第46話 出掛ける準備と警告
ノエルが私の部屋へ来た、次の日。
私はちゃんと言われた通り、朝から出掛けられる準備をしている。
「でも、いつ出掛けるのか分からないんだよね……」
もしかすると、明日かもしれない。
あるいは今日……いや、一ヶ月後の可能性だってある。
それに、どこへ出掛けるのかすら分からないので、準備は沢山した方が良さそうだ。
山なら虫よけスプレー、タオルだって数枚あった方が良い。
ただ街を歩くだけなら、荷物は軽い方が良いし必要最小限の物だけ持とう。
問題は――――それに応じた物を所持していない事。
虫よけスプレーなんて持っていない。
タオルやバッグ等はどうにかなるが……誰かと買いに行こうかな。
私はテーブルに紙とペンを用意し、買いに行かなくてはならない物をメモすることにした。
「まずは虫よけスプレーだよね」
たとえ山へ行かなかったとしても、今後活用出来るかもしれない。
夏と言えば蚊だし。
……そういえば、今までこの世界に来てから「虫」を一度も見ていない気がする。
まさか、虫がいないのだろうか?
「だとしたら、虫よけスプレーは要らないかな。
後は――――」
「この時期でしたら、日焼け止めは必須ですよ」
「っ!!??」
咄嗟に紙を見るのをやめ、顔を上げる。
すると、上から紙を見下ろして微笑むテトルフが居た。
――――驚きのあまり、私は思わずペンを床へ落としてしまう。
「テ、テトルフ……だよね?」
「はい、オレですよ。
ノックしても返事が無かったので、何かあったのかと思いましたが……お嬢様は紙とにらめっこをしていたのですね」
「うん、ちょっと考え事をしてたの」
「オレに気付かないほど集中しているとは……紙に妬いてしまいそうです」
「え、妬くって……」
「おや、少し表現を間違えてしまいましたね。
正確には――この紙を焼いてしまいたい、でした」
ニコニコと微笑みながら、テトルフは私と紙を交互に見つめる。
本来なら何も感じないはずの笑顔なのに……妙な寒気がしたので、私は他の話題へ切り替えることに決めた。
「ところで、えっと……部屋に来たってことは、私に何か用があったんじゃ……?」
「――――話を切り替えるのがお上手ですね。
そうですよ、本日はお嬢様へ警告をしに来たのです」
「……警告っ……!!?」
注意。
真っ先に浮かんだのは、昨日のノエルだ。
まさか、会話を聞かれていたのだろうか……
本来、外出する時にはこの屋敷の住人を一人以上連れなくてはならない。
破れば――――始末される。
「よくお聞きくださいね?」
「……う、うん」
「本日――――いや、暫くの間はハルト様がご乱心ですので機嫌を損ねない方が身のためです」
「え?」
一瞬、何を言われたのか理解が出来なかった。
ようやく頭が回り、昨日の件ではない事が分かったので、私は胸を撫で下ろす。
「ハルトがどうしたの?」
「先日、ジョーカー様が鬼ごっこの報酬をナツ様へ与えました。
報酬の内容は、イベントの権限です」
「イベントの……?」
「そうです。
そしてナツ様は今月の《お料理コンテスト》を無くすようにジョーカー様へ言いました……意味、分かりますか?」
テトルフの言葉に、私は一度頷く。
ハルトが怒っている理由――――それは《お料理コンテスト》が中止になったからだ。
料理が得意なハルトは、きっとこのイベントを楽しみにしていたはず。
しかし、それが中止になってしまったので怒っている。
恐らく、これが正解だ。
「分かった。
じゃあ、極力近づかない方が良いってこと……?」
「いえ、そこが問題なのです。
実はハルト様からお嬢様へ伝言を預かりまして……」
何となく、嫌な予感がした。
まさか――――
「《明日、久しぶりに一緒にお菓子作ろーぜ★》……だそうです」
「……それ、本当?」
「はい、本当です。
ですので、警告を兼ねて伝えに来たのですよ」
テトルフが小さくため息をつく。
怒っているハルトとお菓子作り。
それを聞いて、私の表情は引きつった。
ただでさえ料理中のハルトは怖いのに、怒らせないようにしながらお菓子を作る……と言うことだ。
無理だ、絶対に。
「……健闘をお祈りいたします、お嬢様」
「ど、どうしよう、絶対に怒られるよね!!?」
「オレも傍に居たいのですが、ハルト様がお嬢様以外は厨房へ入るなと言われましたので……」
「……そんな……」
絶望的な状況。
思わずため息をついてしまったが、この状況でため息をつかない人は居ないはず。
「ハルト様が八つ当たりをする可能性は低いですが、用心してくださいね?」
「用心って大事だよね……分かった」
「その代わり、オレがこちらに書かれた物を買ってきますので」
「え? ううん、私が買いに行くよ?」
「今日は日差しが強いので、日焼け止め無しではお嬢様の肌へ負担が大きすぎるので駄目です。
外出は日焼け止めを買ってからにしてくださいね。日傘もお忘れにならないように」
「……う、うん」
「約束ですよ?
それでは失礼致します」
有無を言わせない笑顔で私を見つめ、テトルフは一度深く礼をして部屋から出て行った。
「明日、大丈夫かな……私」
明日、きっと私は怒られる。
とりあえず、怒られる覚悟はしておこう。
頭の中で鬼の形相をしているハルトと怒られている私の姿を想像してしまい、私はもう一度だけ深くため息をついた。
...to be continued...
アンケートや感想で、前回の後書きの共感者が居たので嬉しいです……!!
次にノエルが出てきたら、短編集に番外編として書きましょうかね!!
さて、次回は『ハルトと地獄のお料理教室・パート2』です。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!!!!