穏やかな昼下がりに読む、別れの手紙
喫茶店のテラスで、私は新聞を読みながら、彼女が来るのを待っていた。ひどく手もちぶたさで、早く来ないものかとそればかりを考えていた。
休日のカフェテラスには、数人の男女が座っており、彼らは賑やかな話し声を響かせて熱心にその話題について語り合っていた。そんな中に一人だけいるのはとても居心地が悪く、もうそろそろ来てもおかしくないはずなのに、と溜息を吐いた。
いつも遅れるのは私の方だったのに、今日に限っては私が着いてから四十分経っても彼女が現れることはなかった。一体何をしているんだ、といらだちが募る中、新聞を折り畳んで脇に置いた。
店内にはクラシックが流れており、彼女が来れば、そうしたリラックスした雰囲気を感じて楽しくなれるはずだが、いつまで経っても来なかった。
そろそろ電話してみるか、と携帯を取り出した時、ちょうどテラスの入り口に誰かが入ってくるのがわかった。美奈子かと思ったが、振り向くと、それは別人だった。
栗色の髪は軽くウェーブがかかっており、さらさらと綺麗な光沢を放っていた。背が高く、すらりと細長い体つきをしていて、とても綺麗な顔立ちをした女性だった。
彼女はまっすぐこちらに歩み寄ってきて、私はそこでようやく彼女が知り合いであることを思い出し、そっと彼女の方へと体を向けた。
「お待たせしてすみませんでした」
彼女はそう言って困ったように笑い、テーブルの側に立った。その手は小刻みに震えていて、私は彼女の普通ではない様子に、体が固くなるのがわかった。
「どうして、葉桜さんがここに?」
眉をひそめて怪訝そうな声でつぶやくと、単刀直入にそう聞いた。すると、葉桜さんは掌をぎゅっと握り締めて俯き、言葉を探しているようだった。
「もしかして、美奈子に言われたのか?」
私がそう言うと、葉桜さんは小さくうなずいた。持っていたバッグに手を伸ばし、そこから一通の手紙を抜き出して、それを差し出してきた。
「姉さんからの手紙です。突然申し上げるのも非常につらいのですが、姉さん、穂高さんと別れるって言っていて」
私は自分の表情がさっと消えるのがわかった。すぐに手紙を受け取り、それを読み出すと、別れを告げる内容となっていた。
理由は、価値観の違い、と書かれていた。
「穂高さんをこんなところにずっと待たせて、それでこの仕打ちじゃ、あんまりだと思ったんですが、姉さんがどうしてもと頼み込んできて」
「わかった。ちゃんと受け取るよ」
そう言って私は手紙を封筒に仕舞い、鞄へと入れた。椅子に深く身を持たせかけると、葉桜さんへと視線を向けて、用はそれだけですか? と言った。
「あの……姉さん、たぶん本気じゃないんだと思います。まだ穂高さんのことを好きなのに、わざと言っているんだと思うんです。だから、そんなに決断を急がなくても……」
「いや、いいんだ」
私はそう言って首を振り、微笑みを浮かべながら、うなずいてみせた。こうなることはわかっていたということ、美奈子の言葉に従うということ、すらすらと自然に言葉が零れ出て、私は落ち着いてその場を対処していた。
「本当に、いいんですか?」
葉桜さんは泣きそうになっていた。ぐっと拳を握って唇を噛み締め、本当は叫び声を上げたいのを我慢しているようだった。やがて彼女は視線を伏せ、本当に寂しそうな顔をしながら「わかりました」とつぶやいた。
「とりあえず、姉さんの言葉は伝えました。後は穂高さん自身で考えてくださればいいと思います。ただ、私はまだ別れる必要はないと思うんです」
それだけ言うと、葉桜さんは深く礼をして、そのままテラスを出て行った。後に取り残された私は、手紙を読み返すこともせず、ただぼうっと宙を眺めていた。
背後で流れるクラシックの音が、やけに耳障りに感じた。四十分待ったのが水の泡だ、と私は誰にともなくつぶやいた。




