第49話 真実への通路
「………………ん……ようこそ、アスカ……人形は?」
「持ってるよ。
そしてユキ、遅れてごめん……」
「……朝、苦手。
昼……夕方も、嫌…………だから、大丈夫」
ユキの部屋へ着いた時には、既に日が暮れていた。
正確には、午後七時。
「…………それに……準備……今、終わった。
ベスト、タイミング……だよ?」
「本当に……?」
「……《今日》は……嘘、言わない」
じっと、ユキが真剣な表情で私の目を見つめた。
部屋が薄暗い上に猫耳フードを深く被っているので、実際に真剣な表情かどうかは分からないが……けれど、何となくそんな気がした。
その表情と、先程の「今日は嘘をつかない」……やはり、ユキから正直者に関するヒントが得られそうな気がする。
――今日は?
今、ユキは《今日は》と言った。
つまり……
「ユキ、まさか……」
言葉がそれ以上、続かない。
それは恐らく、私がユキを疑いたくないからだ。
私の目を見つめたまま、ユキは動かない。
――――いや、一瞬だけ目が揺らいだ気がする。
「……ユキ……」
「…………」
「どっち……?」
「……口……発言、駄目…………」
「……やっぱり、駄目だよね」
「――――――アスカ」
深く被っていた猫耳のフードを脱ぎ、ユキが私に手を差し出す。
……初めて、フードを取った姿を見た。
「何……?」
「…………真実、知りたい?」
「……真実……?」
「……ボクの、真実。
知りたいなら……手を……」
何かを訴えるような……少し泣きそうな目で、私を見つめる。
ユキの真実。
それは彼が《正直者》か《嘘つき》のどちらなのか……という事だろう。
少し戸惑いながらも、私はゆっくりとユキの手を掴む。
ユキは私の手を握り返し、背を向けて右側にある本棚の前まで歩いた。
「本棚……?」
「………………嫌いに……ならないで」
「……え?」
目の前の本棚が重い音を立てながら、さらに右側へと動き始める。
その際、ユキが何かを言った気がしたけれど……音に消されて聞こえなかった。
やがて、本棚の動きが止まる。
……本棚があった場所には、この部屋よりも暗い空洞があった。
「隠し通路?」
「ここ……ジョーカーも……誰も、知らない」
空洞……いや、隠し通路へ私達は入る。
二人とも入り終わった頃、後ろから再び重い音が聞こえた。
恐らく、本棚が元の位置へ移動しているのだろう。
隠し通路は、本当に何も見えない《闇》だった。
前後左右、全く分からない。
ユキが私の手を握っていなければ、きっと私は動けずに茫然と立ち尽くしているはず。
どれほど歩いただろうか。
十分ほどは歩いているだろう……そう考えていると、前方で何かにぶつかった。
「っと……」
「……ん……ごめん、着いた……」
私がぶつかったものは、どうやらユキの背中のようだ。
――――着いたと言われても、辺りが何も見えないので分からない。
「ユキ……あの、全然見えないんだけど……」
「…………。
……明かり……少し、待って」
暫く黙った後、ユキが私の手を離す。
そして軽く手を叩く音が聞こえ、上にシャンデリアが出現し……辺りを明るく照らした。
そして、私は息を飲む。
「っ……!!!??」
「……ようこそ…………
ボクの、《アトリエ》へ……」
真っ白な部屋。
中央に、小さな机が置いてある。
そして机を囲むように、無数のガラスケース。
ガラスケースの中には――――
手。
「な、何……これ……!!?」
「……本物……ソックリ………全部、作った」
ユキは無数のガラスケースの中から一つを開け、《手》を取り出した。
そして、私に投げ渡す。
「……あ……綿が入ってる…………」
「…………」
見るのを非常に抵抗したが、受け取ったからには見なくてはならない。
恐る恐る作り物の《手》を見つめる。
私が受け取ったのは、右手首。
本物のような見た目だが……触った感じは布。
ハンドタオルのように少しごわごわしている。
そして、手首の切断部分から綿が見えた。
作り物だと分かっていても、これ以上見たくないのでユキに返す。
「……ユキ……これが、本当のユキなの…………?」
「…………そう、だよ……
……ボク……どっち、分かった?」
ジョーカーが「嘘つきは性格が歪んでいる」と言っていた。
そして、この現場。
――――ユキは《嘘つき》だ。
これは性格と言うより、趣味が歪んでいる。
少なくとも、正直者である可能性はゼロ。
「じ、じゃあ……ユキは……私を殺したいの……?」
「………………」
何も答えない。
ユキはそっと作り物の《手》をガラスケースへ戻す。
そして――――
「……!!!!」
同時に、明かりが消えた。
再び、何も見えなくなってしまう。
この空間の状況を見るまでは何も感じなかったが……今は、凄く怖い。
「ユ、ユキ……どうして、明かりを……!?」
「…………アスカ…………手、綺麗」
「――――え?」
「……白くて……小さくて……綿より、柔らかい」
背筋がぞくりと震える。
逃げたい。
けれど、足が動かない。
まるで魔法にかけられたように。
「……今日、ジョーカー……テトも、居ない」
「……っ……」
「だから…………ちょうだい、アスカを」
――――命の危険を感じた。
きっと、これから私は……いや、私の手は……。
けれど、心の奥底で未だに、この状況が信じられない私が居た。
「…………ユキ……本当に……?
本当に……ユキは……」
「……ボク……アスカを…………けど、ボクは……」
「ユキっ!!!!」
「………………っ!!!!!
……黙って……」
「っぐ……!!?」
首に、圧迫感を感じた。
……苦しい。
私、ユキに首を絞められている……けれど、首に手の感触は無い。
魔法で、じわじわと強い力で締められている。
「う………っ……!!!!」
「……」
「……ユ、キっ……!!」
苦しくて必死にもがきたいが、身体はびくとも動かない。
必死にユキへ助けを求める。
「――――やっぱり、無理……」
「っ!!?
……コホッ、コホッ!!!!」
ユキの震えた声が聞こえ、部屋が急に明るくなる。
同時に首の圧迫感が無くなり、身体が重力に従って……私は地面に崩れ落ちた。
苦しさから解放され、咳き込む。
しかし、今度は別の圧迫感が私を襲う。
――――――ユキが、私を抱きしめた。
きつく、私を抱きしめている。
「……ユ、ユキ……っ」
「……ごめん、なさい…………ごめんなさい、ジョーカー……
役割……守れない……無理……ボク、嫌…………出来ない……!!!!」
「ユキ、泣いてるの……?」
「アスカ……嫌……ボク、嫌……!!!!
嫌いに、ならないで……!!!!!」
ぼろぼろと涙を流し、ユキは苦しそうな声で必死に叫ぶ。
普段はこんなにも、大きい声を出さないのに。
こんなにも、感情を表情に出さないのに。
それほど、ユキの心は《嘘つき》の役割のせいで張り裂けそうになっているのだ。
いや、もう限界だったのかもしれない。
――――私にはただ……泣いているユキを抱きしめ返す事ぐらいしか、出来なかった。
...to be continued...
久しぶり(?)のシリアス回。
……はい、とうとう主人公はユキを《嘘つき》と知ってしまいました。
果たして、これからどうなるのか……次回のお楽しみ、ですね。
そしてアンケート、そろそろ締め切ります。
未記入可への沢山のコメント、ありがとうございます!!ゆっくりと返信しますねっ!!!!