第4話 執事の助言
……私は今、ジョーカーに案内された自室のキングサイズだと思われるベッドの上に腰をかけ、今日のことを脳内でまとめている。
それにしても、一年という期限付きの客人への部屋にしては……
その、随分と豪華だと思う。
天井にはシャンデリア、開放的な大きな窓、クローゼットやテーブルもあり、そのテーブルの上にはお菓子が詰まった小さくて可愛らしい箱。
ふと、外が見たくなったので顔だけ窓の方に向ける。
窓から見た空は薄暗いオレンジ色、もうすぐで夜になるらしい。
私が屋敷へ来たときはまだ明るかった。
時間が経つのは早いと思う。
――――まあ、そんな話は置いといて。
とりあえず、私の今の状況を簡単に言うと、最悪だ。
何故ならよくあるトリップ系の大半は『自分がクリア済みのゲーム』だから。
しかし、私の場合はまだプレイすらしていない。
頼りになるのは、公式ホームページに載っていたキャラクター情報というの僅かなモノのみ。
つまり、私は《何も知らない》のだ。
誰が正直者なのか、誰が嘘つきなのかも分からない。
さらに言えば、どんなイベントがいつ起こるのかすら分からないので、もしもそのイベントが死亡フラグだった場合は大変なことになる。
………困った。
だけど、始めてすぐに諦めるわけにはいかない。
まず、第一印象だけで仮説を立ててみよう。
ハルトは料理が趣味。
なんか、口説くのに慣れてそうなイメージ。
ただ、あのまっすぐな笑顔は素敵だったかな……でも、一応疑おう。
ナツは歪みのない俺様。
私が困っているのに気付いたから恐らく気遣い力はある。
……そこまでは良いのだけど、いきなり自分の物宣言は危険な気がする。
一応疑おうかな。
ユキは少し無口っぽい感じがした。
後、可愛い。
仕草も可愛いけれど、あの猫耳フードのパーカーが一層可愛さを引き立てている。
今の状況だと、彼が一番正直者なのかもしれない。
「――――――随分と狭い考え方ですね?」
「へっ!!?」
後方から聞き覚えのある声がしたので、窓を見るのをやめて振り返る。
そこには、律儀に床で正座をしながら紅茶を飲むテトルフがいた。
……扉に鍵をかけていたはずなのに、何故彼は入っているのだろうか?
「アスカお嬢様、その思っていることを口にする癖は直した方がよろしいですよ?」
「………また声に出て……
というか、テトルフはどうやってここに?」
いくら貸し部屋と言っても、一応私の部屋。
そんな部屋で堂々と紅茶を嗜む執事の姿があまりにも優雅すぎ、色々と反応が遅れてしまった。
そして、執事は一度ティーカップをテーブルに置き、にっこりと笑う。
―――――嫌な予感しかしないのは、私だけだろうか?
「今日からアスカお嬢様《専属》の執事になりましたので、合鍵はバッチリお持ちしていますよ」
「……え?
今、なんて?」
「ですから、アスカお嬢様の専属執事ですよ。
オレはもっと貴女のことが知りたいのです」
……駄目だ、完全に今の私の表情は引きつっている。
一体何が目的だろうか?
テトルフは何を考えているの?
「……何が目的?」
「…おや、疑ってます? 真実ですよ?
本当なら、アスカお嬢様のお世話係はオレじゃなかったのですから」
「え、どういうこと?」
「当初は女性同士の方が安心するだろうと言う意見で、メイド達の中の誰かがお世話役予定でしたね」
「なら、どうしてテトルフが私の執事に?」
「はい、アスカお嬢様とお近づきになりたかったので立候補してきました」
……さらっと言うけど、そう簡単に意見は覆せないんじゃ…
「こう見えて、オレは優秀な執事なのですよ?
すぐにアスカお嬢様のお世話役はオレに決まりました」
「は、はあ…そうなんだ……」
満足そうに語る執事に、顔を引きつらせながら相槌を打つ。
それを見た執事は一層満足そうに頷いて、ふと何かを思い出したかのように立ち上がる。
「――――あぁ、そういえば……オレはお嬢様にルールの詳細を教えに来たのです」
「ふーん……ちゃんと目的があったんだ」
「当然です。
まあ、無くても逢いに来ますがね?」
ゆっくりとした足取りで私の前まで歩き寄り、二枚の紙を差し出してきた。
「受け取れ」ということだろう。
手を伸ばして紙を受け取り、まじまじと見つめる。
「【説明書】と【屋敷マップ】?」
「はい、そうですよ」
「えーっと……」
屋敷のマップは文字通り、屋敷の見取り図が書かれた紙。
恐らく、この星印が私の部屋だろう。
これがあれば、多少迷わずに済みそうだ。
そして説明書の内容は、ジョーカーが言っていた言葉をそのまま文字に表したもの。
所々修正や詳細が書かれている。
その中に、ふと気になる単語が載っていた。
……『外出について』?
