【嘘をつく】
自室へ着くと、既に部屋にはテトルフが居た。
テーブルの上に二人分のカップがあり、テトルフは床に正座をして私を待っている。
「少し遅かったですね。
ユキ様とご相談をしていましたか?」
「……ううん、していないよ」
「それなら安心です。
では、紅茶の支度も整いましたし、お座りくださいませ」
言われるがまま、私も床に座った。
テトルフは慣れた手つきで紅茶を飲んでおり、私もカップに手を伸ばす。
ベージュ色の紅茶がカップに入っている。
ミルクティーだろうか?
じっとカップの中身を見つめていると、テトルフが口を開いた。
「本日はシーズンであるアッサムティーにミルクを加え、少し甘いミルクティーを作りました」
「美味しそうだね」
「この時期のアッサムとミルクの組み合わせは、とても美味しいのです。
お話をしながら、ゆっくりと飲んでくださいませ」
にっこりと微笑むテトルフ。
――私は、今から《嘘》をつかなくてはならない。
そう考えると、少し胸が痛む。
しかし、どんな嘘をつけば……テトルフは納得してくれるだろうか。
「――――お嬢様、そんな怖い顔をしてしまうと折角の可愛さが台無しですよ?」
「そ、そんなに怖い顔してた……?」
「はい、とてもです。
それとも、そんなに怖い顔をするほど話しにくい内容なのですか?」
「…………うん……」
「そう、ですか……」
今、私がどんな表情なのかは分からない。
けれど、私から見ると――テトルフの表情の方が、怖い気がする。
深く眉間に皺を寄せ、あからさまに怒っているのだ。
先程ユキの部屋で感じた時とは、比べ物にならないほど怖い。
「テトルフ……?」
私が声をかけても、テトルフは何も言葉を返さなかった。
そのままの表情で黙ったまま、片手に持つ紅茶のカップを見つめている。
――――よく見ると少しだけ口が動いていたが、何も聞こえなかった。
私はもう一度、テトルフに声をかける。
「テトル――――」
「可哀想なお嬢様」
「……え?」
ようやく返ってきた言葉に、私は首を傾げた。
何が可哀想なのだろう。
テトルフはカップをテーブルに置き、私をじっと見る。
――眉間に皺の一つもない、爽やかな笑顔で。
「痛かったでしょう? 初めてはとても、怖かったでしょう?」
「…………テトルフ、あの……」
「可哀想に。なんて可哀想なお嬢様。
恐怖のあまり声が出なかったのですね……オレがジョーカー様と出掛けなければ、こんな時にはならなかったのに……あぁ、でも……やはり……」
ゆっくりと立ち上がり、私の後ろへ移動する。
……どうしたのだろう。
テトルフの様子が変だ。
ふと、真後ろでビリッと何かを破る音が聞こえたので、私は振り返った。
「今の――――っむぐ……!!?」
振り返った瞬間、テトルフの手が私の口へ《何か》を押し込んだ。
突然の事だったので、押し込まれた物はあっさりと口の中へ入る。
口の中へ確認したテトルフは、とても満足そうに微笑んだ。
「美味しいですか?
絶対に、吐き出しては駄目ですよ?」
「何、これ?
甘い……」
「美味しい美味しい……飴玉ですね」
子供をあやすように、テトルフは私の頭を撫でる。
口の中に入った飴玉は、ゆっくりと溶けていく。
甘い。
とても、甘い。
こんなに甘い飴玉を、今まで食べた事が無い。
――――――今まで?
「……あれ……私…………今まで、って……《いつ》?」
そもそも、今までって何だろう。
私は今、どうしてここに?
病室は? 薬は? 先生はどこ……?
それに――――
この人は、誰?
「あなたは誰……?」
「――まだ起きていたのですか?
もう、就寝時間は過ぎていますよ」
「え……起き……?」
心配したような表情で、私の顔を覗き込む。
この人が誰だが、全然分からない。
今分かるのは、この人に頭を撫でられると……懐かしい感じがする。
それに発せられる声がとても心地良い。
何だか、瞼が重くなる。
「――――ここで寝てはいけませんよ、お嬢様。
風邪を引いてしまいます」
「お嬢様……
それって、私の事?」
「おや、もしかして寝ぼけていますか?
貴女はお嬢様、オレは貴女の執事ですよ?」
「執事なんて……それに私は病室で……っ」
考えようとすると、頭が痛む。
痛い。苦しい。
――眠れば、この痛みは無くなるのかな。
「……眠れば、良いの?」
「はい、オレがベッドまで運びますので、お嬢様は安心して眠ってください」
「そう……でも、私……本当にお嬢様なの?」
「そうですよ。
……どんな夢を見ていたのかは分かりませんが、現実を忘れてしまうほど楽しい《夢》だったようですね」
「夢?」
「はい、夢です。
明日起きたら、夢の内容を教えてくださいね?」
その言葉に返事をする前に、私の意識はプツリと途切れた。
* * * * *
私は古びた赤い洋館に住む、お嬢様。
両親はもう随分前に死んでしまった。
兄弟も居ない。
他の従業員は両親を失った私を置いて、どこかへ行ってしまったらしい。
一人ぼっち。
そう思ったけれど、私の傍にはいつも優しい執事――テトが居る。
彼はどんな我儘も快く引き受け、実行してくれる。
小さい頃からずっと仕えてくれた執事は、何よりも大切な人だ。
家族としても、人としても。
一番大切で、大好きな人。
どうして、私はそんな大事な人の事を忘れてしまったのだろう。
それほど、夢が印象的だったのだろうか?
――――夢の内容が全然思い出せない。
「テトの目、とても綺麗だね」
私の部屋へ朝食を運んできたテトに言う。
ここは私の部屋。
赤いベッドに赤いソファ。
閉め切ったカーテンも赤い。
カーテンから差し込んだ光も赤くて、綺麗。
そんな赤い物で埋め尽くされているのが、唯一の特徴だ。
テトの目と同じ赤。
――――きっと、私が赤色を集めていた理由はこれだろう。
「そうですか?
しかし、赤はお嬢様の方が似合ってますよ」
「そうかな……?」
「えぇ、真っ白な肌と黒い髪……まるで白雪姫のように美しいですね」
まだ、あまり思い出せない。
けれど、一秒でも早く思い出せたらいいな。
そうすれば、もっとテトの事を知れるから―――――
...Bad End【忘却の白雪姫】...
テトルフのBad Endですね。
主人公は嘘をつこうとしていたけれど、テトルフはそれを見て勘違いして……何か、色々と爆発したんでしょうね、多分。
簡潔にまとめると、記憶を消して屋敷から攫って軟禁……そんなENDでした。
赤い洋館とは一体何なのか、それは皆様のご想像にお任せします。