋のところまで来たのだが、そこでその栗色の髪が目に入った。

 どうしても視線がその人の方へと行ってしまって、気になった。エプロンをしていて店の従業員であることは明らかだったが、その後ろ姿に見覚えがあった。

 店内に入り、手近な植木鉢を見つめながら、その人の横顔を窺うとやはりその人だった。

 その時、彼女がこちらの方へと振り返り、まっすぐに視線が繋がった気がした。

「あ……穂高さん?」

 彼女は目を大きく見開いて、私をじっと見つめている。私はどうしたものかと視線を彷徨わせて逡巡したが、結局「こんにちは」と声をかけることにした。

「まさか穂高さんと会うなんて……あ、でもそうでもないですね。この近辺に住んでいるっておっしゃっていましたし」

 葉桜さんはあの時のように少し曇った表情を見せて、俯きながら言った。私は美奈子と別れたことについては言及しないことに決め、彼女に笑顔を向けて言った。

「ここで働いているんですね。今までそんなに散歩したことなかったから気付かなかったけど、そうか。花屋なんですね。雰囲気とよく合っている気がします」

「あはは、私ずっとフラワーコーディネーターに憧れていたんです。短大卒業後にすぐにこの店に就職して。穂高さん、三連休なんですか?」

 別れた恋人の妹と、再びこうして話すことになって、とても奇妙な気持ちになってしまう。もう失った日々を少しだけ覗いているような、そんな名残惜しさにも似た感情があった。

「あの……もうこういう話はしたくないかもしれませんが、姉さんと別れた後も、元気そうで良かったです」

 葉桜さんは口元を歪めてどこか寂しそうな眼差しをしながらそう言った。指を組み合わせて俯き、小さな声で話す。

「元気、でもないですよ。なんだか今までの自分がどこかへ行ってしまったような気がして」

「私から、姉さんに穂高さんの気持ち、伝えてもいいんですよ」

 葉桜さんがそう言って言葉を続けようとした時には、私は大きく首を振って、「大丈夫です」と遮っていた。

「美奈子が決断したことだから。その決断を今更変えてしまっても何にもならないし」

 葉桜さんは唇を少しだけ開いてじっと私の顔を見つめていたが、やがてふっと息を吐き出して微笑んだ。

「姉さんの気持ち、察してくださっているんですね。いつでも会いたくなったら、また言ってもらって構いませんから」

「ああ、お気遣いどうも」

 私は軽く会釈して、彼女へと背を向けて花屋を足早に出た。すると、葉桜さんの視線がずっと逸らされることなく、こちらへと向けられているのを感じた。彼女はまだ何か言いたげにしていたが、雑踏の中に紛れるともうその視線は消えた。

 私はただ、表面だけで事態を処理し、実際の心の内ではまだその事実を理解していなかったのかもしれない。そうした淡白な私の性格を知っていて、美奈子も自分の将来を心配したのだろう。

 私は結局、昔と何も変わってはいなかったのだ。



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