「テトルフ、この外出についてって…」
「はい、外出についてですね。
外出には回数の制限がございませんので、いくらでもお出かけして構いませんが……一人での外出は禁止です」
「じゃあ、外出したい場合は?」
「この屋敷の住人を最低一人はお連れください。
あの三兄弟でも構いませんし、オレやそこ等辺のメイドでも可能ですよ」
「何人でもいいってことね」
「そうです。
しかし、オレはアスカお嬢様と二人きりで外出したいですね……オレ、お気に入りの美味しいカフェを紹介したいですし」
「カフェもあるんだ……」
知らない世界で監視付きの外出。
つまり、逃げられない。
いや、今の段階では逃げる気は無いのだが……縛られるのは心地が悪いものだ。
「そういえば、先ほどのお嬢様の独り言ではユキ様が正直者……だと言ってましたね?」
「そうだけど、違うの?」
「おっと、それは秘密ですよ。
いくらアスカお嬢様のためだとしても、ジョーカー様に怒られるのだけは回避したいのです」
自身の口に人差し指を当て、にっこりと笑うテトルフ。
……そこまで情報は期待していなかったが、やはり無理か。
「……しかし、ヒントはお教えいたしますよ?」
「本当っ?」
「はい。
ジョーカー様の許可は出ていますし、吸血鬼であり紳士的な執事は嘘をつきません」
「……え、吸血鬼?」
……紳士が嘘を付かないのは多少理解できるが、吸血鬼?
何故、ここで吸血鬼だなんて単語を使ったのだろうか?
少し疑問に思っていると、テトルフがにっこりと微笑んだ。
「高位の悪魔はギブアンドテイクが基本ですからね。
嘘をついてしまうと、交渉決裂です」
つまり、彼は私と取引するつもりらしい。
『自分がヒントを教える代わりに、何かをしろ』と。
「……どんな条件を出すつもり?」
「ふむ、そうですね……どうしましょうか」
少し唸りながら首を傾げるテトルフ。
どうやら、意外と真剣に考えているようだ。
「では、貴女の身体を……」
「駄目」
「………と、言われるのは承知でしたので、オレのためにお菓子を作ってくださりませんか?」
「お菓子?」
「えぇ、紅茶に合いそうな……マフィンなんてどうでしょう?
お嬢様の手作りマフィンをくださるのであれば、お返しにヒントを教えます」
私のあまりの即答に暫く黙ったテトルフだが、肩を竦めながら『お菓子』を要求してきた。
当然だが、私は病室生活だったため、お菓子作りだなんてやったことがない。
………この条件は断ろう。
「ごめん、テトルフ……私、お菓子作りなんて…」
「おや、この屋敷には料理が得意な方が居るでしょう?」
「…あ……」
「オレからヒントを貰える上に、その料理上手な彼にコツを教えてもらいながら上手くいけば心情を探れる……素晴らしいと思いません?」
……この執事、なかなか頭がいい。
たしかに、私が料理上手な彼―――ハルトにお菓子の作り方を学ぶことができれば色々と有利だ。
彼が正直者か否かを探るチャンスだし、料理も学べる。
しかも完成した物をテトルフに渡せば、ヒントも得れるのだ。
「……交渉成立、ですかね?」
「うん、この条件でいい」
「そうですか……アスカお嬢様の手作りだなんて楽しみです」
うっとりとした声で言われたが、初めての私がどこまで作れるのかが心配である。
「さて、そろそろ夕食の時間です。
その時にハルト様とお話すればいいと思いますよ」
「本当は明日にしようとしたけど……
じゃあ、そうしようかな」
「明日は午後からお客様が来ますからね。
忙しくなる前に相談した方が良いです」
「お客様?」
これは何かのイベントだろうか?
死亡フラグじゃないのであれば、嬉しい。
「ちょっとした商談ですよ。
ですので、午後からアスカお嬢様は――――自室か中庭のどちらかで待機していてくださいね」
テトルフが先ほどのマップの右下を指さす。
ここが中庭なのだろう。
「うん、分かった。
教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。
それでは夕食は一階のこのホールですので、身支度が済んだら来てくださいね?」
テトルフはマップの『第一ホール』と書かれたところを指さした後、深く一礼してから私の部屋を出ていった。
さて、私も向かおう。
とりあえず、そのお客様のイベントが気になるが迂闊には触れられないので、大人しくするつもり。
そんなことを考えながら、私は部屋を後にした。
...to be continued...
……執事さんは色々な意味でずる賢くて博識、それが私のイメージです。
次回は『アスカちゃん、初めてのお料理』の巻ですね!!新キャラフラグも回収回収!!←
ここまで読んで下さり、ありがとうございましたー!!
感想や誤字等がありましたら、教えて下さると助かりますっ