第30話 屋敷の主とマフィアの双子
「ようこそ、アスカ。
丁度、今からコーヒーを淹れるところだ」
「「こんにちは、おねーさんっ!!!!」」
ジョーカーに呼ばれ、私は初めて彼の部屋に訪れた。
室内は半分以上が本棚で埋め尽くされ、中心には執務机がある。
それと、恐らく客人用に用意された小さなテーブルと椅子だけ。
三人はその小さなテーブルを囲みながら、椅子に座っていた。
どこへ座ろうか悩んだが、ジョーカーの隣が空いていたのでそちらに座る。
そういえば、私の部屋でノエルが寝ているように、彼の部屋ではマフィアのボスであるライムとユウムの二人がここで寝ているのだが……
大量の本棚のせいで少し、狭いような気がする。
「君が狭いと思うなら、きっとそうだろう。
しかし、私は何も感じなかったよ」
「……そういうものなの?」
「ジョーカーさん、それは間違ってるよっ!!!」
「違う、違う!!!
この部屋はすっごく狭いよ!!!!」
「「今すぐおねーさんの部屋に行きたーいっ!!」」
「…………双子達、もう少しだけマフィアのボスらしい発言をしてくれると助かるのだが」
椅子から立ち上がりそうな勢いと大きな声で抗議する双子を見て、少し呆れながらジョーカーが言った。
今の状況でシーヴァが居れば、きっと号泣しつつ謝罪の言葉をひたすら叫ぶはず。
そんな哀れな姿が簡単に想像でき、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「あっ、ジョーカーさん!!
僕達のコーヒーには砂糖とミルクを十個ずつ入れてね!!!!」
「十個!!!??」
「おねーさん、当然だよ?
本当は十二個がベストだけど、僕達はお客様だから我慢するんだー!!!」
コーヒーをカップに淹れていたジョーカーに双子が声をかける。
砂糖もミルクも十個ずつだなんて、身体に悪そうだ。
……というより、甘すぎてコーヒーの味なんてしないはず。
「分かった、十個ずつだな。
――――アスカは一個で構わないだろう?」
「うん、一個で大丈夫」
「「えーっ!!!??」」
私の心を既に読んだのか、ジョーカーは私の希望していた数の砂糖とミルクをコーヒーと一緒に用意した。
それを見た双子は驚いたような声を出し、二人で顔を見合わせる。
……アイコンタクト、だろうか?
暫く顔を見合わせていた双子は、やがて同時に一度頷くと再び私達の方へ顔を向けた。
「僕達も一個!!!!」
「一個!!一個!!!
僕達もおねーさんと同じ数が良いっ!!!」
「……別に私は構わないが……」
「「決まりーっ!!!!」」
いつも砂糖やミルクを十個も入れるらしい双子が、急に一個。
苦いのを挑戦したいのであれば、日を重ねるにつれて少しずつ砂糖の量を減らせば良いのだが、急にそんなに減らしてしまうと……
――――――正直、かなり心配だ。
「ライム、ユウム……
本当に大丈夫なの?」
「うん、全然大丈夫だよ?」
「平気、平気!!」
「「おねーさんと同じ味が飲みたいんだーっ!!」」
「そ、そうなの…?」
けれど、減らしすぎだ。
私と同じ味が良いのであれば、私が砂糖やミルクの量を――――いや、止めておこう。
砂糖十個とミルク十個分の甘さは想像すら出来ないが、絶対に私には出来ない。
甘い物は好きだが、そこまで甘党ではないのだから。
「……まあ、砂糖の話は置いておこう。
アスカ、今日は君に話があるので呼んだよ」
「話?」
「そうだ、話。
二つあるのだが……一つは彼等に話してもらうつもりだ」
自身が淹れたコーヒーを飲み、ジョーカーが小さく笑う。
二つとは何だろうか?
その内の一つは双子から聞けるということで、彼等の方へ視線を向ける。
すると――――
「けほっ!!!けほっっ!!!
……マズ……じゃなくて、美味しい!!!」
「ううっ……何これ……
おねーさんっていつもこんなマズ……美味しいのを飲んでるの?」
「――――すまない、彼等に頼もうとした私に不備があったようだ」
「…………やっぱり苦かったのね……」
苦しそうに咳込みながら、必死に美味しいと連呼する。
……だから止めた方が良いと言ったのだ。
ジョーカーは小さくため息をついた後、彼等の代わりに説明を始めた。
「まず、マフィアの彼等が来る前日……
話題になっていた事は何か、覚えているかい?」
「たしか……復讐?」
「そう、復讐。
その件について先程話していたんだ」
「それで、どうだったの?」
「結果は《安全》。
あのボスはいつ殺されてもおかしくなかったらしい」
つまり、マフィアの方々は私達を恨んだり殺したいなどと思っていないということだ。
……よかった。
しかし、いつ殺されてもおかしくないとはどういう事だろうか?
「あぁ、実は――――」
「あのハゲ、金遣いは荒いし美的センスが最悪だから他の組織にも嫌われてたんだよねー」
「そうそう。
あのハゲは死んで正解……誰も悲しまなかったしね」
「そんな……」
少し落ち着いた双子が、ジョーカーの言葉を遮って次々に暴言を吐く。
……その表情はやけに冷たく、彼等がいつも見せている笑顔なんて想像できないほどだった。
しかし、流石に言いすぎな気がする。
そのボスがどんな趣味をしているのかは知らないが……
「ボスにも家族がいるんでしょう?」
「うん、そうだよ?」
「それがどうしたの、おねーさん」
「…………誰も悲しまないはず、ない」
「「…っ!!!??」」
そうだ、たとえこの世界で犯罪や殺戮などが常識の範囲だとしても。
きっと悲しいはずだ。
……いや、悲しんでいると信じたい。
――――死ぬことを喜ばれるだなんて、嫌だ。
そういえば、私の母や父は……もしも私がこの《犯人当てゲーム》をせずに死んでいたら、どう思ったのだろう。
やはり悲しむのだろうか?
それとも………
ふと、私はそこで考えるのを止めた。
――――――ライムとユウムが、今にも泣き出してしまいそうな顔で私を見つめていたからだ。
何故、そんな顔で私を見ているのだろう?
……あぁ、もしかして私の表情が原因だろうか……
恐らく、今の私の表情は暗い。
だからきっと、彼等もそんな表情をしているのだ。
……謝ろう。
「………ごめん、変な顔してたよね?」
「ううん、全然……」
「大丈夫、大丈夫だけど……
おねーさん、その……」
「……ん?」
「「あのね、本当は――――」」
「さて、もう一つ目の話をしようか」
今度はジョーカーが、彼等の言葉を遮った。
何かを言おうとしていた双子だが俯いてしまい、もう一度話すつもりはないようだ。
「……もう一つは?」
「メイド長、ローズの事だよ」
私にそう言って、ジョーカーはコーヒーを飲みながら小さく笑った。
...to be continued...