夜の喫茶店
その喫茶店は夜になるとバーへと変化し、酒も飲める寄りやすい場所になるのだ。私はミー助を連れてその店に入り、端の席へと座った。ジョッキのビールを二杯頼み、爛々と光が瞬く店内でジョッキを鳴らし、ビールを飲むと、少しだけ心が弾むようになるのがわかった。
ミー助も喉をビールで潤し、気持ち良さそうにうなずいてみせる。
「穂積とこうしてビールを飲むなんて、昨日の俺には夢にも思わなかったな」
ミー助はそんなことを言って、壁に背を寄り掛からせた。
「私もだよ。久しぶりに友達と酒が飲めて私も満足だ。ここのサンドイッチは美味しいから頼もうぜ」
そう言って私はウェイトレスにサンドイッチを頼んだ。ミー助は窓の外の景色をぼうっと見つめているようだった。大通りを行き交う車のライトが色とりどりに光を放っており、とても美しい夜景が広がっていた。
大通りは無数の車が往来し、クラクション音が始終響いていた。その先に見えるビルの高層群に纏った生活の光が淡く黄色に滲んでいた。店内に流れていたイーグルスのニュー・キッド・イン・タウンが穏やかに私達の鼓膜を撫でていった。
店内に客が入店する度に、ドアベルの小気味よい音が響き渡り、その都会的な情景を様々なところから感じ取ることができた。私はほろ酔い気分でミー助の視線を追い、私達はしばらくその雰囲気に身を委ねた。
先に口を開いたのは、ミー助だった。彼は俯きながら、震える唇を開いてその告白を始めた。
「俺が昨日までやっていた仕事が、何かわかるか?」
私はその突然の言葉に少し驚いたが、すぐに笑い、「お前を見ればわかるよ。教師だろ」と言った。ミー助は目を丸くして、「なんでわかったんだ?」とつぶやいた。
「お前の夢だったろ。大学だって教育学部だし、きっとそうだろうって思ってたんだ」
私がそう言うと、ミー助は再び唇を噛んで俯いた。そして、全身の震えを抑えつけるように自分の肩を握り、唸るようにして言葉を絞り出した。
「俺は教え子と関係を持って、それで彼女を捨てた。その子は自ら命を絶った。俺は仕事を辞め、自責の念に苛まれている、それだけさ」
ミー助はそう言って自分の肩をきつく握り潰そうとしているようだった。私は彼の手首を握って肩から離し、「落ちつけ、ミー助」と言った。
「俺はひどいことをしてしまったんだよ。もう生きることなんてできない、そう思ったんだ。生きる価値のない人間だ、とね」
「それで、ミー助はどうしたいんだ? 死んで全てを終わらせたいのか?」
ミー助はじっと私を見つめ、その言葉を反芻しているようだった。やがて額を抑え、唸り声を上げた。
「もう罪を償うしかないんだ。今までは死んで彼女に謝ろうと思っていたが、それよりも俺にはやるべきことがあるような気がするんだ」
ミー助はそう言って、少し疲れたような眼差しを私に向けた。
「俺は、誰かの為にできることを探していくつもりだ。自分のしてしまったことは取り返しがつかないが、今困っている人を助けることはできる。俺は生きている限り、誰かの為に尽くす、それが生きる意味だ」
彼がそう語ったのを見届けると、私はミー助の肩を叩いた。
「今のお前にはそれで十分だよ。少しずつ歩み出していけばいい。善人になる必要はないが、人の為になることをしようとして拒む人はいないさ」
とりあえず今は再会に乾杯しよう。私はそう言ってミー助のジョッキに自分のグラスを打ちつけた。
ミー助はビールを一口飲んで、再び泣きだした。彼の肩を叩いて元気づけながら、私は彼が疲れて寝てしまうまでずっと側にいた。
今まで一人でいた友人に、孤独ではないことを伝える為に、時間を共にした。
私には今、やるべきことがある。それがわかっていたので、ミー助にその精一杯の誠意を伝えようとしたのだ。
そうしてその日は悲しみが引いていくわずかな一時をビールと一緒に過ごしていったのだ。




