第31話 人形作り
ローズ。
その単語を聞いて、思わず身体が硬直する。
私の反応を見たジョーカーが一層笑みを深め、一度コーヒーを飲むのを止めた。
「ローズは昨日、肩を撃ち抜かれた状態でテトルフが私の元へ運ばれた。
出血の量が酷かったけれど、運んできてくれた彼の応急措置のお蔭で一命を取りとめることができたんだ」
「…………」
「その時、テトルフからローズのしてきた行為を聞いて解雇しようとしていたが……
君が、どうしても彼女と話したいと言ったんだろう?」
「そうだよ。
私に何か不備があったのかもしれないし……」
「君に不備は何一つないけれどね。
――――ところで、いつ彼女に会いたいかい?」
…………いつ、と言われても分からない。
けれど今すぐは無理だ。
気持ちの整理がまだ、できていないから。
「当然、今すぐには無理だろう。
君の気持ちの整理もまだであり、ローズの治療も終わっていない」
「……治療?
それって魔法?」
「いや、少しお灸を据えるために使っていないよ。
魔法だとすぐに治ってしまうからね」
目を細め、どことなく楽しそうな口調で話すジョーカー。
……例えるとしたら、小さい子が公園に小さな落とし穴を作って誰かを落とそうと考えているような……
「別に、私は悪戯や苛めをしているつもりはない。
もしそうなら……とっくに解雇をしている」
「……あの、流石に心を読みすぎだと……」
「読もうと思っていなくても、君の心の声は大きいから聞こえてしまうんだ」
心の声に大きさがあるだなんて初めて知った。
どうしたらボリュームを下げられるのだろう?
暫く首を傾げていると、今まで黙っていた双子が勢いよく立ち上がった。
「アスカおねーさん、僕達と遊ばない?」
「話はよく分からないけど、おねーさんは息抜きをしなきゃいけないんだよね?」
「「だったら僕達と遊ぼうよ!!!」」
「え? ……って、あ…」
急に立ち上がった彼等はグイグイと私を引っ張り、ほぼ強制的に椅子から立ち上がらせる。
……もしかして、私を気遣ってくれているのだろうか?
ちらりと横のジョーカーを見たが、彼は何食わぬ顔でコーヒーを飲んでいた。
つまり、好きにしろと言うこと。
「来週の今日――――つまり五月三十日。
夜の九時頃、ローズの部屋の前で待ち合わせをしよう。
……大丈夫だ、彼女は怪我のせいで動けないし私も着いているから」
「…………分かった。
じゃあ、ライムとユウム……行こう?」
「「うん!!しゅっぱーつ!!!!」」
双子に両手を引っ張られながら、私達はジョーカーの部屋を後にする。
……五月三十日、夜の九時。
話し合いで解決だなんて難しいかもしれないが、落ち着いた状態でこうなってしまった理由を聞けば、少しは解決に近づくはず。
だから今は、私自身の気持ちを落ち着かせなくては。
* * * * *
私を引っ張っていた双子はとある扉の前で、ぴたりと止まった。
――――ここは……
「あのね、今日はユキと遊ぶ約束をしてたんだ!!」
「ユキ!!ユキ!!!
僕達、ユキとはすっごーく仲良しなんだっ!!!」
「そうなんだ……」
「「うん、そうだよー!!!!!」」
そう、私達はユキの部屋の前にいた。
……そういえば、マフィアが屋敷に来る前日に行った会議の際、ユキが「双子と一緒がいい」というような言葉を口にしていた気がする。
アクティブなイメージの双子と、少しインドアなイメージのユキ。
少しだけ、意外だ。
そんなことを考えていると、双子は扉をノックもせずに開ける。
「「ユキーっ!!!」」
「……ライム、ユウム……
…………それと、アスカ……ようこそ」
「こんにちは、ユキ」
薄暗いユキの部屋に入ると、ユキが私を見てきょとんと可愛らしく首を傾げた。
彼等は遊ぶ約束をしていたが、私は飛び入り参加に近い。
……説明をしよう。
「実は……」
「ん、アスカも………編み物、する?」
「編み物?」
「僕達、今日はユキに人形の作り方を教えてもらう約束をしてたんだー!!」
「最初は猫から作って、次に熊でー……」
「「上達したら等身大シーヴァを作ってストレス発散道具にするんだー!!!」」
「…………そ、そう……」
……シーヴァ、本当に大変だね。
流石に私でも、苦笑いしかできなかった。
「………じゃあ、部屋……明るくする」
ユキが一度だけ小さく手を叩くと天井にシャンデリアが出現し、部屋を明るく照らす。
部屋が明るくなったことにより、前回見えなかった彼の部屋の中身が分かった。
ジョーカーの部屋ほどではないがびっしりと敷き詰った本棚が三つあり、地面にはあちこちに人形が置いてある。
……どの人形もまんまるとして可愛らしい。
恐らく、全て彼の手作り。
気になったことは壁や床に描かれた記号や数学に使う方程式らしきものと、机や椅子がないことだ。
方程式らしきものの正体は分からないが、きっと魔法関係だと思う。
……けれど、机や椅子を使わないのだろうか?
「…………今、道具……準備する。
ちょっとだけ、待ってて……?」
再びユキが手を叩くと、座布団と小さな箱が四つほど床に出現する。
座布団に座ったユキは箱を開けて、私達に中を見せた。
――――――針と糸、裁縫道具だ。
「……座って?」
「「はーいっ!!」」
「うん、座るね」
「………じゃあ、開始。
教えるの、頑張る……よく、見てて」
そう言ったユキは、少し幸せそうに頬を緩ませていた。
...to be continued...
今回も次回もユキ君の回。
……それと、もうすぐ【ACT.3】が終わります。
予定してたタイトルが大幅に変わりましたけれど、よくあることです……ごめんなさい…