第35話 突きつけられた現実(ユキ視点)
人形を作った。
少しだけまんまるに膨らんだ、ボクのフード付きパーカーとお揃いの猫の人形。
まんまるな理由は、中に《お守り》を容れたから。
これを受け取った相手が、ずっと健康でいられるように――――そんな気持ちを魔法で真珠に込めて、人形のお腹の中に容れた。
「…………早く、渡す……」
まだ、九時を過ぎたばかり。
ご飯食べずに作ってたからお腹空いたけど、早く完成させて渡したかったので空腹は我慢できた。
……早く、アスカに渡したい。
ボクは×××。
ううん、×××だからこそ……この人形を渡しても、怒られない。
ボクは人形を抱えて、アスカの部屋へ向かった。
* * * * *
「………む……?」
アスカの部屋に向かう最中、ボクは聞き覚えのある声を聞いた。
それはボクが今から会いに行く予定の……アスカの、声。
――――メイド長の部屋?
「………何、してるの……?」
メイド長の部屋の前に立つ。
……うん、やっぱり……アスカがいる。
けれど、アスカとは別の声も聞こえた。
「ジョーカー……?
……アスカ、一緒……」
そういえば、メイド長って最近怪我をしたんだっけ。
理由は分からないけれど、きっと二人はメイド長のお見舞いに来たんだと思う。
もしもアスカがこうなってしまったら、どうしよう。
……早く、人形を渡さなきゃ。
「……………アス――――」
『彼女の記憶を消去する。
――本当なら、彼女のイベントは九月だったのに』
「…………デリー……ト?」
ジョーカーの声。
消去は簡単な魔法だけど、でもどうして?
それに……彼女のイベント?
『本来、主人公とメイド長が修羅場になるのは九月。
しかし、君のせいでバグってしまったようだね』
『……私のせい……?』
『アスカ、彼等――ライムとユウムの初登場は交流会が最初なんだ。
けれど君は……もう彼等と会ってしまい、ましてや懐かれてしまった。
これが、ゲームのシナリオを狂わせてしまったんだよ』
「………………っ……え…?」
ゲームのシナリオ。
バグ。
さっきの発言と、それからこの言葉。
ボク達って――――
「ゲーム、キャラクター?」
違う。
違う。ボクはちゃんと生きてる。
きっとゲームは、ジョーカーとアスカのしているゲームのこと。
「―――いいや、ユキの考えが正解だ」
「っ!!!??
……ジョーカー……あの……ボク…………」
「ユキ、君の考えは正しい。
けれど、他の子に言ってはいけないよ」
いつの間にか、ジョーカーはボクの前にいた。
さらに瞬きをすれば、ボクの部屋の中。
ジョーカーが魔法を使って空間転移、したんだと思う。
「………どうして?」
「この世界、この世界に住む人々……全員がただのデータだと聞かされたら、取り乱すだろう?
ユキはそんなことをしないからこそ、言えるんだ」
「……アスカは?
アスカ、データ……?」
「彼女はデータではない。
正真正銘の人間だ」
その言葉を聞いて、安心した。
……なのに、胸が痛い。
どうして?
ボクがデータだから?
…………分からない。
データって言われても、自覚がない。
「――――それは、何だい?」
「…………人形」
「ただの人形に見えないから、質問をしているのだが?」
ジョーカーがボクを見つめて、ボクを《探ろう》としている。
相手の心を読む魔法は、簡単。
簡単だからこそ、ボクが同じ量の力をぶつければ……ジョーカーはボクの心を読めない。
この人形のことは秘密にしなきゃいけないんだ。
だって、ボクは……
「ふむ、アスカへのプレゼントか」
「っ……どう、して………?」
「そんなに大事そうに抱えていたら、分かるさ。
……アスカが、好きかい?」
質問が重い。
アスカが、好き?
好きだよ。
だって、ボクは×××だから。
アスカが他の世界から、この世界にやってきて……嬉しかった。
けれど、今は悲しい。
どうして、アスカはこの世界に来てしまったの?
「ユキ、君はどうやら……バグっているようだ」
「……バグ……?」
「その人形が全てを語ってくれる。
君はバグっているんだ」
ボクがバグっている……?
たしかに、そうかもしれない。
けれど、言わないで。
「何故バグっているか、分かるかい?」
分かるから。
分かるから、お願い。
ボクが×××って、言わないで………
「だって、君は――――
嘘つき、なんだから」
「っ……!!!!!」
嘘つき。
そう、ボクは嘘つき。
最初はアスカの身体を適当に抉って、異世界から来た人間の身体を解析したかっただけ。
けれど、アスカはボクに言ってくれた。
《ユキの作った人形、可愛くて好きだから》
あんなこと、初めて言われた。
嬉しい。
いつも皆から「変な趣味だ」って言われるのに、アスカは褒めてくれた。
本当は芽生えちゃいけない感情なのに、抑えきれなかった。
ボクは、アスカが好き。
けれど、アスカがボクを《正直者》として選んだら――――始末すしか選択肢がないんだ。
「………消すの?」
「いや、面白そうだからこのままにしておく。
嘘つきが役割を忘れて、本気で正直者になろうとしているだなんて……楽しいだろう?」
ジョーカーが笑う。
ボクは少しだけ、忘れていたんだ。
ボクは嘘つきだから、アスカを騙して……殺さなきゃいけないのに。
無理。
でも、アスカが他の子を《正直者》って認めるのも嫌。
だって、それはつまり……他の子の言葉を信じたってことだから。
ねえ、アスカ。
もしも、ボクの役割が分かった時……どんな顔をする?
けれど、これだけは言いたい。
今は役割なんて関係なく、好きだって。
ごめん。
ごめんなさい、アスカ。
騙して、仲良くして……ごめんなさい。
...to be continued...
以上で、【ACT.3】終了で、次からは【ACT.4】に入ります。
改めて、ユキは嘘つきでした。
なお、アスカがユキは嘘つきだと分かるのは、もう少し先ですが……ここで二人の会話を入れておかないと後がまずいのです。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。